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ヴォイアクーは台地の頂上面でもやや開けた地点へと降下した。ヒロミはトワに促され機体を降りた。遠目には平坦に見えていたその地も、低木、と呼んでいいであろう丈の低い植物や、奇妙に鋭角に盛り上がった蟻塚のような山と、そして同様に鋭くえぐられたようなヒビ割れた地形が散見され、見通しが悪く不安定な足場が続いていた。
夜空に連なる光の帯が進む先には、月明かりの反射や漂う虫たちの放つスケイルヴェールのものよりもはるかに規模も光量も大きい何らかの光が、地中から発せられているように見えた。トワの案内する目的のものはおそらくそこであろう。歩き慣れない地形のため時折
「大丈夫か?」
とトワに声をかけられながらもヒロミは進んだ。
「平気です」
と答えるヒロミが手を置き足をかけている場所を、改めて見て気付いた。
「これは……」
それらはレンガのようなブロック状のパーツを積み上げて作られているようだ。風化し地面と一体化しているが、露出している部分に強い力を加えればその一つ一つを取り外すこともできそうに見える。斜面や足元を注意深く見つめるヒロミにトワが声をかけた。
「……そう、ここは自然の地というわけではない。我々の王城と同様、地形を利用しつつ作られた数千年以上前の我ら祖先の王城の跡地なのだ」
「そうなんですね……」
ヒロミは周囲を見回しつつ、先を歩くトワに続いた。
「現在では蛹室を中央に集め巨大な城を築いているが、かつては蛹室を分散させて配置していたらしい。ここはその一つだとされている」
「では周りの台地も全て……」
「ほとんどが同年代の城だ。同時に……」
二人は見晴らしのいい場所へと出た。
「ユーフによる襲撃の証拠を我々に残してもいる」
いたるところで突出していた小高い山は、台地の中心部分に近付くにつれその数と大きさを増していた。突起の根元から広がるヒビ割れのような亀裂の深さも、飛び出た部分の大きさに比例しているようだ。そして台地だと思われていたこの高地は、その中心部分を大きく削られ、どうやら巨大な穴が開いたような形状になっているということが確認できた。光はその中心部の穴から漏れているようだ。
「分かるか?これはクサビのような形状のユーフが集中的に突撃してきた跡、ということだ」
地形は険しくなり、二人は注意深く歩みを進めた。
「中心部を外れた場合はこうして地表、王城の表面をえぐり、削られた部分が押し上げられ山を作った。奴らが目指したのはこの先だ」
幾度か彫り込まれた窪みを越えた先に、広大な空間が姿を現した。
「これは……!」
ヒロミは声を上げずにはいられなかった。眼下には例えるならばアーチ式ダムの堤体のような、湾曲した壁面が半径数百メートルはあろう規模で広がっていた。下部には崩れた瓦礫や岩石が積もり、それらを覆って広がるネーリ特有の発光する植物と、そこに集まる夜行性の虫たちの放つスケイルヴェールの輝きによって、壁面全体が巨大なスクリーンのように照らし出されていた。そのスクリーンには、どうやら一面に壁画が描かれているようだ。色が落ち、ところどころ朽ちてはいるが、鮮やかな色彩で巨大な怪物と人型の英雄的人物が戦っている様子を描いているように見える。
「何と言っていいか……、不謹慎かもしれませんが……、すごく幻想的で美しいです!」
ヒロミはやや興奮気味に思いを伝えた。
「かまわんよ。現在まで残しているのは史料としての役割もあるが観光目的でもある。子供時代の見学では定番コースの一つだ」
ヒロミはしばしその景観に見入っていたが、やがてトワの方を見て首を傾げた。
「はは、そうだな。幼齢期のない我々にとってはおかしなことだ。だが以前は自然交配により子として生まれ死に行くという生活環を経てきたのは間違いない。ぼんやりとだが確かに、今を生きる我々にもその記憶が残っている」
ヒロミは複雑な表情で再び壁画に目をやった。
「中央区画の天井は壁が薄い。そしてこの空間は蛹室の真上にある。奴らは明らかにこの城を滅ぼすために大量に送り込まれたと考えるのが妥当だろう」
トワは左手下方に更に深く広がる暗闇を指さした。
「あの辺りが蛹室になる。目的を終えたユーフらは息絶え、王城は破壊されたままの状態でこの場に残されている」
ヒロミらはこのかつての王城内に円筒状に作られた広大な中央区画の一方の端から、対面を見下ろしているかたちになる。この区画と近接する蛹室の構造自体は現在の王城にも踏襲されているようだ。垂直に伸びる壁面のはるか下方から、ヒロミたちに向け冷たい風が吹き上げ、髪を揺らした。
「陽の当たる部分はちょうど植物にとっても虫たちにとっても外敵の少ない恵まれた環境なんだろう。皮肉にもこの廃墟を美しく照らすのに役立っているわけだ」
「あの絵には、どういった意味が……?」
ヒロミは壁画を見つめたまま尋ねた。
「こうした遺跡によくあるモチーフだな。王や勇者がユーフを倒す、というものだ。貴公には何に見える?」
「私もそういったものだと思いました。周りのたくさんの人に比べて、とても大きな人と、大きなユーフがいますね。あれがヴォイアースなのかな?って……」
「同様のものはあっただろう。もしくは……」
トワは前へ進み少し開けた場へと出た。
「異星人を描いたものかもしれんぞ、貴公のような、な」
そう言ってちらりとヒロミの方を見た。
「私……?で、でも、確かに機械兵器のようには見えませんが……」
「伝説は色々とある。閉鎖的な我々の生活では外部の生命体との接触というケースはそれだけで珍しいものだ。何らかの理由で実現すらしないことも多い。現に同行者は既に立ち去っているだろう?」
「えぇ……」
ヒロミはそう答えながらも、この景色とこの状況に何か連想させ結び付けるものを感じていた。
「ユーフとの恒常的な戦闘状態にあっては大きな変化は起こりにくい。来訪者が何らかの変革をもたらし我らを救う英雄となる可能性は大いにある」
「あの……」
ヒロミは口を開いた。
「こうした壁画は、今の王城にはなぜないのでしょう」
「……さあ」
そう言ってトワは振り返り、背後に巨大な黒い山影として広がるスマーリの王城を見つめた。
「言ってしまっていいのか分かりませんが……、フェイミさんが、私のお世話をしてくれているのですが……、中央広場には何かあるのではないか、という会話を少ししていて……、それがこれなのか、と、こううした絵なのかな、って思ったんです」
「ふむ」
そう言ってトワはまた視線を戻した。
「トワさんもさっきここへ来て過去の記憶を思い出しましたよね」
トワは黙ったまま返事をしなかった。
「あ……!あの、変なこと言っちゃってごめんなさい!まずい話題でしたらこの場限りということで、どうか……!」
「いや、気付いてはいたさ」
トワは落ち着いて返した。
「ただ進んで触れないことの一つでもある。知らない方がいいこととして認識しているものもあるのかもしれない。……その、歌のことも……あるしな。あの歌が何であるか、私自身知らないのだ。いや知ってはいるが、長い間思い出さずにいたと言うべきか。その記憶を貴公の持ち込んだ植物が呼び醒ましたのだろう」
「そ、そうなんですね……」
ヒロミは続けた。
「あの、歌、すごく素敵でした……!どこか懐かしいような、切なくて、それでいて力強い生命力を感じるような……」
「そ、そうか……」
トワのスケイルヴェールが一瞬紅潮した。
「……植物を、ここに植えるか?」
トワが覗き込むようにヒロミの方を向き言った。
「え……」
唐突な申し出にヒロミは驚いた。
「この遺跡と貴公らの植物があれば、我々は何かを思い出すか、もしくは何かに思い至ることもあるかもしれぬ。それに見てみろ、この星の植物はどれもサイズの小さいものばかりだ。お前の……いや貴公の……」
「ヒロミでいいですよ」
「ヒロミ……殿の」
「呼び捨てで」
ヒロミは微笑んだ。
「わ、分かった……、ヒロミの……持ってきた植物の繁殖力は大いに役立つと思うぞ」
「でも危険ですよ。事前に閉鎖環境でテストを繰り返してからでないと、どんな影響が出るか……」
トワは自信ありげにヒロミを見て、弾むようなスケイルヴェールを放ちながら返した。
「さっきも言ったろう。ま、まぁ勿論反対する者もいるだろうが……、少なくとももうヒロミはここにいる。我らの心韻もネーリア同士の対話だけではない、我々はそもそもネーリという星から生まれ、星の子として、星の一部として意思疎通していると考えるのだ。結果がどうなろうとそれは星が認めたものだ。お前はもう星に許され、迎え入れられてここにいるのだ」
「そ、そんな……、大げさです!」
ヒロミは照れ笑いを浮かべた。
「私がスケイルヴェールを出せたら、真っ赤になってますよ」
「ふふ、それも面白いな、学者連中なら躊躇せんぞ!地球の植物に、地球人という格好の研究対象があるのだからな」
「こ、困りますって!」
「はは!」
二人の笑い声は夜空にこだました。




