act12
お願いだからもう許して。勘弁してください。
act12.彼女は大迷惑
見世物パンダにでもなった気分だ。
学校内のどこにいても、何をしていても、ずっと誰かに見られているような気がする。
「気のせいだよ。依ちゃんの思い過ごしだって、絶対」
悠美の台詞も気休めにしか聞こえない。
だって、休み時間のたびに色んな学年、色んなクラスから人が押し寄せてきては「あの子だってさ」「へー、なんだ普通の子じゃん」「大して可愛くも美人で もないね」「篠田先輩はああいうのが好みだったんだ」なんて、ヒソヒソやられてごらんって。最高に居心地悪いから! 本人には聞こえないように話してるみ たいだけど、あいにく全部聞こえてますから!
あの一件から、篠田先輩は本当に「一年の葛西依子と付き合い始めた」と公言して回った。
おかげであたしにはすぐさま「あの篠田瑞樹の彼女」というレッテルが貼られた。どれだけあたしが否定しても、単なる一年生のあたしと元生徒会長とでは、言葉の説得力が違いすぎる。結局誰もあたしの言うことなんて信じてくれないのだ。
こんなことになったせいで、あたしは結局舞と仲直りできていないのだ。部活に行っても、廊下ですれ違っても、舞はあたしをゴキブリでも見るように睨み付けてくる。もちろん会話らしい会話なんてできていない。大切な部活の同期なのに、数少ない陸上部女子の友達なのに。
不必要に人目に晒されるし、友達とは嫌な関係になったまま修復できないし、もう泣きたい。
「まさか依ちゃんが、篠田先輩を好きになるわけないのにね」
そう言って噂を笑い飛ばしてくれるのは悠美だけだった。
彼女には常々、篠田先輩に関する愚痴に付き合ってもらっていたから。部活では接点があまりなかったけど、主に図書室とか図書室とか図書室のことで。
そういえばどうしてあの人、毎週火曜日に図書室に来るんだろう。
毎日部活もあって忙しいはずなのに(あたしもだけど)必ず彼は火曜日の放課後、あたしが当番のときに図書室に来るのだ。最初は本を読むのがよっぽど好き なんだろうと思っていたけれど、別に毎回本を借りていくわけでもない。時々は貸し出しや返却もするけれど、ただふらっと立ち寄って、あたしと少しの会話を していくだけの日もあった。
不思議な人。
昼休み、篠田先輩は毎日のようにあたしを迎えに来る。もちろん拒否権はない。
一緒にお昼ご飯を食べるためだ。場所はあの生徒会室。
昼休みにあたしたちがこの場所で一緒に過ごすことを、今や学校中の誰もが知っている。けれど「二人きりの時間を邪魔してはいけない」とか何とか誰かが言い出してからというもの、この時間に生徒会室に近寄る人はいなくなった。嬉しいのやら嬉しくないのやら。
「今の生徒会の人たちに無断で使っていいんですか?」
「元会長権限。それにあいつら、必要なとき以外はここに寄り付きもしないからいいんだよ」
そんなことを言いながらいかにも面倒くさいという表情を隠そうともしない。
面倒なら今すぐにでもあたしと付き合ってるなんて馬鹿言ったのを撤回していただきたい。
そしたらこの不機嫌な顔ともサヨナラ、舞とも和解できて学校中の好奇の視線を浴びることもなくなり万事解決だ。あたしがどれだけ迷惑してるのか知らないわけでもないはずだ。
「あたし、まだ納得してませんからね」
「何が?」
「篠田先輩と付き合う振りをすること」
こんな会話も平気でできる空間であることに関しては、生徒会室はありがたい場所だった。
周りに生徒が近づきそうな部屋もないし、当たり前だけど二人っきりだし。二人っきりというのはちょっと嫌だけど、他人の目や耳があったらこんな話もできないんだから仕方がない。
「ふーん。どうして? 何か不満があるなら言えば?」
買ってきた惣菜パンをかじりながら、篠田先輩は意地悪い目をあたしに向ける。
「不満ならいっぱいありますよ! 学校中から色んな人が興味本位であたしのこと観察しに来るし、舞とは仲直りできないし、こうして毎日先輩と一緒に昼休み過ごさなきゃいけないし」
あたしの平穏な日常を返してください。
「そんなの自分で解決しろよ。めんどくせえ」
あーあーそうですよね、あなたならそう言いますよね。こんな人を目の前にしていたらせっかくのお弁当もおいしく感じられない。腹立たしい気分でから揚げを口に放り込む。
「それ旨そうだな、一個くれ」
言うと同時に篠田先輩の手がもう一つのから揚げをつまみ上げ、口に入れた。
「ちょっと! 取らないでくださいよ!」
あたしの大好物なのに、から揚げ。だいたい先輩だって自分のお昼ご飯があるのに。
「パンだけじゃ足りないんだよ」
「じゃあもっとお腹にたまるもの食べればいいじゃないですか。お弁当作ってくるとか」
「それだけ言うなら、葛西さんが作ってきてよ。俺の弁当」
はあぁー?
「あたしが作ってこなくてもファンの人たちがいくらでも作ってくれるんじゃないですか、お弁当ぐらい。あの人たちにはお安い御用でしょう」
「一回受け取ると変に期待されて彼女面されるから、鬱陶しい」
「そうですかー。人気者は辛いですね」
聞いてしまったあたしもうんざりした。だから恋愛が絡むことに関わりたくないんだ。どうしてあたしはこんな学校中の人気者を独占してご飯を食べなきゃならないのか。誰か代わってくれる人がいるなら喜んで交代するんだけどな。
部活の時間、あたしはそれこそ針のむしろに経たされた気分を味わうことになる。
授業のある時間帯はまあ、最初の数日間よりはずっと落ち着いてきたけれど、こればっかりは慣れない。ギャラリーが倍以上に増えてるんだもん。
「どうしてでしょうね、こんなことになったの」
「そりゃ、依子が篠田部長と付き合い始めたからだよ」
「ちなみ先輩! あたし、部長とは付き合ってませんって何度も言ってるじゃないですか」
二人一組での柔軟運動中。ちなみ先輩はどこか楽しそうだ。くそう、当事者じゃないから完全に傍観して面白がる姿勢だ。
こっちは全然楽しくないっての。ちなみ先輩も一回同じ立場になってみればいいんだ。
大した用事なんてないくせに、折に触れて部長はあたしに話しかけに来るし、そのたびにギャラリーはザワつくし、その様子に舞は冷ややかなまなざしを向けてくる。違うのに! あたし、彼女じゃないって言ってるのに。羨ましいなら舞、あんた代わってよ。喜んでこの席譲るよ。
休憩時間、あたしは必ず一年二組トリオのところへ逃げ込む。
「もう、嫌だ。この状況」
走りつかれたのではなくて、精神的に辛くなってくる。校庭の隅っこ(フェンスからは死角になる場所だ)に座り込む。あのギャラリーから隠れられるこの時間だけが、本当の休息。
「葛西さんも大変ねー、篠田部長の彼女なんかになっちゃって」
「どうやってあの部長を落としたんだよ」
植村くんや岡崎くんたちの態度はおちゃらけてるけど、他の人たちほどは例の噂を気にしていないし、単なる冗談なのがわかるからまだいい。舞と険悪な中になってしまったから、気安く話をできるのは彼らだけになってしまった。
「でもさ、篠田部長と本当に付き合ってないんだとしたら、どうしてこんなに学校中の噂になっちゃってるの? 葛西さん見てると部長のこと好きなようには見えないんだけど」
早川くん、いいことを言った! そう、まさにその通りなんだよ。
「どうしてかって、あたしが知りたい」
「まーたまた、照れなくってもいいって」
「確かに部長は葛西さんのこと気に入ってるみたいだけどな」
「とんでもない! 絶対にありえないよそんなこと」
「だって、ほら。来たよ。噂の彼氏」
岡崎くんが指差した方向にはまさしく今一番顔を見たくない人の姿があった。
篠田先輩はまっすぐにあたしたちが休んでいるところへ歩いてくる。休憩時間にまでこの顔見たくないんだけど。何の用だ。
「葛西さん、そんなに俺にやきもち焼いて欲しいの?」
ああ、ほら出た篠田スマイル。一見優しげだけどちょっと皮肉が入ってる。その笑顔があたしに通用すると思うなよ。もうあんたの本性見てるから騙されないんだから。
「いえ別にやきもちとか」
あたしが誰と一緒にいようと、この人が本当に嫉妬なんてするわけがないのに。
「すみません部長、俺たち別に葛西さんのこと取ろうと思ってたんじゃなくて」
「そうですよ。ほら、あの……ギャラリーの人たちに嫌な思いさせられたとか、そういう愚痴を聞いてやってただけで。篠田先輩に心配掛けたくないとかって」
いつ誰がそんな愚痴を言ったのよ。勝手に話を作るな植村!
「へえ? それならなおさら俺に言ってくれればいいのに」
座り込んでいるあたしの頭を何度か撫でる、その手だけは優しいんだよな。
「そろそろ休憩終わるから。話は練習が終わった後に聞くよ。お前らも校庭に戻れ」
三人は姿勢を正して返事をして、すぐにそれぞれの練習場所へ走って行った。
彼らが消えたとたん、目の前の彼の表情はガラリと変わる。周りに人目がないから、普段は押し隠している冷たい瞳がすっと姿を現す。
「で? あいつらに何愚痴ってたの?」
「何も愚痴ってなんかいないですよ。ただの雑談です」
彼らはあたしと篠田部長が本当に付き合ってると思っているから。自分たちが「部長の彼女」と一緒にいることで部長から悪く思われたくなかったから出てきた軽い嘘だ。あたしは本当の彼女じゃないから、別にそんな嘘つかなくてもいいのに。
「あ、そう。まぁいいや。葛西さんもそろそろ校庭に戻ってて」
「はい」
少しだけしかめた眉をすぐ元に戻すと、先輩は背中を向けて歩き出した。
どうして彼は一瞬、あんな顔をあたしに見せたんだろう。
帰りは毎日篠田先輩と一緒になった。
何で、頼んでもいないのにこんな顔を最後まで見なきゃいけないんだろう。本当に腹が立つ。
一緒に帰るといっても家の方向が反対だから、駅まで二人で歩いたら終わりなんだけど、その時間があたしにとっては長いのなんの。そもそも本当の恋人同士じゃないんだし、この人と話したいことなんて何もない。だから二人して黙って、ただ並んで歩くのだ。
これも彼が言い出したことだった。付き合っているように見せかけるなら、部活も同じなんだし一緒に帰らないと不自然だと。
もう慣れたけど、好きでもない子と毎日二人で黙々と歩くの、先輩は嫌じゃないのだろうか。どうしてここまでして茶番を演じなければならないんだろう。
学校から駅まで歩いて十五分。この十五分はあたしにとって、昼休みの次に長い時間だ。
ひたすら黙って歩いて、駅について改札を抜けると先輩は「また明日な」と言って必ず頭を撫でる。これが毎日の習慣になっていった。そのときの顔が時々ひどく優しくて、それを見るたびに調子が狂う。
皮肉めいた嘲笑、仮面を貼り付けたような形ばかりの笑み、そのどちらでもない柔らかい笑顔。
この三つに、あたしは翻弄されている。




