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2/9

厳しく改善指導いたします


■1


午前九時。


デッカモーター八王子店。


開店前の事務室には、芳香剤の匂いがこもっていた。


窓の外では、店舗前の街路樹が、そこだけ不自然なほど枯れている。


壁には、今月の売上目標が貼られていた。


中古車販売。


保険。


車検。


整備。


コーティング。


どの項目にも、赤い線が引かれていた。


目標未達。


久世慎吾は、店長の小田切と向かい合って座っていた。


机の上には、整備部門の実績表が置かれている。


小田切は無言で、表の一番下を指で叩いた。


慎吾は、その数字を見た。


整備売上。


全三十七店舗中、三十七位。


小田切が口を開く。


「久世さんさぁ」


「はい」


「これ、どうするんです?」


慎吾は答えなかった。


小田切の指が、もう一度数字を叩く。


「どうするのかって聞いてるんですけど」


「……改善します」


「だから、どうやって?」


慎吾は売上表へ目を落とした。


「入庫した車を、もう一度よく確認して――」


「確認?」


小田切が遮った。


「今まで確認してなかったんですか?」


「いえ。そういう意味では」


「じゃあ、何です?」


慎吾は口を閉じた。


小田切は椅子の背もたれへ体を預ける。


■2


「入庫台数は悪くないんですよ」


「はい」


「車検の予約は入っていますし。客も来てます」


「はい」


「なのに、売上だけが最下位」


小田切は慎吾を見る。


「これ、誰の責任ですかね?」


慎吾は少し間を置いた。


「私です」


「そうだよね」


小田切は、すぐにうなずいた。


「久世さん、整備主任ですからね」


「はい」


「部下が売れないのも、久世さんの責任」


「はい」


「単価が上がらないのも、久世さんの責任」


「はい」


「店が未達になるのは?」


慎吾は答える。


「……私の責任です」


小田切は満足したように、実績表を慎吾の前へ押し出した。


「じゃあ、責任取ってくださいよ」


慎吾は顔を上げた。


「責任、ですか」


「別に辞めろって言ってるんじゃないですよ」


小田切は笑った。


「数字を作れって言ってるんです」


慎吾は黙っている。


「タイヤ、売ってます?」


「必要な車には」


「バッテリーは?」


「状態を確認して――」


「コーティング」


「希望される方には」


小田切の笑顔が消えた。


「そういうところなんですよね」


慎吾は何も言えない。


「必要な車には」


小田切が、慎吾の言葉を真似る。


「状態を確認して」


「希望される方には」


机を指で叩きながら、一つずつ繰り返す。


「それで三十七位なんですよ」


慎吾は膝の上で手を組んだ。


「お客さんにも予算がありますから」


ようやく出した言葉は、自分でも弱いと思った。


■3


小田切は、深いため息をついた。


「久世さんさ」


「はい」


「会社員だよね?」


慎吾はうなずく。


「整備士です」


「その前に会社員なんだよ」


小田切は売上表を持ち上げる。


「いい仕事をしたとか、客に感謝されたとか、そういうのは数字が出てから言ってくれる?」


慎吾は返事をしなかった。


「俺だって、こんなこと言いたくないんだよ」


小田切は声を少し落とした。


「でも本部から、毎日言われるんだ」


机の上のスマートフォンを慎吾へ向ける。


画面には、管理職用のグループメッセージが表示されていた。


『未達店舗は責任者を再教育』


『数字を作れない管理職に存在価値はない』


慎吾は目をそらした。


小田切はスマートフォンを伏せる。


「俺だけ詰められて、久世さんは現場でいい整備士やってればいいの?」


「いえ」


「じゃあ、どうするの?」


慎吾は答えを探した。


だが、何を言っても、また問い返される気がした。


「……今日から、声かけを増やします」


小田切は首を傾げる。


「声かけ?」


「追加整備の案内を」


「できるの?」


慎吾は少し迷った。


「やります」


小田切は時計を見る。


「やります、じゃないんだよ」


「はい」


「結果を出して」


「はい」


「今月、あと十日しかないから」


「はい」


■4


「一台あたりの修理ノルマ十五万円。追加で」


慎吾は思わず顔を上げた。


「一台ですか」


「できる店はやってる」


「すべての車で、それは――」


小田切の目が細くなる。


慎吾は言葉を止めた。


「……分かりました」


小田切は実績表を机へ戻した。


「分かったなら、仕事して」


「はい」


慎吾は資料を持って事務室を出た。


扉が閉まる。


整備工場から、工具の音が聞こえていた。


慎吾は手元の実績表を見る。


一台十五万円。


もう一度見ても、数字は変わらない。


慎吾は紙を折り、胸ポケットへ入れた。


そして、何事もなかったような顔で工場へ戻った。



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― 新着の感想 ―
あー、やってモーター、ってやつですね。
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