エリックの決心
俺は馬車に揺られながら今までのことを考えていた。
「ローズ様にはエリック様はフォックス侯爵兄弟のトラブルに巻き込まれた様だとお伝えしました。先にお帰りいただいております。」
セバスにそう言われほっとした。
今ローズの顔をまともに見る自信がなかった。
顔を合わせて何と言う?
異国の花はまた今度見に行こう
また……?
ふ……と可笑しくもないのに笑いが漏れた
また、とはいつだ。
あるのか?
ただただローズの不幸を利用して実現していただけのおでかけだ。
俺は魔法なんて使えない。
タイオスに何を言われても何一つ言い返すことが出来なかった。
それどころか……
しかし何とか踏みとどまれたのはローズを待たせていたからだ。
学園時代リリーが俺の恋人だとの噂はタイオスから聞いた。
つまらぬ噂だと思った。
リリーは元男爵家の令嬢で学園入学と同時に陞爵し伯爵となった同じ派閥の御令嬢だった。
幼い頃派閥内の子供同士の交流で親くした事もあったが、下位貴族と上位貴族は根本的に関わることがあまりない。
成長するにつれ顔を合わす事もなくなっていたが、学園に入学したことと彼女も上位貴族となった事で交流が増えた。
と言うよりリリーからしつこく頼まれていた事があった。
「お願い!アドニス様に私を紹介して頂戴!」
最初こそ丁寧に接していた彼女だったが気安くなるとすぐこう言われたのだ。
「アドニス殿と俺は仲良くもないからな。期待には添えられそうもない。」
そう断ったものの、うちの派閥の女性らしく勝気でざっくりした性格の彼女とは気が合った。
「ああ…やはり美しいわ。妖精の騎士……素敵。」
「シスコンがすぎるだけだ。」
ローズが王太子や姉上と一緒にいない時や、院に上がってからなどは番犬の様にアドニスがローズのそばにいた。
その為アドニスは妖精の騎士などと呼ばれていた。
確かに銀髪の美しい2人が一緒にいる様子は絵になっており、まるで絵本の世界だった。
俺はその全てが面白くなかった。
何より2人一緒にいるところを見るのが大嫌いだった。
ローズが弟に向けている顔はよく見覚えのある顔だ。
俺に向ける顔とまったく一緒。
アドニスがいるせいで俺はいつまでたっても弟より年下の男の子なのだ。
俺を見かけるとアドニスはいつも睨みつけてきた。
俺はずっと、睨みつけるから睨み返されているのだと思っていた。
しかし今改めて思う。
それは俺の勘違いだと。
俺が植物園でタイオスに言われて瞠目したのは、知ってはいたが気付いていなかったことを突きつけられたからだ。
俺とリリーの噂を聞いて最初に思ったのはくだらないな、だ。
そうして次に思ったのはこの噂をローズが聞いたら怒るだろうか、だった。
俺は期待したのだ。
怒ったローズにあの噂は何だと責められたら言えばいい。
今も昔も好きなのはローズだけだと。
タイオスに院に学園の噂など届かないと言われてガッカリした。
学園の御令嬢がローズに物言いに行ったと聞いてまた期待した。
今度こそ知ってもらえたと。
しかし次のローズとのお茶会でそんな話題も出るはずもなく、また俺は不貞腐れる羽目になる。
その時令嬢達に何と言われたかなど考えもしなかった。
年増令嬢などと……
学園に入ったばかりの時に学園内でローズを見かけた事があった。
まわりの令息達は色めき立ち、うっとりとした目でローズを見ていた。
我慢ならなかった。
腹立ちまぎれに皆に向かって言った言葉が年増令嬢だった。
だから見るな、と言いたかった。
とにかくローズを誰の目にも触れさせたくなくて必死だった。
その発言が令嬢達のつけ入る隙になるとは微塵も想像出来なかった。
振り返れば俺はなんて自分勝手な子供だったのだろうか!
アドニスは本当に怒っていたのだ。
自分の姉を守りもしない婚約者に。
守らぬ婚約者の代わりにアドニスが騎士となっているというのに、見当違いな眼差しを向ける俺に。
噂を否定し、突撃する令嬢を嗜め、行き過ぎた者には抗議する。
本来俺がすべきことをしたのは、ライマンであり、アドニスだ。
何故気付かなかった!
ひとつ解ければ全て理解できていくようだった。
(俺の派閥のパーティーにローズがアドニスと現れた時だって……)
どうしてローズはアドニスをパートナーにしているのだと怒りを抑えるのに必死だった。
何故招待されたことを一言言ってくれなかったのだと。
後からグリーンバートから抗議がきて、両親にこっぴどく怒られても納得がいかなかった。
パーティ会場では美しい姉と弟にため息が漏れていた事がただただ悔しかった。
自分の場所が奪われたと思った。
俺の派閥のパーティにいつかローズを連れて行くことはずっと楽しみにしていたことなのに。
何故抗議され、両親にも激怒されたかなど気にもしなかった。
リリーにも後から山のように文句を言われたが全部聞き流していた。
アドニス様が怒っていた。
私が恋人だって誤解されている。
贈ったドレスもアドニス様を怒らせている。
ちゃんと誤解を解いてほしい。
全部関係ないと思った。
だってシスコンのアドニスは姉を奪った俺にいつでも怒っている。
そう思っていた。
でも今は?
まったく違う景色が見えてくる。
あのパーティは領地に行っていた両親の名代で参加したパーティだった。
主催者の粋な計らいだったのだろう。
おそらく俺が来るならと後からローズも招待したのだ。
俺は他派閥のローズが誘われているわけがないとリリーにパートナーを頼んだ。
頼んだからにはとドレスを贈った。
いつもの事だった。
数少ないローズとのパーティでのドレスは姉上が選んでいた。
ただ俺にだって着て欲しいドレスのデザインくらいあった。
恥ずかしくて言えなかったけれど。
リリーの衣装を作る時は自然とそのデザインが頭に浮かんだ。
「いつもローズ様には贈ってはいないの?高位貴族の事は私はあまりわからないけれど、仕方ないとはいえ婚約者でない私をパートナーにしてドレスを贈っているのに、婚約者には何もないだなんて。」
そういうものか?
じゃあ、俺の好みのドレスが贈れる?
舞い上がった。
だからその場で注文した。
「つくづくあなたの好みってこういうのなのねえ。」
リリーに感心するように言われた。
デザインが似てると言う事だったんだろう。
でも一緒にパーティに参加するわけじゃないしとリリーも深く考えていなかった様だった。
俺も気にしなかった。
パーティ会場でアドニスが激怒したように捲し立てたのはドレスのことだった。
リリーは気付いて青ざめていたが、俺はアドニスが怒っていることに理不尽を感じていた。
お前のデザインのドレスなどローズにまったく似合わないと言われている様に聞こえた。
その日は一日苛立ちが収まらなかった。
しかし振り返ってみればローズはお茶会でパーティのことを言おうとしていた。
ドレスが贈る事ができると浮かれて最後まで言葉を聞かなかったのは俺だ。
俺の恋人と噂されているリリーとデザインが似ているドレスをもしローズが着て来ていたら、とんでもない事になっていただろう。
アドニスの激怒は当然じゃないか?
馬車に揺られながら、頭を抱えた。
ローズが死の淵に立つまで俺が馬鹿なガキだと気付かなかった。
気付いた後も不幸を利用して自分の願いを成就させた。
タイオスとトラブルを起こして初めて自分を振り返った。
なんて情けない。
家に帰ったらローズに今日のことを正直に話そう。
そして嘘をついていたことを誠心誠意謝って……
ローズは覚えていなくても今まで俺は馬鹿な子供だったと告白しよう。
その上でまた新しく関係を築いていきたいと、格好なんてつけずに心からの気持ちを伝えるんだ。




