File : Project G.O.D. 15
——傍観者機構 活動開始
——接続……成功
隔離フロア室内。対象サナの生体反応有り。対象、寝具に横になり、睡眠状態。サナの寝息が室内に響き、壁からは淡く光が灯っている。
「んん……」
対象サナの覚醒を確認。目を擦りながら体を起こすサナ。
「あ……おはようございます」
対象サナの視線を感知。対象、欠伸をしながらこちらに顔を向けている。サナの衣服、前回着用の簡易服。
「ああそうだ、昨日はミヤビ先生怒ってましたよ。いきなりあなたが居なくなりましたから。でも昨日は私、あの後直ぐに寝てしまいましたから、丁度良かったのかもしれませんね」
室内出入り口扉の開閉音。対象ミヤビを視認。対象、前回縛っていた後ろ髪をほどいている。
「あれ、今日は早いのねサナ。おはよ……あー! あんた昨日はどこ行ってたのよ! せっかく、あの後飲みに連れていこうと思ったのに!」
対象ミヤビの視線を感知。ミヤビはこちらに顔を向けて声を張り上げている。
対象サナ、ため息を付いて顔をこちらに向けた。
「やっぱり居なくて正解だったみたいですね」
ミヤビは視線をサナに移し、無言のまま横目で見つめる。
「みっ、ミヤビ先生っ! 今日のご飯はどうしますかっ!?」
「いつも通り、サナの食べたい物をリクエストしてちょうだい」
「えっと、じゃあ先生の食べたい物で」
「そう……」
対象ミヤビ、対象サナの隣に座り、サナに密着した。
「ふぇっ!?」
「決心が付いたみたいで嬉しいわぁ、サナ」
ミヤビはサナの背中に腕を回し、空いた手をサナの顎に添えた。
「サナは食べちゃいたいくらい可愛いものねぇ」
「えっ!? ちょっ! ミヤビ先生っ!」
ミヤビはサナの顔に自身の顔を近づけていく。
対象サナが目を瞑り、体をこわばらせるのと同時にサナの体から電子音が鳴り響いた。
対象ミヤビ、サナから離れ、細長い機器を持ちながら立ち上がる。
「相変わらず低い平熱ね、サナは」
寝具に両手を付けてうなだれる対象サナ。
「……また、やられた」
「お陰で目が覚めたでしょう?」
「できれば、もう少しまともな方法にしてください」
「嫌よー。顔真っ赤にしちゃってさ。満更でもないくせに」
対象サナは顔を上げ、ミヤビに目を細めながら視線を送る。
「初めてがミヤビ先生なんて死んでも嫌です」
「ほう、小娘のくせにそこは拘るのね。で、何の初めてが?」
「もう、勘弁してください。私の負けでいいですから……それより今日はどうしたんですか? 髪なんて下ろして。私、初めて見ました」
「ああ、これ? ちょっと心境の変化ってやつ……ん? どしたん?」
対象サナ、ミヤビの顔をじっと見つめていた。
「あ、いえ。やっぱり先生、顔だけはそっくりですよね。母さんはもっと髪は短かったけど、そうやって下ろしてると本当に似てます。首から上は」
「んー? なになにー? サナちゃんはお母さんが恋しくなっちゃったー?」
そう言いながらミヤビはサナの隣に座り、体と顔を寄せた。
「ああもうっ、そういう所が似てないんですよっ、ミヤビ先生はっ」
「はいはい。それじゃあ二人で待っててちょうだい。今日は自信作を作ってくるからさ」
ミヤビは立ち上がり、寝具から離れる。
「はい、楽しみにしてます」
「了解、任しといて」
ミヤビ、室内から退出。対象ミヤビの生体反応、隔離フロアより消失。
対象サナ、出入り口扉を見つめながらため息を付いた。
「相変わらず調子良いんだから……」
サナは寝具から出て、壁の情報端末に手を触れる。電子音の後、壁の一部が開き、液体の容器をそこから取り出す対象。
対象サナは液体をストローで啜りながら寝具に腰掛けた。
「はぁ、生き返る。なんかもう朝一番に疲れはてましたよ……こういう喉がカラカラの時に飲む水って美味しいですよね。そういえば小さい頃、父さんと山登りに行ったのですけど、その時に飲んだ水も美味しかったな」
対象、小さく微笑みながら顔をこちらに向ける。
「でも娘を連れて山登りだなんて、父さんもよくやりますよね。確かに娯楽施設はその頃から殆ど潰れてましたし、残ってるのは保護指定された自然環境くらいでしたから、仕方ないと言えば仕方ないのですけどね。でも凄く楽しかったのは覚えてます。父さんと母さんは二人とも仕事が忙しくて、家族そろって遊んだりとかは殆どありませんでしたから」
対象サナ、容器から液体を啜り、飲み干した容器を隣に置いた。
「母さんなんて普段まったく運動しない人だったから、父さんに文句ばかり言ってました。でも母さんも凄く楽しそうで……私もその時は、楽しくて嬉しくて、はしゃぎ過ぎたせいで、帰りは父さんに抱っこしてもらってました」
対象サナ、両手を口元で重ね、笑みを浮かべながら指を交差させる。
「そうそうっ、その時山の頂上でキャンプしたんですけど、夜ドキドキして眠れなくて、ずっと外で父さんと空を見てました。頂上で見る空って凄く綺麗で、まるで透き通ってるみたい……星の一つ一つが眩しいくらいに瞬いてて。あの中の何処かで、今も誰かが新しい星を探しているなんて信じられないくらいに」
サナは両手を膝に乗せ、天井を見上げた。
「父さんの話だと、先発の調査隊の人達が、今でも第二の地球を探しているそうなんです。でも、もう交信にも時間がかかって、今では生きているかどうかすらも解らないらしくて……」
対象サナ、こちらに顔を向けながら自身の腕を掴み、握りしめる。
「知ってますか? 共感病は確かに人を追いつめている病気ですけど、一つだけ人にとって良かった事があるんです。地球の灰色化が確認されて、星間船の量産も目処が付いたところで、さあ希望者をって時に全然集まらなかったそうです」
対象、自身の手を顔の前に持ち上げて見つめる。対象の手、腕の全てが完全に灰色に変色。
「当たり前ですよ。いくら終わりの日が解ったからと言っても、随分先の事ですし。この国だったら私の代までは影響無い位でしたから。誰も実感なんて沸かないと言うより、自分達には関係無いって思ってたでしょうね。私達は本当に身勝手な生き物だから」
対象サナ、手首の端末を操作し、壁に映された空を見つめる。
「でも、共感病の感染が世界に広がると、その考えが一変しました。誰も彼もが地球の死を身近に感じて、この病気を恐れて、この星から逃げていくようになって……地球の側に居れば居るほど、灰色化の境界線に近ければ近いほど発病し易くなる。それが共感病です。ふざけた病気ですけど、この病気のお陰でユリカゴの地球脱出計画も順調だそうです。まあ、当事者としては嬉しくも何ともない話ですけど」
サナは再び端末を操作する。対象の網膜に情報が表示されている模様。
「もし地球を人に置き換えるのなら、我々人類は大きさも、その性質も、病原菌に他ならない。これ、ユリカゴの宣伝文句の一つです。この星から見たら、私達の存在なんてそんな物なのかもしれませんね。でも、そんな風に考えてしまう事こそ、おこがましいとは思いませんか?」
対象サナは自身を両手で抱きしめながら俯いた。
「そんな簡単な事じゃない、単純な筈がないんです……これは警告なんです。この星に生きる命に対する最終警告。私達が過ごしてきた日々は、あまりにも短くて、あまりにも尊くて、暖かくて、この星にとって奇跡の日々だった筈なんです」
対象サナの視線を感知。サナは顔を上げ、自身を強く抱きしめながらこちらを見つめていた。
「だってそうでしょう? 私達はこの星で生まれて、この星で育てられた、この地球の奇跡の筈なんです……私達は互いを想い、その想いを伝えあえる生命なんです。確かに、私達は幾ら伝え合っても、想いの違いで簡単に傷つけあって、憎しみあって、殺しあってます。懲りずに何回も何回も……あなたは私達をずっと見てきてますから、良く解るでしょう?」
対象サナ、顔を伏せ、自身に回す両腕に力を込めた。
「でも私は信じたい。信じていたいんです。だって、今こうして世界中で協力し合い、一丸となって生きようとしているんです。そのお陰で私達は、この数十年で何世紀も先の予定だった技術を得られました。それに今は国境も何もない、本当に一つの世界になりつつもあります。それは本当に素晴らしくて、私達にとっての誇りの筈なんです。きっと誇れる事の筈なんです」
対象サナは両手を下ろし、こちらに小さく笑みを浮かべる。
「私に響いてくる星の悲鳴は痛みの声だけじゃないんです。本当に微かに、殆ど聞こえないくらい小さく、私に響くんです。この星に奇跡を産んだ親としての、暖かい声が……それは私の希望が産んだ、ただの空耳かもしれません。でも、私はその声を信じたい、痛みの声の中で響くその声に希望を見いだしたいんです。この共感病も灰色化も、必然だったと信じたいんです」
サナは自身の両手を見ながら口元だけ笑みを浮かべた。
「馬鹿ですよね、私は。そうやって無理矢理にでも希望を持ちたいだけなんです。そうでも思わないと、痛みの声に私もいつか押し潰されてしまいそうで……本当に、人に聞かせるにはあまりにも酷な声ですよ」
対象サナは両手を見つめながら沈黙。暫くして出入り口扉開閉と共に対象ミヤビを視認。
ミヤビは料理の乗った大皿と小皿を数枚持ち、室内のテーブルに向かう。
「さーな、ご飯出来たよ」
「良い匂い。今日は何なんですか?」
サナは室内のテーブルに近づきながらミヤビに問いかけた。
「パエリア。サナは食べたこと無い?」
「私は初めてです」
サナはテーブル近くの椅子に座り、ミヤビから料理の盛られた小皿を受け取った。
「じゃあ丁度良かった。ああ、サナ。一応、今日が普通にご飯食られる最後の日だから、いくら不味くても味わって食べること」
「解りました。でもミヤビ先生が作ってくれたものです。美味しいに決まってますよ」
「……そうね。それじゃ、ありがたーく頂きなさい」
「はい。でも凄い、こんなに早く出来ちゃうなんて」
対象ミヤビ、二つ目の小皿に料理を盛ると、三つ目の小皿にも料理を盛りつけていく。
「今朝のうちに仕込んで置いたの。どうせいつもの如くだと思ったからさ」
「じゃあ、もし私が違う物を食べたがったらどうしたんですか?」
「そんなの、無理矢理食わすに決まってるじゃない」
「結局私に選択件が無いじゃないですか……あの?」
「何? 今までそれを放棄してきたサナが悪——」
「いえ、その事じゃなくて……なんで三つもあるんですか?」
「ん? ああ、こいつの分」
対象ミヤビ、親指でこちらを指さして、料理を盛った三つ目の小皿をテーブルに置いた。
「ああ、なるほど……でも、食べられなくありません?」
「解ってないねサナは。こういうのは気分よ気分。それが一番大事で、一番大切」
「そんなものですか?」
「そんなもんよ。ほら、冷めないうちに食べちゃって、味は保証するからさ」
「はい、じゃあいただきます」
対象サナ、ミヤビからスプーンを受け取り、料理を口に運ぶ。
対象ミヤビは椅子に座り、テーブルに片肘を付きながら手のひらに頬を乗せた。
「どお?」
「……ん、美味しいです。私、初めてですけど、こんなに美味しいんですね。私も一回ぐらい作っておけば良かった」
「違う違う、私が作ったから美味しいのよ」
「ふふっ、そうですね。ミヤビせんせ」
対象サナ、口元を押さえながら笑顔をミヤビに見せる。
対象ミヤビ、笑顔のサナを見ながら沈黙。ミヤビはサナの顔を微笑みながら見つめていた。
「ミヤビ先生? どうしたのですか?」
「……あの頑固者も来ればいいのになって思っただけ」
「へ? ……ああ、父さんは無理ですよ。今は仕事中でしょうし」
「そういう事じゃないの。今のサナの笑顔見せてやれば吹っ切れそうなのになって思ってね」
対象サナ、顔を赤面させながら下を向いた。
「なーに顔赤くしてるのよ、このこの」
対象ミヤビ、下を向いているサナの頭を指で小突いた。
「だってだって、ミヤビ先生が変な事言うから……」
「さーな」
「はい?」
サナは微笑んだままのミヤビに顔を向けた。
「いい? 人生なんてね、笑ってたもん勝ちなの。どんな状況だろうが、どんな時代だろうが、笑顔で居るだけで、それだけで価値があるものになるのよ」
「……そんなものですか?」
「そんなもんよ。資産、地位、時間、夢、愛……人の幸福なんて多種多様だけど、笑顔で居られる誰かと同じ時間を共有できるのは、大抵の人間が幸せに感じる事なんじゃない? 残念ながら、サナは相手を選ぶ事は出来ないけどさ」
対象サナ、再びミヤビから視線を逸らし、顔を伏せた。
「私……」
「ん?」
「私、良く解りません。先行きなんて決まっていました。私の生きた証が何なのかも解りません。幸せがどういうものなのかも、正直私には解りません。解る方が失礼だと思います」
ミヤビ、サナを見つめたまま沈黙。ミヤビはテーブルの下で自身の髪を指に絡めている。
「でも、今こうしてミヤビ先生達と一緒に居るのは楽しいです。凄く安心します……だから私は……望めるのなら、ずっと、こうしていたいです」
「そっか……それなら、せっかく暇人がここに二人も居るんだし、楽しくやりましょ」
「はい……先生?」
「ん? 何?」
「ありがとうございます」
「うん……それじゃ、後でこいつにもいってやんなさいね。あたしらみたいなめんどくさい奴に付き合ってくれてるんだから。それとごめんサナ、ちょっと用事思い出した。台所も一緒に片してくるから、サナは食べてていいよ」
対象ミヤビ、椅子から立ち上がり、自身の髪をかきあげた。
「え? でも、私一人だといけないんじゃ」
サナはそう言いながらスプーンと小皿を持ち上げる。
「堅いこと言わんの。それに、なるべく早く戻ってくるからさ、待っててちょうだい」
「解りました。でも知りませんよ? 後で怒られても」
「私の心配なんてしなくて大丈夫。それじゃ、また後でね」
対象ミヤビ、室内より退出。対象ミヤビの生体反応、隔離フロアより消失。
対象サナ、出入り口扉を見つめ沈黙。そして、サナはこちらに眉をひそめながら顔を向けた。
「あの、ミヤビ先生の事、見てきてくれませんか? 何となくですけど少し心配で……あ、私は大丈夫ですから。ごめんなさい、もし良ければお願いします」
対象サナより別対象への同行要請。拒否要素なし。対象ミヤビの生体反応を検索……完了。傍観者機構、再接続を開始。
——傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理




