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第28話:アリシア人形劇団

「ほう、趣向を変えて来たな」


 戦闘神はいきなりご機嫌になった。立ち上がり、その驚愕の声量を披露する。


「 試 合 開 始 ィ ィ ィ ! 」


 レフェリーは、脱兎のごとくその場から走り去った。

 闘技場に残ったのは、暗殺者クライドと少女アリシア。二人だけであった。

 だがアリシアには、クライドが動く度、後ろの何千という怨霊がゆらゆらと蠢いて見える。


「あのショウとかいうおじさんも凄かったけど、あなたが今までで一番多いわ。人気者なんだね、おじさん」

「……」


 クライドはアリシアに近づいて、そして難なく間合いに入る。

 観客がどよめいた。間合いに入るどころか、クライドはアリシアの体を「すり抜けて」、向こう側にあるごついナイフを拾い上げたのだ。


「え、今すり抜け……」

「魔法か!? 透過魔法とかあるのか!?」


 その存在を、過去の経験から知っている者達がいた。魔王討伐軍の面々だ。


「ルネサンス、あの子は」

「ああ。間違いない。悪魔……いや、悪夢ナイトメアだ」


 生前の姿を保った残留思念……生霊の事を、この世界では悪夢と呼んでいる。

 内科系の病気など、外見を損なわない死因でこの世を去り、かつこの世に強い未練が残っていた場合に低確率で魂が繋ぎ止められてしまう。それがアリシアの様な悪夢を生むメカニズムだ。

 姿も形も普通の生きている人間そのもの。ただ一つ違うところは……。


「この世の一切のものに触る事ができない。干渉ができないんだ」

「いるけれど、いない。見えるけど、いない。悲しい存在だね」


 魔剣士レイムルが少女を憐れむ。だが、そこで一つの疑問が生ずる。


「じゃああの娘、どうやって予選通ったのかしら?」

「……昔、アンデッドと戦った事があっただろう?」

「あの倒しても倒しても蘇って来るあれでしょ? 結局リリィが体ごと燃やして消滅させたのよね」

「ずっと思っていたんだが、あれは悪夢が……」


 その会話を遮って、場内から悲鳴が轟いた。

 アリシアが塀をすり抜けて、観客席に入り込んで来たからだ。見た目はか弱い少女であっても、実態は怨霊である。何をされるか分かったものではない。


「う~んと……あ、あなた」

「え、お、俺!?」


 175cm程度の中背の男性に話しかけるアリシア。

 男性の顔には、怯えと悪夢に対する興味が混在している。


「ちょっと耳を貸して」

「み、耳? こうかい?」

「そう。そのまま、そのまま……」


 耳に接近し、そのまますり抜けるアリシア。だが、今度は男性の体に重なったアリシアのビジョンが見えない。


「……」


 クライドはその様子を、闘技場からジッと眺めていた。

 そして、ついに『それ』は起きた。


「お、おい兄ちゃん、大丈夫か!?」

「おい、そっちは闘技場だぜ!?」


 動き出した男性はふらり、ふらりと闘技場へ向かっていく。そのまま塀をよじ登り、乗り越えるとクライドの前に立った。


「……お待たせ、暗殺者のおじさん」


 男特有の低い声で、少女が喋った。


「……そうきたか」

「凄いでしょ?」


 観客がどよめく。男性の体が、アリシアに乗っ取られてしまった事を理解したのだ。


「やはり……悪夢は、人の体を乗っ取る事ができるんだ」


 ルネサンスは、自分の考えの裏付けが取れた事を確信した。以前倒したアンデッドは、悪夢に体を乗っ取られた死にかけの人間だったのだ。


「嘘でしょ!? 私達も乗り移られるって事!?」

「いや、恐らく今の手順……耳を入り口にして侵入する事が条件だ。警戒していれば大丈夫……な、はずだ」


 ルネサンスはレイムルを宥めるも、その言葉に自信が持てない。何せ、悪夢に詳しい人間は現世に干渉できない悪夢本人しかいないのだ。


「これで遊べるよ。さぁ、行くよおじさん!」


 男性の拳足を使い、クライドとの距離を詰めるアリシア。

 だがその一歩を踏み出した瞬間であった。


「あれっ?」


 男性の首筋から、夥しく血が噴き出している。


「え?」


 気づけば左背後にクライドがいた。振り抜いたナイフの刃先には、鮮やかな赤が光っていた。

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