遺された思い
そこには被爆時の凄惨な様子が克明に記されていた他、街の様子や家族の様子も書かれており、あまり感じたことのなかった寛明の「父親」としての感情も見て取ることができた。その幾らかを、ここに記しておこう。
「晴夫の様子は随分と良くなっており、シズ子もほとんど回復してきていることは大変喜ばしい事だ。しかし大変なのはこれからだろう。晴夫はまだ幼く、もしかしたらピカドンを受けた事もほとんど覚えていないかもしれぬ。しかし傷は確実に残る。同じことが、そしてもっと酷いことが多くの人に降りかかってくるだろう。市内に先に行った同僚は血を吐いて死んだ。そういった事例が数多く報告されている。私の体調も今はすこぶる悪い。こういったことが流布されれば、きっと差別されるだろう。我が子だけでなく、被爆した者たちが、なお同国民より痛めつけられるのを見るのは、誠に忍びないことだ」
「あのような地獄を何故齎されなければならなかったのか、我が国は痛切な反省を以って分析をせねばならぬ。また、その結果を広く内外に流布せしめる必要がある。核無き世界を、我が子が安心して生活できる国を、世界を作らねばならない」
「あの戦争で、或いは原爆で『何万人が犠牲になった』とよく言われるが、果たしてそれが正確に被害を表しているとは思えない。その人々の持つ家族や友人達との繋がりや、それらがもたらす未来の物語もまた、命と共に焼かれたのだ。数字のみで表現できると思うべきではない」
「よく『戦争は最終手段』という者がいるが、それは詭弁である。相手と最後まで話し合う事こそが最終手段なのだ。戦争や暴力といった攻撃の手段が何故肯定されるのか。それは相手を理解する努力を怠り、信頼することを止め、話し合う事を放棄するからだ。気に入らない相手と話し理解を深めるという行為は、相手を排除し、屈服させるよりもはるかに多大な労力と時間を伴う。言わば、為政者がより手間のかからない方法を選んでいるだけに過ぎない」
「『正義』という言葉ほど、うさん臭いものはない。片方が正義を振りかざし、もう片方も正義を振りかざす。どちらも正義だが、それは自分のことしか考えていない正義でしかない。当事者以外の者が介入する時は、お互いの話をよく聞かなければならぬ。国際連合なるものが、一体どのくらい機能するのだろうか」
「自衛についてはまた論考を要するところもあるが、振りかざす武器がなくならない限り、争いもまたなくならないだろう。そもそも自衛のための武器とは、つまるところ相手に仕返しをするための武器に他ならないのだから。近年『核の傘』とか『抑止力』という言葉をよく耳にする。つまり人類は、というより国家間は、未だに相手の喉元にナイフをつきつけあい、『そっちがやったらこっちもやるぞ』というレベルの付き合い方しかできていないのだ」
「今、私は様々な国や地域の少数民族の習慣や言葉について分析・研究を行っている。これからの私の仕事が、言語や習慣を超えるための一助となり、我が子達が生きる世界に平和を築く礎とならんことを心より願う」
それらを読んだ晴夫は、静かにメモを閉じ、懐に仕舞う。
「それなら、きちんと話してほしかった。託してほしかったよ」
心の中に長年あったしこりが解けていくのを感じながら、晴夫は一言、呟く。その頬から落ちた涙が、一滴、二滴と床に落ちる。
父との対話は、もうできない。
「ピカは人が造り、人に向けて、人が落とさんと、落ちてこん」
2024年10月、ノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与された。しかし、日本政府へは核兵器禁止条約に未だに加盟していない。
そして人が人を灼くための兵器は、世界中に今も存在している。




