愛の歪
「そういえば、レスティアちゃんは居住区に行ったことある?」
雨が降る中走る馬車の中で木箱に腰掛けて宝石(の欠片)を見ていると剣の整備をし終えたフレイヤに話しかけられる。
「無いな。もしいたとしても、約一ヶ月までの記憶が無いから思い出す事はできないがな」
「そうか〜。いや、あそこの記憶は無くなって正解だと思うよ。少なくとも、まともな感覚を持っている他種族ならね」
「そこまで言うほどなのか」
居住区……私の考えでは『隔離場』というよりも『農場』と言った方が正しいと考えているが、さてどんな情報が出てくるのやら。
「例えばとある居住区だと朝3時に起きて作業を開始、朝食は抜きで昼までほぼ休みなしで農作業。簡素な食事を取ったら日が落ちるまで作業を行い、夜になったら各家に割り振られた内職を行った後に眠る、て感じかな」
「うわっ、中々に悲惨だな」
えーと、仕事の内容は定かではないが少なくとも殆ど休みは無し、夜まで仕事、食事は一日一回か。うん、他種族じゃなかったらもう過労死しているな。
恐らく、ベースとしているのは植物系だろうな。ここまで酷い所業をしているとなると、少し同情してしまう。
「まあ、これは一例かな。鉱山の居住区はここよりも酷いし、国にとって重要な魔道具の製造とかに携わっている居住区は生活は案外良いよ」
「……よく知ってるな」
「まあ、仕事柄ね。帝国の兵士はろくに居住区内の盗賊退治しないからそういった仕事が私達に回されるのよ。ま、人族の場所で仕事をするよりは遥かにマシだけど」
「どんな体験をしたことあるのー?」
あ、バカ!
パリスから貰った本を読んでいたレインが目を輝かせて顔を覗かせる。
年齢の割に無邪気なレインはフレイヤの経験が何なのか、察することができなかったのか。
「そりゃあ合法非合法問わず酷い有様だったよ。ハンターになって最初の街では兎に角やっかみが酷くてね。報酬のピンハネは当たり前、脇道に逸れれば男性ハンターたちに襲われそうになったこともある。あ、勿論性的な意味でね。さっさと去るためにお金を貯めて馬車でその街を抜け出したら今度は盗賊に捕まって……まあ、このあとの事は言わなくていいか。で、その後盗賊たちを皆殺しにしてからは人族も他種族も怖くて5年くらい森に引きこもった。その後、奴隷商が森を焼いたから森を離れ、街で花屋を営んで生活してた。そしたら、今度はラブレターの雨あられ。同い年くらいの男の人から告白された数なんて百を越した辺りから数えるのを辞めた。ついには領主や貴族にも目をつけられて側室にされかけたり、無理矢理婚約させられかけたり、雇われた犯罪者たちに攫われそうになったり、常に身の危険が付き纏っていた。だから花屋を畳んでハンターに戻った。ハンターに戻ったら男性ハンターたちに狙われたから今度は逃げるのではなく、魔法だろうと剣だろうと徹底的に力でねじ伏せ、屈服させた。そしたら、その支部の中でハンター活動を禁止させられた。ま、低いランクのハンターが自分より高いハンターたちを再起不能にさせ続けたから当然だけど。不服を申し立ててギルドの支部長に直談判しに行ったら領主がいてね、そのまま捕まって地下でまあ、色々とされたのよ。思い出したくもない、不愉快で気が狂いそうになるような調教を、ね。数日で嫌気が差して『ヴィナス』固有の特殊能力を使って木偶の坊に変えて脱出して、肌身に着けていた物だけで街から逃げ出した。何度か死にかけて次の街に辿り着いたら今度は金を得るためにハンター活動をする傍ら街の料理店でウェイターとして働き始めた。最初は好調だったんだけど次第に男の人たちからそっちの視線で見られ始めた。その後はお決まりの回され、ウェイターの仕事を辞めてハンター活動単品に絞った。そしたら今度は偶然訪れていた王族に目をつけられて求婚されたのよ。で、それを蹴った。その日の夜に仮屋に戻ったら攫われてまあ、犯されて……」
「わー!わーわーわー!!」
顔を真っ赤にしたレインは大声を出して話を無理矢理途切れさせる。その様子を頬杖を突いて見ながら、
「あー……美人は美人で大変ということか」
と、他人事のように呟く。
フレイヤの苦労は生まれ育った森を出たのが10歳の時。その後からハンター生活を送っているとこんな惨状に巻き込まれてしまったのか。その上、その全てを殆ど記憶していて内容も生々しい。
まあ、こうも話しているからトラウマになっている訳でなさそうだな。
「そういえば、フレイヤは何歳なんだ?」
「24歳だよ。あと、経産婦だよ」
「……ゑ?」
あまりにも唐突な爆弾発言に表情は固まり、内心は大いに動揺する。
け、経産婦?そんなモデルみたいな体系なのに?
「子供たちはその先々の孤児院に預けているから今はどうなっているのか分からないけどね」
「……親としてそこらへんはどうなんだ?」
「親の自覚はないよ。そんな自覚、出来る筈もない」
「あー……」
前世でも年端のいかない子供が子供を出産した事例はある。不思議な事ではあるが、異常ではない。
だが、生まれ育った森での生活は分からないが、出た後の経験は彼女の中から自分が産んだ子供に対する愛情が欠落した。自分にも、相手にも愛がないのだから当然と言えるか。
パリスが言ってたフレイヤの歪みはこれか?……いや、違うか。
パリスを見ると、馬車を動かしながら驚いたように口を大きく開けながら大声をあげないでいる。
ああも驚いているのを見ると、パリスが言っていた歪みはまた別なのだろう。……まあ、こうも悲惨な地獄を体験していれば色々と歪むのも無理はないか。
「レスティアもレインも警戒しなさいよ。男だろうと女だろうと、襲ってくる人は襲ってくるから。特にレスティア、貴方は本当に美人になるから」
「はーい!」
「分かっている」
……レインはフレイヤが言っていたことが分かっているのだろうか。まあ、肉体年齢は私とそう大差ないだろうけど精神年齢は低いしな。
「ま、程々にしときぃな。流石に二人には早すぎる内容やろ」
「あ、確かに」
口出してきたパリスの言葉にフレイヤは手を叩いて納得する。
気づいていなかったのかよ。
パリスは猫のように笑いながら、
「ま、次に向かうのは居住区やからレスティアの嬢ちゃんは実際に見たほうがエエで。……この帝国に住む一般的な他種族の闇をな」




