2 最後の喧嘩
「アレックス、、」
フィオナは思わずため息をつく。
この2週間、フィオナが妊娠を告げてからというものの、アレックスは毎日こんな風に職場の前か寮の前でフィオナを捕まえようとするのだ。
そして必ず言い合いになる。どっと疲れが出て来た。
「アレックス。もうお互い、話すことはないと思うんだけど。」
フィオナは死んだ魚のような目で言う。
「フィオナ。心配なんだ。俺は君を信じてた。信じてたのに、、、それは。その、、、相手を知る権利くらいあるだろう。」
いつもならここでフィオナが「お腹の子の父親は、アレックス、あなたよ。」と言うのだが、このやりとりにうんざりしたフィオナは、思わず言い返す。
「権利なんて。『俺は父親じゃない』って言った時に、なくなったのよ。もうこうやって会いに来るのもやめて。私たち、もう終わりなの。」
「どうしてだ! うまくいってると思ってたのは俺だけか? フィオナ、こんなことってあるか。」
「わ、私だって混乱してるの。、、もう毎日あなたと言い合うのが辛いの。お願いだから放っておいて。」
セシリーと一緒にいた時のふわっとした安心感は、どこかへいってしまった。その代わりに疲労感が押し寄せる。
最近眠れない夜が続いていた。嘘なんてついていないのに、一番信頼していた人に信じてもらえない。
6歳で母を亡くした時は、父や弟が一緒に悲しみ、支えてくれた。でも今は、セシリーだけが私の支えだ。家族よりもずっと側にいたいと思っていた恋人は、私を嘘つきだと言う。
フィオナの目の下のクマは隠しきれないほど濃くなっていた。
「放っておくなんて、無理だ。フィオナ、これからどうするんだ。俺は、、どうしたら、、、、」
アレックスが思わず両手で顔を覆う。
その隙にフィオナは急いで寮の中へ入った。この玄関は、一度閉まると鍵を持っていない者は中から開けてもらわない限り入れない。
「フィオナ!」
アレックスの呼ぶ声を聞きながら、フィオナは駆け足で自分の部屋へ入り、しっかり鍵をかけた。
閉めた扉に寄りかかり、ポロポロと涙を流す。
きっと今日も眠れない。
大好きなアレックス。真っ黒な髪も、晴れた空のような青い瞳も、低めの優しい声も、大好きだった。急に嫌いになんてなれない。
私を信じないアレックス。
胸が張り裂けそう、、、
その場にしゃがみ込んで、フィオナはしばらく涙をこぼし続けるしかなかった。