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遺された言葉と思い



 廣明は終戦後、軍務から離れた。しばらくして外務省勤めも辞し、一介の民俗学・言語学研究者として大学図書館に勤め、人生を終えた。その分野ではそれなりに名が売れていたため、テレビやラジオでの語学講座などでは講師を務めた事もあった。


 しかし元々研究に没頭する傾向があったものが、戦後はより強くなり、家庭を顧みなくなってしまった。そのためにシズ子とは離縁することになってしまったのだが、それでもなお研究に向かう姿には鬼気迫るものがあり、息子の晴夫は「背中しか見たことがない」と言うほどだった。程なくして晴夫もそのような父の姿に反発して家を飛び出し、親子の交流が復活したのは結婚式の時だったという。孫ができてからは少しずつ交流が戻ってきていたのだが、学者らしくプレゼントが「図鑑全巻詰め合わせ」だったりするところが、また学者気質が見られるところだった。


 そんな廣明は、病室で亡くなる寸前まで精力的に何やら調べたり書いたりするような毎日を過ごしていたようだ。各地の講演会や研究会にも連絡を取り合っていたようで、葬儀にはそういった関係者が数多く弔問に訪れていた。


 晴夫は遺品を整理している時に、とある古ぼけたメモを見つけた。いかにもな几帳面さのある文字で書かれており、廣明のものであるとすぐわかった。紙の質は非常に悪く、ところどころ擦り切れているが、これだけは上等な風呂敷に包んであった。一体何が書かれているのかと思って開いてみると、あらゆる言語が書いてあって判別できるところが少ない。しかし、ノートも後半部分に差し掛かると、そこには被爆時の様子が書かれていた。街の様子や家族の様子も克明に書かれており、あまり感じたことのなかった寛明の「父親」としての感情も見て取ることができた。その幾らかを、ここに記しておこう。



「晴夫の様子は随分と良くなっており、シズ子もほとんど回復してきていることは大変喜ばしい事だ。しかし大変なのはこれからだろう。晴夫はまだ幼く、もしかしたらピカドンを受けた事もほとんど覚えていないかもしれぬ。しかし傷は確実に残る。同じことが、そしてもっと酷いことが多くの人に降りかかってくるだろう。市内に先に行った同僚は血を吐いて死んだ。そういった事例が数多く報告されている。私の体調も今はすこぶる悪い。こういったことが流布されれば、きっと差別されるだろう。我が子だけでなく、被爆した者たちが、なお同国民より痛めつけられるのを見るのは、誠に忍びないことだ」


「あのような地獄を何故齎されなければならなかったのか、我が国は痛切な反省を以って分析をせねばならぬ。また、その結果を広く内外に流布せしめる必要がある。核無き世界を、我が子が安心して生活できる国を、世界を作らねばならない」


「あの戦争で、或いは原爆で『何万人が犠牲になった』とよく言われるが、果たしてそれが正確に被害を表しているとは思えない。その人々の持つ家族や友人達との繋がりや、それらがもたらす未来の物語もまた、命と共に焼かれたのだ。数字のみで表現できると思うべきではない」


「よく『戦争は最終手段』という者がいるが、それは詭弁である。相手と最後まで話し合う事こそが最終手段なのだ。戦争や暴力といった攻撃の手段が何故肯定されるのか。それは相手を理解する努力を怠り、信頼することを止め、話し合う事を放棄するからだ。気に入らない相手と話し理解を深めるという行為は、相手を排除し、屈服させるよりもはるかに多大な労力と時間を伴う。言わば、為政者がより手間のかからない方法を選んでいるだけに過ぎない」


「『正義』という言葉ほど、うさん臭いものはない。片方が正義を振りかざし、もう片方も正義を振りかざす。どちらも正義だが、それは自分のことしか考えていない正義でしかない。当事者以外の者が介入する時は、お互いの話をよく聞かなければならぬ。国際連合なるものが、一体どのくらい機能するのだろうか」


「自衛についてはまた論考を要するところもあるが、振りかざす武器がなくならない限り、争いもまたなくならないだろう。そもそも自衛のための武器とは、つまるところ相手に仕返しをするための武器に他ならないのだから。近年『核の傘』とか『抑止力』という言葉をよく耳にする。つまり人類は、というより国家間は、未だに相手の喉元にナイフをつきつけあい、『そっちがやったらこっちもやるぞ』というレベルの付き合い方しかできていないのだ」


「今、私は様々な国や地域の少数民族の習慣や言葉について分析・研究を行っている。これからの私の仕事が、言語や習慣を超えるための一助となり、我が子達が生きる世界に平和を築く礎とならんことを心より願う」





 それらを読んだ晴夫は、静かにメモを閉じ、懐に仕舞う。そして一言、呟く。


「それなら、きちんと話してほしかった。託してほしかったよ」



 父との対話は、もうできない。











「ピカは人が造り、人に向けて、人が落とさんと、落ちてこん」


 2024年10月、ノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与された。しかし、日本政府へは核兵器禁止条約に未だに加盟していない。


 そして人が人を灼くための兵器は、世界中に今も存在している。





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