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春花秋月  作者: きさらぎ
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14/26

惑う恋 ~恋をはじめよう~

 週末の夜。


 俺の部屋で、恋人と過ごすことが当たり前になっていた日のこと。


 いつもはよく笑う彼女が、黙りがちだったのは気にはなったけれど。

 そんなことよりも、彼女が欲しくて、早くその唇に触れたくて、抱きしめてキスしようとした時だった。


「やめて」


 叫ぶように言った拒絶の言葉。怒ったように俺を睨む彼女。


「どうしたの? 何怒っているの?」


 彼女の怒りの理由がわからず尋ねる。


「わたし知っているのよ。だから正直に言って。わたしに嘘をつかないで」


「え? 何を?」


 正直にって、嘘って言われても・・・

 睨むように、真剣な顔で問われても何の事だかわからない。


 俺の言葉に彼女は何かに耐えるように目を閉じて。

 それから、意を決したように口を開いた。


「あなたには他に恋人がいるのでしょう?」


「・・・」


 思いもかけない言葉に一瞬固まった。


「聞いたのよ。あなたが恋人とお店にいたって。つい最近のことよ。すごく仲良さそうだったって。わたしは一体何だったの? 遊び?」


 刺すような視線と責めるような口調。



 俺はとっさに言葉が出てこなかった。


 とっくに終わっていた恋。

 終わらせた恋をなぜ彼女が口にするのだろう。

 衝撃で口を聞けずにいる俺のことを、彼女は肯定したと思ったのだろう。


「さようなら。もう、ここへは来ないわ」


 俺の腕の中からすり抜けていこうとした。


「待ってくれ」


 俺は離れていこうとした彼女の腕をつかんで、抱き寄せる。

 ここで離してしまったら、きっと彼女は俺の元へは戻らない、そんな気がして強く抱きしめる。


「いや、離して」


 俺から必死にもがいて逃れようとする彼女。

 だからといって、素直に逃がせるはずもない。

 


「誤解だから。俺の話を聞いてくれないか。俺が好きなのは里緒りお、君だから。誤解されたまま別れたくない。ちゃんと話すから、聞いてくれ」


「誤解?」


 懇願するような俺の言葉に、彼女も少し落ち着きを取り戻してくれた。


 話をするためにベッドに腰かけさせて、俺は床にひざまずいて、彼女の手を取り視線を合わせた。不安を隠せない青白い顔で震えたように俺を見ている。


 俺は元恋人との別れのいきさつを話した。

 大学生からのつきあいで、お互いの仕事のすれ違いから、ドタキャンが続いて、けんかばかりしていたこと。そのうちに連絡も取らなくなって、ここ一年ほどは会ってもいなかったこと。そして、ようやく、彼女と別れられたこと。


「ごめん。もっと早く、別れていれば。ごめん」


 里緒に出会った時には、もう既に遥に気持ちはなかった。

 音信不通の恋人とは自然消滅したんだと思って、里緒とつきあい始めた。


 このままではいけないと思ったのは、里緒との結婚を意識し出したから。

 彼女はまだ大学生だから、すぐにと言うわけにはいかないけれど。


 だから、きちんと遙に会って話がしたかった。

 おかげで、お互いに気持ちがないことが分かったから。

 その時のことを誰かに見られていたんだろう。

 仲良さそうに見えたのはドロドロとした別れ話ではなく、穏やかに話ができたから。


「ごめんなさい。あなたを信じられなくて、ごめんなさい」


 里緒がぽろぽろと涙を流す。

 頬を伝わる涙は俺の手を濡らしていく。


「里緒は悪くないよ。悪いのは俺だから。だから、別れるなんて言わないでくれ。愛しているんだ。ずっと俺のそばにいてくれ」


「いいの? わたしでいいの? あなたのそばにいていいの?」


 涙で濡れた瞳で縋るような表情で、何度も確かめるような言葉に、俺はぐっと胸が詰まった。


 もしかしたら、今日ここへ来た時には、別れを決意していたのかもしれない。どこか思いつめたような顔だったのは、傷ついて、苦しんで、悲しんでいたから。


 それなのに俺は何も気づかずに・・・


「うん。里緒と一緒にいたい。里緒じゃなきゃダメなんだ」


「わたしも。初めて会った時からずっと好きだったの。佑真だけなの」


 お互いの気持ちを確かめあって、彼女を抱きしめた。




「もう一度、恋をはじめよう」



 俺の言葉に彼女は嬉しそうに頷いた。



 これからが本当の恋の始まり。

 俺たちの新しい出発点。


 

 彼女の頬にぽろりと涙が零れ落ちる。


 これはきっと、うれし涙。




 俺は唇でそっと彼女の涙を拭いた。 



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