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4-3

 月は赤紫色に輝き、ネーリの空を妖しく鮮やかに照らした。


 王城でも上層に位置するヒロミの居室ではあったが、ヴォイアクーはより遮るもののない高さへと、その高度と速度を一気に上げていった。

「わぁ!」

ヒロミは加速に驚きながらも、眼下に広がる王城の広大な景色と、地平線へと続く初めて見るネーリの大地に歓声を上げた。王城は最大幅が数十kmを超える範囲を占める、それ自体が都市のように機能している建造物だ。外周部には直接連結していない区画もあり、それら近隣の集落も含めた範囲を更に自然の地形を利用した城壁が囲う。王城外の天然の大地となると、その壁を越えないと目にすることはできない。ネーリの土地は高低差が激しいと聞いていたが、城外にはテーブルマウンテンやメサと呼べるような特徴ある卓状の地形が、月明かりを受けいくつもその稜線を浮かび上がらせていた。初めて降り立った際には雲が多くて見られなかったものだ。今回は夜ではあるがこれまでになく雲が晴れ、ようやくヒロミも自らの目で遠くまで見渡すことができた。ヒロミは身を乗り出して外の様子を眺めた。


 勿論城内の施設についても全てを把握しているわけではなかった。外縁部にかけてはドーム状の構造物が並び、食料供給をまかなう農業用のエリアとして機能しているということだ。その他にも巨大なタンクがひしめき合う工業エリアや、天然の山地を削り出して作られたようなヒロミが今後通う予定でもある研究棟のある6区と呼ばれるエリアなども、上空からざっと案内を受けた。ヒロミがこれまで訪れた王城の区画は全体のごくごく一部であることを改めて実感した。


 「昼間ではこんなに自由には飛べぬからな……」

トワが眼下を眺めながらつぶやいた。

「そうなんですか?」

「あぁ……、そうか、心韻を受け取らなければ気付かぬものな」

向き直って問いかけるヒロミに、トワは辺りを見回しつつ答えた。

「王城の上空、連絡通路の隙間などもそうだが、浮標となるヴォイミが大量に設置されているのだ。ヴォイアクーの運航にも優先度がある。ヴォイアースや緊急用のヴォイアクー、ヴォイミの進路は妨げてはいけない場合が多くてな。航路も通常は決められたルートしか通れぬ。範囲を外れたり、他の機体と接近すると、こう、やかましく警告が送られてくるわけだ」

そう言って顎関節辺りで手を何度か広げて見せた。


 「昼間6区まで移動するくらいなら定期運行しているヴォイアクーを使う方が早いだろう。自家用機ではかえって遅いくらいだ」

「なるほど……、交通量の少ない夜だからこうして見て回れるんですね」

「まぁな、我々も基本は昼行性だ。今動いてるのは操士らの任務か、貨物便か、野生の生物くらいだろう。警告を無視して飛び続けた場合には城中に警報が出されることになってな」

「あの……、ではあのとき降下艇と接触しそうになったのは……」

トワは急に顔をこわばらせた。

「……あれは……すまなかったな。通常ならばあり得んことだ。貴公らの情報も何も知らされていなかった……。近いうちに答えは出るだろう。そのときにはきちんと説明する」

「はい……」

会話の流れで聞いてしまったかたちとなったが、トワにはこの件について心当たりがあるというふうだった。重くなった空気を変えようと、ヒロミは不意に夜空へと視線を向けた。


 「月……、こんなこと言ってはいけないかもしれませんが、あそこから敵がやって来るなんて思えないくらい……きれいなんですね」

「あぁ……、見る分にはとても美しい。奴らも……ユーフらも昼夜関係なく行動する生物の一つだ」

「……」

ヒロミは余計に機内の空気を悪くしてしまったことを感じ、燦然と輝くネーリの月、ユスを見つめながら言葉を返せずにいた。


 「ユーフについてはどの程度聞いている?」

「ほとんど……聞いていないんです。形も色々あって、現在のヴォイアースでは対処しにくい場合もあるとか……」

「我々も実は詳しいところまでは分かっていないのだ。多くはこの星にもいる節足動物の姿に近い。だが何百本と足を生やし空も飛べる巨大なタイプが空を覆い尽くすように現れたこともあれば、菌類のように視認しにくいかたちで広がってきたものもある」

「特徴は……あるんですか?」

「見た目では判断することは難しいな。共通しているのは我々ネーリアに敵意を向けて行動することと、ユスから投下されたシスト(被嚢)から発生した、ということぐらいだ。いずれも見ただけでは分からない」

「じゃ、じゃあ身の周りに潜んでいても気付かない場合もある、ということ……?」

「そうなるな」

ヒロミはいつしかトワの方に体を向け、真剣に話を聞いていた。

「そんな……」

「それくらい正体不明のものと我々はずっと戦っている、ということだ。知的生命体の文明圏に住むものならば自らの起源について疑問をもつこともあるだろう、我々も常に考えさせられている、『我々はどこから来たのか』という問題についてな――。


 ユーフ自体は虫型が多く単体では知能は低い。だがそれらを操っている"何者か"が存在する可能性は否定できない。ユスの地表には生命の存在が確認できないせいで断言はできんのだ。奴らは地底に生息している。そして近付く存在があれば何であれ襲撃の対象とする。地表に開けられた無数の穴を通して内部よりシストが発射される。そこから多くの個体をばら撒いたり、直接体当たりを仕掛けることもあれば、粘膜のようなバリア状のものを張って防御をすることもある。それらは無差別と思われるときもあれば、侵入者に反応しているように見えたり、計画的にネーリの特定の地点を狙って集中的に投下しているかのように見えることもある。我ら含む環境を外敵から守っているとも言えるが、同時に我々の生存を常に脅かしてもいるのだ。


 そこに何者かの意志が介在するのか……、そうした存在がいるとしたら、我々ネーリアも外敵だと捉えられているのか……。我々は考えざるを得ない、ネーリアとユーフとは別々に進化の道を辿った別個の生き物なのか、もしくはどちらかが始まりの住人としてどちらかの地に生まれ、やがて袂を分かちそれぞれの星に住み着いたのか――、全ては謎のままだ。」


 「そ、そうだったんですね……。ユーフの研究は進んでいるんですか?」

「無論ある程度はな。だが研究施設はことごとくユーフの襲撃や潜伏の対象になり破壊されている。こちらから調査に赴いても、まぁ同様だ。どの説も同程度に有力な根拠はあるが、決定には到っていない。自ずと迷信やオカルトめいたものを信じたくもなる……。


 『ユスの呪い』という言葉がある」

「?」

「実際にそんなものがあるのかは知らぬが、我らにとって都合の悪いものや運のなかったことを『ユスの呪い』のせいにしてしまおう、というものだ。病気や災いなどにも用いるが、奴らの正体が分からぬ以上あながち無関係とも言い切れない不気味さがある。時に力を持つ言葉にもなる」

「覚えておきます……」

ヒロミは神妙な顔で答え再びユスを見上げた。雲一つない夜空でそれは、一層明るく力強く輝いて見えた。


 「貴公の星でも同様だろうが、潮汐力や地軸への影響もあり衛星の重要度は高い。星ごと破壊するという手段をとる前に我々がその結論に辿り着けたのは幸運だっただろう。幾度となくユーフのみを殲滅せしめんと試みてきたが、有効な手段はなかった。よって我々がこの地に文明を築いて以降数万年と言われる長きにわたって、奴らとの"共存"を余儀なくされてきたのだ」


 2人を乗せたヴォイアクーはいつしか王城の城壁を越えていた。眼下には標識灯の役割をするヴォイミのものと思われる赤い光が、壁づたいに点々と灯っていた。城外のエリアには人工物による照明は見られない。深い闇の中、ところどころ植物や生物たちの発するスケイルヴェール由来のものであろう光が、穏やかに周囲を照らしていた。


 「その痕跡も多く残っている。ちょっと寄っていこうか」

小型機は周辺でもひときわ大きな卓状台地の方へと向かった。山影にもやのようにかかって見えていた光が、近付くにつれ帯状に連なって伸びている何らかの物体が発しているものだと分かり、機体はその下をくぐるように飛んで行った。

「これは……」

「夜行性の虫の一種だな。傘のような形で、フワフワと浮いて移動する。餌場に向かっているのだろう」

ヒロミは目を凝らし見つめた。一個体の形状は認識できないほど小さいが、それらは群れをなし、スケイルヴェールを放ちながら、ゆっくりと虹色の光の軌跡を残しつつ移動しているようだ。


 「きれい……!」

ヒロミは思わずつぶやいた。

「こんな、手の届く距離に、まるで天の川があるみたいで……」

目を輝かせるヒロミを、トワも横目で見守った。

「こ、これはユーフじゃないですよね!?」

「さーあ」

トワが微笑んで答えた。


 ヴォイアクーはその光の帯が吸い込まれるように消え行く先、台地の上まで進み、ゆっくりと着地した。


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