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滑りの悪いドアが開くと、部屋いっぱいに溢れんばかりの箱が積み上げられていた。
「せまっ!」
思わずヒロミは口にした。広さは六畳ほどか、かろうじて窓はあるが、外にはすぐに壁が迫り夜のように暗い。
「これでも広さとしては平均以上ではありますが」
「あ、ごめんなさい!そういうことじゃなくて……」
ヒロミは慌てて訂正した。
「えぇ、分かります。さあどうされますか?この荷物。通信用の機器などもあるようでしたらヒロミ様のお部屋までお運びした方がよいかと思いますが」
「そ、そうね……、この部屋じゃ太陽発電ってワケにもいかなそうだし」
荷物の詰まった箱に軽く触れると、表面は水を吸って湿っている。
「昨日博士を持ち上げて連れていったみたいに、この荷物、ヴォイミたちに運んでもらうことはできないのかしら……」
「有料でもよろしければ」
「……」
ヒロミはしばし考えて言った。
「お願いします!請求は博士宛で、全部!」
フェイミが心韻で軽く二~三言告げると、程なく太いアームを装備したヴォイミが三体ほど現れた。カシャカシャと小気味よい音を立てながら、荷物によじ登り、受け渡し、順序よく並べ直し、各機積み上げられるだけ積み上げると、それらを頭上に持ち上げせっせと運び出していった。
「ありがと!」
ヒロミはにこやかにヴォイミたちに言葉をかけたが、当然彼らが心韻以外の言葉を解することはない。
「フェイミさんもありがとう、案内してくれて」
「ではひとまずはこれでよろしいでしょうか。何かありましたら端末でお呼びください」
「はい!」
フェイミは立ち去り、ただ一機荷物を並べなおしているヴォイミとヒロミが部屋に残った。さてどうやって地球と連絡をとったらいいものか……、ヒロミが考えているうちに、ヴォイミたちは何往復か繰り返し、すっかり荷物を運び出していた。最後の一体のヴォイミと共に、ヒロミは博士の(使う予定だった)部屋を出た。後に続いて自室に向かう予定だったが、ヴォイミは必ずしもネーリアや人と同じ場所を通るわけではない。ヴォイミが横道に入り込んだタイミングですぐに見失い、案の定道に迷いながら戻ることになった。
途中、窓が大きく設けられ外を眺められるひときわ開放的な通路に差し掛かった。ふと自室と思しき方向へ目をやった際、外周を巡る通路上に一人の銀髪の女性が、同じくヒロミの部屋の方を見つめて立っているように見えた。外周通路は主にヴォイアクーやヴォイミが使用しているようで、これまでヒロミは通行人を見かけたことがない。それだけに奇異な光景に思えたが、別段監視をしているわけでも、ヒロミに用事のあるふうにも見えなかった。ヒロミはその景色を横目で気にしつつも、自室への道順の見当をつけ部屋へと向かった。
自室には既に、ヴォイミたちによって運び込まれた荷物が整然と並べられていた。
「なんて便利なの……」
ヒロミはつぶやきながら、道中のことを思い出し、何気なく窓際へ歩み寄って外周通路へと目を向けたが、そこには誰かがいるような形跡は既になかった。いぶかしさは感じながらも、ヒロミは懸念を振り払うように一つ伸びをし、腰をひねり、改めて積み上げられた荷物に向き直ると、「よし!」と気合を入れ荷解きに取り掛かった。
ヒロミには、こうした設備が整っていない環境での生活には、実は多少の自信があるのだ。所属する国際宇宙開発局の仕事では、宇宙船内、船外の作業も要求されることから、多くの過酷な環境を想定した訓練を積んでいる。肉体的、精神的にも、少なくともヒロミには、ある程度の不便さがあるくらいでは赴任先での生活を投げ出すという選択肢はあり得なかった。ときには衣食住の確保まで自力でなんとかするという心構えは叩き込まれている。食料調達や栽培法などある程度のサバイバル術まで習得することが求められてきた。これまでの経験に比べればこの状況はまったくもって恵まれている。
ただ、荷物の三分の一ほどが博士の自著だった、ということには閉口せざるを得なかった。全て地球の言語のみで書かれた本など、一体どうするつもりだったのか。それらはまとめて部屋の隅に押しやり、使えそうな器材だけを並べ直した。博士とはおそらく共用で使うことになっていたであろうこれら通信機器は、最新型ではなかったが、広く一般にも普及しているタイプだ。電力を確保し、一通りのセットアップまではすることが出来たが、ネーリではそもそも電波を通信に用いない。機器を起動するだけでは使い物にならなかった。心韻情報との互換性には、大きな壁がありそうだ。
フェイミから渡されたブレスレッド型端末などは、おそらくこの星で発達している生体工学が応用されているのだろう。未知のテクノロジーとなるとヒロミにも直接は手出しできない。いや……、難しく考え過ぎだろうか、何かもっと簡単な方法があるのではないか……、ヒロミは腕組みして考え直した。しかしそこでふと、ブレスレッド型端末の使い方について、そもそもフェイミから詳しく聞いていなかったことを思い出した。軽く端末の表面に触れると、半透明の操作パネルのようなものが浮かび上がり、フェイミの顔と、「発信」を意味する単語が書かれたボタンが並んで表示されている。おそらくそれを押せば、心韻を介した擬似的な会話ができるのであろう。だが、そのほかの部分を触れてもまるで画面が切り替わらないことから、何らかの機能制限がかけられているのだとヒロミは思った。
ヒロミは軽くため息をついた。と、そのとき、遠くで印象的な音、軽やかで甲高いシーロトワミの羽音を聞いた気がして、ヒロミは窓の外へ目を向けた。瞬間、シーロトワミはすさまじい速度で目の前の空を横切った。ヒロミはまたしてもその操士、トワと目があった気がした。
「ヒロミ様?」
「あ……」
どうやら勢い余って端末の発信ボタンを押していたようだ。骨伝導によって、確かにフェイミとの通話が可能になった。
「ごめんなさい、今シーロトワミが外を飛んでいるところを見て、思わず興奮してしまって……」
窓の外を覗き込むが、そこにはもうスケイルヴェールの欠片しか見えなかった。
「そ、そうでしたか……」
「あの……、話せるってこと分かってよかったわ、ありがとう。また何かあったら呼ばせてもらいますね……」
そう言い終わる前に、フェイミがある提案をした。
「今日はどうやらこの国のトップ3操士の模擬戦が行われるようですよ。観戦されますか?」
「え……」
「そちらの近くにある連絡通路が広場としても使われていまして、見物に適しているはずです。今私は自室ですので地図をお送りします。後で私も向かいますね」
「あ、はい、行きます!ありがとう!」
ヒロミは迷わず返事をし、荷物や器材に体をぶつけつつ、腕の端末に表示されたルートと、外の様子をせわしなく確認した。この部屋も外周に面していて随分と高い区画に位置していると思っていたが、更に見やすい場所があるのだろうか。いじりかけの通信器材もそのままに、ヒロミは指示された場所を目指して部屋を出た。