61話 分割体魔術師型・敗北
第一集落のあるナタス火山から北に進んだ場所にある山岳地帯の一角、沼地にセイの姿があった。
珍しくローブに杖という魔術師という言葉から連想されるイメージ通りの格好をしている。これは少数の数字を組み合わせて数字以上の力を出せるようにしようというセイの修行の一環だ。
今回は目的は八大災禍の新入りの殺害。明言はされていないが、今までも見込み違いだったやつはセイの所に研修という名目で送り込まれ、しばらく育てていたらさっさと殺せという指示が後追いで来たので間違いないだろう。
(七キロ先に光属性の強い魔力がある。えーとたしか、この気配は……半月前に八大災禍に加わった【堕ちた聖騎士】パララカだな。スパイかもしれないって言っていた元聖堂騎士だったっけか)
【堕ちた聖騎士】パララカ。ハイディ教の最大宗派である聖典派を追放された元聖堂騎士。三十程度の若い身でありながら二十以上の戦場を生き抜き、その身一つで多くの同胞を守り抜くも、淫魔の誘惑に負けハイディ教を裏切った背信者らしい。
セレーネが見つけて来た人材だが、リリが再調査したところ、ハイディ教を裏切った際の事件の犠牲者が少なかったことから偽装工作を疑ったらしい。
その後の報告は来ていないが、連絡も無しにセイの所に送り込まれたならスパイだったのだろう。
生命属性と土属性の魔力を使い正確な位置を感知する。
見つけた。殺そう。
「【大鯨弾】」
水属性魔術の攻撃魔術。沼地の水を三割使った巨大な鯨の形をした砲丸を生成し、弾丸の様な速さで飛んでいく。その巨大質量ゆえに回避不能にして、当たれば街一つ吹き飛ばせる威力の魔術が炸裂する。
「【加熱】」
続いて遠隔で水の塊を急速に加熱する。水の塊一瞬で気化し、水蒸気爆弾のように周囲を飲み込む。
周囲に霧が立ち込める。高音の霧は吸い込むだけでも肺を火傷させるほど。およそ人間が生きていける空間ではない。
「ふむ、流石に死なないか」
爆撃が地形を抉り取ったように地形が塗り替った。しかし、真ん中あたりにいる人影は無傷だ。
遠目にも分かるほどの分厚い闘気。左手には体を隠すほどの大楯。右手には捕鯨でも出来そうなほどの大槍。
典型的な重戦士だ。
かつては聖騎士、聖殿騎士のさらに上位、聖堂騎士に抜擢されたエリートという情報は本当なのだろう。
冒険者で言えばA級。
秘密部隊である無限光と双璧をなす表の最強部隊。ハイディ神聖国の誇る信仰の騎士の名は伊達ではないようだ。
こちらに気がついたようだ。距離があるため確信はないが、おそらくは【闘気】だけでなく【熱動力】も併用して身体能力を上げているのだろう。一キロもの距離を数十秒で詰めて来る。
体格は大柄、精悍な顔つき。聖騎士は神官でもあるのだが、言われなければ傭兵と間違えてしまうだろう。
「お初に目にかかります。この度八大災禍に入りましたパララカと申します。こちらにくれば指示をいただけるとお聞きし――」
「【水牢】」
「なっ!」
大鯨弾で濡れた地面から水分をかき集め、パララカを包むように球体を成す。
紙一重で回避。反射神経もいい。
「なんのつもりですか!」
「お前はスパイの嫌疑がかけられている。心当たりはあるか?」
「!?」
動揺、演技には見えない。
目が左右に動いている。槍と盾を持つ手も持ち直すように細かく動き、動揺が隠しきれていない。
耳をすませば脈拍が分間五十から七十に増加。動揺していると見ていいだろう。
「俺に事前の連絡がないのにお前がきた時点でほぼ確信している。弁明があるなら聞こう。ないなら――」
「バレてしまっては仕方がない!ここでお前だけでも殺す!」
パララカは好青年の仮面を即座に捨て聖騎士としての使命を果たすために試練に挑む。
「穢らわしい魔族めが!ここで死ぬがいい!」
パララカの首飾り輝き出す。その光は生命を感じさせる神々しい輝きだ。
おそらくは神命属性。基礎の八大属性の生命属性と光属性を高純度で掛け合わせた上位属性だろう。
セイから見ても人間としては神々しい、魔物としては高濃度の放射線を浴びたような気持ち悪さを感じさせる光だ。
「……あれ、俺が魔族っていつバレたんだ?」
「白々しいぞこの外道!貴様が血も涙もなく築いてきた屍を思えば誰にでも分かる事だ!」
「バレてたんじゃなくてただの蔑称かよ紛らわしい」
「喰らえ!【大貫閃】!!」
輝きがパララカの握る大槍に移り、目を潰さんばかりになったその槍をぶん投げる。【投擲術】の武技だろう。
命中精度は確か。確実にセイに当たるルートを全く落下せずに進む。この体では耐えきれないのは明白だ。
故に防ぐ。
「開け、【ゲート】」
セイが杖を前に向けて呪文を唱えると、その先に黒い点が生まれ、即座に巨大な厚みのない円となる。
「空間属性だと!?馬鹿な、そんな希少な属性が使えるのか!?」
「俺は全属性が使えるんだよ。知らなかったか?」
いつの間にか出来ていたもう一つの穴から飲み込まれた槍が飛び出してくる。投擲された槍はその威力を落とさずにパララカに向かう。
「ぐぅっ!」
「武器の呼びがないなら手放すな。それともさっきの程度に過剰な自信があったのか?【念動】」
【念動】、それはセイが普段使いする得意な魔術だ。
無属性力魔術には【念動】という魔術がある。【念動】はセイの現代日本で生まれ育ち蓄えた知識に照らし合わせると、いわゆる『念力』だ。
念。厳密には魔力を消費し操作しているが、一般人からすれば目には見えない力を操り物を動かす術。
無属性魔術という魔力操作を学ぶ際に誰でも使えるようになる【念話】や【身体強化】と同じ基礎魔術の一つであり、上級者でも自分自身を動かす【飛行】や本物の腕と同程度の精度で動かせる腕を増やす【念手】くらいしか発展先がない、便利だが戦闘ではあまり使われない魔術だ。
しかしセイはこの『力』の概念を『ベクトル』に置き換え再定義し、【念動】を一段階上の魔術に引き上げた。
「ぬっ、ぐぅっ……こ、これは…………!!!!」
込めた【念動】は潰す力。仮想の正六面体の箱を想像し、押し潰すように力を加えていく。
闘気で強化した肉体でもまともに受けたパララカの両腕が拉げ、骨が飛び出した。その骨もさらに力が加わり粉砕される。
このまま潰す。そのつもりだったが、そうは上手くいかないようだ。
「主よ!この世を穢す魔族を滅するため、汝の僕に御使いを遣わし給え!」
「ちぃ、【御使い降臨】か」
全身を押し潰されながら祈りを捧げると、天から光の柱が落ちてパララカを包み込む。すると彼の頭上に光の輪が、背中には光の翼が生じた。
肉体を持たない神の使いを己の肉体に降ろし全ての能力を引き上げる、選ばれし聖職者だけが使える奥の手だ。
「まだまだぁ!この世に混沌をまき散らす邪悪は、確実にここで滅するのだ!」
存在そのものが強化された彼の肉体に、さらに変化が起こる。
パララカの右手が、鉛のような色に変質した。色だけではなく、おそらくは硬度、対刃性、対魔性もだろう。その鉛色は全身に広がり、まるでマネキン人形、もしくは全身に銀色のペンキを塗った彫刻のようだ。
この現象にはセイも覚えがあった。
「……天使を降ろしたのか。そこまで一体化すれば戻れないぞ」
『天使』。神の僕である御使いや英霊とは違う、邪教とが降ろす『悪魔』と同等にして同種の存在だ。
その正体は魔物ですらない。ステータスシステムに縛られない。だが、その強化の倍率は途方もない。
(いやまてまて、そもそも天使と悪魔はこの世界の神々とは全く別。邪悪な神々とすら違う第三の異世界、地球を含めれば第四の異世界の生物だ。それがこの世界の神々の御使いと併用できるのか?……出来ている、ということは、この世界の神々はこいつらを許容しているのか。気持ち悪い)
「死ネェェェェェ!!!!!」
「まあいいや、さっさと殺そう」
声帯が変化したのか少々聞き取りずらくなった声を聞き流して、セイは再び杖を向ける。
発動するのは先ほどと同じく【念動】。しかし今回は潰す力ではなく押し出す力だ。
「ヌッ!?」
「異世界の生き物の力だろうと、この世界で活動するならこの世界の物理法則に縛られる。空中で踏ん張りなんてきかせられないよな」
イメージは斥力に近い。セイの杖とパララカの腹のあたりの二点を取る。セイの杖を不動と定義し、二点間の距離が無限に広がるように力を加えれば、パララカの腹は無限の彼方にぴょーんと吹き飛ばされる。
「オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!!!!!!!」
「え、空中で踏ん張るとかになにそれ」
十五キロほど飛ばしたあたりで、不思議なことにセイの念動の影響が弱まり、パララカは空中を蹴り、セイに一瞬で肉薄する。
「ヌン!」
「半分はこの世界に縛れない生き物ってことを念頭に入れて考えるべきだったか――」
セイが咄嗟に張った【土流壁】と【水流壁】を障子紙かのように壊し、セイの首……ではなく咄嗟に避けたために手首が切り飛ばされた。
その際に手首の先に魔力を大幅に込める。
今のパララカは声帯だけでなく、視覚も変質している。そのため周囲の情報を取り込むために光を用いていない。ならば魔力で探知しているのだろう。そう考えるのも無理はない。
一瞬でそこまで考えたパララカは、しかし正確に胴体の方を判別し狙いを付ける。
「ニガサン!」
「残念、俺の勝ち」
「!?」
セイの声は、自分の後方、すなわち斬り飛ばした手首の方から聞こえてきた。
「俺の体は魔力で出来ている上に変幻自在。体の魔力密度は下がるけど、手首から全身を構築する事だってお手の物さ」
そう言って発動したのは【トビウオマシンガン】。パララカの肉体に純粋な魔力による攻撃は効果が薄いと判断し、既存の水と土を使った攻撃に切り替えたのだ。
五百ミリリットルのペットボトルほどの大きさの魚を模した水と土が、無限にも思える数でパララカに迫る。その物量はパララカを身動きが出来なくなるほどの重量を持ち、パララカの時間切れを待つだけで勝利できる。
「ナァァァァァメェェェェルナァァァァァ!!!!!!!!」
しかし、パララカは正義の心を盛った聖堂騎士。同胞を守るために剣を手に取り、危険な戦場を渡り歩いた英雄にして、己の命と名誉を捨ててでも世界に尽くす高潔な志を持った騎士。彼の力はセイのこれで詰みだという計算を上回り、最後の一閃はセイの首に届いた。
「【水断爪】」
「……………は?」
しかし、セイの首を切り裂いたと思ったら、背後にいたもう一人のセイに超振動する水で出来た爪で全身を切り裂かれた。
あまりに信じられない事態に死ぬことすら忘れ視線を向けると、そのセイには片方の手首から先がない。
そして気が付いた。このセイは先ほど相手にしていた肉体のセイだと。
「ナ……ナ……ゼッ……」
「俺は不定形の生き物で、手首からでも全身を再生できる」
「なら気が付くべきだったな。俺には急所もないし、思考に脳もいらない。それどころか肉体を分割できるって」
「ア‥‥‥」
首を刎ねたはずの方のセイが、首から上がないまま平然と立ち上がる姿を見て、己の敗北を悟った。
「バ、バケ、モノ……シンデ、シマエ……」
最後の言葉に呪いを込め、パララカは確かに絶命した。
その場に残った二人のセイは、勝利を喜ぶこと無く、周囲の地形を治しながら敗者の様に自分同士で反省会をする。
「負けたな」
「俺たちは生きている。ならば勝ちでは?」
「勝負は勝ちでいいだろう。だが今回の戦いで重視すべきは魔術師としての戦いだ」
「なるほど。確かに、今回は接近され、俺という生き物の特殊な性質のお陰で生き残れた。ならば魔術師としては試合には負けたといういうべきか」
「失態だ。失敗だ。これでは体を分けた意味がない。本体を動かした時と同じ勝利の仕方だ」
「悔しい。悲しい。次はもっとハンデを付けよう。もっと手段を選んで勝利をつかむようにしよう」
しばらくして地形の修復が終わった。もう帰還していいだろう。
「あ、忘れるところだった」
「そうそう。こいつの死体も有効に使わないとな」
そう言って片方のセイが手首を切り裂き、血液を、つまりセイの体の一部をパララカに飲ませる。
「———!」
すると、パララカの眼に禍々しい光が灯った。




