1 フィオナとアレックス
フィオナ、大好きだ。
ずっと一緒にいよう―
そう言ってくれたのに。
私も大好きだった。あなたにどんな理由があっても。
私は無条件であなたが大好きだった。
―アレックス。私が最後に愛した人。
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「男って、最低。」
ドンッとアップルソーダの入ったジョッキを机に叩きつけて、
フィオナ・トールセン男爵令嬢は言い放つ。
前に座って「また始まった」と言わんばかりの眼を向けているのは友人のセシリーだ。
二人は同じ部署で仕事をする同僚で、同じ歳で、同じ寮に住んでいる。目が合った瞬間に気が合うとわかった、とセシリーは言う。
彼女はフィオナのよりも一回り大きいジョッキにたっぷり入ったビールをチビチビ飲んでいる。
ここは職場から歩いて15分の食堂「フクロウの家」。オーナーがフクロウ好きで、1羽飼っているらしい。
フィオナとセシリーは常連で、週末になる前の夜は大抵ここで飲み明かすのがお決まりだった。
とは言っても、フィオナがアレックスと付き合いだしてからは、月に1回程度になっていた。
アレックス・ミューラー。
黒髪に青い眼の、フィオナの天敵。
「もう嫌。顔も見たくない。」
思い出してまた罵る。
「はいはい。、、、で、仕事はどうするの。アレックスと隣の職場で、バッタリ会っちゃうでしょ。」
「それは。それは、なんとかなるわよ。お昼はお弁当持って外に出ないようにするし、早目に家を出るし、ちょっと残業すれば帰りも一緒にはならないでしょ!」
「辞めないんだ。」
セシリーは眉を下げて、泣き笑いの表情をする。
「でもさ、フィー。その子は、、、、どうすんの。」
言いながらフィオナのお腹を指差す。
そう、フィオナは妊娠していた。現在3ヶ月と少し。
アレックスの子である。
彼は決して認めようとしないが。
そんな関係は、アレックスとだけだった。
彼は頑なに信じようとせず、しつこく父親の名前を聞いてくる。
最後に言い争ってからまる1日。
フィオナは2週間以上の言い合いの末、アレックスを説得することをついに諦めた。
この子は私だけの子。大丈夫。
「一人で何とかするわ。仕事は、、そりゃ引っ越して遠くに行ってしまいたいと思ったこともあるけど、エリオットのこともあるし。
こんないい仕事、すぐに見つからないと思うし。セシリーと一緒にい、いたいし、、。」
最後は涙声だった。
「フィー、、、、、」
フィオナには実家に残して来た5歳下の弟・エリオットがおり、王都にある進学校へ通っている。公営の学校より学費が少し嵩むが、卒業後の就職先は良いものが保障されているのだ。実家は貴族だが、ジリ貧なので、フィオナの仕送りで何とか続けられている。
弟には何とか良い学歴で箔をつけて、安泰な就職先を見つけてほしいと思っている。
フィオナとセシリーの職場は王都の中心街にある役所の福祉課で働いていた。首都の中心街ということで暮らすには便利で、狭いながらも格安の寮が完備されており、万年金欠のフィオナにとってはこれ以上の良い条件はないと思われた。
子供が生まれても、あの寮には住めるんだろうか。
ふと不安に襲われる。
子供ができたことを知っているのは、セシリーと父親のアレックスだけだ、今のところは。
お腹が目立つ前に周りの人には伝えないといけない。
これから先の事を考えて黙り込んだフィオナを励ますように、セシリーがパチンと手を合わせた。
「フィー、私もできることはするから。、、よくわかんないけど、アレックスもびっくりしてるだけかもよ?二人でもう一度話してみたら?」
アレックスが、ただびっくりしてる訳ではないことをフィオナはよくわかっている。あれは怒っているのだ。それもカンカンに。
話をしようにも、自分が父親だとは認めようとしないのだから、そもそも話が始まらない。
フィオナはこの2週間繰り返して来た言い争いを思い出してふっと遠い眼をする。
「もういいの。疲れちゃった。週末は実家に帰ってゆっくりするの。セシリーも一緒に帰る?」
フィオナとセシリーは同郷で、幼馴染でもあった。
「私はいいわ。週末はケビンと出かけるから。、、、それより家に帰るの? 一人で大丈夫?」
「2時間馬車に乗るくらい平気よ。」
「そうかなー。じゃ、今日はもう帰ろう? ゆっくり寝て、いい週末を過ごしましょう。」
二人は仲良く店を出た。
店から寮までは歩いて10分余り。寮は西棟と東棟があり、フィオナとセシリーは異なる棟に部屋があるため門を入ってすぐに別れた。
明日の予定を頭の中で立てながら、フィオナが自分の部屋のある棟に向かうと、建物の中央玄関に大きな騎士が立っている。
ギクッと立ち止まるが、部屋へ帰るにはあそこを通るしかない。
ゆっくり近づくと、フィオナが大好きだった低音ボイスでその騎士が言った。
「遅いんじゃないか。フィオナ。どこに行ってた。」
最近はすっかり固定された顰めっ面の、アレックスだ。




