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第15話 冬を待つ日々

 冬の休暇まで、あと二日。


 王都には本格的な寒さが訪れていた。


 朝の空気は澄み切り、吐く息は白い。


 窓の外では葉を落とした木々が静かに冬を迎えている。


 カイロスは机の上の暦へ視線を向けた。


 あと二日。


 その数字を見るたびに、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。


 理由は分かっていた。


 冬の休暇が近づいているからだ。


 講義が終わると、教室の中はいつも以上に賑やかだった。


 帰省の予定。


 旅行の話。


 休暇中の課題への不満。


 生徒たちは思い思いに冬休みの話をしている。


 そんな中。


「おい」


 後ろから肩を叩かれた。


 振り返るとギルバート・アシュフォードだった。


「昼飯行くぞ」


「一人で行け」


「断る」


 即答だった。


 カイロスが断ることなど最初から想定していないらしい。


 結局そのまま食堂へ連れて行かれる。


 昼時の食堂は大勢の生徒で賑わっていた。


 二人は窓際の席へ腰を下ろす。


 今日のおすすめは冬野菜のシチューだった。


 湯気の立つ皿から良い香りが漂う。


「休暇まであと少しだな」


 ギルバートが言った。


「ああ」


「お前は帰るのか?」


「フィオラへ行く予定だ」


 そう答えると、ギルバートは少し驚いた顔をした。


「またあの村か」


「何か問題でもあるのか」


「いや」


 ギルバートは笑う。


「そんなに気に入ってるんだなと思って」


 カイロスは少しだけ考える。


 フィオラ。


 川。


 丘。


 花畑。


 暖炉のある家。


 温かな食卓。


 夏祭りの灯り。


 夜空の星。


 そして。


「いい場所だからな」


 自然にそう答えていた。


 ギルバートは目を瞬く。


 そして吹き出した。


「即答か」


「そうか?」


「そうだよ」


 面白そうに笑う。


「お前がそこまで言う場所、ちょっと見てみたいな」


 窓の外を見る。


 灰色の空から雪が舞い始めていた。


「雪は積もるのか?」


「年による」


「へえ」


 ギルバートはシチューを口へ運びながら言った。


「いいな」


「何がだ」


「帰りたい場所があるのって」


 その言葉は、なぜか胸に残った。


 食事を終える頃には雪も少し強くなっていた。



 午後は訓練だった。


 冬の風は冷たい。


 一通りの訓練を終えた頃、ハーラルドが近付いてくる。


「準備はしておけ」


 前触れもなく言う。


 カイロスは顔を上げた。


「準備、ですか」


「ああ」


 短い返事。


「休暇に入ったらフィオラへ向かう」


 その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなる。


 だが表情には出さない。


「分かりました」


 ハーラルドは小さく頷く。


「雪道になる。防寒具を忘れるな」


「はい」


 素直に返事をする。


 それだけの会話だった。


 だが、フィオラへ行くことが改めて現実になった気がした。


 ハーラルドはそんな弟子を見て、わずかに口元を緩める。


「随分楽しみそうだな」


 カイロスは思わず固まった。


「そう見えますか」


「ああ」


 迷いのない返事だった。


「以前のお前なら荷造りなど前日だった」


 言われてみればその通りだった。


 ハーラルドは肩をすくめる。


「悪いことではない」


 静かな声だった。


「待つ相手がいるのは幸せなことだ」


 その言葉に、カイロスは何も返せなかった。


 ハーラルドはそれ以上何も言わず、訓練場を後にする。


 残されたカイロスは、しばらくその背中を見送った。


 冷たい風が吹く。


 その時だった。


 無意識に左手が動く。


 指先が触れたのは手首のミサンガだった。


 フィオラを離れる日にミーナからもらったもの。


 少し色は褪せている。


 それでも切れることなく残っていた。


 カイロスは一瞬だけそれを見つめる。


 そして何事もなかったように手を下ろした。


 夜。


 自室へ戻ったカイロスは机へ向かった。


 窓の外では雪が降り続いている。


 王都の夜は静かだった。


 引き出しを開く。


 中には何通もの手紙が並んでいる。


 一通。


 二通。


 三通。


 どれもフィオラから届いたものだった。


 村の出来事。


 咲いた花。


 川の様子。


 空の色。


 何気ない内容ばかりだ。


 それなのに、捨てようと思ったことは一度もない。


 カイロスは一番新しい手紙を手に取った。


 読み返すのは初めてではない。


 それでも自然と目を通してしまう。


 しばらくして便箋を机へ置いた。


 代わりに新しい紙を広げる。


 ペンを取る。


 少しだけ考えてから、静かに文字を綴った。


---


 ミーナへ


 手紙を読んだ。


 こちらは雪が降り始めた。


 王都も随分寒くなった。


 もうすぐ休暇に入る。


 今年の冬もフィオラへ行く予定だ。


 雪が積もっているなら見てみたい。


 丘も。


 川も。


 冬の星空も。


 そちらの様子もまた教えてくれ。


           カイロス


---


 書き終えて読み返す。


 以前より少しだけ長くなった気がした。


 必要なことだけを書けばもっと短く済む。


 それなのに最近は違った。


 伝えたいことが少しずつ増えている。


 便箋を封筒へしまう。


 窓の外では雪が降り続いていた。


 遠いフィオラにも、きっと同じ雪が降っているのだろう。


 冬の休暇まで、あと二日。


 もうすぐ、またあの村へ行ける。


 そう思うだけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。


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