薬師と狩人
「……知らない天井だ」
薬の臭いが鼻孔を擽り、全身の痛みに顔を歪める。
どこかの家に匿われたのだろうか。となると、私が意識を失う前に私を見つけた人物の家だろう。
身体に浸透するように響く痛みに耐えながら立ち上がり、自分の姿を確認する。
「……こりゃ酷いな」
簡素な手術衣のような服の端々から見える身体は、様々な場所に包帯が巻かれているし、特に酷かったであろう右腕はかなりガチガチに固定されている。
正しい医術的な知識を持っている人が私の怪我を治療しようとしたな。
それと、角は……ああ、机に置かれてるな。
「あ、起きた?」
部屋のドアが開けられ、入ってきた若い女が少し驚いた表情をする。
「起き上がらないで。流石に怪我を治した影響が出てきちゃうから。それに、5日間も寝てたんだから体に無理な負荷をかけないで」
「……そうか?」
確かに、身体は少し怠いが……この程度なら問題ないと思うのだが。まあ、この感じだと医者のようだし、素直に聞いておくか。
「えっと、名前はわかる?」
「レスティア。そっちは?」
「エルミィだよ。薬師として細々と生活してるよ」
エルミィか。よし、覚えた。
「……それじゃあここは何処だ?」
「ここ?ここは隠れ里。元奴隷の人たちが作った里だよ」
そういうとエルミィは咳払いをして耳にかかった髪を手でどかす。
髪の毛の隙間から見えた尖った耳に目を細め、睨みつける。
「『エルフ』か」
現存している種族の中では高い魔法力と魔力量を保有する種族。獣人たちの次に人族に認識されている種族、と神様が渡してくれたカタログに書いてあった。
首輪を着けてないところを見ると、確実に奴隷ではない。隠れ里というのは嘘ではないな。
「正確には『ハーフエルフ』だけどね」
「どっちでも良い。私には興味はない」
『エルフ』だろうが『鬼』だろうが、私にとっては興味の対象にはならない。
「薬師か?」
「そうだよ。無くなったお婆ちゃん直伝。けど、植物系の種族は私も始めて見たから少し驚いちゃった」
「……まあ、仕方ないか」
植物系の種族の中で最も多い『ドライアード』だってその個体数は他種族全体から見たら、そこまで多くない。知っていても見たことがない、というのはよくあることだ。
「それにしても、あの大猿を倒すなんて凄いよ!」
「……そうか?」
確かに死にかけ……というよりほぼ確実に死んだ訳だからな、それだけあの猿が強いのが分かる。
「ああいった生物が普通なのか?」
「違うよ。大猿何かは魔物という普通の生物とは違う系統で進化した生物だよ」
「魔物……か」
あの怪物具合から考えると、その言葉がしっくりくるな。だが、あんなのが跋扈する世界か。やっぱり難易度ベリーハード過ぎるだろ。
「それで……貴女はどこから来たの?」
「聞く必要ある?」
「……ごめん。不用心だったね」
あ、何か勘違いしたっぽい。
転生する前の記憶は無いし、『狩猟場』の一件はあまり話すのも気が引けるだけなんだけどな……。まあ、説明する必要が無くなったのが幸いか。
「あの大猿は?」
「持ち帰って食べたよ。あ、食べたかった?」
「……そういう訳ではない」
死んだことは確認したが、もし生きていたらそれはそれで困る。……てか、あれを食べるのか。筋ばかりで絶対美味しくないだろ。
「エルミィいるかー?」
部屋のドアが開かれて小麦色の肌が美しい女性が入ってくる。その頭には狼のような耳が生え、臀部からフサフサな尻尾が飛び出ている。
「今診察ちゅ……て、もう入ってきてるじゃない。診察中に入ってこなで、て何時も言ってるでしょ、メリス」
「いやーワリィワリィ。あ、起きたか小娘。オレはメリス。猟師をしている。よろしくな」
「人の話を聞きなさい!」
「イテッ!?」
突然入ってきたと思ったが……何か、茶番を見せられているのだが。エルミィがツッコミでメリスがボケの。
けど、雰囲気が少し和らいだか。
「それで、小娘はこれからどうするつもりだ?」
エルミィの雰囲気が変わると同時にメリスが冷静な眼差しを貫いてくる。
少しため息を漏らし、メリスを軽く睨みつける。
「怪我がある程度治ったら隠れ里から出る。頼まれた物を渡しに行かないといけない」
「はぁ……ここから出たら帝国領だ。そのことぐらいは知ってるよな」
「知っている」
帝国の悪性は、何故かその手の類いを深く知っていたオグマからほぼ毎日聞かされていた。
「あの狂気の中、妹の事を心配していたある少女に頼まれた。それを渡しに行かないといけない」
机に置かれた角を手に持って触り心地を楽しみ、少し口角を上げる。
「それに、私は帝国のやり方が気に食わない。そんな相手のやり方にハイそうですか、何て言える訳がないし、帝国のルールに從うつもりもない。立ち塞がれば、潰す。それだけだ」
「何ていうか、単純な考えだな」
「そうだな」
単純な考えは場合によっては複雑な策を凌駕する。圧政で從うと思っている連中からしたら、それだけでも充分厄介な事だろう。
「たく……。ま、いいさ。それじゃあ元気になったら里の方にも来てくれよ」
「はぁ……けど、今日は絶対に無理をしないように」
納得したのか、二人とも私に背を向けて部屋を出ていく。私は小さくあくびをして瞼を閉じる。
とりあえず、傷の治療が先決だな。さっさと寝よう。
「……そういえば、エルミィは私を治したと言っていたな」
本来なら看病した、とか言うべきだろう。となると……やっぱり魔法でも使ったのだろうか。少し気になるし、タイミングを見て聞こっと。




