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その後も、ヒロミとトワの間で交わされた会話は途切れることなく続いた。何かお礼をしたいと申し出るヒロミに対し、トワも興味深い話を聞けたこと、そしてそもそも部屋に入ったことへのことの罪滅ぼしの意味もありただ受け取るだけで済ますわけにはいかないことなどを伝えた。トワは地球の植物へさらに興味を示し、後日改めて何らかの種子か苗をわけてくれないかと望んだ。ヒロミはそれならば、と持ち込んだイモなどの作物を使い地球の料理をふるまおうという提案をした。
そこからは食事の話題にも広がり、ヒロミは既にネーリの食材については一通り試していること、外骨格を含めた食感を味わう小型の虫タイプは比較的安価で、肉質を伴う大型の甲殻類的な食材は高価だということ、どれも共通して苦味が強いという特徴があるもののヒロミの食欲は満たされ健康上問題も起こっていないこと、そして王城内の水道の蛇口には2種類あり、片方をひねると水が出るが、もう片方は樹脂をベースとしたネーリアの体質やスケイルヴェールの調子を整える特殊な液体が出ること、それらは髪に塗ったりもするが、直接摂取したり、酒の香り付けをするのにも利用されている、という話などが続いた。
両者共に互いの話には興味深く耳を傾けていたが、ヒロミは特に、初めて訪れる地で未知のものに囲まれる体験にその好奇心を抑えることができないというふうだった。ネーリの植物については、樹脂の採集や建材として利用するための大型の樹木も必要だが、現在では既に王城より南の赤道付近でしか茂ってはおらず、王城周辺では人工的に栽培する場合がほとんどだということだ。こうして野外の地表で自生しているのはほぼ小型の草木に限られるらしい。詳しいことはヒロミがもう今日から訪れる予定でもある6区の研究員たちがいくらでも語ってくれるだろう、ということになり、この城跡を去ることとなった。
ヒロミは得難い経験ができたことに感謝した。再び月夜とそのもとでゆらめく虫たちのスケイルヴェールの帯を仰ぎ見つつ、二人はヒロミの居室のベランダへと帰り着いた。別れ際、ヒロミは急激に生長する危険性を念押しし、それなりの選別をしたうえで持ち込んだツル性のイモの一種の小さな苗をトワに手渡すことにした。お返しにと貰ったのはヴォイアクーのシート裏に置かれていた携帯用小型ボトルに入った酒だ。こちらもクセが強く異星人に飲ませてどうなるかは知見がないことを告げたうえで、ネーリの食事で悪影響が出ていないことからも問題はなかろう、と判断しての品だった。ヒロミは手を振り、トワは笑顔で応じた。トワの操るヴォイアクーは軽やかにスケイルヴェールを散らし王城の上空へと飛び立っていった。
ヒロミはその軌跡を見送ると、中二階の寝室のベッドへと腰を下ろした。ネーリの夜景と、そして散らかったままの自室を眺め一息ついた。早速酒を試そうとボトルを手にしたとき、ドアをノックする音が響いた。随分と遠慮がちだが小刻みに何度も叩く音であることと、ブレスレット型端末が反応しないことから、フェイミではないことは伺えた。
ヒロミは軽く返事をし、入口へ向かった。ドア越しに立っていたのはなんと労働局の窓口にいたあの緑色の瞳の女性だ。無言のまま鋭い視線でにらみつけると、地球で見かけるタイプの携帯用メモリの一種をヒロミに向けてずいと差し出した。そして宙を指差し、続けて今手渡したメモリを指し示した。ヒロミは最初呆気にとられていたが、どうやら地球から自分宛てに送られてきた通信記録を宇宙港の通信官から受け取り、早くもヒロミのもとに届けてくれた、ということなのであろう。それも、どこから入手したのかご丁寧に地球の器材でも再生可能なメディア用にわざわざデータを変換し、保存してくれたわけだ。
状況を理解したヒロミの表情は急激に緩んだ。するとすかさず労働局の女性は、ヒロミの腕のブレスレット型端末を奪うように掴んだ。むすっとした顔のまま、何やら操作をし、自身の連絡先を登録したようだ。
「……」
ヒロミが何も返せずにいると、彼女は今度はヒロミと、端末を指差し、そして自分の顎辺りで手を広げ、最後に宙に向けてその手を広げた。察するに、伝えたいことがあれば端末を通じて自分に言えと、それを彼女が宇宙港の通信官に伝える、と。そう言いたいのではないか。おそらくはそうであろう。
(言ってくれれば伝わるのに……)
ヒロミは苦笑しつつも、既に帰ろうとしている女性に対し、
「ありがとうございます!」
と告げた。
一瞬ビクッとした様子だったが、彼女はついに不機嫌そうな表情を崩さぬまま去っていった。これではフードで隠した顔やスケイルヴェールもまるで意味がない、ヒロミはそう感じた。そして同時に、トワの首席操士としての権力の強大さを感じずにはいられなかった。個人的に親交などあるのかもしれないが、ヒロミの顔が分かり、相応の融通が利く人物となるとおそらく彼女しかいないという判断なのだろう。露骨に嫌だという感情しか読み取れないほどの用件であるにも関わらず、断りがたい事情があったのは間違いない。しかもヒロミたちが外出を楽しんでいる数時間の間にこなしてくれたのだ。彼女の能力の高さと、改めてトワの協力には感謝しなければなるまい。
部屋へ戻りつつ、ヒロミはトワの連絡先も聞いておけばよかったと後悔した。しかしいまひとつその距離感は掴めない。トワと繋がりが持てたとしても相変わらず、もしくはそのことで余計に、他のネーリアからは先程の女性――名をセイニということを端末で確認した――のように、嫌悪感を向けられることもあるかもしれない。研究施設の人々とは仲良くできるだろうか。ネーリアにはまだまだ分からないことも多いが、出来れば自然体で触れ合えるような関係を築いていきたい、そんなことをぼんやりとヒロミは考えた。
そして分からないことと言えば、トワの、一連の狼狽ぶりだ。遺跡での会話では歌について触れたところで一瞬スケイルヴェールの色味に変化が見られたが、それ以外では終始穏やかで不安定な様子もなかった。歌や過去の記憶の件だけが引き金になっているというわけでもなさそうだ。一度見られた相手だから既に緊張が解けたということなのだろうか――?トワ自身についても、ヒロミの関心は強く向けられているのを感じた。今日のように、また会話できることはあるのだろうか……、ヴォイアクーに乗り、何かを見て、植物や料理の話に興じ、笑い合う機会が、また訪れるだろうか――
コンコンコン
――そう、分かる。この音はフェイミがドアをノックする音だ。
予想できていたことだった。昨日自分の部屋で植物が異常に生長したのならば、当然のようにあらかじめ研究施設に預けておいた試料にも同様の変化が起きているはずだ。慌ててそのことを告げに来たのだろう。違いない。
コンコンコン、ヒロミ様!
そして時間も既に出発せねばならない頃合いだろうか?分からない。確認する気力がわかない。何もしたくない気分だ。
昨夜ヒロミは、トワから貰った酒を口にし、地球からのビデオレターを見ていた。




