◆1 私は家族の裏切りによって、下品な中年蛮族と結婚させられました。
頭がボウッとしている。
ここはどこ?
わからない。
たしか今までは、薄暗いところにいた。
闇の中にいたような気がした。
けれども今は、異様に明るい、真っ白な空間にいるような気がする。
いや、そうではない。
よく見たら、高いところに天井があって、周りに柱が何本も立っていて、目の前には白髪の、荘厳な衣装をまとった老人が立っている。
側面にも、煌びやかな服装をした人々が、何人も壁に沿って並んでいる。
一方で私自身はーー顔が火照っている。
右半分の頬が熱を帯びていて、痛いほどだ。
おまけに、全身がダルい。
気分がささくれだって、落ち着かない。
そう、今のボンヤリとした意識であっても、自分の名前ぐらいは覚えている。
私の名前は、ソルニア・フォン・マルチノ。
マルチノ王国の王女だ。
年齢は、二十四歳になったばかり。
ーーうん、頭は正常に働いている。
ふと右横を見てみると、巨躯の男がいた。
見知らぬ中年男で、頭が禿げている。
どうして、このような汚い格好の男と、若い王女である私が、並んで立っているのだろう?
男は腹が突き出ているし、顔も身体も髭モジャだ。
身にまとっている装束も、いわゆる貴族が着るような礼服でもなければ、一般的な平民が着ている麻のシャツでもない。
そう、毛皮だ。
熊か何か、獣の皮をはおっているのだ。
今の季節は秋なのに、まるで合っていない。
さては素肌の上に毛皮を一枚、はおっているだけなのか。
下を見れば、毛皮の隙間から、薄汚い下着が丸見えではないか。
なんと、おぞましい姿であることか。
さらに男の顔を見てみたら、鼻は丸くて大きく、目の玉は異様にギョロついている。
紅い唇の周りを髭が覆っていて、始終、ニヤけている。
時折、私の方を見ては舌舐めずりをしている。
くちゃくちゃと、時折、口で音を立てるのが、じつに不快だ。
(誰なの、このヒト?)
今度は自分の足下に視線を落とせば、細かなレースが編まれたドレスの裾が白く見える。
私は純白のドレスをまとっていた。
まるでウェディングドレスだ。
ただし、首輪付きの。
喉元に、ヒンヤリとした金属感があった。
私の首に首輪が付けられているのだ。
そして首輪についた鎖を持つのは、隣のオヤジだった。
目の前にいる白髪で、荘厳な雰囲気を湛えた老人は、教会の司祭様だ。
ようやく顔に判別がつき始めた。
何度か、王宮内教会で面会したことがある。
今、司祭様は痛々しそうな顔をしていた。
ああ、それでもやはり、頭が朦朧としている。
視界を白い幕が覆っているようだ。
思わず、倒れそうになる。
そんな私を、後ろから支える者がいた。
声でわかる。
兄のオジェ・テラ・マルチノ陛下だ。
つい最近、マルチノ王国の国王に即位したばかりのーー。
「おいおい、気をしっかり持ってくれよ、ソルニア。
おまえの結婚式じゃないか」
身を捩って後方を見遣ると、兄オジェの後ろで、二人の女性が正装して立っていた。
一人は兄の実母であり、私にとっての義母シャロワ妃。
もう一人は兄の妻になったばかりの、年若い王妃パスワケレス。
彼女たちが二人して、私の方を見て、ほくそ笑んでいる。
私はというと、兄に背中を押されて、見も知らぬ髭オヤジの胸元へと飛び込まされた。
すると中年禿げ髭男によってキツく抱きつかれ、強引に接吻させられてしまった。
抗おうにも、首輪の鎖をキツく引かれて身動きができない。
そんな私の様子を見かねたのか、司祭様はか細い声で言う。
「これでお二人はたしかに、ご成婚なされました。
神の祝福があらんことを」
後方では、兄、そして義母と義姉が、薄笑いを浮かべながら拍手する。
それを機に、側面に並ぶ者たちも手を叩き始めた。
虚無に彩られた、白けた拍手が会場全体に響き渡る。
(何なの?
私、結婚したの?
こんな気持ち悪い中年男性と!?
いったい、どうしてーー??)
兄のオジェが再び背後から近寄ってきて、私に鏡を見せる。
(なに、これ……!?)
思わず、私は絶句した。
私の銀髪、青い瞳、そして白い肌は、美しいと評判だった。
だが、今、鏡に写る私は、まるで美しくなかった。
顔の半分が焼け爛れて、白い皮が剥けて、赤く腫れ上がっていた。
道理でズキズキ痛むわけだ。
頬の痛みを自覚したからか、次第に、自分が受けた仕打ちを思い出した。




