気まぐれと予兆(視点∶エリザ)
「はあぁ……」
騎士団の宿舎二階にある自室兼執務室に入り、机に突っ伏す。
無駄な労力だった……あの少年以外、誰も森の中で生きてないだ何て予想できる?予想できないよね。
「他種族の奴隷を使った狩猟ゲーム、か……」
前世の倫理からしたら確実にアウトだ。けど、この世界では人族が優位であり、他種族はその下にされている。帝国はその中で最も過激なだけで、他国もそこは変わらない。
あの獣人の女の子は、自分が生きる場所がないことを理解しているのだろうか。……分かっていても、逃げ出したかったのだろうけど。
あの女の子の言っている事は間違ってない。けど、それが適用されるのは人族だけ。他種族は適用外。それがこの国のルールなのだから、従えばいいのに。
「そういえば、もう何年も会ってないな……他の転生者たちに
」
私の死因は事故死。大学のサークルで遠出した際に大型トラック同士の交通事故に巻き込まれてそのままお陀仏。その際に一緒に死んだサークルのメンバーは全員転生した。
その後、色々とあって疎遠になってるけど……死んでないよね。この国、日本より治安悪いし。
「……とりあえず、事後処理は明日に回して寝よう」
着ていた鎧を脱ぎ、下着姿になって浴室に備え付けられた鏡を見ながら髪の毛に手櫛を入れる。
「本当に美人な姿だよね……」
赤みがかった茶色の髪に紫紺の瞳。前世の頃とは全く違う美人の顔立ちだけど、案外気に入っている。何より、胸がそこそこ大きいのはグッドだ。もう、まな板やかまぼこ板何て言わせない。
「お嬢様。シャワー中ながら失礼します」
ドアが突然開かれて警戒するが、聞こえてきた声に警戒心を解く。
振り返ると青みがかった髪を三編みにし、燕尾服を着た獣人の少女が立っていた。
「……ああ、ブルーね。何か用?」
ブルー。お父様が従えている奴隷の一人で主にメッセンジャーとして活動している。彼女が来た、ということはお父様から何かしらのメッセージがあるのだろう。
「はい。ファーザーからの命令と伝言を受けて今日からお嬢様の護衛兼メッセンジャーとして来ました」
「……お父様が貴方を私に貸した?」
変だ。お父様は奴隷たちのやり方が独特で、まだ自我のない奴隷を買い、暗殺者として時に厳しく、時に優しく育てる。
そのため、お父様が持ってる奴隷はお父様を絶対に裏切らないし、例え身内でもお父様以外の人に仕えることは好まない筈だ。
私も何度かお父様が持っている奴隷を私に与えようとしたけれど、私と奴隷たちが却下した。それなのに、今度はすんなり受け入れる何て変だ。
「はい。ファーザーは今回の事件に強い興味と関心を持っています。ファーザーたちに報復の刃を通さないためにも、お嬢様に護衛をつけることになりました」
「今回の事件……『狩猟場』のことか」
万が一の事があってもいけないため、詳細な情報をお父様に流していた。しかし、すぐに反応を示すのは当然だとしても護衛を渡すのはやっぱり変だ。
「何か裏があるの?」
シャワーを止め、バスタオルで身体を拭いて寝間着に着替えながらブルーに尋ねる。
ブルーは少し考えて、諦めたようにため息を漏らす。
「……はい。ファーザーは今回の事件を起こした犯人の一人に心当たりがあります」
「それは誰?」
「元帝国暗殺部隊の一員」
その言葉に、動きを止める。
「暗殺部隊『天武』のオグマ。暗殺部隊の中でも特に凄惨な仕事をこなした部隊。その造反者です」
「『天武』……名前は聞いたことある」
暗殺部隊は幾つもの少数グループに分けられ、それぞれに仕事を与えられている。その中でも、『天武』の主な仕事は帝国造反者の粛清。最も過密で、入れ替わりの早いグループだと聞いた。
その部隊からの造反者……。非常に厄介な立場だろう。
「オグマは暗殺部隊の中でも飛び抜けて強く、40年もの間暗殺部隊の第一線で戦い抜いた猛者です。種族的にも極めて強く、造反者の組織をたった一人で皆殺しにするほどです」
「……何故自らも帝国に反旗を翻したのだ?」
「さあ、なんとも。反旗を翻す前に彼は暗殺部隊を抜け、故郷に戻っていましたので、そこで人生を変える何かがあったのでしょう」
人生を変える切っ掛け……私のような転生でなくても、人生を変える事はできるし、そのオグマという他種族もそうなのだろう。
「わかった。とりあえず今日は寝させてもらう」
「分かりました。朝訓練の時間の前に来させてもらいます」
話終えたブルーを下がらせ、ベッドに寝転がる。
「帝国からの造反……か」
他種族の力は社会的には弱くても、身体的には私たちを遥かに凌駕している。もし、他種族たちが力を結集し、大規模な反乱が起これば数多の命がこの世から無くなる。
それを回避させるのが私たち騎士団。職務を全うし、数多の罪のない命が消える事を許される事ではない。
……本当に?
「帝国に罪がない、と言えるのか?」
帝国の内情は騎士として様々な場所に派遣され、何となく理解できている。
重税、貧困の拡大、汚職、不正……そういった物が蔓延っている。多くの人たちが幸せに暮らせている、とは思えない。
他種族が私たちに敵意を向け、造反するのは、私たちが他種族を人と認めず、ただ一方的に押さえつけているから。元を辿れば帝国……いや、人族が悪い。
「ッ!駄目だ!」
考えに至る直前、身体を起こし自分の頬を叩く。
帝国が悪だなんて考えてはいけない。帝国を守ること、それが騎士なのだから。守るためならどんな苦汁を飲むと決めたのに。
それに、帝国を裏切ればお父様と対峙することになる。それだけは何としてでも回避しないといけない。
「……仕方ない。こうなれば気晴らしにでも、隠れ里狩りをするか」
逃げ出した奴隷たちが立ち上げ、帝国全土に位置する他種族たちの隠れ里。その一つが数日前に見つかった。新兵の実戦訓練も兼ねて行うとしよう。
とりあえず、上には造反者の拠点を見つけたから処分する、とでも言っておけば構わないか。上の人たち、そもそも書類に判子を押すだけの仕事で読んでないもの。




