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「何?」
観衆の一人が異変に気付き、瞬く間に動揺が広がった。モニターのステータス画像では、シーロトワミの羽、脚部含め、全てがグレーアウト表示になった。機体を映すモニター上でも実際にスケイルヴェールは放出されていない。シーロトワミは速度を失い、突如リュクリのアーサナディめがけ急降下を始めた。
「モーターのトラブル?」
そんなつぶやきが周囲の観衆からも漏れた。操縦席の映像はうつむいたままのトワの様子を映し出すのみだ。
「トワさん!?」
ヒロミは思わず声を上げた。身を乗り出し、モニターと戦闘エリアと思われる方角を交互に見つめた。距離を詰めようとしていたリュクリは踏みとどまり、ピナも射撃の手を止めた。
落下するシーロトワミがリュクリ機の眼前を通り過ぎようとしたその時、わずかにシーロトワミの右腕が動き、同時に大量のスケイルヴェールが周囲を包んだ。稼働する2枚の羽、そして脚部のスラスターから放たれたスケイルヴェールの加速により、シーロトワミの腕はリュクリ機の右手に握られたチューブラーソードを弾き飛ばした。そのまま脚の腿節部に取り付けられたライフルへと伸びたリュクリ機の左腕を掴み、引き寄せるようにして体を入れ替えた。シーロトワミはリュクリのアーサナディを振り回すように背後をとり、機体を盾にするかたちで、ピナ機に向けて突進を始めた。
呆気にとられていたピナは対処ができない。
「なっ!?」
ガシャァァッ!ピナとリュクリの機体は空中で激しく接触し、もつれ合って飛ばされた後、やがて動きを止めた。両者の眼前には光学剣を手にしたシーロトワミが、その切先を突きつけ見下ろすように浮遊していた。
観衆たちが静まりかえる中、演習開始時に打ち上げられた花火が一発上がり、模擬戦の終了を告げた。一瞬の出来事に言葉を失っていた通路上の観衆たちの間にも、やがて悲嘆や歓喜、賞賛の歓声が沸き上がった。モニターのステータス表示では、ピナ機、リュクリ機共に関節や羽の基部に複数箇所赤い点滅やグレーアウトしている部位が見られた。
「これは物理的な損傷ですね。ダメージのシミュレートではないようです」
フェイミが口を開いた。補修用のヴォイミのものと思われる複数のスケイルヴェールが、演習を終えた3機のヴォイアースに向けていくつもの軌跡を描いて集まっていった。
「演習しただけで再生槽入りなんて……大損害だ!」
リュクリは舌打ちをし、吐き捨てるように言った。押し黙っていたピナもようやくつぶやいた。
「こんな姑息な手まで使うとか、どんだけ必死なのよ」
「貴様ら相手に武器を使うまでもないということだ」
光学剣を収めて尚、両者の前にシーロトワミは立ちはだかっていた。トワが泰然として言い放った。対するピナは明るい髪色をさらに炎のように鮮烈なスケイルヴェールで輝かせ、怒りと悔しさをむき出しにしているさまがうかがえる。
「再生槽というのは主にヴォイアースの修復に用いられる水槽のようなもので、ネーリアの蛹室の仕組みを応用しています。神経組織の断絶など一旦大きく損傷した場合は、部分的な修理ではなく、機体全体を再生槽に浸けるというプロセスを経る必要があるのです」
観衆が徐々に立ち去っていく中、モニターを見つめながらフェイミが解説を続けた。
「体当たりというのは原始的な戦法に見えるかもしれませんが、ヴォイアースは姿勢制御の機構が無意識に働いてしまうこともあり、反応速度の優れた操士ほど、互いが衝突した際には操縦が難しくなると聞いています。今日のように手足が絡まってしまうケースもありまして、トワ様はそおそらくそういった機体のくせを見据えたうえで、両者の武器の特徴も殺せるような戦い方を選んだのでしょう」
「そうですか……」
ヒロミは立ち尽くしたままモニターを見つめていたが、ようやく言葉を返した。
「いつもこういった演習を?」
「いえ、ヴォイアース同士の実機での模擬戦が行われる頻度は高くはありません。普段はシミュレーターも用いていますし、実機の場合は単独での飛行・射撃訓練や対ユーフを想定した訓練・哨戒任務などがほとんどです。こうしたイベントは年に数回ほどで――」
そのとき、まだ言い足りないといったふうのピナがトワに向けて心韻を発した。
「あんたさ、副操士を使わない理由は何なの?自室では侍女を何人も囲ってるって聞いたけど、何してるわけ?操士なんて雇わなくても戦えるってアピール?」
ピナとリュクリのアーサナディはゆっくりとヴォイアクーによって港に向けて牽引されていた。トワは黙っていた。
「首席操士だから口を出さないってだけで、本当は皆言ってやりたいのよ!何もかもあんたは特別扱いなの、何企んでんのかって!」
「従者や操士の扱いについてはすべて規定の範囲内での対応だ。隠すこともないし言うべきこともない」
シーロトワミを帰投させつつ、操縦席内のトワはピナの方を向き心韻に冷静に返した。
「むしろあなたこそ何か企んでいるんでしょう?ピナ」
その心韻の呼びかけの部分は、ひときわ力を込めて発せられたようにヒロミには感じられた。同様の空気は少なからぬネーリアにも伝わったようだ。モニターに映し出されたピナの表情はこわばり、髪色もみるみる冷たい色相へと変化した。
「くっ……」
言葉にならないピナの心韻が響いた。響いてしまった、という表現が正しいのかもしれない。ヒロミがふと気付くと、隣のフェイミの表情が急激に険しいものになっていった。怪訝そうに見つめるヒロミの様子を察して、フェイミは口を開いた。
「先程も申しましたが、ネーリアのスケイルヴェールや心韻は生理現象でもあり、感情や心身の状態をそのまま表します。言い換えますとそれは嘘がつきにくい、ということでして……、よほど特殊な訓練を積まない限り、その性質を覆い隠すことはできません」
ヒロミの周りの観衆や軍人の何人かも、明らかに何かを察知したという様子でざわついているのが分かる。決して軽く流せるレベルの内容を感じ取ったわけではないのであろう。今日のフェイミとの会話から、なんとなくヒロミにもその「企み」について推察できるような気がしたが、あえてフェイミに詳細を尋ねることはしなかった。
「何かが起こりそうな気がします……」
彼方を見つめながらフェイミが言った。




