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第37話:魔女の油断

「あぐうううう!!」


 ボブがヤクザの父親から体に噴射器ジェットパックを埋め込まれたのは、13歳の頃だった。

 当然、人体に馴染むはずもなく、連夜の痛みが彼を襲った。手首を掻っ切ってやりたいほどの痛み。痛みから薬にだって手を出した。


 その痛みを感じなくなった頃、父親から言われて仕事をこなす様になった。用心棒である。

 空からの射撃には、誰も対応できない。魔術師でさえも、軽々と殺せるようになった。

 これが彼の『異能』である。


 そして19歳になる頃、自分を命の補償の無い仕事に放りだす父親に嫌気がさし、その異能の矛先を父親に向けた。あっけない最後だった。

 自分の異能を自覚しているボブは、賞金稼ぎとして暮らしていく道を選ぶ事になる。


 ***


「銃とジェットパックって……二つ武器があるじゃねーか!」

「反則じゃないのぉ!?」


 観客から非難の声が飛ぶが、戦闘神からのお咎めはなかった。


 ――愚民共め。その方が面白いと理解せい。


 係員が会場に大声でアナウンスする。


「ジャンク・ボブチャンチン選手のジェットパックは完全に背中に一体化しており、彼の体の一部と見做しました。よって反則ではありません!」

「ええ~!?」


 大ブーイングが起こる。それもそのはず、このままではボブが余りに有利すぎる。いくらなんでも、空中からの攻撃には魔女と言えども対応できるはずが……。


「素人どもが騒ぐんじゃないよぉ!!」


 一喝。リリィの怒声と光球の爆発が、観客を黙れせた。

 ボブは攻撃手段を手放したリリィのその隙を見逃さない。


「貰った!」


 空中からの射撃。精度は地に足を付けている時よりも当然落ちるが、一撃で仕留める必要はない。

 複数弾装填しておいて、一発目で体勢を崩し、二発目で悠々と仕留めれば良いのだ。ボブの必勝パターンであった。


「死ね、サド女!」


 しかしその一発目の射撃を、リリィはその右手で受け止めた。正確には、右手から発する魔力で弾丸の速度をゼロにした。

 ボブの中に驚嘆と、その逆の納得の感情が去来していた。あの女なら、このくらいはやるかもしれないという期待感がどこかにあったのだろう。


「ちぃぃ!」


 体勢を崩すのには失敗したが右手は塞がっている。その状態から防御しにくい右脇腹に向かって、間髪入れずに二の矢、いや弾を飛ばす。


「狙いはいいんだけどねぇ」


 杖を放り捨て、左手の逆シングルキャッチ。リリィの戦闘センスが、ありありと表れたディフェンスであった。


 ――だがこれで両手を塞ぎ、杖も手放した! 好機!


 三発目を装填しようとしたその瞬間、風圧に当てられてボブの体が吹っ飛ぶ。

 何が起こったのか、理解ができなかった。リリィからは、眼を切っていない。


「あんたねぇ。空を飛ぶだけじゃん。期待したのにガッカリだわ」

「何だと!?」

「あんた、第三試合りゅうきしのスピード見てなかったの? あんたみたいに地面と平行に、腹這いになって飛ぶだけだったら、風魔術師なら割と出来るのよ?」


 ボブもそれは知っていた。彼の父親がそこにヒントを見出し、魔術のセンスが無い自分の息子を人工的に飛べるようにしたのだから。つまり、それほどまでに強力なはずで……。


「それじゃ『遅すぎる』のよ。私達のレベルについて来るには」

「遅い!?」

「そうよ。これを避けて御覧なさい」


 素早く小さい光球を作り、リリィが投げつける。瞬く間にボブの額に到達した。

 痛い事は痛いが、石ころ程度の威力だった。問題は「来ると分かっていたのに避けられなかった事」だ。


「な、何故!?」

「あんたが相手にしてきた凡百の凡魔術師の攻撃なら、避けれたでしょうね。でも、私みたいな大魔女の魔法の球足には、アンタは対応できない」

「で、でもさっきはギリギリ回避を……」

「そりゃあんだけ距離空いてりゃ避けられるでしょうよ」


 ――僕と同じ見解か。


 観客席にいる学は、蒼の横でリリィを観察していた。最初は眼中に無かったが、その闘いぶりは学べき所があると感じたのだ。その学を、蒼が見つめている。


「要するに大人しく狙撃に徹してりゃチャンスはあったものを、ノコノコ降りて来たアンタが馬鹿なだけよ」

「……」

「言っておくけど今更距離を取ろうとしても、逃がさないわよ」


 今度は大きい光球を作る。このスピードがいくらなんでも異常だ。詠唱は全くしていない。つまり最初から溜めていた神通力を、今までずっと維持しているのだ。

 この光球を作る間に距離を取れないのだから、どうしようもない。


 ――竜騎士みたいに、風の上に立って、風の上を走って戦うのなら、私にも対応できるか分からんけどね。これ程度の相手なら、ね。


「俺はお前を殺す為にこの大会に来た」

「あら、光栄ね」

「まだ諦めてはいない」

「あらそう。諦めないのはいい事だわ。あなたには分不相応な望みだけど」

「己惚れだな」

「いいえ。これは客観的に見て言ってるのよ。あなたとは、いや貴方達と私とでは、レヴェルが違う」


 喋っている間に、光球がどんどん大きくなっていく。もう両手で抱え始めている。


 ――まだ終わってない。隙を作れば、あの手でいける!


 ボブはリリィに気取られない様に、密かに肩を出して半身を作る。そして会話を仕掛けた。


「あんた、今世最悪の悪女って呼ばれてるんだってな」

「誰が悪女だ、誰が! 今世最悪の『魔女』よ」

「でも実際会ってみたら、案外可愛い顔してるじゃないか。あんたほどの女なら、勇者が傍に置きたがるのも納得だ」

「え!? そ、そう? そりゃレイムルほどじゃないけど私だって毎日22時には寝るし、今日だって化粧して来たけど可愛いだなんてそんな、私そんな」

「―-今ッ!!」


 虚をついた射撃。長い腕と柔軟性を活かして右手を背後に回し、正面射撃と変わらない精度で撃ち出した。

 背中に一体化したジェットパックが邪魔だからこそ、まさか来るとは思わない『背面ショット』。ボブの切り札的芸当である。

 油断したリリィはその弾丸を直に喰らった……様に見えた。だが、実際は光球に吸い込まれて、消滅していた。リリィの体を完全に覆うまでに大きくなった光球に。


「う、嘘だろ……!? 弾丸を喰いやがった!!」

「ガッカリだわ。ガッカリ。私は常在戦場の女よ。そんな会話で油断すると思うわけ? ガッカリだわ」


 その台詞は怒気を孕んでいた。そしてその怒りが乗り移ったかの様に、光球は膨張を続ける。もうリリィの体よりも大きい。


「ちょ、ちょっと待て!」

「黙れ。私は怒っていないけど、黙れ。毎試合四話まで引っ張ると思ったら大間違いよ」


 魔女は杖を拾い、ダウンスイングで光球を打ちこんだ。その打球はボブの足元を襲う物だった。だがその体積からして、明らかに体も無事では済まない。


「う、うわあああああ!!」

「イッツゴーンヌ。グバイ。」


 光球は遂にボブを飲み込み、爆発する。

 リリィは爆風を背に闘技場から歩き出す。この大会始まって以来の、圧勝であった。


「勝者、魔女リリィ・リモンド!」


 観客が沸いた。リリィは素っ気なく手を振り、会場を後にした。

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