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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第一章
20/22

19. 深夜合戦

 5年前に永い眠りについたセントラルエリアは、夜になると胎内に迷い込んだすべての生命に牙を向く。拠点のドアを開けた瞬間、僕たちの前に闇が立ちはだかった。目を凝らしても何も見えない。こんな状態で本当に任務にあたるというのか。横を見るといつになく真剣な様子のカスミが、暗視機能の付いたゴーグルのような装置を頭に装着していた。彼は慣れた手つきで機能の調節をしている。

「シグレもこれつけとけ。隠密行動だからライトは使えねえんだ」

 カスミは僕にも同じ装置を付けてくれた。建物の輪郭が緑色に発光しているようにぼんやりと映る。それでも不安を感じる暗さだ。

「ありがとう…」

 僕がお礼を言うとカスミはサムズアップして、にかっと笑った。

「ホムラはここからそう遠くない場所で待機している。彼も燦然世代の集団を目撃したそうだ。ボクたちが合流地点に向かう間にも奴らに遭遇する可能性がある。十分に警戒するんだ」

 トバリは太もものホルスターから拳銃を取り出し、あたりを警戒ながら構える。

「ボクたちの任務は目撃情報が入った燦然世代の掃討及び動機の追究だ。奴らに襲撃されたときはこちらも応戦し、道中奴らを発見した場合は暗殺を試みる」

 トバリは僕とカスミのように暗視装置を付けていない。彼女のおおきな目が、暗闇の中でまっすぐに僕たちを捉えている。彼女にとってこの暗闇は脅威ではないのだろうか。

「カスミ、キミに少年の護身を命ずる。奴らとの戦闘はボクに任せていい。キミは少年に危険が及ばないよう、時には退避することも考えてくれ」

 カスミはトバリの命令を受け取ると、少し間を開けて「了解」と言った。

「さあ行こうか。離れずに着いてきてくれ」

 トバリは目にも止まらぬ速さで駆け出した。僕が唖然としていると、カスミが僕を担いで後に続く。

「うわわっ…」

「舌、噛まねえようにしろよ」

 カスミは僕の重さをものともせず、トバリに負けない速さで暗闇を駆け抜けて行った。




「シグレ!平気か?」

 時折カスミが肩の上にいる僕に話しかけてくる。

「うっ…うん……」

 僕は振り落とされないよう必死にカスミにしがみついていたため、あまり余裕がなかった。本来この状況では風のように流れていく街並みも、今は闇に覆われている。僕は後ろの様子しか分からないけれど、カスミは止まる気配がないため、トバリはずっと目的地に向かって走っているのだろう。

「…ホムラは大丈夫かな」

 僕が呟くと、カスミは走っているとは思えないほど流暢に答える。

「あいつなら平気だ。戦況の把握が上手いから、判断に長けてんだ。きっと今頃、敵の目が届かないところで俺たちを待ってるはずだぜ」

 カスミはそう言いながら、簡単にフェンスを乗り越えてみせた。一瞬の浮遊感に、心臓が驚いてしまう。

「ひいっ…」

「んはは!そんなびびるようなこと起こってねえぞ」

 カスミは「よっと」と軽く地面に着地し、再び走り出す。僕は彼の驚異的な体力を目の当たりにし、これからこの組織でやっていけるのか不安になった。



「止まるんだ、二人とも」

 気がつくと、トバリの声がすぐ近くに聞こえた。カスミは片足を前に出して、滑るようにスピードを落としていく。トバリはカスミに物陰に隠れるよう指示し、僕は細い路地に入ったところでカスミの肩から降ろされた。

「いたのか?」

「うん。人間の気配がする」

 僕たちはそっと路地から顔を出して様子を伺った。道の遠くで、ゆらゆらと光が揺れているのが見えた。

「え…………」

 光が近づいた時、僕は思わず絶句してしまった。

「……奴ら、なんとも胸糞悪い真似をしてくれる」

 トバリが声を低くした。僕らの目線の先には手首に枷のようなものを嵌められ、自由を奪われた人たちがいた。顔を白い布で覆っている彼らの表情は見えない。枷に繋がれた鎖がそれぞれの手首を連結し、ひとつの壁を作っている。その壁の後ろに身体に余るほどの布を纏った人物数人が、機関銃を装備して立っている。その中の一人が松明を掲げた松明の炎によって視界が悪くなり、僕は思わず暗視装置をずらした。肉眼で確認すると、火に照らされた人物たちの目が赤く染っていることが確認できた。

「あ、悪魔祓い……!」

 僕は思わず息を呑んだ。赤目の男と直接対峙したときのトラウマが蘇る。

「おい、あいつら何やってんだ?」

 カスミが小声で困惑したようにトバリに尋ねた。

「奴ら、悪魔祓いを守るために人間を盾にしているようだね」

「マジかよ……」

 カスミは再度顔を出し、燦然世代の小集団を確認した。

「まだあいつらに俺らがいることはバレてねえな。どうする?やっちまうか?」

 カスミは拳銃を構える。トバリが使用しているものと同じモデルのようだ。

「待つんだ。まだ肉壁となっている者たちの目が確認できていない。彼らはまだ悪魔祓いではない可能性がある」

 トバリがカスミを制止すると、彼は苛立ったように舌打ちをした。

「くそっ、あいつら俺らの服務まで知ってんのか…?でもよ、このままあいつらを見過ごす訳にはいかねえだろ。今動かねえと取り逃しちまう」

 トバリはカスミの焦りに反応することなく、何かを考え込んでいるようだった。ゆっくりと歩く集団を見つめ、突然はっとしたように目を見開いた。

「彼ら、怯えているね」

「え?」

 トバリは鎖で繋がれた者たちの様子を細かく観察していた。彼女は一瞬憎しみに満ちた表情を見せた後、ゆっくりと僕たちを振り返り、命令を下す。

「ここはボク一人で行く。カスミは少年とここで待機。ボクが行動不能になった場合、少年の護身を第一に行動してくれ」

 トバリはそう言うと銃を構えて路地を抜けようとする。僕は驚いて彼女を呼び止めてしまった。

「ちょ、待って!…一人で行くの?」

 僕が不安げに尋ねると、トバリは微笑んだ。

「大丈夫、心配いらないよ。……これから少年の恐怖を断ち切る手伝いをさせてほしい。だからここで、ボクを見守ってて」

 トバリは路地裏を飛び出し、燦然世代と対峙した。

「トバリ……」

 僕が弱々しく彼女の名を口にすると、カスミが僕の頭に手を置いて安心させてくれた。

「トバリは俺らの中で一番強え。…あんな無茶を提案するのは、あいつが自分の実力を分かってるからだ」

 僕たちは彼女と敵の動向を見守る。たった一人で大勢に立ち向かうその背中を、僕は見ていることしかできなかった。


 〇


 少女は敵集団の前に一人で立ちはだかった。恐怖はない。今まで通り、仕事をこなすだけ。

「悪魔だ!」

「悪魔が出たぞ!!」

「戦闘態勢をとれ!」

 見慣れた白い衣装に身を包んだ者たちが少女を見て怯えて声を荒げる。少女は彼らにとって恐怖の権化だ。彼らの目に宿る闘志はいつも少女の胸を痛めつける。

「へえ、ボクが誰かわかるんだ。出会った者はすべて殺してきたはずなのだけれど。……キミたちが罪を重ねるのはもう終わり。キミたちにボクの言葉が届いているとは思わないけれど、脳に架せられた鎖を外す時が来たんだよ」

 少女は手にもっている拳銃を松明を持っている者に向けた。彼は死神に直接狙われた恐怖で息を呑んだが、すぐに虚勢を張って自分の前に立つ囚人を装備するように引き寄せる。

「来い、悪魔!!必ずここで仕留めてやる!」

「やだあ!やめて、おねがい!!」

 男に引き寄せられた手枷を嵌められた者が泣き叫びながら懇願した。顔を覆う白い布が男によってめくり上げられ、涙に濡れた素顔があらわになる。

「やはり、卑怯な真似をする…」

 少女は泣き叫ぶ者の顔に見覚えがあった。少女の上司から送られてきた連続行方不明に関する資料、あの鎖に繋がれた少女はそこに行方不明者として記録されていた者の一人だ。彼女の他にあと二人、鎖で繋がれた者がここにいる。おそらく彼らも同じように事件の被害者だろう。少女は銃を下した。悪魔祓いでない彼らに危害を加えることはできない。

「……キミたちはこのために彼らを誘拐したの?」

 少女が赤目の者たちに問う。彼らは少女が武器を下したことで、わずかに余裕を取り戻したように見えた。

「我らが教主様のご意向だ。この者たちは市井の暮らしに馴染めず、一人聖域に訪れた。教主様はこのような者たちに救いをお与えになるというのだ。此度の討伐作戦にて教主様はこの者たちに活躍の場を用意してくださった。この者たちはのちに敬虔なる信徒の一人となるだろう…」

 男の言葉に盾にされている少女が絶叫した。

「違う!!私はお母さんと喧嘩しただけなの!一人になりたくて規制線の近くまで来ただけ!!何なのあんたら…早く放してよ!帰りたいよお…!」

 少女の悲痛な叫びに、二人の行方不明者も声を上げた。

「助けて…お願い…!」

「殺さないでくれ!頼むから…!」

 行方不明者たちが騒ぎ立てると、武器を持った悪魔祓いたちが彼らの背中に銃口を突き付けた。

「黙れ。我らが輝かしき世代にふさわしくない振る舞いだ」

 行方不明者は恐怖で沈黙する。少女は悪魔祓いたちの暴挙に怒りを募らせていた。

「……いくら洗脳されているとはいえ、許せない行いだよ」

 少女は再び銃を構えた。最初に声を上げた少女が再び発狂する。悪魔祓いたちは一歩下がり、少女に機関銃の狙いを定めた。

「アカリちゃん」

 少女がそういうと、盾にされている少女が反応した。

「……なんで、私の名前…?」

 少女は不敵な笑みを浮かべた。

「ボクはキミたちを助けにきた人だから!」

 刹那、少女は引き金を引いた。彼女が放った銃弾は針の穴を通すような軌道を描いて、正確に機関銃を構える悪魔祓いの肩を貫いた。

「!?ぐああっ」

 被弾した者が悲鳴を上げると、悪魔祓いたちに動揺が走る。少女は声高らかに拮抗を破った。

「ボクはトバリ、悪魔などではない。お前たちが最後に記憶する人間の名だ!!」

 トバリと名乗った少女は闇を流星のごとく駆けていった。


 〇


 僕は今、映画を見ているようだった。いや、この光景はきっと映画ですら表現することはできないだろう。僕の視界には複数人の悪魔祓いを圧倒しているトバリの姿があった。地を滑り、宙を舞い、壁を走る。彼女の一挙手一投足に応じるように、悪魔祓いから鮮血が吹きあがる。悪魔祓いから放たれる数多の銃弾は意味もなく轟音を立てるだけで、彼女に傷一つつけることができない。僕はトバリの洗練された動きに釘付けで、銃声もどこかへ消えていくようだった。いつの間にか夜空を覆っていた雲が晴れ、セントラルエリアに月の光が降り注いでいた。炎と月光に照らされた鮮血が、華やかな色に輝く。ここは今、トバリが主役を演じる舞台のようだった。

「信じられない…」

 僕は思わずそう呟いていた。路地の中で僕を庇うように前に立つカスミが、僕の声に反応して振り返る。

「心配ないって言っただろ?トバリは身体能力がとびぬけてんだ。何人がかりで挑んでも勝てないくらいにな」

 トバリは決して鎖に囚われた人たちを傷つけることなく、的確に悪魔祓いを撃ちぬいていく。しかし、先ほどから幾度もトバリの攻撃を受けているはずの悪魔祓いたちが一向に倒れる様子がない。奴らが着ている白い衣装が血に染まっている。なぜ致命傷を負ったはずなのにまだ活動できているのだろうか。

「ねえ、なんであいつら倒れないの…?」

 僕は一抹の不安を感じ、カスミに尋ねた。カスミは常識を語るかのように、動揺する素振りなく答える。

「ん?…ああ、そっかシグレは知らねえのか。あいつらけがしてもすぐ治っちまうんだよ。再生能力、とか言ったか?」

「そ、そんなのって…」

 僕はますます燦然世代のことがわからなくなった。そのような人間を逸脱した能力を持っているなんて、信じられない。

「じゃ、じゃあどうしたら倒せるの…?トバリは今なんのために」

「まあ見とけって」

 カスミは戦闘を続けるトバリを指さした。彼女は今なお驚異的な身体能力を用いて悪魔祓いを翻弄している。しかし、やはり悪魔祓いたちは抵抗をやめる気配がない。

「あいつらは頭が弱点だ。正確には()だな。脳を破壊されるとあいつらは行動不能になる。燦然世代の悪魔祓いは、詳しくはわからねえけど洗脳状態なんだ。脳が汚染されて、意識と身体がつくりかえられてる。ああなっちまったらもう話が通じねえ。だから悪魔祓いは俺たちが『処刑』扱いで暗殺してんだ。テロのときに逮捕された悪魔祓いも、死刑になったからな」

「洗脳状態…」

 僕は最初に遭遇した悪魔祓いの男の言動を思い出した。何者かに洗脳されることで、あのような狂信者に成り果ててしまうのか。僕は都市にそんな実態があることに、改めてぞっとした。

「……んで、今トバリはあいつらの脳を破壊するチャンスを探ってる。今はあいつらも応戦してるから隙をつくことができねえ。まずは狙いやすい胴や武器を持つ手を傷つけて、動きを鈍らせるんだ」

 カスミの解説を聞いている間に、トバリの放った銃弾が機関銃を操作する悪魔祓いの両手首を貫いた。

「!?ぐあっ…」

 悪魔祓いの手から銃が落とされると、トバリは丸腰となった悪魔祓いの眉間を撃ちぬいた。僕を襲った赤目の男と同じように、恐ろしいほど綺麗な軌道を描いた銃弾によって悪魔祓いの一人が地面に伏した。そしてピクリとも動かなくなった。仲間が倒されたことで動揺した別の悪魔祓いも、流れるように沈められていく。燦然世代の小集団がたった一人の少女に追い詰められていく。

「す、すごい……」

 僕は思わず感嘆のため息をこぼした。僕はトバリの手によって脅威が排除されていく光景を目の当たりにして、戦場に立っていることを忘れてしまいそうだった。

「や、やめろおっ!!」

 着実に人数を減らされていく悪魔祓いの残党が錯乱し、鎖で繋がれている人の一人を羽交い締めにし、武器を突き付けた。戦いに巻き込まれないように地面に伏せていたその人は、突然髪の毛を掴まれてうめき声を上げた。

「!」

「まずいっ…!」

 僕とカスミは思わず路地から身を乗り出した。悪魔祓いは大声でトバリを威嚇する。

「止まれ!!こいつがどうなってもっ……」

 悪魔祓いはトバリから銃口をそらした途端、眉間を撃ちぬかれて脱力した。

「お互いに殺す意思を持つ者に、一瞬でも銃口を逸らすのは負けを認めるようなものだよ」

 トバリはそう言い放つと、最後の一人に冷たい目を向けた。多対一で敵わなかった相手を前にして最後の一人は戦う意思をなくしたのか、膝から崩れ落ちた。

「……教主様、私は光の導き手としての役目を果たせたでありましょうか」

 胸の前で腕を組み、何やら祈りを捧げているようだ。トバリは壁にされていた人たちの鎖を破壊したあと、静かに天を見上げる悪魔祓いに近づいた。彼女は銃口を悪魔祓いの額に突き付けながら問う。

「なぜ、今このような戦いを仕掛けた?お前たちに一体どんな転機が訪れたんだ。…話せ」

 トバリが銃口をさらに押し付けると、悪魔祓いは震えた声で話始めた。しかし、その震えは恐怖からではなく、興奮から生み出されたものだった。

「わ、我らは……我らは再びこの地上に光を導く手立てを手に入れたのだ…!かつての堕ちた光の子らを天に導く救済の儀によって、この地上は神が住まうにふさわしいものになりつつあると、教主様はご教授くださった。我らは前進し続けなければならない!同胞が流した高潔なる血を糧に、我らの行く手を阻む悪魔を排除し、地上を光で浄化するのだ!!此度の悪魔退治は我らの大いなる一歩である!…我らが教主様の尊き目的が達成される日は近い…!」

 悪魔祓いは以降話すことはなく、ただただ高笑いをするだけだった。見開かれたその目は、おぞましいほど赤黒い。トバリはこれ以上は無駄だと言わんばかりにため息をつき、躊躇いなく引き金を引いた。最後の悪魔祓いが倒れると、嵐が過ぎ去ったかのような静寂が訪れた。

「よし、行くぞ。シグレ」

 カスミは嵐が過ぎ去ると同時にトバリのもとに駆け寄った。トバリは僕たちが近づくと、さっきまでの張りつめた雰囲気から一転して、大きく息をつき方の力を抜いた。

「…ふぅ」

「お疲れさん!とりあえず四人、討伐完了だな」

 カスミはトバリの肩を小突いて、親指を立てた。トバリはカスミの顔を見ると、笑って同じようにグーサインを返した。

「そんで、こいつらは何なんだ?」

 カスミは鎖に繋がれて自由を奪われていた人たちを指さした。彼らは皆憔悴しきった様子で、地面に座っていた。枷に擦れてしまったのか、手首に赤く痕が残ってしまっていた。

「彼らがボクたちが探していた、行方不明事件の被害者だよ。奴らは今回の作戦で肉壁として起用するために、彼らを誘拐した。詳しい事情は聴いてみないと分からないけれど、おそらく規制線の近くに一人でいるところを狙われてしまったんだと思う。…まさか調査を開始する前に、こんな形で行方不明者を見つけることになるなんてね」

 トバリは俯いて泣いている少女に近づき、同じ目線の高さにしゃがみこんだ。

「アカリちゃん」

 トバリが優しく声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。

「キミを、キミたちを危険な目に遭わせる者たちはもういない。これからボクたちの仲間がキミたちを迎えに来てくれる。怖い思いをいっぱいさせたと思うけど、そんな中でボクの指示を聞いて自分たちの身を守る行動をしてくれてありがとう。キミたちが正気を失わないでいてくれたおかげで、ボクも戦いやすかったよ」

 アカリと呼ばれた少女はトバリの言葉を聞くと、さらに大粒の涙をこぼしながら嗚咽を漏らした。

「わ、わたしっ……お母さんと仲直りしたい…。できると思う?」

「もちろん。さあ、怖かった日々はすべて忘れて。…キミが安らかな日常を送れることを願ってるよ」

 トバリがアカリの頭を撫でると、アカリはそのまま眠りについた。彼女の頬に残った涙の痕が、彼女が経験した壮絶な数日を物語っている。

「ここで起こったことは、あ、アカリさんは忘れちゃうんだよね…」

 セントラルエリアに立ち入った者の本来の末路だ。それでも燦然世代に誘拐された人たちにとっては、せめてもの救いになるのかもしれない。

「……今回の場合は忘れる方がいいだろうね」

 トバリは疲れ果てて眠った行方不明者を安全な道路端に寝かせたのち、どこかに通信機器で連絡を取った。セントラルエリアに立ち入ることができる八咫烏の者が、彼らを迎えに来てくれるらしい。

「目の前で人が死ぬなんて、経験していいことじゃないから」

 トバリは立ち上がり、こちらを振り返った。

「さあ、行こうか。早くホムラと合流し、残りの掃討を行方不明者の保護に務めなければ」

 トバリがそう言うと、カスミが「了解!」と僕を担ぎ上げた。僕たちは月と星の光が注ぐセントラルエリアを、再び駆けていった。






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