第30話:端数
「アリシアちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう! いただきまーす!」
その日、少女は13歳になった。
町一番の美少女として通っていた彼女は、家族・友人を招いて誕生日パーティを満喫していた。
ケーキや御馳走が並び、プレゼントも壁際に積み上っている。彼女が愛されている証だ。
「アリシアちゃん、お味はどう?」
「とっても美味しいわ、ありがとう」
友達と家族が共同で作ったクラムチャウダーは、嘘のように美味であった。
皆がアリシアを愛し、アリシアもまた皆を愛していた。健全な幸せの形。
だが、終わりは突然訪れた。その日の夜、幸せな気分のまま眠りについたアリシアは、体の異変に気づく。
体中が痺れ、上手く息ができない。まるで自分の体を悪霊に乗っ取られた様に自由が利かない。
「パパ、ママ、助けて!」
そう叫んだつもりでも声が出ない。クラムチャウダーに使われた貝に運悪く含まれていた、毒であった。
少女は遂に気絶した。目が覚めると、苦しみから解放され、自由が戻っていた。だが誕生日を祝ってくれた両親や友達が、目の前で泣いている。
「ひどい目にあったわ。皆、おはよう」
だが返事はない。
皆が泣いているのは、視線の先にある物体のせいだと気づいた。そこにいたのは、自分。かつて自分だった物。
「嘘……でしょ!?」
そして思念体と化した自分の体が、浮き上がっていく事を悟った。もう重力に縛られる存在ではないのだ。家族も、友達も皆、アリシアを忘れて生きていく。思い出の一つとして、大切にアルバムにしまって……。
「冗談じゃないわ! 私はまだまだ、幸せになれるハズだった! 許せない、許せない!」
子供の激高が、現世に留まる重力を生んだ。こうして彼女は悪夢になった。
***
「ショウさん、あの子……」
「可哀想に。もう『こちら側』だよ」
選手サイドのコーナーから、少女を観察していたショウと蒼。
蒼はまだ自分が背負っていない苦しみを、少女が背負っている事を理解した。
そしてクライドを見て、自分はなんと恐ろしい大会に参加してしまったのかと、改めて背筋が凍る。
「13歳の少女が背負うには、重すぎる話なんだよ」
クライドはアリシアが憑りついた、五人目の観客の頭を割りながら話す。
「まだ、まだ……私は神になって、生き返るの! 手に入るはずだった、私の幸せを手に入れるの!」
アリシアは金切声を絞り出しながら話す。
やっとの思いで、ほとんどが逃げ出している観客の中から、この期に及んでまだ残っていた物好きな六人目を見つけて来る。
再びクライドと相対した。
「終わりはないと言ったわね。私も同じセリフを吐かせてもらうわ。あなたこそ、いつまで耐えられるかしら!?」
「気づいているだろう。君の後ろにいる友達を」
「とも……だち?」
振り返ると、ショウやクライドと同じく、自分の背後にも怨霊が現れていた。
彼女が殺して来た人間の数だけ、それはいる。
「君が殺したのさ」
「違う……理不尽に殺されたのは私の方で、私は」
「君が殺したんだ」
「やめて!」
「君が死んだ理由と、彼らが殺された理由は、繋がっていないぞ」
「うるさい! 二桁しか生きてない若僧が!」
確かにアリシアは百年以上、悪夢として現世に留まり続けている。
だが、精神は狂気に蝕まれたとはいえ13歳になったばかりの、過敏な道徳心を持った少女のままだ。
人を殺した経験だって、予選の時が初めてだった。操り人形として、参加者に同士討ちをさせて殺して来た。
その時に少女が感じた、言い表せぬ不快……罪悪感。
クライドは、そこを攻める。
「その男も、殺すのかい」
「違う……」
「やめたところで、もう君は『真っ新な自分』には引き返せない。だが俺の前に立った以上、その男は殺す。俺と君で殺すんだ」
「嫌……おじさんだって嫌でしょ」
「俺の後ろを見てもそう思うかい」
改めて、アリシアはクライドの背後霊を見る。
桁が違った。自分が殺した人間の数など、この男にとっては端数だ。
そしてその事実を受け止めてなお、正気を保っていられる生まれながらの狂者。その男の前に、自分は愚かにも生身の人間を差し出している。
格が、違った。この男は、いつまででも耐えられる。
対する自分は、これ以上の友達は、これ以上の罪悪感は、自分の器に収められない。
「さて、行くぞ」
「待って」
迷った。アリシアは迷った。だが、後ろを振り返れない自分に気づくと、ポツリとその言葉を溢した。
「もう、いいわ……」
乗っ取られた筈の六人目が、その場にへたり込む。アリシアの思念体が、その男から離れた。
死のリスクを負いながらも残っていた観客は、感嘆の声をあげる。彼らは今、残っていただけの価値を得た。
悪夢がその重力を失い、天へと昇っていく美しい光景を、その目に焼き付ける事ができたのだから。
罪悪感に負けた少女を、罪悪感を捻じ伏せた男が見送る。
「悪夢を、浄化しやがった……」
「何て奴だ、クライド……」
観客も、蒼やショウ、魔王討伐軍のルネサンスやリリィも。見ていた者達はみな、同じ考えに至った。
――この男は、今の戦いにさえ、何も感じていない。
「勝者、暗殺者クライド・クライダル……」
「……そうか」
疲弊したレフェリーのコールを聴くと、クライドは再び闇に消えて行った。
「ほ~う、やるなぁ。楽しめそうな男ではないか」
観客席で微動だにしなかった戦闘神トーレスが、舌なめずりをした。




