7-3
蒸れた室内で、徐々に咲きはじめた花たちから漂う芳香は、ヒロミが知っているよりも強烈に広がっているように感じられた。
隣で寝息をたてるトワから放たれる、発情期のネーリア特有であろう体液やスケイルヴェールの濃厚な匂いが余計にそう感じさせているのかもしれない。本来はオスを誘引する目的であるはずのその香りは、地球人であるヒロミにも十分に効果を発揮していた。既に正常な思考ができていない。思考するよりも先に、鋭敏になった全身が、本能的に快楽を求めているのを止められないのが分かった。まどろむように、ヒロミはトワの体に指を這わせ、全身を舌でなぞった。先程までグロテスクなまでに蠢き、ヒロミの体へ激しく侵入し掻き回していた産卵管も、今は再び局部へと収まっている。ヒロミに触れられ、微かに反応するのが分かった。
やがてトワもぼんやりと目を覚まし、2人はそのまま浴室へ向かった。そこでも行為は止むことはなかった。湯だけではなく、併設されているネーリ特有の蛇口、樹脂の一種を放出するものもトワは使用した。それはネーリアの体質を整え、スケイルヴェールを補う効果があると聞いていたものだ。これもワックスや塗料のような特有の香りと粘り気があり、ヒロミには無用のものと使用してこなかった。しかし今ではその香りも、どこか体に馴染みそうな気がしていた。トワはそれを全身に塗りたくった。そして主に髪や粘膜、体毛の生えた部分をしきりにヒロミの、同じく脇や首元、そして秘部へと擦り付けた。まるでマーキングのような動物的な行為のように思えた。全身に注がれたオイルがローションのように作用し、ヒロミを更に興奮させた。オイルまみれになり小動物のように甘えるトワが一層愛おしく思えた。トワの表皮には徐々にオイルが浸透し、深みある色艶と輝きが増していた。それは髪色も同様だった。銀色に輝く髪から発せられるスケイルヴェールは、鮮やかさを取り戻し更に華やかに色味を変えるようになった。
トワはオイルをボトルに詰めることを求め、ベッドでの続きをせがんだ。2人は体も乾かさず浴室を出た。ヒロミはならば、とキッチン脇に置かれていた酒の容器も手にとった。そして視界に入った荷物の上のフォトスタンドを、静かに伏せた。
時は既に深夜に差し掛かる頃だろう。外では相変わらず雨が強く降り続いている。2人の間の時はまだ終わらなかった。
トワはオイルをさらにヒロミの体へと垂らした。ヒロミはお返しにと酒を口へ注ぎ、そのまま容器を持ち上げ、トワの体を酒まみれにした。
「もぉ、いじわるしないで……!」
トワはすねて見せた。2人は子供のように笑い合い、はしゃぎ合った。樹脂は酒の香り付けにも使われると聞いていた通り、トワからもらった酒ともよく調和した。ヒロミは心地よく杯を重ね続けた。
「ヒロミのこと、地球のこと、……もっと知りたい」
ヒロミに体を弄ばれながら、トワが言った。
「どんなこと?」
「色々……、ん……、例えば……ここに来る前のこととか……」
「そうね……」
ヒロミはしばし手を休めた。
「ここに来る前は……、こんなことになるなんて想像もしてなかったかも」
「ふふ!」
「本当に……、地球ではネーリの情報は少なすぎて……」
「……来たくなかった?」
トワが上目遣いで尋ねた。
「そんなこと!今こうしてここにいること、私は全然後悔してないよ」
「ふふ、私も!」
トワは軽くヒロミにキスをした。
「地球とネーリの大きな違いで言えば……、まず地球は衛星と戦争してないってことかな」
「うん……」
トワは当然、というように頷きながら聞いた。
「でもね、たくさんの国があって、国と国の間の戦争はやっぱり起こっていて――、その辺はどこも同じかな……
私の生まれた国は小さくて、大きい戦争に巻き込まれるのはなんとか逃れていたんだけど、国内では紛争がいくつかあったの。まだ学生の頃――、当時の私にはまだ明確な目標がなくって、性格も今よりもっと内向的だったと思う。私は故郷を離れて大学に通うために一人暮らしをしてたんだ。で、実家には畑があって、よく採れたものを送ってくれてた。そのときは夏みかんっていう、こう、丸くて、皮に包まれた果実があってね。
あるとき国内の過激派が蜂起して一時的に政権を乗っ取る事件があったの。厳戒態勢がしかれて、街は騒然としてた。いつもの景色と違って、すごく怖かった……。周りの人も言うことが急に変わっちゃうんだ。どの国と組むべきか、とか。これまで主流だった意見とはまるで別の意見が、さも当然のように広まり始めて。テレビとか、街頭や大学の構内でも、昨日までとは真逆のことを演説する人が現れて、それに賛同する人もたくさんいて――。国中が熱にうかされたようになってた。
私はなんとなくその流れにはついていけなかった。なんとなく海外の大学に留学したい、っていう目標もあって、それに変な影響が出なければいい、なんて無責任に考えてた。
けどね、その政変は一週間もしないうちにあっけなく終わったの。大国の武力介入があって、結局これまで大勢を占めていた派閥が再び政権をとった。国内は大混乱になったんだ。反対派を一掃するって、そこでまた衝突が起きたりして。大学のクラスメートも何人も捕まって……、噂ではどこかの大学では死者も出たとか。私には何か、信じられなくて――。こんなにあっさり状況が変わってしまうことに、命を賭けている人がいることが、どうしても理解できなかった。
そのとき――、部屋に置きっぱなしだった、夏みかんを食べたの。何ヶ月も前に送られてきたものなのに、全然腐ってもいないし、みずみずしさを保っていて、すごく酸っぱくて、甘みもあって、普通に食べられて。私は……、変なんだけど、そのことがすごく感動して、なんだか涙が溢れてきて――。人間はこんなにも周りに影響されて、誰に従うべきか、誰を切り捨てるか、右往左往してるのに。そのみかんは、その間中も、そんなことおかまいなしで……。勿論、当たり前なんだけど、何言ってるのか分からないと思うけど……、私にとってはそれがなんだかすごく、大きくて。はっとさせられたの。その味のことは、今でもすごく覚えてる。ずっと忘れないと思う。
人間と比べるのもおかしいことだと思うけど、その植物の変わらない姿が、私にはすごく偉大……っていうか、神秘的なものに思えて。実際まだ不思議なことばかりだし。そこで、私ははっきり決心したんだ。植物のことを、もっと学びたいって。
それで留学に対する意識も強くなって、国を離れて、星も離れて、――で今に至るって感じかな……。
――ごめんね!急に長く話しちゃった」
「ううん!有難う話してくれて!なんだか分かる気がする、ヒロミの感じたこと――」
トワはわずかに目を潤ませながら聞いていた。
「トワのことも聞かせて。どうして操士になったのか、とか」
「うーん……」
トワは言葉を詰まらせた。
「それは、分からないんだ。ううん、本当は知っているんだけど、思い出せないのかも。私は、気付いたときから、ずっとこうだったから――」
「そっか……、ごめん」
「ううん、いいの。出身地方をすごく意識してる人もいるんだけど、私はそういうのもなくって。多分、北方でも、西でも、南でも、ないんだと思う――」
「そうなんだ」
そこでヒロミは何かを思い出したかのように体をすり寄せた。
「じゃ、教えて。ルルアって子とはどういう関係なの?」
「?……あいつは、別に何も……なんで?」
「仲良さそうに話してたから」
「え、妬いてるの……?」
「そんなんじゃ……!う、ううん、妬いてる……。あなたと話してるの見て、ずっともやもやしてたの」
ヒロミはトワを押さえつける腕に力を込めた。
「ふふっ、そんな……、ルルアは本当にただの後輩ってだけ」
トワは他愛なく笑って見せた。
「私は……、敵意を向けられなければこちらからも向けない。そうか、最初に見たのがそんなやつらばかりだったからな……」
普段のトワの口調がわずかに顔を出した。
「ピナやリュクリが、極端に敵対心をむき出しにしていたというだけだ。それも――私にはどういう理由かは詳しく分からない。過去に何かあったというのは間違いないだろうけれど。特にピナの近親の者らは、長きにわたって不当な扱いを受けてきて、ようやく国政に口を挟める立場にまでのし上がっていたようだ。どうしても私の存在を消したかったんだろう。
だが奴はやり過ぎた。最初、ヒロミの降下艇と衝突しそうになったろう?あれもあいつが運行情報を不当に隠していたからだ。証拠はリチイが掴んでいるので間違いない。そういうことは一度ではないのだ。私はそんな輩に情けをかけることはできない」
「そういう……ことだったんだ……」
ヒロミの中でようやく一連の流れが繋がった気がした。容赦なく切り捨てたのもそうした経緯があったからこそなのだろう。
「リュクリに関しては分からない。ただあいつは曲がったことは嫌いなタイプだろう。変な裏工作はしないはずだ。国内では南方に広がる一番強力な勢力を築いている」
「そうなんだ、ありがと!トワも話してくれて……!」
ヒロミは微笑んだ。
「だから……」
そう言ってトワはまたスイッチが入ったように甘えた声に変わった。
「だから、安心していいぞ?私はヒロミのものだ、こんなこと、誰ともしたことはない……」
急に顔を紅潮させ、スケイルヴェールを舞い散らせた。
「うん!」
そう言ってまた2人は唇を重ねた。
「そうだ、地球の話、思い出しちゃった」
「何?」
「ネーリアのこと……、地球の学者たちが何て呼んでるか、知ってる?」
「……分からない、虫、みたいなことでしょ?」
ヒロミはトワの脚を開きながら頷いた。
「"Neotrysia"っていうの。蝶の分類の話で、生殖口の数によって変えてるんだ。一門か二門か――。分からないから新しい"neo"にしちゃえ、ってことみたい……。馬鹿にしてるでしょ?そもそも全然違う生き物なのに――」
そう言ってヒロミはトワの股間に徐々に顔を近づけていった。
「"ここ"が本当はどうなっているのか。おそらく初めて知った地球人よね、私」
「うん……」
トワは震えながら、物欲しそうな顔でヒロミを見つめた。淫らな音が、室内に響いた。




