62話 核命
セイの作り上げた五つの集落は今では人口五万人を超えた大規模な連合体を形成しており、この世界の街は最少で人口が千人程度であることを考えれば街づくりとして大成功と言えるだろう。
不漁が続き税を払えず身売りしていた漁村の住人を移住させた、湖に隣接し漁業が盛んな第五集落。
近くの街のスラムから生きる意志のある者を移住させた、裁縫や血塗りなどの雑多に賑やかな第四集落。
炭鉱が枯れてしまい職を失い、住人たちを切り捨てようとしていた領主と一触即発だったところを連れて来た炭鉱の第三集落。
税として過剰に食料を持っていかれ一揆を起こす寸前に連れてこられた農民が住み着いた農耕街第二集落。
今ではなぜか獣神子セイと龍神ロダンを祭る祭祀場になった火山の中にある第一集落。
「あれが第二集落か」
「今のうちに攻め落とすぞ」
順調だが欠点もある。
それは魔境が浄化されてしまうことだ。
「亜人と蛮人風情がこの様な肥沃な土地を独占しているなど、許せん。我々で解放しなければ」
「然り然り。そも、この土地は我らの国の領土。不当に土地を占領し我らの大切な民を攫う犯罪者は我らが天誅を下さねばならんな」
近隣の貴族が軍勢を率いて攻め込んできてしまった。
今までセイが土地を占領出来ていたのは、その土地が魔境だったからだ。
魔境は瘴気や穢れた魔力とも呼ばれる異世界の魔力が染み付いた場所のことだ。その性質上魔境は邪悪な神々の故郷に近く、邪悪な神々に創られた魔物は活発になってしまう。
能力値で言えば数割上昇し、再生能力や生殖能力も飛躍的に上がる。本来は子供でも倒せるランク1のゴブリンも魔境では成人女性を無理やり攫い一週間で出産させていると言えばその異常な上昇率も分かるだろう。
そのため魔境は常人ではすぐに死ぬ危険地帯であり、自己責任で生きる冒険者や国の軍事行動でしか入ることはない。当然浮浪者や難民が入り込んだもの死ぬだけなので誰も問題にしないのだ。
しかし魔境が浄化されたのならば話は別だ。
魔境の浄化は大抵の場合、高位の冒険者と聖職者を大量に動員し魔物を全滅させ瘴気祓いの魔術を草木や大地に使用してようやく浄化できる。
そうして残った土地にようやく住むことができるのだが、セイは瘴気をシティコアの製作資源にすること瘴気を極めて速く浄化してみせたのだ。
そうなると、セイの作った集落は「見逃していもいい行き場のない難民の集まり」から「不当に領土を占領している盗賊団」になってしまった。
管理できない魔境を領土と呼ぶのか否か。冒険者が独自に浄化したらその冒険者をその元魔境の土地の領主にするのかなどは国によって違うが、魔境も自分たちの土地だと主張する領主二人が手を組んだ様だ。
「しかも都合がいいことに、唯一の戦力である暴竜も別件で手が離せないという。誠に好都合だ」
「これも神の思し召しだろう。なあ聖騎士殿」
「いやはやその通り。魔に堕ちたかつての同胞が魔人と潰しあってくれているとは、私も一信徒としてハイディの御心の広さに感服するばかりです」
領主たちの言葉に応えたのはハイディ教の聖騎士だ。見た目は二十代半ば。病死者と戦死者が多いために平均年齢の低いこの世界では平均的な年齢の騎士であり、突出していないが、同時に舐めている場所には派遣しない程度には高位の人物だ。
「唯一というのは間違いだ。暴竜は四獣と呼ばれる四人の獣人を従えていると情報がある。それに流民の集まりとはいえ、街を作り一年もあれば防衛戦力を整えるくらいはするだろう。油断しすぎではありませんか。聖騎士殿」
領主二人、聖騎士、そしてもう一人、騎士よりも粗雑な冒険者の様な格好の男がこの部屋にいた。
領主二人に敬意を払っている様子は無い。言葉も聖騎士に向けているが、それも立場上領主には直接言えないための最低限の社交性としてお為ごかしをしたようだ。
その事実に気が付き、領主二人は不快感を隠そうともしない。
「ははっ、フーディ殿。ここしばらく戦場を離れたせいで耄碌したか?その情報は本人が酒場で漏らしたとかいう信憑性がまるでない情報ではないか」
「推定で一万人もの流民を束ね街を成立させているのだ。優秀な副官がいるという情報もない以上、遊び歩くなどあるはずもない。A級冒険者も頭は腕っ節ほどでは無いようだな」
嘲笑する領主たちに内心で同意しつつも、歴戦の冒険者としての直感が警鐘ならしていた。
その不安は聖騎士も感じ取って様で、どこか感情を感じさせない表情で語りかけて来る。
「フーディ殿、貴方の不安も――」
言葉を遮り、カン!カン!と警報が響き渡る。
領主たちは思わず硬直し、聖騎士とフーディは剣に手をかけ臨戦態勢に移る。
敵襲の鐘だ。
「てっ、敵襲!敵襲!その数、およそ二百!」
その数に四人ともが眉をひそめ、その後に安堵に変わる。数が流民にしては多いことと、五百人はいる自分たちに襲い掛かることへの無謀さからだ。
「フーディ殿」
「分かってますよ」
護衛でもある聖騎士は天幕に残り、冒険者のフーディが戦線に出る。自慢の愛剣に手を掛けた彼は既に戦闘準備は完了している。
見張りの簡単な櫓の元まで行くと既に兵士たちも防衛線に準備を終えている。仮にも貴族が金に元を言わせて揃えただけある戦力だ。
「殺せ!俺たちの街を守れ!」
「ボスの留守は俺たちで守るんだ!」
遠くに見える敵軍に意識を集中させると声が微かに聞こえる。装備と身のこなしを見るに武器を渡されただけの民兵、よりは少しマシという程度だろう。
街に攻めて来る侵略者たちに抵抗する現地住民たち。それ以上の戦力ではなさそうだ。
心が痛まないわけではない。しかし、これも仕事だ。フーディは【飛剣】を放つために構えを取る。
「全く面倒な。おとなしく死ぬことも出来ないのか」
「自分たちが誰のおかげで生きてこれたのかも忘れた恩知らずなのでしょうな」
フーディの後ろ姿に勝利を確信した領主たちは優雅に椅子に座り直し、新しい酒を開ける。彼らには抵抗する人間たちに対する悪意も悪気も一切ない。彼らにとって平民とは自分たちに税を修め、街に住まわせてやっている生き物の事であり、そこから外れた人間を殺す許可を出すことに躊躇いはない。
抵抗している人間たちが、重税に苦しんで明日も知れない身だったために、恩を感じているものはいないとは思い至らずに。
(勝った、か……?いや、そこまで愚かではないはずだが……)
まだ得ていない勝利に浮かれる領主たちを軽蔑の視線を向けながら、聖騎士は思案する。
この世界は数より質が重視される。
向こうにいる敵の軍勢は弱い。元よりセイが哀れに思い拾ってきた貧民が多く、しっかり鍛えた騎士が負けることは無い。この一年でどれだけ鍛えてもそれは変わらないだろう。
数はこちらの方が少ないが、質はこちらも方が圧倒的に高い。ならば勝てる、はずだ。念のためA級冒険者のフーディと、A級冒険者並みの自分が来たのだから、暴竜本人が来ない限りは勝てるはずだ。
「ん?」
ふと、視線を感じた気がして側面にある山の頂を見上げる。
それはただの戦士としての直感だったが、もし神が危機を知らせてくれたと言われても聖騎士は信じただろう。
何かが、いる。
「なっ!」
まるで爆撃の様な衝撃が響く。一瞬遅れて、何かが近くに着弾したのだと気が付く。
そいつは一瞬で山から地面に着地し、天幕をクレーターで塗りつぶした。勢いを落とさず振り落とした剛腕で聖騎士を殴り飛ばした。
「ちぃっ!【限界超越】!【超即応】!【飛連剛断】!!」
高速で吹き飛ばされる中、超高速の反応で態勢を整え、城門を両断する剛力を活かした斬撃を連続して繰り出す。実力はあるが、信仰心が足りないと貶められ聖騎士止まりの彼が使える最強の武技だ。これでランク10の魔物すらも切り捨ててきた。
その必殺の斬撃は大地を切り裂き、正確に襲撃者に迫り……ばきぃぃぃん。
「は?」
「我が神より祝福されしこの体、そのような弱い技で傷つくはずがない」
悠々と答えたのは、獣人の少女だった。
褐色の肌。人族をベースに犬の耳に尻尾を生やした、犬系獣人種。年は十代の後半だろうか。健康的で気の強そうな顔立ち。戦士職に就いていることを思わせる鍛え上げられた肉体は見事だ。
彼女の名前はリンクス。セイに最初に拾われた獣人であり、セイに改造された少女だ。
リンクスが悠々と両腕を振り上げと、聖騎士は苦悶の表情を浮かべ、一瞬悩んだ後にフーディと合流するために一旦逃げる。
当然だ。原理は不明だが、自分の最大の威力の技が通じなかったのだ。ならば自分単独で勝利は難しいだろう。
「無駄よ」
しかし、聖騎士の逃げ足よりもリンクスの追う足の方が速かった。
「なっ!速っ!」
「私の体の95%は我が神で出来ている。お前たちとは生物として格が違う」
セイは特殊な種族であり、その体は不定だ。密度と形状を自在に変化させることだ出来る。その性質上部位欠損に弱く、肉体を切り離されるとその体積に応じた最大魔力量を失ってしまう。
しかし見方を変えると、切り離された肉体にはその分の魔力が宿っているとも言える。
これを活かし、独立させたのが分体。
そして他人を強化する素材として新たに作り出したのが、『核命』というセイの肉片だ。
肉片と言っても本当にセイの体を削ぎ落して口にする必要はなく、検証の末、輸血でも効果があると判明した。
効果は上々。血液を一滴与えただけでも一般人でも多少の力が付き、与える量に応じて効果値は上昇した。
当然他者に力を分け与えるとセイの力が弱くなるが、セイの全力に比べると微々たるものなので大した問題ではない。
そして他者に分け与えられる力の上限がどの程度なのか、気になってしまうのも当然だろう。
「最初に血液を。次に肌を、両腕を、眼球を、神経を、臓器を、髪を。今では私も魂以外のどの部位が最初から私の体であったのかは分からない。だが、そんなことは些細なことだ。私は、激痛の末、祝福を授かったのよ。絶対的な力という祝福を!」
「——ぐぁっ」
首を掴み、振り回す。ただそれだけの動作で音速を超え、聖騎士の知覚が収集できる情報の許容量を超えた。
ぶん回した後で上空に投げ飛ばし、飛び上がって追いつき、その拳が聖騎士の肉体を粉々に砕いた。
「雑魚め。あっちは……大丈夫そうね」
リンクスの視線を向けた先ではフーディと、三人の獣人が戦っていた。
「くそがっ!強いじゃねえか!」
「当然だ」
「私たちは適合率50%以上の戦士」
「お前とは格が違う」
突如後方の天幕が吹き飛んだと思ったら、両脇と背後から襲ってきた獣人たち。その強さから四獣とやらだと理解したが、同時に強すぎると悲鳴を上げていた。
(武術系スキルはD級冒険者並み!おそらくは獣人の自治区では戦士階級だったのだろう!だが、身体能力値が高すぎる!捌くのはまだまだ問題ないが、このままじゃ死ぬ!!)
巧みな連携を繰り出す三人の獣人を前に、フーディは巧みに剣を操り対抗する。
人間は弱い。魔物が現れた当初はただ殺されるだけだった。しかし、巧みなスキルと連携、そして頭で勝利をつかんできたのだ。
この場では、スキルではフーディの方が上。連携は獣人の方が上。ならば、後は頭で上回れば勝てる。
(まだまだここからだ!なめん――)
突如、フーディの頭に警報が鳴り響く。
このままでは死ぬ。直感的にそう理解し状況把握に努めるが、何も見当たらない。
いったい何が。そう考え、ふと、過去の出来事を思いだした。
以前フーディが酒場を訪れた時、偶然豪遊していたセイと知り合い、ぽろっと四獣の事を聞いた。それは嘘ではないと確信していたし、あの出会いは本当に偶然だったとも理解している。
理解している。本当にそう思っていいのだろうか。
あの異常な感覚。かつてランク13の魔物を遠目で見たような、自分の常識では測れない化け物を見た時と同じ感覚。
そんな相手を理解出来たと思っていいのか。本当に、自分の直感が正しいのか。
具体的には『四』という部分は、本当なのか。
「降参!降参する!殺さないでくれ!」
地面の中から出てきた手に足首を掴まれつつ、フーディは九死に一生を得た。
同時刻、ヒナルラ国の王都の城に一組の男女がいた。
「という感じで、最近は街を運営してるんだ。案外楽しいな」
「そんな神話の巨人が大地を捏ねて山を作るような行いを街の運営とは言われたくないんですけど」
片方はセイ、もう片方はアーゼラン・ウルディアだ。
「しかし、本当に精巧に出来ていますね。これで人形、なんですか?」
「ああ。行く行くは俺の体を使わなくても作ってみせるさ。便利だからな」
「……確かに、街に居たままロボットを魔境に派遣して、命の危険なく魔物や敵兵と戦えるなら、この上ないですね。それに、こっちはシティコアでしたっけ」
「ダンジョンコアを素材に作った自慢の一品だ。土地から魔力を吸い上げ天候操作も多少は可能だ。いい値段で買ってくれ」
今回は商談だ。
セイには街を運営するノウハウはない。一体狩れば千人の腹を一か月くらい満たせるほど巨大な魔物をふらりと狩れるセイの戦闘力と天候操作すら可能なセイの魔術のお陰で成り立っており、おそらくセイが出ていけば集落は崩壊するだろう。
そうなったらなったでそれ以上に尽くす義務はないので別に構わないが、やはり誰かの幸せを願うことは忘れてはいけないことだとセイは考えている。
ゆえに、頼れる知り合いを頼りに来たのだ。
「……分かりました。ではあなたの集落に我がトト商会の支店を出しましょう」
「助かるよ。今は実質王様になって忙しいのに悪いな」
「………………だれの、せいだと、おもっているんです、か!」
「うちのボスが最後の王族も殺しちゃったからだな。あ、厳密には王家の血を引く赤子が生まれたけど」
セイは確かな敬意をもって怒り散らしているアーゼランの感情を受け止める。
このヒナルラ国の国王は殺害されたため王位は空席となっており、その間は議会の様なものを臨時で作り国を運営していた。しかし誘拐された最後の王族まで死亡が確認されてしまったので、この国は大きな分岐路に立たされてしまった。
具体的には、次の王族を擁立するか。王族を敷かない議会制の国にするか、だ。
多くの議論の末に、ヒナルラ国はヒナルラ公国と名前を変え、最大の力を持つアーゼランが所属するウルディア家が公爵家から大公に繰り上がった。
初代大公はアーゼラン。ただし十代という若さを考慮し正式な即位はまだで、現在はアーゼランの父親が臨時で作られた大公補佐という役職について国を回しているらしい。
本当にすごいことだ。セイなら知ーらないと投げ捨てて家出しているかもしれない。
だというのに逃げずに大公となる勉強を続け、自分のトト商会を国家お抱えどころか国のライフライン全てを支える国家規模の大企業にしようとしている野心には感服するばかりだ。
てしてしと足蹴りされる程度、なんとも思わない。
しばらく蹴っていると気が落ち着いたのか口を開く。
「出来れば、貴方には私の傍で支えてほしいですね」
「それは無茶だな。俺にとっては街の運営は家庭菜園みたいなもの。笑顔の人が多いと俺も嬉しいけど、国を運営するのは性に合わない」
「いいんじゃないですか?本心から大切に思って国を運営している人は多くありません。その役職に就いたから。そう生まれたから。それだけですよ。それに、貴方が傍に居てくれると私は安心します」
「まあ、大抵の魔物や国が相手なら俺一人で何とかなるし、そうだろうな」
和やかに会話を続けていると、セイがふらりと倒れこむ。
「ど、どうしました!?治療師を呼びますか!?」
「いや、だいじょう、ぶだ」
セイは顔を顰め、虚空を見る。
いや、この体の視界を見ない、という方が正しい。
「ボスからの呼び出しだ。八大災禍も本格的に動くから会議に来いってさ」




