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港町と猫の喫茶店  作者: 紡里


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3/3

秋に実る

 おばあちゃんに言われるままに、裕美はおじさんと倉庫へ行った。倉庫前のコンクリート部分は、それなりに広い。

「お嬢ちゃんは学校に行ってないのか」

「……」

 お互いに相手の足元へ、返しやすいようにボールを蹴る。


「そういえば、サッカーのジュニアチームで強いやつは、遠征とか試合とかでよく休んでたな」

 裕美は心の中で、そういうのとは違うじゃんとムッとした。


「お嬢ちゃん。割と正確にパスを出すね。サッカー、習ってる?」

「ちゃんとしたのじゃない。小学校にボランティアで教えに来てくれる人がいるから」

 お金がかかるジュニアチームに行きたいなんて、言えなかった。

 ママが夜、家計簿アプリを眺めながら、ため息をついているのを聞いちゃったから。


 ボールが小さな小石に当たって、軌道が変わった。

「おっと」

 おじさんは、すごい速さで反応した。

「さすがプロ」

「……はは。グランドが整備されていないと、こういうことあるよな。プロって環境に恵まれてるんだな」

 おじさんは独りごちた。


「プロになれたとき、なれなかった人とは違うって……ちょっと天狗になった。

 けど、こうなると、あのときに就職した連中の方が、正解だった気がするよ」

「大人なのに迷うの?」

「大人だって……正解なんかわからないさ」

 おじさんは苦笑いした。

「たとえば試合に勝てたって、すべてがパーフクトだったわけじゃない。ああすればもっとよかった、こうしたら違ったんじゃないかって……」

 おじさんが力んで、ボールが変な方向へ飛んでいく。


「あ!」

 裕美は追いつけなかった。ボールはコンクリート部分から飛び出し、姿が見えなくなった。

 駆け寄ってのぞき込むと、波の上で、ぷかぷかと浮かんでいる。

「ごめんな」

「……どうせ学校に行っていないから、サッカーの練習にも行けないし。いいよ」

 裕美は投げやりに答えた。

「あれだって、スポーツ用品店の閉店セールで安く買ったやつだし」


「……閉店する店もあるんだ」

「うん。このあたりも人が減ってるらしいよ」

「お店をやってても潰れるのか。そうだよな」


 先行きの見えない二人は、コンクリートにしゃがみ込んだ。

 きちんと真面目に生きていても、それだけで安泰ではないのなら……どうすればいいというのか。


「にゃ~ん」

 猫の鳴き声がした。


「お前たち、何をやっているんだ」

 おじいさんが、人の背丈よりも長い網を持って、歩いてきた。

「すごい、長い」

「親父が使ってたやつだ」

 ということは、漁師をやっていたおじいちゃんのものだ。


 長いぶん重たいのか、おじいちゃんの腕はぷるぷると震えている。

 波に翻弄されるボールを追いかけるが、惜しいところですり抜けられる。

 ドリブルのうまい選手が、ひらりひらりと身を躱すみたいだ。


「あの、マスター。俺が変わりましょうか?」

 おじさんの方が若いし、動体視力もいいかもしれない。

「これを扱うにもコツがいるんだ。慣れないと、バランスを崩して網を落とすのが関の山だ」

 おじいちゃんが素っ気なく答えた。

 こういう態度だから、グルメサイトに「無愛想なジジイ」とか書かれちゃうんだよ。


 しばらく、波とボールを相手に追いかけっこをした。

 寄せる波で遠くに行かないのが、また、おちょくられているようだ。


 ようやくボール網に入った。

「よっしゃ!」

「すごい、おじいちゃん」

 思わず歓声があがる。


 おじいちゃんは、ふっと余裕を感じさせる笑いを漏らした。

「落としたら拾えばいい」

 雫が垂れるボールを、おじいさんは裕美に手渡した。


「状況を見て、最善の手を考えて……自分が落ちてしまわなければ、いくらでもやりようはあるもんだ」

 おじいちゃんは額に汗を滲ませながら、おじさんにそう言った。


 キジトラ模様の猫がおじさんの足元にすり寄り、撫でられるのを待っていた。


 ***


 秋になって、喫茶店にハガキが届いた。


 おじさんは、ジュニア時代の先輩がやっている居酒屋で働くことになったそうだ。

 そこの店長はアマチュアサッカーのチームに所属していて、試合のある日は、店を閉めるんだって。

 その店で働いていた後輩が、プロにチャレンジするために辞めることになった。その入れ替わりで、おじさんが採用してもらえたらしい。

『こういう人生もありかな』

 そう書いてある。


『それから、あのときナポリタンが跳ねて、ワイシャツに染みができちゃったんだ。

 それを着て企業の面接に行くのもかっこ悪いから、就職先を考え直したら、道が開けた』


「え……これ苦情? 私のせいみたいじゃない?」

 裕美はハガキをじっと見て、眉を寄せた。


「ちがうでしょう。裕美のおかげってことでしょう」

 おばあちゃんが笑う。

「そうかなぁ?」

 裕美の今日のお昼は、喫茶店のピザトーストだった。

 パン屑を払えばいいだけだから、服が汚れたと言われることはないだろう。

 次に来たら、こちらを勧めればいいのだろうか。


 イラストも写真もないハガキに、びっしりと文字が並んでいる。


 今日は曇り空で、どんよりとした午後。

 雨が降り出したら、観光客が雨宿りに訪れるかもしれない。


 喫茶店から奥に引っ込もう。

 国語ドリルと筆記用具をまとめていたら、店の外で猫が、「うにゃ~ん」と鳴いた。


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