表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

第10話 また夏が来たら

 夏至祭が終わってから数日。


 フィオラ村には、少しだけ静かな時間が戻っていた。


 広場の花飾りは片付けられ、川を流れていた灯籠ももうない。


 けれど、村にはまだ祭りの余韻が残っているようだった。


 夏の風。


 川のせせらぎ。


 遠くで鳴く鳥の声。


 カイロスは丘の上に立ち、村を見下ろしていた。


 今日で王都へ戻る。


 それは最初から決まっていたことだ。


 なのに。


 胸の奥が少しだけ重い。


 理由は分からなかった。


 ただ、この景色をもう少し見ていたいと思った。


 風が吹く。


 手首のミサンガが小さく揺れた。


 ◇


「本当に今日なんだね」


 昼過ぎ。


 村の入口でミーナが言った。


 翡翠色の瞳が少しだけ寂しそうに見える。


 けれど彼女は笑っていた。


 泣きそうな顔はしない。


 引き止めたりもしない。


 それがミーナだった。


「うん」


 カイロスは頷く。


 言葉がうまく出てこない。


 王都へ帰ることは何度も経験してきた。


 任務のために移動することも珍しくない。


 なのに今回だけは違った。


 なぜなのか、自分でも分からない。


「また手紙書くね」


 ミーナが言う。


「押し花も入れる」


 少し誇らしそうな顔だった。


 カイロスは思わず口元を緩める。


「そうか」


「うん」


 風が吹いた。


 蜂蜜色の髪が揺れる。


 夏の光を受けて、金色にも見えた。


 ◇


 荷馬車の準備は終わっていた。


 ハーラルドは少し離れた場所で待っている。


 村人たちも見送りに来てくれていた。


「カイロス」


 ミーナが呼ぶ。


「なんだ」


 彼女は少し迷ったように視線を落とした。


 それから顔を上げる。


「また会えるよ」


 柔らかな声だった。


 まるで当たり前のことを言うように。


 不安もない。


 迷いもない。


 ただ信じている。


 その言葉に、カイロスは一瞬だけ目を見開いた。


 なぜだろう。


 その言葉は妙に胸へ残った。


「……そうか」


 短く答える。


 ミーナは笑った。


「うん」


 その笑顔を見ていると、


 本当にそうなのかもしれないと思えた。


 ◇


 荷馬車がゆっくりと動き始める。


 フィオラ村が少しずつ遠ざかっていく。


 村人たちが手を振る。


 ミーナも手を振っていた。


 風が吹く。


 長い髪が揺れる。


 白い花が咲く道。


 夏の空。


 川の光。


 その景色が少しずつ小さくなっていく。


 カイロスはずっと後ろを見ていた。


 見えなくなるまで。


 ◇


 その夜。


 王都への道中にある宿だった。


 窓の外には星空が広がっている。


 見慣れた景色のはずだった。


 なのに。


 どこか足りない。


 静かすぎる。


 カイロスはベッドへ横になる。


 いつものように眠れないと思った。


 目を閉じる。


 風の音はない。


 川のせせらぎも聞こえない。


 ミーナの声も聞こえない。


 それなのに。


 不思議なことが起きた。


 胸の奥に残っている。


 川の音。


 蛍の光。


 花灯籠。


 丘から見た星空。


 そして。


 蜂蜜色の髪を揺らしながら笑う少女。


『今日、来てくれて良かった』


 あの声を思い出す。


 手首に触れる。


 ミサンガがあった。


 白と青の糸。


 小さな願い。


 また会えますように。


 カイロスは静かに目を閉じる。


 すると。


 ゆっくりと意識が沈んでいった。


 驚くほど自然に。


 まるでフィオラの丘で星を見ている時のように。


 ◇


 翌朝。


 窓から差し込む光で目が覚めた。


 鳥の声が聞こえる。


 しばらく何が起きたのか分からなかった。


 そして気付く。


 夜中に目を覚まさなかった。


 朝まで眠っていた。


 初めてだった。


 カイロスはゆっくりと起き上がる。


 手首のミサンガが朝日に照らされていた。


 白と青の糸が静かに輝いている。


 窓の外には夏空が広がっていた。


 その空を見上げながら、


 カイロスは小さく呟く。


「……眠れた」


 誰にも聞こえない声だった。


 けれどその言葉は、


 彼にとって何より大きな変化だった。


 夏の風が窓から吹き込む。


 その風はどこか、


 フィオラの匂いがした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ