厳しく改善指導いたします
■1
午前九時。
デッカモーター八王子店。
開店前の事務室には、芳香剤の匂いがこもっていた。
窓の外では、店舗前の街路樹が、そこだけ不自然なほど枯れている。
壁には、今月の売上目標が貼られていた。
中古車販売。
保険。
車検。
整備。
コーティング。
どの項目にも、赤い線が引かれていた。
目標未達。
久世慎吾は、店長の小田切と向かい合って座っていた。
机の上には、整備部門の実績表が置かれている。
小田切は無言で、表の一番下を指で叩いた。
慎吾は、その数字を見た。
整備売上。
全三十七店舗中、三十七位。
小田切が口を開く。
「久世さんさぁ」
「はい」
「これ、どうするんです?」
慎吾は答えなかった。
小田切の指が、もう一度数字を叩く。
「どうするのかって聞いてるんですけど」
「……改善します」
「だから、どうやって?」
慎吾は売上表へ目を落とした。
「入庫した車を、もう一度よく確認して――」
「確認?」
小田切が遮った。
「今まで確認してなかったんですか?」
「いえ。そういう意味では」
「じゃあ、何です?」
慎吾は口を閉じた。
小田切は椅子の背もたれへ体を預ける。
■2
「入庫台数は悪くないんですよ」
「はい」
「車検の予約は入っていますし。客も来てます」
「はい」
「なのに、売上だけが最下位」
小田切は慎吾を見る。
「これ、誰の責任ですかね?」
慎吾は少し間を置いた。
「私です」
「そうだよね」
小田切は、すぐにうなずいた。
「久世さん、整備主任ですからね」
「はい」
「部下が売れないのも、久世さんの責任」
「はい」
「単価が上がらないのも、久世さんの責任」
「はい」
「店が未達になるのは?」
慎吾は答える。
「……私の責任です」
小田切は満足したように、実績表を慎吾の前へ押し出した。
「じゃあ、責任取ってくださいよ」
慎吾は顔を上げた。
「責任、ですか」
「別に辞めろって言ってるんじゃないですよ」
小田切は笑った。
「数字を作れって言ってるんです」
慎吾は黙っている。
「タイヤ、売ってます?」
「必要な車には」
「バッテリーは?」
「状態を確認して――」
「コーティング」
「希望される方には」
小田切の笑顔が消えた。
「そういうところなんですよね」
慎吾は何も言えない。
「必要な車には」
小田切が、慎吾の言葉を真似る。
「状態を確認して」
「希望される方には」
机を指で叩きながら、一つずつ繰り返す。
「それで三十七位なんですよ」
慎吾は膝の上で手を組んだ。
「お客さんにも予算がありますから」
ようやく出した言葉は、自分でも弱いと思った。
■3
小田切は、深いため息をついた。
「久世さんさ」
「はい」
「会社員だよね?」
慎吾はうなずく。
「整備士です」
「その前に会社員なんだよ」
小田切は売上表を持ち上げる。
「いい仕事をしたとか、客に感謝されたとか、そういうのは数字が出てから言ってくれる?」
慎吾は返事をしなかった。
「俺だって、こんなこと言いたくないんだよ」
小田切は声を少し落とした。
「でも本部から、毎日言われるんだ」
机の上のスマートフォンを慎吾へ向ける。
画面には、管理職用のグループメッセージが表示されていた。
『未達店舗は責任者を再教育』
『数字を作れない管理職に存在価値はない』
慎吾は目をそらした。
小田切はスマートフォンを伏せる。
「俺だけ詰められて、久世さんは現場でいい整備士やってればいいの?」
「いえ」
「じゃあ、どうするの?」
慎吾は答えを探した。
だが、何を言っても、また問い返される気がした。
「……今日から、声かけを増やします」
小田切は首を傾げる。
「声かけ?」
「追加整備の案内を」
「できるの?」
慎吾は少し迷った。
「やります」
小田切は時計を見る。
「やります、じゃないんだよ」
「はい」
「結果を出して」
「はい」
「今月、あと十日しかないから」
「はい」
■4
「一台あたりの修理ノルマ十五万円。追加で」
慎吾は思わず顔を上げた。
「一台ですか」
「できる店はやってる」
「すべての車で、それは――」
小田切の目が細くなる。
慎吾は言葉を止めた。
「……分かりました」
小田切は実績表を机へ戻した。
「分かったなら、仕事して」
「はい」
慎吾は資料を持って事務室を出た。
扉が閉まる。
整備工場から、工具の音が聞こえていた。
慎吾は手元の実績表を見る。
一台十五万円。
もう一度見ても、数字は変わらない。
慎吾は紙を折り、胸ポケットへ入れた。
そして、何事もなかったような顔で工場へ戻った。




