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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第二章
33/34

31. 裏切り

「…………ど、どういうこと……?」

 今……ホムラは今、なんて言ったんだ?情報を、横流し……?鷹崎グループの人間が、僕たちを裏切ったということなのか?

「言葉、通りだ」

 ホムラは僕から顔を逸らしてしまった。彼が変な嘘で僕に嫌がらせをするとは思えない。だから、彼が言ったことは、真実だ。

「_____ッ!!」

(じゃあ、ヨシミツさんが殺されたのはそいつのせいってこと……?一体何が目的でこんなことを?どうして燦然世代と繋がりが?僕たちの邪魔をして何になる。ふざけるな。独断での犯行なの?許さない。八咫烏はなぜ一般企業と手を組んでいるんだ?分からない。分からない、分からない!僕にはわからないことが多すぎるんだ!!)

「そ、そんなの……って」

 頭の中で生まれた言葉たちが、我先に口から飛び出そうとして滅茶苦茶に暴れまわる。僕の口を司る筋肉はそこまで優秀ではないから、その言葉たちが出てくることはなかったけれど、暴力的に生み出された言葉が僕の脳内を滅多刺しにしているような感覚がして、めまいがした。いったい何が僕をここまで焦燥させているのか分からないが、一つだけ言えることがあった。

(今の鷹崎グループは……()()()の手に堕ちている)

「うぅ……!」

「シグレっ!しっかりしろ!」

 かつて僕を絶望の屋敷に閉じ込めた叔父の気配に、胃液がこみ上げてきた。膝から崩れ落ちてえずくと、ホムラが慌てて僕に駆け寄ってきた。僕の背中に手をやって落ち着かせようとしてくれる。だが、一度気が付いてしまった恐ろしい真実への恐怖心は、それだけでは消えてくれなかった。

「……あいつ、がやったんだ………」

 喘鳴混じりに僕が気づいてしまった真相を仲間に伝えようとした。自分の思い通りに事を進めるため、欺き、演じ、甘言を囁く。そしてその裏では、命を踏みにじるような行為を平気でやってのけるような……そんな人間が僕たちに牙を突き立てている。

「こんなことを、するのは……僕の叔父以外考えられないっ……!」

 気がついたら僕は泣いていた。涙と唾液が情けなく吐き出されて床に落ちていく。唾を飲み込むことにすら苦戦して、ごほごほと噎せながら泣いていた。

「……っ、それは…」

 ホムラが何か言いかけていたが、突然鳴った「バンッ」という音に彼の言葉はかき消された。

「……?」

 視線を上げると、カスミが席から立って僕を見下ろしていた。机に置かれた手が、腕が震えている。彼は怯えたような瞳を僕に向けたまま尋ねてきた。

「……なあ、やっぱり俺おかしいと思うんだよ」

「え……?」

 彼の言葉の意味が分からず首を傾げた。カスミはゆっくりと僕に近づいてきた。すり足気味に踏み出される一歩一歩が、僕の身体に寒気をもたらした。彼は僕を敵視しているように見えた。カスミは僕の目の前に立ち尽くして、震えた声で僕を問い詰めた。

「お、お前がここに来た理由、本当に復讐のためだけなのか?事実、お前がここに来てそう時間が経たないうちに、鷹崎グループが八咫烏を裏切ったんだ……。お前も俺たちを嵌めるために、わざと俺たちに近づいたんじゃないのか?」

「おい、カスミ!何を言って……」

 ホムラが困惑したようにカスミに詰め寄った。しかし、カスミは彼を遮るように語気を強め、矢継ぎ早に言葉を吐いた。

「お前もおかしいと思ってたんだろ……!シグレが何でうちに入ったのか、なんで他の人間と違う扱いを受けたのか!突然現れたくせに俺たちに()()()()()()()人間だったことも、考えてみたら全部おかしかった!!こいつもその叔父とやらに協力していて、俺たちの情報を流していたんじゃないのか?最初から全部、鷹崎グループの思うままに仕組まれたことだったんじゃねえのか!?」

 とうとう激高したカスミは肩で息をしながら僕を睨みつけていた。彼は僕を疑っていた。

「っ、その結論に至るのは早計過ぎる。落ち着くんだ、カスミ」

「お前も心のどこかでシグレが入隊することに疑問を持っていたんだろ!?俺たちに近づく外部の人間は一刻も早く記憶を消して家に帰すって、()()()()から約束したじゃねえか!!だのになんで……また俺たちは………」

 カスミは突然膝をついて俯いてしまった。肩を震わせて、自分で自分を抱きしめている。その様子は三日前に見た錯乱したときの彼そのものだった。

「またおかしくなっちまう……仲間が、家族が俺の前からいなくなるんだ……。もう、無理だ。俺は、俺は………」

 呼吸が乱れていくカスミを僕は茫然と見ていることしかできなかった。彼に疑われていることに憤りを感じることも、悲しさを抱くこともなく、ただひたすらショックだった。僕が叔父と同じような人間として見られていること、僕の存在が彼を追い詰めたことが恐ろしかった。

「カスミ、しっかり」

 コハルがカスミを落ち着かせるために、必死に声をかけている。その声が段々と遠くなっていく。そういえば、どうして僕はここにいるんだ?みんなと一緒に復讐を成し遂げるため?セントラルエリアを解放するため?いや、僕は自分のためにここに来た。悪魔が住む家から逃げ出したくて、誰にも見つからない場所に行きたくて、都市の規則を破ってまでセントラルエリアに入り込んだ。僕は本来罰せられる立場であり、ここにいてはいけないのではないか?僕だけが罰を受けることなく、思い通りに過ごしているせいでカスミを苦しめてしまったんじゃないか?

「……ごめんなさいっ」

「シグレ?どうした…?」

 顎が歯を砕かんばかりに震える。何者かが誰かを殴っている。容赦なく顔めがけて拳を振り下ろしている。殴られている誰かは抵抗せず、その責め苦が終わることを待っているようだった。その顔は次々に切り替わっていく。カスミ、ホムラ、コハル……これまで僕が接してきた大切な人たちが、何者かに殴られるたびに違う人物に変わっていく。そして、何も言わずに誰かを殴り続けている者の顔は__僕だった。

「……っ!!」





「……何があったんだい?」

「!」

 叫び出しそうになるほど追い詰められた状況から救い出してくれたのは、いつも僕に優しい手を差し伸べてくれるトバリの声だった。








「……落ち着いたかい?」

 トバリは一人掛けのソファに座り、心配そうに眉を下げた。僕とカスミはあれから時間をかけて正気を取り戻し、落ち着いて話を聞けるくらいに回復した。さっきまで感じていた息苦しさはもうなくなったが、カスミが僕に力強くしがみついているせいでお腹が圧迫されて吐き気を催していた。

「……かっ、カスミ…僕もう気にしてないから………」

「………」

 カスミは正気になってから僕に向けた自分の発言を反省したようで、頭を地面に擦り付けながら謝ってくれた。その様子に安心した僕がうっかり泣いてしまったから、勘違いした彼は子どものように引っ付き虫になってしまった。

「……ほんとにごめん、俺…シグレがお前の叔父にひどい目に遭わされてたこと知ってたのに、かっとなってあんなこと言っちまった………」

 カスミは鼻を啜りながらいつもとは全く異なった小さな声で言った。しおらしい彼はやっぱり小さな子どものように見える。僕から離れないカスミに戸惑っていると、ホムラが小さくため息をついた。

「カスミがあそこまで疑り深くなったのにはわけがある。以前セントラルエリアに侵入した者を保護した際に、俺たちの内情をしつこく探ってくる者がいたんだ。もともと好奇心で規制線を越えて来たらしく、俺たちの許可なく勝手な行動を繰り返された。それ以降外部の人間は俺たちに危害を加える可能性があると判断し、余程非常識な時間でない限りは当日中に本部へ送ることが定例となった……だから君は特別な扱いだったんだ」

 カスミはもともと外部の人間を恐れていたことを知った。彼は本当は僕が仲間になるという話も受け入れたくなかったのではないか。その本心を隠したまま僕を仲間だと言ってくれたカスミは、ずっと恐れと戦っていたのかもしれない。僕は彼の気が済むまでこのままでいさせてあげることにした。

「ボクも先ほど調査に進展があったと連絡をもらった。だが正直な話、ボクは今回の件に裏切者が絡んでいること、そして裏切者の筆頭候補が鷹崎グループであることをある程度予想していたんだ。……本庁で上の者と対面したボクたち三人は事件についての見解を聞いていたから、こうなることは覚悟できていたはずなんだけど……」

 トバリはぐずっているカスミをちらりと見た。

「……今回の判明の仕方は彼にとっては酷だったね。敵に僕たちの懐を漁られただけでなく、味方が口添えしていた事実を突きつけられたら、予想できても取り乱すのは無理もない」

 トバリは「ボクがもっと早く帰ってこれたら……」と、帰りが遅くなったことを後悔しているようだった。

「……ねえ、『裏切者がいる』っていう話どうして私には教えてくれなかったの?」

 コハルはカスミの背を撫でていた手を止めて、トバリに尋ねた。怒っている、とまでは行かないが、確実に不服そうにしている。

「それは……ごめんね。ボクの判断だ。理由を説明するには、少年を入隊させることになった経緯の全てを明かさないといけなくなる」

 トバリはホムラに視線を寄こした。彼は無表情のまましっかりと頷く。それはトバリの行動を肯定するという意思が込められているように思えた。ホムラに背中を押されたトバリは、まっすぐに僕を見つめた。

「……少年。実はキミをここに入隊させるために、ボクたちは一つ、キミを騙すも同然の行いをした。これから全てをキミに打ち明ける。そのあとはどんな罵倒でも受け入れるつもりだ」

「だ、騙す……?」

 トバリの言葉に僕は心臓が大きく跳ねたのを感じた。一体、トバリは僕に何を隠しているのか。彼女が「騙す」なんてまるで悪行のような言い方をするから、僕は思わず唾を飲み込んでしまった。

「うん。ボクはキミを入隊させるため、八咫烏にキミを売るような真似をした。ボクはキミに流れている()に目をつけたんだ」

「僕の、血……」

 僕は初めて八咫烏本庁を訪れたときのことを思い出した。マサヨシが僕が鷹崎であると知った途端、僕を入隊させることに納得したことを、僕は多少疑問に感じていた。

「八咫烏は鷹崎グループと協力関係にあり、セントラルエリアの開放のため尽力すると誓い合った。もとより市政の提案で、八咫烏はセレスチャルを支える実力を持った民間企業と手を組んでいたんだ。鷹崎グループはその一つだった」

 トバリは僕がまだ知らない八咫烏の内情を語り続ける。

「市政は八咫烏にこう指示を出した。『彼らの力を借りてセントラルエリアの復興に努めてくれ』と。八咫烏は九命猫を結成し、民間企業の力を借りてセントラルエリアの復興にあたった。もともとこの協力関係は、破壊されたセントラルエリアを再建するために結ばれたものだったんだ。鷹崎グループはテロによって負傷した者たちに医薬品や医療技術を提供していた。鷹崎グループによって命を救われた者は大勢いたはずだ」

 僕は彼女の話に思わず拳を握りしめた。僕にあんなに酷いことをした叔父は、市民にとっては英雄なんだと思い知らされた。

「………だがある日、セントラルエリアに再び異変が起こった。テロが発生してから約二年後、セントラルエリアにて復興作業に取り組んでいた作業員が変死する事件が起こったんだ。復興作業は瞬く間に中止になり、後の調査で作業員は何者かに殺されたことが判った。そしてその犯人は燦然世代の生き残りだったんだ。こうして八咫烏は燦然世代がまだセントラルエリアに根を張っていることを知った。すぐにセントラルエリアは封鎖され、九命猫は燦然世代の残党を掃討するための組織を作った。こうして作られたのがボクたち『対最優先事項部』だ。……ああ、思えばこのときからだったな。鷹崎グループの動向が怪しくなったのは」

 トバリは過去を思い出してため息をついた。セントラルエリアに関するすべての事実を知っているのだろうか。僕は彼女の知識量に改めて驚かされた。

「少年、前に鷹崎グループは八咫烏に無償で技術提供をしていると言ったね。あれは八咫烏からの依頼ではなくて、向こうからの提案であったとも。当時八咫烏はセントラルエリアで何が起こったのか、好奇心で探ろうとする市民に手を焼いていた。だから穏便に機密を守ることができる最適の手段として八咫烏もありがたく提案を受け入れたんだ。しかし、それからおよそ一年後、鷹崎グループから八咫烏への資金援助が途切れた。それどころか大規模テロ被害者への支援も行わなくなったんだ」

「………二年前」

 僕は二年前に自分の身に起こった変化を思い出した。二年前、僕は施設の職員に呼ばれて自分の叔父と名乗る男に引き取られた。職員が心から嬉しそうにしていたのは、おそらく男と僕に確かな血縁関係があったからだろう。長い間孤独だと思われていた子どもの身寄りが見つかれば、感涙ものだろう。行く先が地獄だと知らずに着いていった当時の自分が恨めしい。

「鷹崎グループは八咫烏がどんなに追及してもはぐらかすばかりだった。それどころか技術提供をしていることに言及し、八咫烏を不利な立場に追いやったんだ。鷹崎グループの行動の全ては打算であったのかもしれない。八咫烏はこの状況を打破するために、ある手段をとった」

 トバリは僕を手で示した。僕の身体に流れている血を指しているのだと、そう感じた。

「それは鷹崎グループの代表である者の血縁者を人質に、彼の思惑を暴くというものだった」

「人質………」

 僕がそう口にすると、トバリは目を逸らして唇を噛んだ。

「……キミを入隊させたかったのは、八咫烏が有利になるために必要であると思ったからだ。キミの熱意を利用するような真似をして、本当にごめん」

 トバリが頭を下げると、彼女の隣に座っていたホムラも同じように頭を下げた。彼も僕が人質であることを分かっていたようだ。二人とは反対に、ずっと僕にしがみついていたカスミは顔を上げた。

「……私は何となくわかってたけどね。シグレがどうして入隊を認められたのか」

 コハルの発言にトバリは顔を上げる。コハルは少し呆れたような顔をして彼女を見た。

「シグレが鷹崎家だって分かったとき、私は何となく予想できてたよ。トバリがどうやってシグレをうちに引き込むのか。というか、シグレを人質にしようと考えたのは後になってからでしょ?だってトバリがシグレを仲間にするって言いだしたとき、まだシグレが鷹崎の人間だなんて分からなかったじゃない。だから……シグレを仲間にしたいって気持ちは、トバリの本心でしょ」

「……!」

 トバリはコハルの言葉に泣きそうな顔をしていた。コハルは僕の方を向くと、少し意地悪く笑った。

「私は隠しておく必要はなかったと思うけどね。シグレは自分が利用されてるって知ったくらいじゃ、トバリへの信頼を失うようなことはしないでしょ。というか、何で私にはシグレを人質にするって話してくれなかったのか知りたいのだけど」

「そ、それは……コハルは反対するのではないかと危惧して…キミは優しいだろう」

 トバリがたどたどしく答えると、コハルは心外そうに顔を歪めた。

「…なんでどいつもこいつも私を優しいって評価するの……ああ、もう!ならこれから改めて!私は皆が知っている事実を私にだけ話してくれなかったのが、ちょっと悲しかっただけ!私は優しくもなんともないし、反対意見が出たとしても決定するのはトバリでしょ。私の一意見で全部なしにする必要なんてないんだから。もっと自分の行動に自信もって」

 コハルは一息に胸の内をトバリにぶつけた。カスミが普段と違う彼女の様子に衝撃を受けている。彼の視線に気づいたコハルははっとして、咳ばらいをした。

「……とにかく、これからはちゃんと私も巻き込んでよね。仲間でしょ」

「………うん」

 トバリはちょっと恥ずかしそうに感謝した。コハルはその様子に満足したようで、トバリに微笑みを返した。

「……はあ、私に裏切者が鷹崎グループだって知らせなかったのも、シグレと一緒に仕事をする機会が多かったからとかなんでしょ?これも言っとくけど、私そんなに繊細じゃないから。シグレの事情を知った私ならシグレを疑わなかったと思うし、隣にいても『あ、この人人質なんだな』くらいにしか思わないよ」

「こ、コハル……?」

 コハルは僕に「べっ」と舌を見せた。多分これは八つ当たりだ。

「……ふふ、やっぱり頼もしいなキミは」

 僕たちのやり取りを見てトバリは笑っていた。

「ついこの前キミたちを守る、なんて大口を叩いたくせに、空回りしてキミたちを不安にさせてしまった。やっぱりボクは情けない班長だな」

 笑いながら自虐する彼女を見て、思わず声を出していた。

「そ、そんなことない!トバリは僕のことを守ろうとして、人質のことを言わないでくれたんでしょ?僕が叔父との繋がりを感じない様に気を遣ってくれたのなら、君の嘘は優しい嘘だ」

 僕がそう言うとトバリは驚いた猫のように目を丸くし、コハルはじっとりと目を細めた。

「……ほらね、心配いらなかったでしょ」

 コハルがため息ながらにそう言うと、トバリは再び笑いをこぼし始めた。

「………なあ、それで人質作戦って今のところうまくいってるんだっけ?」

 ようやく僕から離れたカスミが疑問を口にした。確かに僕も気になる。八咫烏の作戦は鷹崎グループに有効だったのだろうか。

「いいや。効果は薄かったと見ていいだろう。今日まで鷹崎グループの裏切りに気がつけなかったことがその証明だ。どうやら少年の叔父は自分の血縁者にさほど興味がないらしい」

「そうか……ていうかシグレ以外の人質は今どうなってるんだ?」

 カスミが再び首を傾げると、僕とカスミ以外の三人が大きなため息をついた。コハルですら彼に呆れている。

「な、なんだよ」

「『なんだよ』ではないよカスミ。八咫烏では周知の事実ではないか。それくらい知っておいてくれ」

「しっ、知ってるっつーの!ただ、思い出せないだけで……」

 カスミはごにょごにょと言い訳をしている。僕は彼を横目にトバリに尋ねた。

「僕以外にも人質がいるの?」

 さっきの話を踏まえると、鷹崎グループを追い詰めるための人質は代表者の血縁者であるはずだ。しかし、僕には兄弟姉妹はいないし、父さんにも他に兄弟はいなかったはず。

「ああ、最初に人質として連れてこられたのは今の鷹崎グループ代表の長男だ。二年前のことだったな。つまり、少年の従兄弟が八咫烏に所属している。八咫烏は鷹崎グループについて調べていくうちに、キミの叔父が長男を養子にだしていることを知った。そこで重役の一人で子どもに恵まれなかった者がキミの従兄弟を引き取ることにし、鷹崎グループに警告をした。八咫烏は鷹崎グループが血統を重んじる企業であると知っていたんだ」

(やっぱり、二年前に何かがあったんだ)

 八咫烏が鷹崎グループに圧力をかけ始めた時期と、僕が叔父に引き取られた時期が重なっている。鷹崎グループを豹変させる何かが、二年前に起こったのだろう。しかし、僕はそれ以上に気になることがあった。

「……あいつに子どもが?」

 僕は叔父の家に住んでいた者たちを思い返した。叔父に殴られている僕を見て笑っていたあいつらは、叔父の家族には見えなかった。子どもはおろか妻もいないように見えた。だから、あいつが家庭を持っていたという事実が衝撃だった。

「キミの叔父は随分前に長男を養子に出していたんだ。調べによると妻とは早々に離婚しているようだね。八咫烏はキミの叔父の血縁者を見つけたことに活路を見出していたようだけれど、彼は鷹崎らしくない対応をしてきた」

「……効果がなかったんだ」

 トバリは頷いた。

「ああ。ボクが聞いた話によると、キミの叔父は僕たちの脅しを鼻で笑ったようだね。こちらも鷹崎グループの技術に依存している面があるから、問い詰めてさらに不利になるようなことは避けたかった。どうやら叔父は今までの鷹崎グループの性質を受け継がなかったようなんだ」

「……あいつは何がしたいんだろう。燦然世代と繋がりを持とうなんて、奴らのことを知っているのならなおさらしようとは思わないはずなのに」

 僕は叔父への憎しみを募らせた。どこまでも、どこまでも僕の神経を逆撫でしてくる。

「……トバリ、あいつは僕が八咫烏にいるって知ってるの?」

 僕は自分の存在が叔父に知られているのか尋ねた。

「いいや、知らないはずだ。言ってなかったが、少年が行方不明になってすぐ、キミの叔父は八咫烏に少年を捜すよう指示をしている。おそらく彼はインターネットに流出したキミの姿を見て、キミがセントラルエリアを彷徨っていると思ったのだろう。少年、キミの叔父はキミを取り戻そうとしている」

「……!」

 僕は叔父が何を考えているのかますます分からなくなった。自分の子どもを遠ざけておいて、なぜ僕に執着する?

「……それに、ボクが少年を人質として使うのは待ってくれと上に進言したんだ。危害を加えられていた人物に居場所を知られたら気が気でないだろう。ボクはキミの安全を守る責務がある。だから今のところキミは叔父に居場所を知られていない。安心してほしい」

 僕は目の奥がつんとしたのを感じた。やっぱりトバリはずっと僕のことを守ってくれていたんだ。

「ありがとう……」

 トバリは柔らかい表情で僕を見つめた。僕が彼女に不信感を抱くことはないと伝わったのなら嬉しい。

「トバリ、燦然世代に情報を流した者は尋問によって、『知っていることはすべて話したと』」

 ホムラが自身のノートパソコンを操作しながらトバリに裏切者の現状を伝えた。トバリは真面目な顔つきになり、ホムラに話の続きを促す。

「今回八咫烏が足取りを掴んだ鷹崎グループ社員は、以前から八咫烏本庁に足を運んで仕事を行っていた者だった。そしてかなり上の役職に就いている。そしてその口で燦然世代と繋がりを持っているのはシグレの叔父を中心とした、鷹崎グループの重役たちであると説明した。どうやら大規模テロ発生後、代表が変わると同時に重役たちも総入れ替えされたようだ。おそらく新代表の下に就く者たちが今回の事件に関わっているのだろう。これだけ証拠が出揃っているんだ。すぐにでもシグレの叔父とその周りの人間は八咫烏に拘束されるはずだ」

 ホムラはパソコンの画面を目で追いながら淡々と説明した。僕は叔父が燦然世代と絡んでいたことが事実であると知り、思わず奥歯を食い締めた。本当に、腹が立って仕方がない。

「情報の横流しをした者は、取引のために燦然世代の一人と接触したと話している。そいつが今回の襲撃者であるかは不明だが、彼曰く相手は女の声をしていたらしい。追う価値はあるだろう」

 ホムラは裏切者が吐いた情報の中に、ヨシミツさんを襲った司教に関するものがあると言った。それを聞いたコハルが険しい表情を作る。

「なるほど。大方今回捕らえられた者も、上に命じられたか脅されたかしたのだろう。こんなにも容易く情報を話すのは忠誠心がないことの表れだ……だからと言って許すことは難しいが」

 トバリは裏切者への同情を顕わにした。しかし、揺るぎない怒りがその瞳に込められている。トバリは自分の携帯を眺めた後、覚悟を決めたように顔を上げた。

「ボクは明日、本庁で裏切者たちと直接話をしてくるつもりだ。ホムラ、キミはボクと共に本庁に来てほしい。少年とコハルは引き続き拠点での作業を続けてくれ。カスミは……明日一日は休養をとること。もし一人だけ休むことに気が引けるのなら、二人の作業を手伝ってくれ」

「……!」

 カスミは何か言いたげな視線をトバリに送っていたが、やがて小さく頷いた。

「………わかった。ちゃんと気持ちを整えろってことだろ。もう、いちいち取り乱して迷惑かけてられねえからな」

「迷惑かどうかではなく、キミには休養が必要だ。キミは自分がどんなに辛くとも、『休みたい』とは言わないだろうし。キミが壊れてしまったら誰が悲しむかなんて、想像つくだろう?」

「………ああ、ありがと…」

 カスミは少し照れくさそうに頬を掻いた。

「……シグレ、さっきはほんとにごめん。俺ときどきああいう風に感情が抑えられなくなることがあるんだ……。あんなこと言っちゃダメだって頭ではわかってるのに、止められなかった。でも、俺を許してくれてありがとう。…なんつーか、シグレは大人だな!」

 カスミは照れ隠しなのか、僕の背中を叩きながらそう言った。僕はカスミが元気になったことに安堵して、ようやく肩の力を抜くことができた。

「僕だってときどき自分を見失うことがあるよ。だから、カスミが全部を疑いたくなった気持ちも…すごくわかる。だから気にしないで」

 カスミは僕の言葉を受け取ると、ぎゅっと目をつぶったのちいつものように明るく笑って見せた。






















2026年4月12日 脱字を修正しました

2026年4月27日 誤字を修正しました

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