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父として

 午前零時を回り、人気の無くなった畑に、音を立てないよう草を踏む音が聞こえた。

 その音はマイコが眠る畝の前で止まると、土を掘り起こす音に変わった。

 その瞬間、ダッダッダッともの凄い勢いでそれに近づく足音が聞こえ、それと同時に俺は茶の間の窓から畑に飛び出した。


 畑にはタックルを食らって倒れる男と、それにしがみ付く里香の姿が見え、もう一人が道路に止めてある車に逃げて行く姿が見えた。


 本来なら俺がそれを追うはずだったが、男にしがみ付く里香が拳で顔を殴られているのを見て、我を忘れその男に殴りかかった。


 渾身の右ストレートは見事に男の顔面を捉えたが、同時に右手に激痛が走り一瞬驚いた。だが俺はそのまま男に襲いかかった。


 しかしそれより早く里香が男にチョークスリーパーを掛けたため止まったが、どうしてももう一発殴りたくて殴った。

 そして麻痺した右手をそのまま無視し、逃げた男を追おうとした。


 すると、すでに逃げた男は待ち構えていた栗沢さんが見事に腕を捻り上げ捕らえ、止まっていたヴェルファイアの前には月形さんのパトカーが、後ろには別のパトカーが止められ、逃げられないようになっていた。


 静かだった家の周りは、突然のサイレントと赤色灯の光りで賑やかになり、それに気付いた近隣住民がそれをさらに騒がしくさせた。

 

 野次馬が集まる中、家の前にミニパトカーが止められ、降りてきた警官が失神しかける男を里香から引き離し、確保した。


 最後にやり残したこと、それをするため昨日からテントを片付け畑を無人にし、月形さんに応援を頼んだ。

 月形さんはそれを聞いて、おとり捜査になると一度は拒否したが、「明日の夜は宮川さん家の近くを散歩したくなった」と言って暗黙の承諾をしてくれた。

 それが見事にハマり、あの忌々しい大学教授たちを捕らえる事に成功した。


 男たちは私有地に無断で入った罪と、野菜を盗もうとしていた罪で現行犯逮捕され、殴った男に怪我は無く、俺たちは法的な罰を受けることは無かった。

 しかし畑で騒いだ事に怒った子供たちからの罰なのか、男を殴った俺の右手は骨折し、殴られた里香は左目の横に青い痣ができた。


 その痛々しい姿にすぐに里香に声を掛けたが、自分の心配よりブルブル震える俺の手を心配してくれた。

 女性は本当に強い。


 お陰でしばらくは就職先を探す事は無理そうだが、これでやっとマイコ達が静かに眠れると思うと、この痛みも悪くはなかった。

 しかしやはり里香の綺麗な顔に痣を作ってしまったことを悔やみ、里香が帰るまでの間、寄り添い償った。


 

 北海道の短い夏が終わり、さらに短い秋。

 もう半袖姿では肌寒く、上に一枚羽織らなければ外にいるのも辛くなってきた。

 山も鮮やかに色付き始め、カラスたちの鳴き声が寂しい。

 そんな中、里香が帰るため、俺たちは最寄りのJRの駅にいた。


 数年前に増築し、かなり都会っぽい駅にはなったが、それは待合所には関係ない話だったようで、ベンチには数えるほどしか人がいない。それでもこんな田舎の駅では賑わっている状態だった。

 おまけにキヨスクまで無くなり、すっかり寂しくなった駅で昼前の新千歳行きの列車を待っていた。


「悪かったな。あれが無ければもっと早く帰れたのに……大丈夫か?」


 まだシップを貼っている里香が愛惜しくて、そっと顔に触れた。


「大丈夫だよ。それに、これは優樹のせいじゃないから」


 里香は頬を触る手を掴み、名残惜しそうに握った。


「ねぇ。本当に家に来ないの? お父さんに頼めば雇ってくれるよ? それに私の部屋に泊まれば家賃も浮くし……」


 里香の父は建設会社を経営しているらしく、マイコたちに負けてられない俺は新たな就職先を探していた。


「この手じゃ無理だろ」


 俺の右手は全治二ヶ月らしい。骨が折れるほど強く殴ったのに、相手は無傷だった事はショックだったが、それ以上に自分の貧弱さの方がショックが大きかった。


「それに、来年はマイコの子供育てないと駄目だから、やっぱり地元で仕事探すわ」

「……そう、ちょっと残念。零にも会わせたかったのに……」


 マイコは二十粒ほどの種を残した。

 里香の話では発芽率は極めて低く、上手くいく保証は無いが、それでもあの子達の見守る畑で育てたいと思っていた。

 なにより、自分の子供を見たがっていたマイコのためにも、あの畑が必要だった。


「それは……そのうち会いに行く」

「そのうちっていつよ?」

「あ~……仕事が決まって、生活に余裕が出来てきたら、かな?」


 里香はそれを聞いて、拳で俺の胸を押した。


「あっそうだ。私のパンツ置いていかなくて大丈夫? 寂しくない?」

「いらねぇーよ! 俺にはマイコたちの写真あるし。お前の汚ねぇパンツなんて……一枚欲しい!」


 自分に正直に生きる。これもあの生活の中で学んだ事だ!


「タンスの一番上の棚に置いてきたから、寂しくなったら使って」

「あざーす!」


 男心が分かるなんて気の利く女性だろう! と、感謝した。


「でも本当に大丈夫? 地元で働くの……」


 里香は俺が変人扱いされている事を心配しているようだ。


「里香は俺が変人に見えんのか? それに……」


 マイコたちの写真が入った胸元のポケットを叩いた。


「そうね。そのくらいで降参できないもんね? それに優樹は変人じゃなくて変態だもんね?」

「それはお前もだろ?」


 里香はニヤリと笑った。


「でもいい女でしょ?」

「だな」


 そう応えると、里香は嬉しそうに俺の肩を押した。


「優樹もいい男だよ」


 冗談でも嬉しいことを言ってくれる。


「だべ」


〝只今より、旭川発新千歳行き、快速エアーポートの改札を始めます〟


 アナウンスを聞き、里香はリュックを背負い出発の準備を始めた。


「じゃ、そろそろ行くね。ちゃんとLINEするから返してよ?」

「分かった。気を付けて行けよ」

「うん。優樹も駅までありがとう。叔母さんにもありがとうって言っといて」


 母はタイミング悪く、今日は病院で、怪我の治っていない里香のことを心配していた。


「もういいだろ? 何回言うんだよ」 

「駄目。ちゃんと言っといてよ?」

「……分かった」

「じゃあ……」


 里香は俺の手を握り、寂しそうな顔をした。


「じゃあ……私行くね」

「あぁ」


 里香は一つしかない改札を、最後の一人が通り過ぎるのを確認すると、俺の手を名残惜しそうに離し、改札に向かった。

 そして改札を過ぎると振り返り、言った。


「帰って来る時電話するから! ちゃんと向かえに来てよ!」

「五日後だろ? 分かってる! だから早く行け、乗り遅れるぞ!」


 里香は笑顔で手を振り分かったと、マイコのように手をパクパクさせた。

 俺もそれに応え、手をパクパクさせた。

 

 マイコたちの巣立ちには悲しみはしたけど、これからはマイコたちが、「うちのお父さんは凄いでしょう!」と自慢できるように生きて行かなければならない。

 あの子たちは、俺にたくさんのものを与えてくれた。だが、俺はあの子たちに何も与える事が出来なかった。

 だからせめて、そのくらいの事はしてあげたい。


 この先例えどんな辛い人生が待っていようとも、それが俺の役目なのかもしれない……

 

 それでも、久しぶりの寂しい夜に、負けてしまうかもしれない……




 ご愛読頂き、誠にありがとう御座いました。

 色々と述べたい事はありますが、マイコ達の為にも、一つだけにしておきます。


 マインドレイクの花言葉は、何だと思いますか? 

 私には分かりませんでした。


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