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傍ら

 翌朝。

 昨日のこともあり、今日はさすがにマイコは外へ出たがらないだろうと思っていたが、逆だった。


 雀の鳴き声で起きたマイコは、天気の良い空を見て俺を呼び、外! 外! という感じで体を上下に揺すり催促した。

 マイコにとってはやはり外の方が落ち着くのか、危険はあるが、やはり元気なマイコの姿が見たくて畑へ出す事にした。

 しかしマイコは俺が鉢を持ち上げるとすぐに潜り、動かなくなった。


「やっぱりやめるか?」


 声を掛けると、頭だけ出し、もの凄い勢いで左右に顔を振り、行くと主張する。

 本当は怖いのだろう。

 しかしそれでも畑に行きたいマイコは、目から上だけを出し、キョロキョロしながら俺がちゃんと畑に連れて行くか監視している。


 今日は絶対にマイコの傍を離れない! そう誓った俺は、堂々とマイコを抱え畑へ出た。


 家の周りには今日は誰もおらず、平和な日常が戻ったようだった。

 それでも畑にマイコを置くとダンボールで隠し、人形を用意した。


 マイコは畑に着いたことが分かるとすぐに顔を出し、自分の元の畝を指差し、あそこに置けと言ってきた。

 やはりマイコにとっては、あの場所が自分の部屋なのだろう。


 言われた通り鉢を置くと、マイコは自ら身を乗り出し、畝を掘り始めた。

 猫の尻尾より非力なマイコでは全く掘り進まないが、懸命に掘る姿に、マイコは畑に戻りたいのだと悟った。

 ここは止めるのが親の務めだろうが、俺にはそれは出来ない!


 畑に刺しっぱなしの園芸用のスコップを取り、マイコに言った。


「マイコ、俺が掘ってあげるから、ベッドに戻りなさい」

 それを聞いたマイコは、珍しく素直に鉢に戻り、覗き込むように俺の作業を見守る。


 縦に三十センチ、横に十センチほど掘り、マイコが直立姿勢で入り、ゆったりできるよう願いを込め掘った。

 しかし掘った穴を見せると、マイコは両手で棒を持つようにし、埋めてという動きで文句を言う。


「ベッドの土も入れてあげるから、これで良いんだよ?」 

 それが嬉しかったのか、マイコは体を上下に揺すり喜んだ。


 畑の土はマイコには固すぎると思い、柔らかなベッドの土を入れ、少しでもマイコが気に入るような部屋にしてあげなくてはならない。

 しかしまだ我慢を覚えていないマイコは、催促のため何度も俺に触れようと、必死に鉢から身を乗り出す。

 何とも言えない幸せだ。


 マイコが鉢から落ちないよう気を付けながら部屋を作ると、最後にそこに移すため、初めてマイコの体を抱き上げた。

 嫌がると思ったが、マイコは気にする様子も無く体を預けてくれる。


 抱き上げたマイコの体は軽く、柔らかい小さな人の形をした大根のようだった。

 葉っぱで作ったスカートは気に入ったのか、ちゃんと身に着けており、頭から伸びた蔓はマイコの身長を超える長さだった。


 すぐにでも畝に移すべきだったが、ほんの少しだけ、もう少しだけその感触を確かめていたくて、匂いを嗅ごうと顔に近づけた。

 だがマイコは、父親にベタベタ触られるのが嫌だったようで、早く下ろせ! と両手を叩きつけるようにして俺の手を叩いた。


 それでももう少しだけと思い、娘を抱きしめていると、頭に来たマイコが噛み付いてきた。

 相当腹が立っていたのか、頭が揺れるほど強く噛み付き、何度も噛み直す。

 しかし本気で噛んでいるはずだが全然痛くない。それどころか、その感触にマイコが逞しく育った事に喜びを感じた。


 これほど嬉しいことは無いが、あまり娘を虐めるのも可哀想だと思い、泣く泣くマイコを部屋に移すことにした。

 相当不機嫌になってしまったマイコだったが、お尻を振るようにして足を埋め、程よい位置に来ると、土を寄こせ! と口を尖らせ、パクつかせながら顎で指示を送る。

 甘やかしすぎたのか、怒りが収まらないのか、とにかくその愛らしい仕草にはどうしても勝てない。


 葉に土が被さらないよう気を付けながら頭まで土を被せてあげると、マイコは寝室を自分の好みの配置にしているのか、葉を揺らし、もぞもぞ土の中で作業をしている。

 女の子のため拘っているのか、しばらくマイコはもぞもぞ頑張っていた。


 まだしばらくは出てこない様子に、今なら他の子たちに時間が割けると思い、畑の手入れに入った。

 子供達は今日も元気そうで、土も程よく湿り、雑草もちらほら顔を見せ、小さな虫までいる事に気付いた。

 畑としてはそれなりに機能しているようで一安心だ。


 ただやっぱり子供たちの発育具合に不安を覚える。

 だが、マイコを基準に考えても良いものなのか、それとも植物として一人一人の体調に合わせた方が良いものなのか、素人の俺には全く判別できない。

 親としては全ての子が元気に育てば、小さくても言う事はないのだが、全ての子の幹が細い。

 選定作業をすれば育ちが違うとネットでは書いてあったが、俺にはそんな残酷な事は出来ないし、やはり大金を叩いてでも栄養剤を買うべきかとも悩む……


 命を育てるのは難しすぎる!


 そんな答えの出そうにない問答をしているとマイコが顔を出し、ただいまと兄弟たちに挨拶を始めた。

 マイコから見れば、皆弟や妹のような存在のようで、まるで久しぶりに実家に帰って来た子供のようにはしゃぐ。

 向日葵には顔の前で両手を振り、カボチャには片手で大きく手を上げ振る。そしてトウモロコシにはジェスチャーより声で想いを伝え、両隣のトウモロコシには優しく葉を撫でた。

 それで気付いたのだが、マイコは両隣のトウモロコシには気遣うような行動が多く、それ以外の兄弟には葉を叩いたり、引っ張ったりする事があり、それぞれに接し方が違う。

 もしかしたらマイコは、病弱な子とそうでない子が分かるのかもしれない。


 それを考えると、幹が細く体の小さい子は、俺が勝手に病弱や貧弱と思っているだけで、実は違うのでは? と思った。

 食べるための野菜と考えれば、間違いなく弱々しいが、子供としてみればこの子達は立派に成長している。

 俺は金にモノを言わせ、この子達を大きく育てる事ばかり考えていたが、マイコの兄弟たちへのふれあい方を見て、これで良いのだと気づかされた。


 親が子から学ぶ事は沢山ある。本当に子供というのは凄い生き物だ!


 優しく隣の弟の葉を梳かすマイコは、こんな頼りない俺にもその命を使い、大切な何かを教えてくれている。その期待に応えねばならない。


 これからはマイコを畑で育てよう! 


 子供たちにこれ以上惨めな思いはさせたくない俺は、期待に応えるため決心した。


 そう決めると、先ず畑にビニール紐で境を作り、勝手に人が入って来られないようにしないといけないと思い、窓から茶の間の母に声を掛け、ビニールテープと金槌を取ってもらい、落ちている木の枝を打ちつけ私有地を明確にさせた。

 そして紙とペンを貰い、〝私有地につき無断で立ち入る事を禁止する〟と〝カメラ等で撮影する事を禁止する〟という張り紙を作り、張った。


 ビニールテープの高さは三十センチほどしかないが、目に見える形になれば人は心理的に入る事に抵抗を受ける。

 これはネットや本で調べたわけではないが、俺だったらここまでやられている土地に足を踏み入れようとは思わない。

 そして、今夜からは畑にテントを張り、寝泊りする。


 海にキャンプに行き、一度しか使われていなかったテントと寝袋が、まさかここで役立つとは、物は大切にするものだ。


 テントは町道とマイコの間に立てれば、マイコが見えることはなくなり、段ボールも要らなくなる。

 それに、これ以上着せ替え人形にも嫌な思いをさせずに済む。

 いくらマイコの為と言えど、本当に可哀想な思いをさせた。あの子は大切にしてあげなくてはいけない。


 ただ問題は風呂とトイレだが、その僅かな時間でマイコが攫われるような事があれば…………それで閃いた!


 再び母を呼び、紙とマジックを取ってもらい、その紙に〝防犯カメラ作動中〟と書き、見える位置に張った。


 これで大丈夫だろう。後はテントと寝袋だが……物置の中だ! だがそれを取りに行けばマイコが一人になってしまう!


 そこで再度母を呼び、「しばらく窓からマイコを見ていてくれ」と頼んだのだが、母はわざわざ畑まで出てきて、マイコのお守りをしてくれた。

 マイコは突然現れた母に驚き土に隠れたが、声を掛けるとすぐに顔を出し、母をおままごとに誘い、遊び始めた。


 随分と母にも慣れたようで、本当のおばあちゃんを相手にする孫のように、マイコはもにょもにょ言いながらとても小さな石を母の手に乗せ遊んでいる。

 母も言葉は通じていないはずだが、「そうかい? ありがとう」と会話をしている。

 マイコは俺だけでなく、母も笑顔にする温かい子だ。


 母なら大丈夫だと確信した俺は、マイコを母に預け、テントと寝袋を探しに行った。

 物置の中には車のタイヤやダンボールが置かれ、ほとんど自分の物だが相当汚い! 我ながら自分のだらしなさには腹が立つ! 


 よくこれで親になろうとしていたと、過去の自分に説教しながら、荒らすようにテントと寝袋を取り出した。

 久しぶりに開ける寝袋は埃臭く、テントに関しては少々カビが生えていた。


 しかし今の俺にはあるだけでもありがたい! 計画通りに事が進むのは気持ちがいい。テントも寝袋も多少汚いが問題ないだろう。


 だがここで、お目当ての物を見つけ、気分良く散らかった物を物置にしまっていると、一台の大きな黒いワゴン車が目に入った。

 そして、その車はよくテレビで見る、ロケバスだと気付いた。

 おそらく昨日の奴らだ。


 黒い窓の奥に人影が動くのが見えたことから、ストーカーのように張り付き、懲りずにまだ取材を試みようとしているのだろう。


 一気に怒りがこみ上げた俺は、何食わぬ顔で物置に入り、不審な車が止まっていると警察に電話を掛けた。

 十分ほどするとパトカーが来て、物置の陰からその車が職務質問を受けているのを眺めた。


 ざまぁみろ。


 父親の姑息な姿を子供たちには知られたくはないが、その光景にほくそ笑み、それと同時に、この町の治安を守ってくれる警察官に感謝した。


 ささやかな復讐にスッキリし、畑に戻ると、母はマイコと遊べるのが嬉しいようで、頬を突付いたり、小さな手を触ったりしながら遊んでいた。

 マイコも俺が触ると嫌がるのに、嬉しそうに母の指を掴もうと奮闘している。


 なんで!?


 だがしかし、そのお陰でテント張りに集中でき、一時間も掛からずに張り終える事が出来た。


 町道へ出て確認すると、理想の形となっており、見事にマイコの姿が隠れた。

 ビニールテープによる境も、張り紙の位置も問題なく、家の畑はマイコ達を守る要塞のようだった。


 これで今から平和な日常が戻る。


 早速母を家に戻し、子供たちの世話という至福の時間を過ごす。

 子供たちもそれが嬉しいのか、元気よく葉を広げ、蕾の開花を待っているようで、水をかけると気持ち良さそうにする。


 一方のマイコも久しぶりの寝床に満足し、葉を動かし、太陽が気持ちよく当る位置を探している。


 マイコは頻繁に蔓を動かすため、何かに巻きつくことはない。

 ちょっと動かしすぎな気もするが、ほかの植物も動物ほど動くことが出来れば、同じことをするのかもしれない。マイコを見てそんなことを思った。


 こうして俺は今日から畑で寝泊りする事になり、マイコも無事畑に戻り、再び平和な日々の続きが始まり、夏に向かっていく。

 そしてここから、マイコは急激に成長していく。


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