ライマンの憂鬱
「マイロー。今日は弟に付き合わせた様だ。悪かったね、侯爵家の馬車で送らせよう。くれぐれも今日のことは……」
「わかっています。ライマン様……。」
私が言い終える前にマイローは気不味そうに言った。
「ただタイオスを誤解しないで下さい!ライマン様のために!そりゃ少しは行き過ぎた部分もあったのかも知れないけれど……僕だってライマン様の為ならって!」
はあ……
思わずため息が出るとマイローはビクリと体を震わせた。
これは…タイオスと一緒に色々後ろめたい事をしていたな……。
「我々は侯爵家の責任がある。大義名分があれば何をしてもいいわけではないんだ。さあ、もう君は帰りなさい。」
背中を小さくして帰るマルローを見送ると床に手をついたままのタイオスの前に座る。
「お前…ローズ夫人が好きだったんだな……。まさか…真実の愛だとか年増令嬢だとか、馬鹿馬鹿しい噂が広まっていたのもお前が……」
最後までは言えなかった。
タイオスは俯いたままだ。
なんということだ…。
私は頭を振った。
「エリック様は男気のあるまっすぐな方だ。それなりに親しくしていたお前が騙すのは容易かっただろう。しかしそれで名誉が傷つくのはローズ夫人もだとなぜ気付かない?」
「……僕は兄さんを思って……」
まだ言うのか。
「タイオス。歳の離れた末っ子と、私たちはどうやらお前を甘やかし過ぎたようだ。多少口や態度が悪くとも可愛く思っていたが……まるきり現実が見えていなかったとはな。お前のその背にフォックス侯爵家の名を背負っている事も気付かぬとは。」
ふとそこで気付く。
学園の令嬢達がこぞってローズに文句を言いに来るということが度々あった。
まるで狙いすましたように私が一緒にいる時に。
ローズがうちの派閥の姫であったなら、エリック様はあちらの派閥の王子だった。
他派閥との婚約に納得のいかない御令嬢は少なからずいた。
しかしわざわざ言いに来るなどと驚いたものだ。それも度々。
なるほどあれはタイオスの差金か。
私がいる時なら大した問題にならないとでも言って令嬢を唆したか。
それに対応して追い返す私に花を持たせたつもりなのだろう。
ローズがエリック様との婚約に嫌気がさすと思ったのかもしれない。
その位でローズが私に恋などするものか。
なんとも稚拙で幼稚な案だ。
言いに来る御令嬢は皆下位貴族だった。当然高位貴族の御令嬢には相手にされてなかったのだろう。
要するに……タイオスの貴族の矜持は下位貴族と同列ということだ……。
なんとも情けない。
「もう卒業したというのに、いつまでも学園生気分で足踏みをしているのはお前だけだ。エリック様と気安く話せていたのは学園内だったからと理解しろ。本来お前とエリック様との間には天と地ほどの身分差がある。侯爵家といえど継ぐ爵位もない四男のお前が四大公爵家次期当主の閨に言及するなど恥ずべき行為だ。そもそもお前の目にはどう映っている?エリック様はローズ夫人に相応しくないなどと言う輩などもうとっくに黙らせているぞ。」
うちの派閥の重鎮達にはエリック様を気に入っているものも多いと聞く。
エリック様は数少ない他派閥も集う夜会などでそのあたりきっちり抑えていた。
素直で物怖じしない喋り方はうちの派閥の重鎮達をすっかり懐柔してしまったようだった。
中堅達にも彼の堂々とした立ち振る舞いは握手した方が得だと思わせた。
結婚を機にパーティの招待状を送るものが増えるだろうと言われている。
もう学園も卒業したというのに自分の派閥の現状も知らぬとは……
思ったよりタイオスは不味いらしい。
「タイオス。確かにうちの派閥で妖精姫に憧れぬ者などいないだろう。しかし私はローズ夫人がエリック様と婚約された時点で諦めている。当然だろう?それに今はずっと気になっていた御令嬢に婚約を打診しようと用意を進めていたところだ。」
しかし現状夢と消えそうだが……
タイオスがハッとしたようにこちらへ顔を上げた。
まさか私が他の御令嬢に目がいってるなどと考えもしなかった、という顔だ。
結局私の為と言いながら自分のことしか考えていなかったのだろう。
「でも……兄さんが諦めているなら……高嶺の花も落ちれば僕の手にも届くはずだ……今だって!子なしで3年さえたって離婚すれば僕だって……落ちた花なら拾ってもいいだろう?!」
「いい加減にしろ!」
まさか怒鳴られると思わなかったのだろう。
目を丸くしてこちらを凝視している。
しかしこれが怒鳴らずにいられようか。
どうしてまだローズを手にする可能性があると思えるのだ。
ここまで物の道理がわかっていないとは!!
「どうして気付いていないのだ!今まさにフォックス侯爵家を危機に陥らせているお前が!」
「へ……?え?」
困惑の顔でこちらを見ている。
胸倉を掴まれるほど怒らせた事をもう忘れたというのか!
「お前の閨に言及する下品な物言い。ラムスター公爵家とグリーンバート侯爵家を怒らせるのに十分だ!そもそもグリーンバート侯爵家はうちの派閥序列二位だぞ?グリーンバートを怒らせラムスターを敵に回している家など誰が相手にしようか!自分が誰に喧嘩を売ったのかもわかっていないなど愚かにも程がある!」
「誰にって……」
ああ、ここまでわかっていないとは……
「いい。私も今すぐ帰り兄に報告する事としよう。思ったより事は重大だった様だ。」
「兄さん?そんな……告げ口みたいな事しなくても……!」
「マイローの方が余程ものがわかっている。ここは王立。エリック様とローズ夫人が来るという事で警備も増えていた。おそらく王家の影もいただろう。これがどういう事かわかるか?いやお前はわからぬか。ではこう言えばわかるか?王太子妃マーガレット様はエリック様の姉でありローズ夫人の親友だと。」
今日の出来事は王家に筒抜けだ。
しかもタイオスはご丁寧に学園時代に王家肝入りで進めた婚約に横槍を入れたことを自ら暴露した。
実際には稚拙な横槍だが……
理解したのかしていないのか。しかしタイオスはみるみる青ざめる。
だがもう遅い。
「児戯とお目溢しされる学園生活はとうに過ぎた。帰ってお前の処分を決めねばなるまい。」
私は握りしめていた拳が震えるのを感じていた。




