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11-3

 シーロトワミの機内の感覚は、ヒロミの想像に違わず圧倒的なものだった。


 体のラインに沿うように配置された複数の受容器からはシーロトワミの脈動が、ヒロミの体内を手足の先端まで揺さぶるように鳴り響いた。羽を広げ飛翔するこの機体の受けている空気や圧力、目で見て感じている世界がそのままヒロミの体へ流れ込んでくる。体全体が休むことを許されない、そんな覚醒させられ続けるような感覚だ。それはヴォイアクーに乗せられた時以上に強烈だった。今やヒロミはただ送り込まれる心韻を受け取るだけの存在ではない。副操士として、全ての感覚ではないがヒロミ側からの反応も機体に反映されるようになっているのだ。そのことはより一層機体との一体感を強めているように感じられた。戦闘可能な時間が10分ほどというのも頷ける。ただ移動しているだけでも、その刺激は日常の生活ではまず体感できないほど鋭敏なものに思えたからだ。戦闘に入ればその衝撃はより激しいものになるだろう。


 しかし、ヒロミの高揚感とは対照的に周囲の空気は不気味なほどに静かで、穏やかに感じられた。


 既に深夜ということもあるだろう。機体は高速で飛んでいる。この体験ができているだけでもヒロミにとっては貴重なことだ。機内にはかつて速度を落として飛行していたときとは比べものにならない大きな音でモーター音が響き、振動している。にも関わらず、ヒロミにはここが静かな空間のように思えた。


 出撃の合図が以前の模擬戦のように派手なものでなかったということもある。実際の戦闘の際にも儀式的に詩が読み上げられ、多くの者に見守られながら華々しく各機が飛び立っていくのだろうと何となく想像もしていた。しかし実際にはむしろ今回のような形式の方が多いのだろう。詩も都度どこかから適した一節を探しているわけではなさそうだ。何より今は城内自体が混乱している。眼下ではこの時間でもところどころ白煙が上がっているのが見える。今回はユーフ襲撃が本格化して以降数多く行われている緊急発進のうちの一つというかたちなのだろう。この状況で毎回儀式的に出撃を行っている余裕もないはずだ。この一連の過程が、ヒロミにはどうにもあっけないもののように思えていた。


 周囲が静かに感じられるのにはもう一つ理由がある。


 出撃して以降、トワとの間に何のコミュニケーションもないのだ。勿論まだ数分しか経っていない。城壁内にもユーフが侵入している可能性があることから、出撃直後から気が抜けない状況なのも確かだ。気がかりなことを持ち込むべきではない、というのはトワ自身の発言だ。この静寂も当然だろう。だが――、トワからは何かメッセージを発しようという気配すらも感じられなかった。


 同時に出撃したヴォイアースらはシーロトワミの両サイドに位置し、各機が等間隔にスケイルヴェールの軌跡を描きながら展開している。シーロトワミの他には第二操士団からルルア機含め4体のエレイシュネイが、他はルクワイディが7体と偵察機のヴォイアクーが2体、といった編成のようだ。各機羽の形状や大きさは異なるが、それぞれが放つ大量のスケイルヴェールの帯が全天に広がる様子は美しかった。同時に互いの距離に変化がないことから、これも穏やかで、どこか静的な光景を演出する一因のようにも思えた。


 副操士席にも小型のモニターといくつかの操作パネルが前部座席の背面に取り付けられるかたちで設置されている。詳しい操作法は把握していないが、周囲の機体や、このシーロトワミのステータス表示は把握できる。その画面の情報からも、現在シーロトワミがロングライフル以外にも複数の武器を装備していることは分かる。ルルアに咎められたものの結局は無視して携行を強行したものだ。そのことについて何か考えているところだろうか?何らかの意図があるのならば、話もしておきたい。今はそんな状況でもないのだろうか。操士たちが普段どんな会話をしているか、ヒロミは知らない。切り出し方が分からないのだ。


 副操士として乗り込むのは初めての経験で、これから戦闘に向かうという状況でもある。だが意外にもヒロミはその点では特に緊張はなかった。ただトワが押し黙っているように見える。そのことが気がかりだった。出来れば今感じているこの高揚感も伝えたい。しかし先程のルルアとの心韻からも、副操士があまりしゃしゃり出ない方がいいのは確かとも思える。考えを巡らせたものの、ひとまず自分からは動かないよう方針を定める他なかった。


 「ヒロミ……」

ヒロミが沈黙に耐えかねていたとき、ちょうど声がした。心韻ではない、肉声だ。

「何?」

静かな機内ではないが、声は機械音とは質が異なるせいか比較的よく通る。トワの声は決して大きなものではなかった。

「クスンにいたときはどんな食事をしてた?」

「……へ?」

ヒロミは思わず身を乗り出して聞き返した。

「えっと……行く途中に機内で渡された糧食のようなものと、あとは……手術の前に軽く食事をとったくらいかな……、どっちも固形の何かとスープとかで……、あまり落ち着いて食事はとることはできなくて」

「ふうん」

トワはぼんやりとした返事をした。――何だ?ヒロミが緊張しないよう気を紛らすための話題を提供してくれているのだろうか。


 「……あの辺りには名物があってね、普段は水底の長い殻に収まってて顔だけ出してる、"ハタキムシ"とか言われてる生き物がいて。雨季が終わると出回り始めるんだ」

トワは聞いてもいないことを語り始めた。

「頭の部分の毛が邪魔だったりするんだけどね、まぁ、それがなければ丸ごとイケる。ぐるっと巻いた状態で出てきて、香味油をかけて食べるんだ。独特の苦みがあってね。王城でも下層で出してる美味しい店がある。96番リフトだったかな、それで13層まで下って――、いや、今はあの辺りもどうなっているか分からないか……」

そこまで喋り、トワは再び沈黙した。これまでトワが食べ物の話を一方的にしたことなど聞いたことがない。他愛のない会話をするのが操士の作法のようなものだろうか。それにしても唐突で不自然だ。ヒロミは適当な相槌を打つことも出来ず、ただ聞いていた。


 「……どうしたの?」

続く言葉がなかったことで、たまらずヒロミが尋ねた。

「ヒロミは……、落ち着いてる?」

「初めてのことだから、すごく興奮してる、この感覚が新鮮で。そこまで緊張はないかな」

ヒロミは答えた。副操士だからということで特にこの場で発言を控えさせられることはなさそうだ。ヒロミは疑問に感じていたことをぶつけることにした。


 「トワは、どうしたの?何か、気になっていることがあるの?」

「はは……、自分で気がかりなこと持ち込んでいるな……」

トワは自嘲気味に返した。

「私は……、もしかしたらこれが最後の戦いになるかもしれないと、そう思っている」

「は、はぁ!?ちょっと、どういうこと!?」

ヒロミは思わず声を上げた。


 「――そんなに……、具合、悪いの?」

ヒロミは呼吸を落ち着けて問いかけた。

「いや、まだ戦える。このまま死のうと思っているわけでもない。……けど、ヒロミの力を借りて十分に力を発揮できる機会はもうないと思っている」

「そ、……そんなこと……!!」

ヒロミは言葉に詰まった。そんなことない、と言い切ることなど出来ない。再生処置が必要な状態のネーリアについての知見はないからだ。そしてそんな適当な気休めを言っていい相手だとも思っていなかった。

「だから、私の好きにやらせてもらおうと思った。地球の植物の有効性については既に知れ渡りつつあるんだ。あとは地球人の、ヒロミという存在の価値を、証明しておきたい」

「……そのために、いくつも武器を――?」

確かに、こうして各機編隊を組んで移動している限りでは装備が多いことでは何の支障も出ていない。しかしいざ戦闘に入った際にもしそのことが原因で成果を上げることが出来なかったら――、それを補うほどの力を発揮できるという自信がトワにはあるのだろうか。そしてここまでの一連の行動も、ヒロミを副操士として乗せるということも、ハナから誰かの許可を得ようという心づもりなどなかったのだ。ヒロミが思っている以上に、トワは自身の未来を楽観視していなかったのだろう。


 「――もう、周りの人はそのこと、気付いてる?」

ヒロミは尋ねた。

「さぁな。ただ――」

そう言ってトワは周囲を見回した。

「この状況だというのに、第一操士団で王城から出撃するのは私一人なわけだ」

「うん、それは私も気になっていたの。どういうことなの?」

「分からない。あの6区の事件以降だ。私もそのことが不気味に思えてならない。情報を探ったが王城で協力してくれる適任者を探すのも難しい状況だった。だからセデイを雇うことにした――」

「そうだったんだ……」

ヒロミはつぶやくように言った。

「南部の者はどうしても信用が出来ない。だから、あの施設のクトゥアという科学者がヒロミの手術を担当するというのも、私がいたら止めさせただろう」

「そんな――」

「いや、分かっている。連中もそんなところで動きを起こすことはないだろう。結果的にうまくいった、彼女には感謝している」

トワは続けた。

「しかしこの状況は不自然だ……。組織内であまり衝突を起こさせないように、という司令部の判断なのかもしれないが。いまだに欠員の補充もない」

それは事件の首謀者でもあったピナのことだろう。

「あの女も反逆者とはいえ北方をまとめ上げたリーダーだ。支持は絶大だった。それゆえに動向が気になっている。何か、私に知らされていない情報があると考えている。


 ――以前の私ならばな、こんな状況は何とも思っていなかったかもしれない。対立は力で捻じ伏せる。首席操士として、そういう態度で臨んでいただろう。しかし、私は、知ってしまったんだ……。死を迎えることの恐怖を。……この世を、この世代の自分を、今の環境を、ヒロミを、失いたくない!そんな思いを。その感情は日増しに、どんどん強くなっている……!」

「トワ……!」

トワの声は震えていた。ヒロミはすぐにでもトワの顔を見たかった。しかしその時、上空に何らかの気配を感じた。

「――右上の」

バシュウウウウッッ!!

ヒロミがそう言葉を発するかどうかのタイミングで、シーロトワミのライフルがその"気配"を撃ち抜いた。


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