6-11
たとえヒロミの思い込みに過ぎないとしても、その光景は十分にヒロミに勇気を与えるものだった。
ヒロミの持ち込んだサンプルと、おそらくキュイオがネーリの自生種とかけ合わせて作った植物は、昨日受けた攻撃の影響でところどころ損壊しているものの、共にこの窓も壁も崩れ落ちた第3研究室の中、その傷を覆い尽くすように、あるいはさらに補強するかのように生長を続け、部屋中をうねるように、ときに互いに絡まり合いながら、破れた窓の方向へ蔓を旺盛に伸ばしていた。キュイオがどの程度この様子を想像できているかは分からない。だが再生治療中で動けないであろう彼女が、強くこの研究室の植物たちを思い、ヴォイミを配備したことは伝わる。植物たちは確実にその思いに応え育っている。ヒロミにはそう思えてならなかった。小型の虫のような生物が既に多く集まり、それらの放つ無数のスケイルヴェールによって植物全体が虹のように輝いて見えた。荒廃した研究棟の中で、この空間だけはひときわ力強い生命力に満ちているように感じられた。
そしてヒロミは導かれるようにこの場に到着することができた。この植物たちのことは、自分に委ねられている。そう感じていた。
最初にこの場を訪れた段階で既に身の丈ほどの太さのあった蔓が伸びた植物だ。重量も体積も相当のものになるだろう。持ち出すには特殊なヴォイアクーや、ヴォイアースのような機体が複数必要になるかもしれない。どのみちヒロミ一人の力では難しい。
ふと視線を下ろすと、崩れた壁の瓦礫に埋もれるように、トワから預かったローブとかつらのセットが見つかった。昨日キュイオの止血をしようと慌てて脱ぎ、そのままにしてしまっていたものだ。警備用ヴォイミからの攻撃が続いたため放置するかたちになっていたのだろう。ヒロミは積み重なった破片を取り除き、埃を払ってそれを胸に抱え上げた。今度は手放さぬよう、懐へとしまい込むことにした。
「何をしている」
その時、急に背後でそう声がし、小さい手がヒロミの肩を掴んだ。
「――!!??」
ヒロミは驚いて振り返った。あまりに無警戒で心の準備がなかった。気配もまったく感じ取れなかった。そこにはヒロミと同じく、質素な材質のローブを纏い、目深にフードを被った女性が立っていた。
「――あの、……!」
うっかり声を出してしまった。既に心韻で呼びかけられていたとしたら、この反応で確実にネーリアでないことはばれてしまう。
「――?」
しかし女性はフードの奥から微笑みを浮かべていた。そして覗き込むような上目遣いでヒロミのことを見上げた。
「トワさん!?」
ヒロミは思わず大きな声を上げた。トワはいたずらっぽく微笑みながら、「静かに」と小声で告げた。ヒロミは慌てて口を塞ぎ周囲を見回した。
「……ど、どうして、……今は、任務もあるんじゃ……!」
トワはフードをとった。鮮やかな銀色の長い髪が現れ、輝くスケイルヴェールが飛び散った。
「……ふぅ、今日は休務だ、シーロトワミも派手に壊れたからな」
「あぁ……」
「早くてもあと数日は再生にかかるだろう。状況次第で早めに済ませることもあるが……」
相変わらずか細いが芯の強さも感じさせる、不思議な声質だ。声をかけられたときになぜ思い出せなかったのか。あまりに想定していなかったからか。久しく聞いていなかった声だからかもしれない。いや、久しくと言っても昨日聞いたばかりだ。会話を交わしていなかったのだ。
「あの……!ここにはどうして……?」
トワはぽんぽんと瓦礫の上を跳ねるようにバランスを取りながら歩いていた。
「休みだからだ、――なんとなくここへ来ればお前がいるような気もした」
トワはヒロミの方は向かずに答えた。ヒロミは微笑んだ。
「昨日は、有難うございます……!助けてくれて……本当に」
トワは立ち止まった。
「すまない……、危険な目にはあわせないと約束したのに。6区が拠点にされることも、想定しておくべきだった……」
「う、ううん!助けてくれたじゃないですか。私はこうして無事で――」
「!?」
不意にトワが振り返り、通路奥の方を見つめた。
「こっちへ!」
そう言ってヒロミの手を取ると、トワは音を立てないよう注意深く瓦礫を乗り越えつつも、ヒロミを先導し研究室を出た先、昨日サポートヴォイミと警備用のヴォイミが対峙した、交差点の左手脇へと隠れるようにした。廊下部分はほぼ真っ暗いままだ。昨日確認していなかった向かいの右手側には階段が設けられてるのが見えた。研究室周辺と違い特に被害はなさそうだ。トワは改めてフードをかぶり直し、身をかがめ息を殺して研究室に通じる廊下の先を見つめていた。昨日照明がないために進むのをためらった方角だ。誰かが近づくのを察知したのだろう。
「もう一つ気になることがあったのだ」
トワは極めて小さな声でヒロミに伝わるように言った。
「役人らがこの研究をどう思ってるか、だ。それと――」
なるほど、ヒロミはなんとなく察した気がした。
「もしかして……、私のことですか?」
ヒロミもしゃがみ、トワの耳元に顔を寄せるようにして小声で尋ねた。
「聞いていたか……。妙なウワサがたっている。この辺をうろついていれば様子を探るくらいはできるんじゃないかと思ってもいた……。もしかしたら奴らがこの機会に、面倒ごとを一掃しようとしているかもしれない」
「え……!?そ、それって、私が『ユスの呪い』だから処分しようって……!?」
「いや、違う。そうではなく、研究の場を丸ごとどこかへ――」
トワはヒロミの方を向き応じた。だが足音と話し声を感知し、再び押し黙った。その音はヒロミの耳にもかすかに聞こえた。
2人は壁と瓦礫の山に身を隠すようにして、じっと目を凝らし接近するネーリアを見つめた。やがて部屋から溢れる光に照らされ、2体の歩行型サポートヴォイミと1体の浮遊型を率いた、黒い光沢あるローブに包まれた高官らしき人物2名の姿が現れた。都度不安定な足元を確認しつつもたどたどしい足取りで進みながら会話を続けているようだ。特に周囲を警戒しているという感じは見受けられない。そうして部屋を見渡せる場所まで到達すると、彼らはしばし立ち止まった。そして手で顔を覆い、目を背けるような素振りで言った。
「これは酷い……!」
「なんという禍々しさか――」
ヒロミは眉をひそめた。その後もこの光景へのネガティブな発言が続いたように感じられた。そうだ、ヒロミ自身これまでフェイミやトワ、そして研究所の面々くらいしか、この植物と接しているさまを見聞きしたことがなかったのだ。そしてそれはネーリアの中では特殊な部類なのかもしれない。より多くの一般的なネーリアにとっては、得体の知れない外の星からやってきた植物がこんな異常な速度で大きく生長を続けるのは、不気味で奇異なものに見えて当然だろう。排除し、遠ざけるべきと思われても、そしてこれこそがユーフを呼び寄せる邪悪な標的と思われても、仕方ないことだろう。ヒロミの目には、エネルギーに満ち溢れ、美しく幻想的に見えるその光景も、一面的な捉え方に過ぎなかったと認識し直す必要があろう。
ヴォイミらは指示を受け、ところどころ瓦礫の整理をしながらも、ゆっくりと動き回り室内の様子の記録を続けているようだ。黒服らは手元のモニターに送られる情報を確認しながら、なおも話を続けている。表情は読み取れないが、「やはり――」といった言葉が時折聞こえた。ヒロミにとって状況は芳しくないように思われた。
「どうなるんでしょう……」
服の擦れる音すらもたてないよう、ヒロミは注意して尋ねた。
「分からない……。私も……これは迂闊に守るとは言えない……」
トワも苦しそうに答えた。
「役人連中の間だけで恣意的にデータが作られていくことがある。こういう状況はよくないな……」
ヒロミは意を決したように、トワの手を握りしめ、言った。
「私、決めたんです」
「な、何だ……?」
トワのスケイルヴェールがほのかに色づき、フードの外にもこぼれ落ちた。
「私ここで、研究を続けたいです。あの植物も守りたいんです」
トワの間近で、ヒロミはそう伝えた。
「そのために私に出来ることは何でもするつもりです」
「……!」
トワは言葉を返さず、だが強い表情で聞き入れた。
役人らは窓へ近寄り、植物の末端部分に見入っていた。
「まだ生長を続けていますね」
「これは排除が必要でしょう、あの異星人含め。一刻も早く長老会に報告を……」
そのような会話が聞こえた。そこで、トワはフードを深くかぶり直すと、突如すっくと立ち上がった。
(トワさん……?)
ヒロミは声には出さず驚きの表情で見上げた。
トワはそのまま壁際の、室内から見えないであろうギリギリのところまで歩き進んだ。瓦礫を踏みつける足音に、まずヴォイミが、次いで室内の2人が気付いたことがヒロミが身を隠している場所からも分かった。ヒロミは追従すべきか迷った。そのとき、トワは顔をわずかに室内へ突き出し言った。
「何も知らないくせに勝手なことを言うな!!」
「!!!???」
ヒロミは面食らった。
「誰だ!!」
室内からは怒号が飛んだ。
「来い!!」
トワは向き直り、階段の方へとヒロミを呼んだ。トワはヒロミの手を掴み、ヒロミはトワに引かれるまま、猛然と階段を駆け降りた。ガタガタと、瓦礫の上を走る黒服の役人らの足音が聞こえた。だが、障害物の散乱する室内では、彼らのいる窓際からすぐには追いつけまい。先程の部屋へ近づく様子からも、彼らが運動神経に優れたタイプでないのは明白だった。歩行タイプ、浮遊タイプのヴォイミらはそれぞれ追跡してくるだろう。トワはどこからか手のひらサイズの小型ヴォイミを取り出し、後方へと放り投げた。ヴォイミは奇妙な甲高い羽音をたて派手なスケイルヴェールを散らしながら飛び立っていった。
「あれである程度ヴォイミを撹乱できる!この下に非常階段に通じるドアがある、そこから外に出るぞ!」
「はい!」
「ふっ、ふふ……」
「はは……!」
「あはははは!!」
2人はいつしか笑い合いながら、全力で階段を降りていた。
そして非常口を開け、谷間に張り出した建物外周に取り付けられた非常階段へと走り出た。ドアを閉めると更に下層へ向かい、いくつかの階段の合流する踊り場のようなところへとたどり着いた。肩で息をする2人に、谷風が吹き付けた。雨は一時的にやみ、晴れ間がのぞいていた。
「ははっ!」
「はぁ……、はぁ……、ふふ……!」
2人の笑いもようやく収まりつつあった。
「いいんですか……?あんなこと言って!」
「はは、問題ないさ、奴らのああいうやり方のせいで、多くのネーリアが真実を知ることもなく不利益を被っている、いつか言ってやりたかったんだ」
「ふふ!」
トワの無茶でやんちゃな側面を見た気がした。ローブを脱いだ彼女はやりきったような満足げな表情をしている。
「ありがとう、私のために……してくれたの?」
ヒロミはトワに近寄って言った。トワは急に困ったような、我に返ったような表情を見せた。そしてやや震えるように、ヒロミのことを見つめた。
あの時と同じだ。トワが歌っているのを目撃したときに見せた、怯えたような表情だ。だが、スケイルヴェールの色は違う。紅潮し、溢れるように明るい色を次々に見せた。
「私も、ヒロミにはいてほしいと……、思ったから……」
ヒロミはトワの両手を強く握った。トワは少しずつ後ずさり、やがて踊り場の手すりに押し付けられる格好になった。走った後だからか、トワの激しく脈打つ鼓動がヒロミにも伝わった。ヒロミもトワに体を押し付けた。トワは抵抗しなかった。
「私も、あなたと一緒にいたい、私……」
ヒロミは両手でトワの顔を抱き寄せた。走ったからだけではあるまい。ヒロミも興奮していた。熟れた果実のような桃色のスケイルヴェールがトワの髪から次々とこぼれ落ちるのが見えた。
「私、ずっとこうしたかった」
「私も……!!」
泣き崩れるような表情をしてトワが叫んだ。2人は激しく唇を重ねた。




