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File : Project G.O.D. 09

——傍観者機構 活動開始

——接続……成功



 仮登録対象ナオトの生体反応を確認。施錠された棚で囲まれている部屋。ナオトは小型の情報端末を持ちながら机に腰掛け、その隣には金属製の鞄と前回着用していた上着が置かれている。室内に対象以外の生体反応無し。対象は情報端末を見ながら話し続けている。

 対象の耳に通信端末を発見。音声通信で会話をしている模様。

「ああ、それで構わない。本社にもそう伝えてくれ。それと、オーストラリアからの委託の件だが、乗客リストと乗客冷凍処理リストの再編集をしてほしい……ああ、これで全ての引継が終わったな……ああ、こちらこそ世話になったよ。本音ではこっちの仕事も続けていきたいのだが、兼業できる時間も減ってきていたからな。それに向こうからもいい加減……」

 対象ナオトの視線を感知。ナオトは会話を止め、目だけをこちらに向けている。

「……いや、何でもない。今までありがとう。何かあったら私に直接連絡を入れてもらって構わない……ああ、そちらも気を付けて、では」

 ナオトは顔をこちらに向けて、口元だけ小さく微笑んだ。

「なるほど、昨日ミヤビの近くに居たのは君だったのか……しかし光栄だ、まさか私のオフィスに傍観者が来るとは思いもしなかったよ。何のようだ、とは無粋な質問かな? まさか君もミヤビと同じ事を言いに来たわけではないだろう?」

 対象は端末を鞄に入れ、代わりに小型の水筒を取り出して一口啜り、室内時計を見る。

「丁度時間もあるか……ああ、すまない、そういえば自己紹介がまだだった。キジマナオト、ユリカゴ広報部の部署長をさせてもらっていた、今さっきまでな。これからは本業に専念させてもらう事になって、今日限りでこの職場も見納めだ」

 仮登録対象から名称を取得。本登録。対象ナオトは机の後ろにあるガラス窓に顔を向けた。対象の視線の先、雲一つ無い晴天が広がっている。

「ユリカゴの本社は合衆国だが、ユリカゴ自体の歴史は古くてね。最初はこの国の大財閥による出資で創立されたらしい。とは言え、今となっては国境無き半国営機関。国以外にも賛同する出資者が居るお陰で資金には困らんよ。地球の終わりまでに人類の地球脱出を完了させる為の機関だ。ただ、我々のしていることは夜逃げ屋と大して変わらない……正直、私個人としては馬鹿馬鹿しく思っているよ。今まで搾り取るだけ取ってきた当事者が、地球の死を認知したらしたで捨てようと言うんだ。もっとも、こんな不可思議な形で星の死が現れるとは誰も予想していなかったのだがね」

 ナオトは水筒を机に置き、こちらに顔を向けた。

「ユリカゴでも灰色化については研究を進めている。だが、未だに解決の糸口すら掴めていないのが現状だ。解っているのは、南極から地表が灰色に変色し始めているという事だけ。共感病と同じく、いずれ灰色化現象の調査も打ち切られる事だろう。我々に残された時間は本当に少ない。時間の無い中で星間船の建造と量産に成功したのは、ある意味奇跡だよ」

 対象は自身の両手を重ね、そこに視線を落とした。

「結局、我々は気が付かぬ内にこの星を痛めつけ、星の悲鳴に気付いた時には手遅れだったのかもしれないな」

 ナオトは水筒を持って机から離れて窓に近づき、顔を上げて空を凝視する。

「火星で行われていた入植計画も凍結され、月への入植計画も二日前に本社で凍結が決まったばかりだ。我々の唯一誇れる技術力も、星を変えられる程の代物では無いと言うことかな」

 対象がこちらに振り返り、ガラス窓に背中を付けた。ナオトは口元だけ笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

「傍観者。君から見て、我々人はどう映る? 滑稽に見えているだろう? 自分達のした事に尻拭いも出来ず、ただ逃げ出しているだけだ」

 対象は視線を空に移した。

「あの空の向こうに人類が住める環境の星があるかどうかも定かでない。先発の調査船からの連絡は未だ届かない。表向きは、あの空の向こうにこそ希望がある、などと言っているが、結局はこの有様だ。ただでさえ、この星は奇跡のような存在なのに、我々はその奇跡を求めて空に飛んでいく」

 ナオトはそう言って暫くの間、そのまま空を見つめ続けた。

「ところで、君は灰色化の境界線は見たのか? もし未だなら行ってみるといい。動物から植物、更には微生物まで、生命と呼ばれるもの全てが死滅に向かう場所だ。未だ原因不明だが行けば解る……本能が反応するはずだ。この星の死を、全ての終わりを……我々人がただの弱い生命なのだと痛感させられる場所だよ。だからこそ逃げ出したくなる」

 ナオトは顔を手に持つ水筒に向け、掴む手の力を強めた。

「地球残留希望者の説得に一番効果的なのが、灰色化の境界線を踏ませる事だ。効果は覿面……自殺者が出る程にな」

 ナオトの耳の通信端末から電子音が流れる。対象は耳に手を当て、水筒を机に置いた。

「少し失礼するよ。はい、キジマです…………はい、私は構いませんが……そうでしょうね、体の良い当てつけなのでしょう……いえ、お気遣いなく……了解いたしました、では」

 ナオトは会話を終えると、机の鞄と上着を取り、こちらに振り返る。

「すまない急用が出来てしまった。また機会があれば是非来てくれ。歓迎するよ」

 対象ナオト、室内から退出。

 周囲に生体反応及び動作反応無し。



——傍観者機構 接続停止





管理番号_20160805 管理者名_若葉代理

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