第10話:十八歳の戦略
「むむむ……」
選手控室。
第一試合を目前に控えた蒼は緊張していた。相手は優勝候補のマルクス・マルカーノ。名の通った傭兵だ。
捕まれれば骨を折られるだろうし、剣を防御する術もない。つまり一撃でも喰らったら終わりという事だ。
「当てさせずに、当てる。これを繰り返すしかない、ね。マーガリン」
愛犬も飼い主の不安を感じ取ったのか、すり寄って来る。背中を撫でてやると、そのふわふわ毛の感触が蒼を少し元気づけた。
「可愛いんだから、こいつぅ。あ、学さん!」
部屋に入ってすぐ蒼に声を掛けられた学は、踵を返して扉へ向かう。
「ちょー! 何で逃げるんですか!」
「また辞退しろとか言うんでしょうよ。付き合ってられません」
「言いません、言いませんから!」
***
東側から出て来たマルカーノは、大声援に応えていた。
「マルカーノぉぉ!」
「絶対優勝してくれ、お前に財産賭けたんだ!」
「ほっほ、任せておかんかい!」
そして西側から愛犬・マーガリンとひっそり入場した蒼には違う質の歓声が。
「お嬢ちゃん、その体格で戦えるのかい!」
「ハプニングだけ期待してるよ~!」
ふぅ、と溜め息をつくと、マーガリンを入り口付近で『おすわり』させる。
こうしておくと、蒼が一人で戦っていても一切近づいてこない。よく訓練された賢い犬である。
「ん、今日も偉いぞ」
蒼はマーガリンの背中の体毛を撫でる。これは愛犬を褒めるためではなく、蒼自身のテンションを調整するためである。
この気持ちよさが気分を高揚させるのだ。
「手加減はせぬぞ、占い師」
「私もそのつもりです、おじさま」
恐怖心はまだ残っている。だが、コロシアムには何か、肝を据わらせる魔力があるのかもしれない。
マルカーノの一言に応戦できる気力が、蒼にはある。
「両者、元の方角へ」
レフェリーの合図で、マルカーノは東に、蒼は西に戻る。
「レディー……」
いよいよ、史上最大の大会が始まる。観客にも、選手二人にも緊張が走る。
戦闘神トーレスの口元は緩んでいる。
「ゴーーーッ!!」
合図と共にマルカーノは真っ直ぐ歩を進める。対する蒼は、円形のコロシアムの側面に沿って歩く。
力勝負をすれば負けるのは明らか。ならばなるべく距離を取って魔法で勝負するしかない。
この両者の戦略の違いは、そのまま接近戦、格闘戦での力量差を示していた。そもそもフィジカルが違い過ぎて勝負にならない。
――コロシアムは砂地。土魔法に持ってこいの地形のはず。
「土神よ、我が供物を受け取り給え」
『供物』を消費し、土神が飛ばして来た神通力の気配を追って、キャッチする。
予選ならこの一度の詠唱で十分な土魔法を発動できたが……。
――ダメだ、この遠間を保たなきゃ。
予選は相手をわざと近づける戦法を取ったが、今回はそれができない。マルカーノの筋力の壁は遠目で見ても分厚い。土魔法を一度でも耐えられれば、蒼は捕まえられてしまうだろう。
だから遠距離から魔法を放たなければならないのだが、そうなると一回の詠唱では神通力が足りない。
もう一度詠唱するしかない。
「土神よ……えっ!」
突然、蒼の脳内にイメージが走った。自分の脳天に剣が深々と刺さるイメージが。
「やばっ」
咄嗟の判断で左に横転する蒼の横を、マルカーノの大剣が猛スピードで通過した。
そのままギャラリーと闘技場を仕切ってある木製の壁に突き刺さり、観客の悲鳴が鳴り響く。
――危なかった! 『見えて』なかったら私の頭は今頃パックリ……。
「ほう、よく避けたではないか」
「げっ!?」
蒼はいつの間にかマルカーノに間合いを詰められていた。




