10 孤独
ケリー所長の勧めもあって、少し早めの健診に行くと、調子が悪いなら早く来るようにと注意された。
今日の担当は男性のミューラー医師だった。
少ない貯金を大切にしたいので、健診は市民用の無料診察枠に並んでいる。ほぼ1日待つこともあり、時間はかかるが、ボランティア医師が交替で診察をしており、評判は悪くなかった。
ミューラーはよくある姓だけれど、、医師の瞳がアレックスと同じ青に見えて、胸が苦しくなる。
「3ヶ月ですね。ご主人が、、、、おられない、そうですか。」
医師は優しい眼をフィオナに向けた。
3ヶ月になったので、妊娠証明書を発行してくれるそうだ。
証明書を持っていると、様々な無料サービスが受けられる。この国は人口を増やすために、妊婦にはとても手厚い福祉のサービスを提供しているのだ。
しかし、証明書には父親の名前を書かなければならない。
「証明書はいつでも出せますよ。」
ミューラー医師は落ち着いた声で説明を続ける。この診療所には訳ありの妊婦がたくさん来るようだから、医師もフィオナの事情を詳しく聞こうとはしなかった。
「出せる時に出してください。証明書がなくても受けられるサービスは、、、、、。」
説明が続くが、体調が今ひとつのフィオナはほとんど聞いていなかった。
「トールセンさん? 聞いてますか?」医師の声がやや厳しくなる。
「はい、すみません。」
優しい医師に恐縮してしまう。
「いいですか。少し貧血の症状が出ています。悪阻もあるということでしたね。食事ができなくなったら、すぐにまた診察に来てください。具合が悪くなった時に頼れる方はいますか?」
いないとは言えない雰囲気だ。卒業前の弟には迷惑をかけたくない。父はあの調子で、心配ばかりで頼りにはならない。
それでも、いつかは言わないと。
「はい、大丈夫です。」
私一人で大丈夫。今はこのまま―
妊婦に良い食事について書かれたものを渡されて、診察室を出た。
今日は休んでしまったが、明日は仕事へ行かないと。何か体に良いものを買って帰ろう。
フィオナは市場へ寄って帰ることにした。
診察はほぼ1日かかってしまった。夕暮れの道を一人歩く。
早く帰らなくてはと思いながら、公園のベンチに座り込む。
明日は所長に休みのお礼を言おう。
セシリーとランチに行こう。
フレッドにお祝いを買おう。
やりたい事を一つずつ挙げてみる。
そうしないと、生きてはゆけないような気分だった。
寮へ帰ると、市場で買った果物とパンを食べて早目に休む。
ベッドに潜り込むと、お馴染みの涙がじわっと目に浮かぶ。
本当は、健診に一緒に行ってほしかった。
喜んでほしかった。
アレックスと歩いていた美人を思い出して惨めな気持ちになる。
私はひとりぼっちだわ。
眠りは浅く、翌朝も気分は晴れなかった。
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一方アレックスは、かなり焦っていた。
すぐにフィオナに会いに行かなくては。検査の結果を聞いた翌日にフィオナの職場へ行くが、休んでいると言われた。
フィオナは滅多に休みを取らないのに。
不安が増す。
事情を聞きたいが、フィオナの同僚のセシリーは氷のような冷たい眼でアレックスを見つめるばかりで、何も教えてはくれなかった。
仕方なくフィオナの寮へ行き、面会を申し込む。
そこでもフィオナはいないと言われてしまった。
「フィオナ、、、どこにいるんだ。」
夕暮れが来るまで待ってみたが帰って来ない。
実家に帰ったのか。
アレックスはフラフラと歩き始める。
フィオナに土下座をしてでも許してもらわなくては。
最後に会った時にひどく暗い表情をしていた。
体は大丈夫なのだろうか。
胸が潰れそうなほど苦しい。
家に帰っても頭はフィオナのことでいっぱいだった。




