File : Project G.O.D. 18
——傍観者機構 活動開始
——接続……成功
対象ミヤビの生体反応と未登録生体反応を一名確認。二名の声が室内に響いている。室内は明るく、書類が大量に重なる大きな机が置かれており、机が寄せられている壁一面には各種情報が表示されている。
対象ミヤビを視認。対象は机前の椅子に座る未確認対象と会話をしている。
未確認対象、ミヤビと同じく白衣と思われる衣服を着用。肩まである髪は茶色く、現登録者三名の黒い瞳とは違い、青い瞳で壁の表示に目をやっていた。
「思っていた以上に個々の負荷がキツいようです。少しは負荷を減らすなり、サブ端末に振り分けるなりしないと、これじゃあ精神崩壊か最悪脳死ですよ」
「不許可よワカバ、この程度で落ちるようなら全ネットワークの掌握なんて不可能。現状を出来るだけ維持させなさい。メイン端末が脳死になろうと構わない」
未確認対象の名称を取得。仮登録完了。対象ワカバ、声色と骨格から女性と判断。年齢……不明、各部に異常が見られるため検証を断念。外見からミヤビと同年代であると推測される。
「でもそれでは——」
「今回は現状の負荷でどれだけ耐えられるかの試験。脳死した端末は破棄なさい。換えなんて後でいくらでも作ればいい」
「……あんたね! いくら何でも——」
「私の複製体が死んだところで何の問題が? あなたは今のうちにメインカートリッジの増設申請を本社に出しておきなさい。この様子だといずれ必要なのは目に見えてる。予算が下りるうちに手は打っておくべきよ」
対象ワカバ、何も言わずに対象ミヤビをじっと見据えている。
ミヤビはワカバの視線に気が付き、ワカバに顔を向けた。
「何? 端末の処分が面倒なら男の研究員にくれてやれば? 愛玩程度の利用価値ならあるでしょう?」
「あんた……本気で言ってるの?」
「それよりワカバ」
対象ミヤビ、対象ワカバの肩に手を添え、ワカバの耳元に顔を近づけた。
「あなたをメビウスの廃棄処分対象から救ってあげたのが誰だか忘れた? あなたがナオトと一緒に何をコソコソとやってるか知らないけど、私の邪魔になるようなら」
「ユキ! 私は……っ!」
対象ミヤビ、懐から素早く銃を取り出し、銃口を対象ワカバの額に突き付けた。
「ワカバ、その呼び方はやめろと言ったのも忘れた? それとも今すぐ死にたい? 私の目を誤魔化してクレイドルガードの連中を入れられるのは、この施設じゃあなただけ。今ここで全てを吐いてもら……」
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビは目を見開き、こちらを見つめている。そして、対象ミヤビは顔をしかめながら視線を逸らし、銃をしまいつつワカバから離れた。
「後は任せる。本社への申請書類、検査が終わるまでに作っておきなさい」
対象ミヤビ、退出。対象ミヤビの生体反応、室内より消失。残り生体反応、一。
対象ワカバ、ミヤビの出ていった扉を見つめ、ため息を付きながらこちらに顔を向けた。
「ハァイ、傍観者。助かったわ」
ワカバは再び出入り口扉に顔を向ける。
「どうやら相当あの子に気に入られてるのね。流石に好きな奴にあんな姿は見せられない、か」
ワカバは椅子ごとこちらに体を向け、足を組んだ。
「話はサナちゃんから聞いてるよ、バイスタンダー。とりあえずは初めまして。私はワカバ。セカンドネーム以降はデザイナーのせいで長ったらしいから、ワカバでいいよ」
仮登録対象より姓名を取得。本登録。
「私はあの子と同じデザイナーズベビーなの。ただし、聞いてただろうけど、私は廃棄処分対象になっちゃって、私自身の記録は完全に抹消されてる。私は書類上、この世に居ない事になってんの」
対象ワカバ、上着のボタンを数ヶ所外し、胸元を露わにさせた。対象の胸元に金属性の機械端末が露出。端末は対象の心臓部を覆っている模様。
「私はあの子と違って前世代の規格でね。もう内臓関係が使い物にならんのだわ。こうして機械で補わなきゃ日常生活もおくれないし、今じゃ好きだった酒も飲ましちゃくれない。生体の複製移植は廃棄処分対象には望み薄だから、こうして昔の技術で体を保たせてるの」
ワカバは椅子の背もたれに体重をかけ、体を倒しながら天井に視線を向けた。
「うちらの代で残ってるのはもう私だけ。他はみんな廃棄処分されて今は天国……には行けないから地獄のどこか。私は廃棄処分直前にあの子に助けられてね。まあ、お陰様で今は手足のようにこき使われてるわけ」
ワカバは苦笑いを浮かべながら、こちらに顔を向けた。
「あはははは、一応言っておくとさ。あの子も昔はあんなんじゃ無かったのよ? 私の事もワカバ姉さんワカバ姉さんって、慕ってくれてたんだけどねぇ」
対象は笑みを消しつつ天井に顔を向け、目を細めた。
「でも、自身を変えずに居られるほど、この世界はあの子に優しくなかった……ねえ、こんな事、私が言うのもあれだけどさ。あの子の事、嫌いにならないでやってくれない?」
対象ワカバは体を起こし、机に両肘を乗せ、そのまま両手を重ねた。
「あの子、最近ちょっと良い顔をするようになってる。丁度サナちゃんがあなたの事を教えてくれた頃からかな。少しだけ昔の面影を垣間見みせたりするのよ、私の前でもさ」
ワカバは両手の指を交差させ、その上に自身の顎をのせる。
「あの子はもう色々と限界なのよ。サナちゃんの終わりも近い、ナオトさんとは相変わらず。それに本社の連中はあの子の動きにピリピリしてる。本社が送る予定だったクレイドルガードは、ナオトさんの根回しのお陰で身内の部隊で構成できたけど……本社の連中はあの子が怖いのよ。死の少女もミヤビシステムも全てあの子が握っている……まあ、恐れられているという事は、それだけ期待もされてるんだけどね」
対象ワカバ、机から古びたキーボードを取り出し、高速で打ち込み始めた。
「全情報統合及び統制機構ミヤビシステム。簡単に説明すると、これは超高度な情報検索装置なのよ。世界中で全情報の開示と著作の放棄が義務化されて、どんな技術だろうと構わず流用して組み合わせる事が出来るようになった。でも、それを選別して管理するシステムは無かったから、情報は未整理で殆ど垂れ流し状態。管理なんて個人や一企業レベルじゃ不可能……それでも私達の技術レベルは上がったわ。星間船の早期建造もそれのお陰みたいなものだしね……だけど、もっと効率的かつ効果的に情報を管理し、必要な情報を柔軟かつ正確に取得できれば、私達の技術はさらに飛躍すると言われている。地球の終わりも近いこの世の中で、それはクレイドルで一番に求められてきた。そして、それを実現させる為のシステム、それが」
対象ワカバ、キーボードの入力を止め、こちらに顔を向けた。
「あの子と私が組み上げた、脳回路並列型情報処理構造体ミヤビシステムよ」
対象ワカバの声と同じくして、各種情報が表示されていた壁の中心に亀裂が入り、轟音を響かせながら徐々に壁が開いていく。そして轟音が止むと、ワカバは椅子から立ち上がった。
「ついてきて、あなたには全てを見せてあげる」
対象からの同行要請。拒否要素無し。対象に同行。距離を固定。
対象、開いた壁の奥へと進んで行き、最深部で停止した。最深部の光源は先程まで対象がいた室内からの光のみ。到着した室内は暗く、鈍い機械の駆動音が響いている。
「システム、アクセス。権限名、ワカバ=ハインディライツ=ライラフェナルディ」
対象の言葉の後、室内の音響装置より女性の声色で音声が発生。
『権限レベル8のアクセスを確認いたしました。識別完了。ライラフェナルディ技術主任からの接続を確認いたしました』
「ミヤビ、全カートリッジの隔壁開放。全照明点灯」
『はい、ライラフェナルディ技術主任。全カートリッジの隔壁開放及び全照明を点灯いたします』
音響装置の音声の後、全方位より機械駆動音が発生し、下部から上部にかけて照明が点灯。
「これが、私達の罪の象徴よ」
周囲に多数の生体反応を確認。対象ワカバの目前に十二の生体反応。広大な室内の中心で円を囲むように人体が並び、それぞれが床から延びる機器に固定されている。頭部以外は全て薄手の繊維に覆われ、頭部を中心に各部が中央の巨大情報端末に有線で接続されている模様。
十二の生体反応の識別開始……骨格及び人体構造から全て女性及び同一構造と判断。顔面構造、対象ミヤビと酷似。
室内を覆う円上の壁には、筒状の透明な小型構造体が多数並び、壁を覆い尽くしている。筒状構造体より生体反応を感知。それぞれの筒状構造体に人体の脳を中心に各種臓器が入れ込まれている。周囲の構造体数を検索中……累計一万五千四百八十一。
対象ワカバ、中心に固定されている未確認生体反応に近づき、その頭部に触れた。
「プロジェクトメビウスはね。別に私達のようなデザイナーズベビーの生産が目的じゃないの。本来の目的は優秀人材の永久利用よ。デザイナーズベビーはその為の布石でしかないわ」
ワカバはそう言いながら、未確認生体反応の長い黒髪に触れる。
「この子達を見て驚いたでしょう? プロジェクトメビウスの最終目標は優秀人材を半永久的に使い回すプロセスの完成。ある水準に達した人材をクレイドルメンバーとして選定して、選ばれたメンバーには予備の複製体を準備。どんなに人体を損傷しようが、どんな病にかかろうが、脳移植や記憶の再構築でメンバーを復元させる。元となる脳味噌さえ残ってれば大抵は復元可能らしいわ。たとえ、共感病を発症していようともね……そうやってメビウスの帯の上を歩かさせられるのよ。私の様に廃棄処分されるまで満遍なく永遠に、人類の奴隷としてね」
対象ワカバ、こちらを向き、眉をひそめながら笑みを浮かべた。
「終わりが近いこの世界。だからこそ人材は貴重。デザイナーズベビーも、プロジェクトメビウスも、全ては人類の為、未来の為……不老不死は無理だったけど、不老と延命化は結構簡単に出来るようになったから、クレイドルメンバーとデザイナーズベビーは全員それを処置済み。私もこんななりしてるけど、年齢は三桁が見えてきたわ」
ワカバは再び未確認生体反応に顔を向け、その頬に手を触れた。
「これは全てあの子の複製体。あの子はプロジェクトメビウスすら利用して、このシステムの早期完成を押し進めてきた。共感病研究が手詰まりの今、あの子にはこれを完成させる事だけが唯一の目標で、唯一の支えだったのよ。これさえ完成すれば、サナちゃんの終わりまでに共感病が解明出来るかもしれない……そんな淡い期待があったのかもしれないね、あの子には」
対象は未確認生体反応から離れ、壁の方に歩きだした。
「でもサナちゃんの終わりはもうすぐなのに、ミヤビシステムは本格稼動したばかり。ナオトさんの話だと共感病研究は本社で凍結が決まったそうよ……もう、サナちゃんの死の少女としての終わりの方が近い、このままだとね」
対象ワカバ、筒状構造体に近づき、一つに手を添えた。
「こっちは全部、提供者による脳。一応は本人の許可済み。共感病患者とか、自殺未遂者とか、死刑囚とかのね。それも半ば無理矢理だけどさ。こっちをサブ端末、あの子の複製体をメイン端末。それらを中央の制御端末で管理してるの。制御端末周りはあの子が調整してるから、インターフェイスのミヤビはここには居ないけどね。私は基本、この子達の管理と調整がお仕事」
ワカバは筒状構造体が並ぶ壁に背を付け、室内中央に顔を向けた。
「私達デザイナーズベビーは結果を出さなければ簡単に廃棄処分になる。だから必死になって成果を上げてきた。人類の為になるのであれば、どんな汚い研究も、どんな犠牲も、何もかも厭わないで押し進めてきたし、それを強要されてもいた」
対象ワカバ、こちらに顔を向け、じっと見据える。
「ねえ、どうして私達はそうまでして生きたいのだと思う? 私も若い頃はさ、自分のやっている事が未来を築いているっていう大義名分があったから生きてきたし、それが生き甲斐でもあったよ。だけど、こうして廃棄処分の烙印を押されて、こうやって無駄に生を紡いでるとね、わざわざこの星を捨ててまで生きる理由があるのかなって思う訳よ。あなたはどう? ずいぶん昔から私達を見てきたみたいだから、私達の事は一番詳しいんじゃない? ……でもあれか、私みたいな出来損ないが生きる必要性を説くのも馬鹿らしいか」
対象ワカバ、自身の腹部に手を当て、視線をそこに落とした。
「私はあの子より古い規格だから子供は作れない体なのよ。性行はできなかないけどね。でも、あの子は私の代とは違って、デザイナーズベビーの中で初めて未来を作れる体を持って生まれてきた……だから、あの子が生まれた時は色々と騒いだもんよ。引っ込み思案だったあの子を無理矢理引っ張り回してさ……そうね、あの頃は本当に、何もかも、輝いてたような気がする」
対象ワカバは顔をこちらに向けた。
「お願い、あなたはこれから起こる全てを見届けて。あの子の、ううん、私達の全てを見届けて。この場所は私達人類全ての罪の集約地点。そして、全ての終わりになるはずよ。あなたは見るだけでいい、見届けてくれるだけでいい。記録する者、あなたが本当にその呼び名通りなのなら、これから起こる全てを記録してほしい。明日の希望すら見えないこの世界、たぶんあなたが……いいえ」
対象ワカバ、口元を綻ばせ、笑顔をこちらに向けた。
「きっとあなたこそが、この世界でたった一つの希望の筈よ、傍観者」
ワカバは暫くそうしてこちらを見つめた後、中央の方へ顔を向けながら背筋を伸ばした。
「さて、そろそろ申請書類作らないと、あの子にどやされそうだから私は戻るね。あなたは好きに見学してていいからさ。じゃね、バイスタンダー。また機会があればお茶でもしましょ」
対象ワカバ、手を振りながら室内を退出。
周囲に生体反応多数、その中に動作反応……無し。
——傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理




