表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

6 心変わり?

アレックスに待ち伏せされなくなって1週間が過ぎた。

もう終わりだって、言ったのは私だし。

自分からもう来るなと言っておいて、実際に会えないとこんなに寂しいなんて。

ふと目を上げると、窓の向こうに騎士団の事務所が見える。

アレックス。

最後に会った時の怒った顔が目の前に浮かぶ。


いつも私には笑顔で、優しい彼だったのに、最後はあんな顔ばかりさせてしまった。

一体、どうしたら良かったのかしら―


虚ろな目で事務所を見ていると、当のアレックスが出て来た。ものすごい美人をエスコートして。

目を見開いて見ていると、ひどく親しげに話し込んでいるようだ。彼女が馬車に乗り込むまで、アレックスは完璧なエスコートをしている。ここ最近見ていなかった最高の笑顔まで浮かべて。


馬車を見送るとアレックスは踊り出しそうなステップで事務所への階段を登っていく。機嫌がいいのは間違いない。


今のは誰? 

「すごくきれいな人だった、、、、。」

アレックスは、もう私のことを好きじゃない? 会いに来るのをやめたのは、そういうことよね。

すごくきれいな人だった。着ているものも上品で、私の服のような安物とは明らかに差があったわ。


フツフツと怒りが湧いてくる。

しつこかった割には、諦めもいいのね?

そういうこと!


怒りがパワーに変わる。

鬼の形相で溜まった仕事を捌いていく。


「フィオナさん、今日どうしたんスか?」

新人の言葉も耳に入らない。その日は有り余る怒りのパワーを支えに膨大な書類を片付けた。


ふと目を上げると、とっくに定時は過ぎており、外は暗闇に包まれている。

手元にはもう、急ぎの仕事は残っていない。

数時間前にセシリーが気遣わしげな視線を向けながら帰って行ったのをボンヤリ思い出す。

急に体が重くなる。


「帰ろう。」

モソモソと帰り支度を済ませると、フィオナは事務所を出た。

トボトボと寮への道を帰りながら、今日アレックスと一緒にいた美人のことを思い出す。


仕立ての良い服を着ていて、スタイルも完璧だった。

それに引き換え私なんて。

お気に入りだった青いツーピースも今日は冴えない着古しに見える。

疲れていると考え方までおかしくなる。

何だか気分まで悪くなってきた。


寮まで帰ってもやはりアレックスの姿はない。

当たり前よね。来ないでって言ったもの。

部屋に戻ったが、食事をする気にはなれず、寝る支度をしてベッドに入った。

疲れているはずなのに、なかなか眠れない。涙が滲む。


(アレックス、やっぱり好きなの、、、。)

心に必死で蓋をする。

フィオナがやっと眠れたのは明け方近くだった。


翌朝も気分は最悪だった。

寝不足に加えて、早朝からひどい吐き気に襲われる。

悪阻が起こる可能性を、医師に言われていたのを思い出す。


何か食べた方がいいとは思うけれど、食べ物を見ただけで吐き気がする。

どうにかレモン水だけ口にして、フィオナはノロノロと出掛ける支度を始めた。


*********


「おはよう、フィオナ。昨日はすぐに帰った・・げ!!」

セシリーがフィオナの顔を見て驚いた。

「フィー、ひどい顔。調子が悪いの?病院に行かなくちゃ。」

「セシリー、おはよう、、、、、。」

青白い顔のフィオナは今にも倒れそうな気分だった。

セシリーはキリッと顔を引き締めて言う。

「フィー、もう放っとけないわ。今日ケリー所長に報告するの。病院に行って、そのひどい顔が治るまで休みなさい。」

所長への報告は、これ以上延ばせないだろうと思っていたのだ。

休みが無理でも、上司への報告義務はあるだろう。


「失礼します」

「お入りなさい。」

所長のスーザン・ケリーは50代後半の優しい目をした女性だった。仕事をしながら3人の子供を育て上げ、今は6人の孫がいるという。

「ミス・トールセン。どうかしましたか。」

青い顔のフィオナに何か察したのか、ケリー所長は椅子に掛けるように促してくれた。何も聞かず、フィオナが話を始めるのを待ってくれている。


「あの、所長、私。」

緊張してなかなか言い始めることができない。

ケリー所長がゆったりとした仕草でお茶を淹れてくれる。

「今月は忙しいでしょう。あなたの部署は特にそうよね。無理はしていないかしら?」

まるで母のような優しさでされた質問に、心身ボロボロのフィオナはつい身の上を話してしまう。最後は涙でうまく話せたかわからない。


母を早くに亡くして、家にお金がないこと。ここで働きながら仕送りをしていたが弟の卒業でそれも必要なくなること。妊娠して、交際相手に父親だと認めてもらえないこと。今日からどうも悪阻が始まっていること。


ケリー所長は静かに頷きながら話を聞いていたが、悪阻がひどいと聞いて顔を顰めた。

「今日は何か食べた?食べられそうなものはある?」

フィオナが泣きながら首を振ると、戸棚から菓子箱を取り出してきた。

「本当は、もっと軽いものがいいんだけど。甘さ控えめのビスケットよ。口に合うかしら。」

優しく勧められると不思議と食べても気分が悪くならない。

泣きながらビスケットを食べるフィオナに所長はゆっくり言い聞かせるように語り出した。

「あなたは、その子のお母さんになるのだから、今はしっかり自分の体を管理しなくちゃね。きちんと健診に行って、悪阻の相談もして来なさい。今日はもう帰っていいわ。」

「でも、皆が忙しいのに、私だけ休めません。」

「あなた、昨日2日分くらい働いたんじゃない? そうでなくても、今日は休んで病院へ行きなさい。これは命令です。」

優しいけれどキッパリと言う所長に、フィオナはまた泣いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ