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ねこねこ戦記〜猫たちの異世界狂想曲〜  作者: 志雄崎あおい
7章 闇夜に浮かぶ月時計
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227話 月時計の端末

「アイちゃん?」


 わたしが声を掛けると、小さな妖精の女の子はコクリと頷いた。

 その顔は酷く焦燥しており目には怯えの色と共に薄らと涙が滲んでいた。


「なんだ、びっくりしたよ」


 こんな状況で急に後ろから声を掛けられたものだから心臓が止まってしまうかと思うくらいに驚いてしまった。

 わたしが上がってしまった心拍数を整える為に肺に空気を溜めてから吐き出していると、


「ルナお嬢様……」


 メイドフェアリーのアイちゃんが震える声でわたしの名前を繰り返し呼ぶ。


 その様子からは相当怖い思いをしていた事が読み取る事が出来た。

 それに、ちょっと気が動転しているようでもあった。


「大丈夫? 抱っこする?」


 わたしが半分冗談めかして言うとアイちゃんがコクンと頷いた。

 あ、するんだ。ネタで言ったんだけど。と笑みを浮かべながら神妙な面持ちのアイちゃんを見つめると、


「じゃ、おいで」


 わたしは彼女の手を握るとそっと引き寄せて、胸に抱きしめた。

 うーん、妖精を抱きしめたのは初めてだけど、小さな柔らかいクッションみたいでこれはこれで結構抱き心地がいいかも……。


「はぅ……」


 小さく吐息を漏らす胸の中の妖精の少女に優しく声を掛ける。


「怖い思いをした時はね、こうやって抱っこしてもらうのが特効薬なんだよ」


 実体験である。

 まあ、わたしが抱っこしてもらうのが大好きという事もあるかもしれないけど、飼い主さまに抱っこしてもらうとすぅっと気持ちが落ち着くのだ。


 急にゴキブリにエンカウントしてしまった時とか、飼い主さまの布団の上で寝ていたら飼い主さまが急に布団を跳ね起きて


 その勢いで宙を舞ってしまった後なんかは心臓バクバクなんだけど、飼い主さまに抱っこしてもらうと、自然と心臓のバクバクが収まるのだ。


 という事で、しばらく抱きしめていると程なくしてメイドフェアリーのアイちゃんは落ち着きを取り戻したようだった。


 アイちゃんはわたしからふよふよと離れると、ちょっと照れたようにわたしを上目で見る。


「どうだった?」

「Cですね」

「そういう事じゃなくて、落ち着いたかって訊いてんの」

「はい、おかげさまで」


 わたしがジト目を向けると、アイちゃんがにこりと笑顔を作った。


「私達はお店のお留守番を任されていたのですけど、突然ニャルラトネットワークから途切れてしまって灯りは点かないし、


 なんだか可笑しな空気だし、外からは変な音はするしでずっと廊下の隅に隠れてたんです。そうしたらルナお嬢様がいらっしゃったので……」


 今もガタガタと建物の壁を叩く音が廊下まで響いてきていた。

 そういえばナイルも満月草の丘の方に来てくれていたけど、どうやらメイドフェアリーに店番を任せていたらしい。


 そう言えば他の二人、マイちゃんとミーちゃんはどこに行ったんだろう。

 わたしがキョロキョロとしていると、アイちゃんが眉尻を下げて説明してくれた。


「マイちゃんとミーちゃんはもう消えました」


 アイちゃんが言うにはメイドフェアリーは時給制なので一時間毎に入金がないと消えてしまうのだという。


 魔法によって生み出される妖精にも様々あり、攻撃魔法のように力を行使したら消えてしまうタイプや、お掃除妖精や建築妖精のように使命を終えるまでは存在し続けるタイプ、


 そしてメイドフェアリーのその都度お金を払って延長するタイプなどがいるらしい。


「メイドフェアリーのような確固とした目的を持たない多志向型の魔法は魔法の終了要件を設定するのが難しいですから、一定時間ごとに本社と連絡を取って延長してもらうんですよ」


 彼女達がナイルに最後に延長してもらってから今は丁度一時間程度が経っている。


 ニャルラトフォンが何らかの理由で圏外になってしまった為に、本社と連絡を取る事が出来ずに消えてしまった。

 という事らしかった。


「なので私も程なく消えてしまうと思います」

「そっか、じゃあ会えてラッキーだったんだね」

「ラッキーがどうかはわからないですけど……でも、私は嬉しかったです」

「ううん」


 遠慮がちにアイちゃんが言うのに、わたしは目を細めた。

 彼女が感じていた不安をわたしも少なからず感じていた。


 この土壇場でアイちゃんに会えた事で助けられたのはわたしも同じだったからだ。


「アイちゃんはボス部屋前の心オアシス。HPとMPが全快する方のセーブポイントだよ」

「いくらメイドでもセーブは無理です」


 わたしがその事を伝えた後、アイちゃんは苦笑しながらも「でもそう思って貰えたらメイド冥利につきます」と顔を綻ばした。


「それでお嬢様、今何が起こっているのですか?」

「それは……わたしにもわからない」


 わたしはそこまで言うと「でも」と目の前の扉に視線を移す。


「この扉の先にそれを知ってる子がいるらしいの」


 アイちゃんはわたしの視線に引き摺られるように扉を見ると首を傾けた。


「あれ、こんな扉……ありましたっけ?」

「なかったわ。でも、出てきたの。怪しいでしょ」

「怪しいですね」


 そんな怪しい扉の前で、訝しむように目を合わせた後、


「もしかして、戦うのですか?」

「うん……」


 アイちゃんが訊ねるのに、わたしは控えめに頷く。

 ここまで来てしまったのだから彼女と戦わざるを得ないだろう。


「そうですか」


 アイちゃんが真剣な顔で返事を返す。

 そうしていると、ふわりとアイちゃんの周りに光の粒子が沸き立ち始めた。


「あ、そろそろ私落ちます」


 どうやら彼女が消える時間が来てしまったようだ。

 わたしは光の粒子に包まれている妖精の少女に細めた目を向けると、


「じゃあ、わたしもそろそろ行くね」


 再び扉のドアノブに手を掛けた。


「はい、御武運をお祈りしております。行ってらっしゃいませ。お嬢様」


 手を前に組んで丁寧なお辞儀をするアイちゃんに、わたしは頷き返すとドアノブを捻ると扉を押して中へと入った。


「……っ」


 ふっと風が吹きぬけて目を細める。

 後ろでバタンと扉の閉まる音がする。


「月面……?」


 扉を抜けると、そこはわたし達が普段暮らしているのと同じような部屋の光景が広がっていた。


 ただ一つ違うのは部屋の奥の壁が完全にくり貫かれており、その先にはパノラマ映像のような月面の風景が広がっていた。


 そして、そんな月面の景色の前に一人の少女が立っていた。


 白い髪に白い服、それに白い大きなウサミミが揺れている。

 少女はわたしに気がつくと振り向いた。


「ああ……」


 と小さく声を漏らすと、ふっと表情を緩めて彼女は前に手を差し出す。


「いらっしゃいルナ。ようこそわたし達の〈月〉へ」


 そう言うと、挨拶をするように微かに頭を傾けた。


「ここは?」


 突然一変した景色に戸惑いながらも、訊ねると白兎のルナはふっと息を漏らした。


「ここはかつての兎達の楽園。猫達から追いやられた兎達が移り住んだ夢の中にある月の世界」

「夢の……世界?」


「そしてルナダイアル〈月時計〉という名前のMTTBに寄生され滅んでしまった可哀想な世界の成れの果て。ねぇルナ向こうの静かの森の先を見て」


 ルナに促されてわたしは彼女が指し示す先に視線を向けた。

 銀色の砂漠に星星が瞬く夜空、そして妙にくっきりとした景色の中に青々とした緑の茂った樹海が見える。


 そしてその樹海の中心に一際大きな、いや、一際大きなという表現ですら生ぬるいくらいの巨大な樹が一本だけ突き抜けていた。


 あの大樹と比べると周りの木々がまるで草のように見えてしまうくらいに大きかった。


「あの大樹の種が隕石として一つのクレーターを作った時、この世界は〈世界〉ではなくなった。落ちた種はすぐさま根を張るとゆっくりゆっくりと兎達の楽園を侵食していったの。


 そしてかつて世界と呼ばれていたものは、一つの大きな魔物へと姿を変えてしまった。そこに住んでいた兎達もすぐに取り込まれてしまったわ。


 それまで生命であった彼等はまるで赤血球か白血球か、あるいは血小板か……その程度の存在に成り下がってしまった」


 そこまで話すと、少女は自虐的な笑みを浮かべた。


「くすくす、よく分からないって顔してる」

「あのルナ……」

「いいの、今はのちょっとした戯言だから。あなたが覚えるべき事は二つだけ、ここがルナダイアル〈月時計〉と呼ばれる場所で、あなたという存在の終着点だという事だけだから」


 ふっと少女の赤い瞳に殺気が宿るのがわかった。


「やっぱり戦わないといけないの?」

「ここに来たという事は、そのつもりなんでしょう?」

「……」


 ルナが言うのに、わたしは押し黙ってしまう。しかし、沈黙は肯定。もう自分の中である程度決意が固まっているのがわかる。


「戦わないというのなら、あなたもそこの女みたいになるだけ」

「そこの女って……」


 部屋の中にはベッドが二つ並んでいる。

 その内の一つは空だが、もう一つのベッドは布団が膨らんでいた。


 わたしはその布団が膨らんでいる方のベッドに歩み寄ると枕の方から布団を少しだけ捲る。


「……っ」


 そして、そこに見つけた顔に息を飲む。

 ベッドには黒髪の端正な顔立ちの女性が眠っていた。


「アザレア?」


 それはチコの母親であるアザレアの姿だった。


「アザレアがなんでここに……?」


 アザレアは外からやって来た猫。


 わたしの立てた仮説では村の外からやってきた猫はこのおかしなループ世界に巻き込まれる事がなかったからどこにも姿が無かったのだと思っていた。


 しかし、目の前のベッドにはアザレアが透き通ったように顔色を白くしてまるで死んだように眠っていた。

 まるで死んだように――。


「……死んでるの?」


 耳を澄ましても呼吸の音がしない。アザレアは息をしていなかった。

 わたしが驚きと不安の入り混じった目をルナに向けると、ルナは「いいえ」と静かに首を振った。

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[一言] アザレア……ここにおったのか(゜Д゜;)
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