エリックとライマン
「ハッ!!殴ってみろ!ローズ様になんて説明する気だよ!」
唾を飛ばしながらタイオスが叫ぶ。
今すぐ手を離して拳を収めなければ。
冷静な自分はそう警鐘をならしているのに、体が言うことをきかない。
フーフーと荒い息だけが自分を制している。
「エリック様!どうか……どうか……!!」
「図星だからそうやって暴力で訴えようとする!そうだろ!お前なんかローズ様に相応しくない!!相応しいのは兄さんだった!!お前じゃだめだ!!」
「タイオス!!」
第三の声がする。
俺とタイオスの間に割って入る様に視界に見慣れた顔が現れた。
「エリック様!どうか拳を収めてください!」
ギリリと自分の歯軋りする音が聞こえた。
クソ!
手を緩めるとタイオスはまるで自分の体を取り返したように素早く立ち自分の胸元の乱れを直す。
まだ何か言い足りないのだろう。口を開きかけた。
「弟が申し訳ありませんでした。心からお詫びします、エリック様。」
そう言ってローズの幼馴染のライマンは深く頭を下げて詫びた。
ギョッとしたのはタイオスだ。
「兄さん!胸ぐらを掴まれたのは僕だ!!」
「掴まれるような何を言った?大声は聞こえていたぞ。」
兄弟の会話をよそに息を整える。
血が上り切った頭はなかなか冷えない。
「事実を言ったまでだ!そうだろう?!誰もエリックをローズ様の婚約者に認めているヤツはいない!」
「それは違う。」
ライマンは静かに首を振った。
兄に否定されたタイオスは顔をクシャクシャにすると俺に向き直った。
「兄さんなら何の文句もないのに!お前がしゃしゃり出てこなきゃ兄さんがローズ様に婚約の打診してたんだぞ!だいたい自分に恋人の噂がたっても、ローズ様が真実の愛の邪魔者扱いされても、令嬢達に年増令嬢と言われても、お前は何もしていない。ローズ様の力になったのは兄さんだ!」
思わず瞠目してタイオスを見た。
「何だよ。ああ、そうか!俺が言った『院には噂は聞こえていない』ってのを信じたか?それとも『恋人ができたって噂を知ればさすがに怒るんじゃないか』を都合よく解釈したか?でもそれもこれも全部お前が都合のいい方に流されただけじゃないか。俺のせいにするなよ。」
「タイオス!いい加減にしろ!」
兄が嗜めるがタイオスは止まらない。
「なあお前どんな魔法を使ったんだ?仲良くデートなんかして。俺は気付いていたぞ。誓いのキスもしていないくせに!今まであんなにローズ様を邪険にしておいてお前がいきなり何もかもうまくやれる訳ないだろ!!初夜だってどうせ出来なかったに決まってるんだ!」
ガッ!!
鈍い音が響いたかと思うとテーブルやイスが音を鳴らす。
床に転がったタイオスが信じられないような顔をして兄のライマンを見た。
俺からはライマンがどんな顔をしているのかわからない。
彼はずかずかと弟に近付くと腕を掴み力技で立たせた。
そうして俺の方に向くと弟の頭を乱暴に掴み一緒に頭を下げた。
「弟の失態はすべてフォックス侯爵家の教育が行き届かなかったせいだ。大変申し訳ない。公爵家からも正式に抗議していただきたい。もちろん私からも今回のことはすべて当主代理である兄に報告する。恥ずべき失態をお見せした。エリック様も思うところがあると思われるが今日はこれで手打ちにしていただけないだろうか。」
「兄さん……なんで……なん……」
震える声でタイオスが繰り返すと膝から崩れ落ちた。
兄はまだ頭を下げている。
俺は何も言わず踵を返した。
その場から早く逃れたかった。
離れていく俺の耳にタイオスの鼻を啜る音が聞こえた。




