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夜を明かすために  作者: 深鈴東
第一章
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20. 動き出す運命

「ホムラの信号はこの辺りだ」

僕たちは緊急出動のためにセントラルエリアを駆け回り、ようやくホムラと合流しようとしていた。僕たちは拠点からセントラルエリアのさらに中央付近まで移動している。ホムラは一人でこんな場所に来ているのか、と心配になった。ここに来るまでにトバリは4回燦然世代と戦闘を行い、たった一人ですべての武装集団を沈めてきた。最初に遭遇した集団と同様に、悪魔祓いたちは規制線の外側で誘拐した者たちを肉壁にして戦闘に臨んできた。トバリは囚われていた人たちを全員無事に救い出してきているのだから、彼女の実力は相当なものだと素人目にも伺える。そして、何の罪もない人たちを道具として使うような燦然世代に、怒りとおぞましさを感じた。

「シグレ!ちゃんと摑まってろよっ!」

「え、わああっ!」

僕を抱えながら走っていたカスミが、突然僕を小脇に抱えなおして高くジャンプした。

「わっわっ、ぐえっ…」

今までとは比べ物にならない揺れに、思わず舌を噛みそうになる。カスミは塀を乗り越え、アパートのベランダの柵を掴んでそのまま屋根に上った。しばらく屋根の上を走ると、すでに合流していたトバリとホムラの姿が見えてきた。ホムラは建物の屋根に上って身を潜めていたようだ。トバリが僕たちを見て、目元をほころばせる。

「ちゃんとついて来れたようだね」

「当たり前だろ!……はあ」

カスミは僕を下した後、大きく息をついた。さすがの彼も僕というお荷物を抱えながら走り続けるのは大変だっただろう。僕はカスミに「ありがとう」と控えめに言った。カスミは「なんのことだ?」といった顔をした後、にかっと笑って見せた。

「22時13分頃、俺は六人組の悪魔祓いを目撃した。奴らは三人の素性が知れない者を盾にするようにして、セントラルエリア中央区を練り歩いていた。一人で相手をするのは分が悪かったため、ここに身を隠して奴らの動向を探ったところ、おそらく奴らは特定のルートに従って移動していることが判明した。奴らはじきにこの道を通る。そこで奇襲をかけるべきだ」

ホムラは冷静に状況を報告した。トバリはホムラに現状を伝える。

「無事で何よりだ。二班から連絡があったと思うが、ボクたちの喫緊の任務について共有しておく。奴らはおよそ50人規模で動いている。しかしその中には、奴らの肉壁として囚われている者たちも含まれていることが判明した。ボクが救出した彼らは今のところ全員が行方不明事件の資料に記載があった者だ。よってボクらは出没した燦然世代の掃討、奴らに誘拐された行方不明者の保護を任務とする」

ホムラはトバリの話を聞き、わずかに目を見開いた。

「やはり行方不明者は燦然世代によって誘拐されていたのか」

トバリは無言で頷くと、今度はカスミに話しかけた。

「カスミ、ここなら少年も見つかることはないだろう。次の集団は一班の戦闘員全員で掃討に臨みたい。手伝ってくれるかい?」

カスミは真面目な顔になった。

「おうよ。班長」

カスミはホムラのもとに近づき、作戦を練り始めた。僕が屋根から闇に包まれた道路を見下ろしていると、トバリが僕を呼んだ。

「少年」

僕は彼女を振り返る。彼女はここに来るまで何回も燦然世代と戦ってきたのに、身体に傷一つ作っていないようだった。

「ボクたちは、奴らに負けることはない。確かにセレスチャルにとって、奴らは今なお都市を蝕む脅威だ。でもボクたちがいるからには、奴らを再び表舞台に立たせることはないと誓うよ」

トバリは不敵な笑みを浮かべた。僕は彼女が見せる表情の中で、この顔が一等魅力的に思う。

「改めてキミが不安を断ち切るための手伝いをさせてくれ、少年」

トバリは艶やかな唇で「見てて」と言い残し、ホムラとカスミのもとに駆けていった。僕は彼女の背中を眺めながら、激しく心臓が鼓動しているのを感じた。死んだ都市が生み出した暗闇や、闇の中で蠢く隠された脅威によってもたらされた恐怖による鼓動ではない。僕はいつの間にか、トバリへの思慕によって鼓動が高鳴っていることに気が付いた。闇と同じ色の恐怖が色鮮やかに塗り替えられていく。

「トバリ…」

身体からあふれ出した想いが、口からこぼれる。僕の心が「彼女のために生きたい」と叫んでいた。




「来たぞ」

屋根から見下ろすと、松明の火に照らされた集団が闊歩しているのが見えた。

(今までで、一番人数が多い…!)

姿を見せた燦然世代の集団は、武装した悪魔祓い六人で行動していた。人数が多ければ、行方不明者を守ることが難しくなる。しかし、今回はトバリ一人ではない。

「……今だ!」

トバリの掛け声によって三人が一斉に屋根から飛び降りた。僕は屋根の上で身を潜めて、彼らを見守る。

三人は作戦通りに奇襲を仕掛け、あっという間に悪魔祓い三人を倒してしまった。

「!?あっ、悪魔どもだ…!!」

突然現れた天敵に、悪魔祓いたちは隊列を乱される。隙を逃さずに仲間たちは悪魔祓いに銃弾を浴びせていく。カスミは雄たけびを上げながら悪魔祓いの懐に潜り込み、敵の武器の銃身を持ち上げて、がら空きとなった胴体に数発を撃ち込む。そして悪魔祓いがよろめく隙も与えずに、力を込めた拳で打撃を放った。一発一発が重く悪魔祓いにめり込んでいく。激しい怒りと憎しみを込めて、カスミは悪魔祓いの体力を削っていく。ホムラは必要最低限の動きを用いて、悪魔祓いの攻撃を避けていく。狙いが定まらず、焦る悪魔祓いの不意を突いて銃身で首を攻撃した。急所に不意打ちを受けた悪魔祓いは大きく体勢を崩し、その隙を逃さずにホムラは連続して銃弾を撃ち込んだ。悪魔祓いの命が尽きるのにそう時間はかからないだろう。ホムラが悪魔祓いに冷徹な視線を向けている。生命の温もりさえ奪い去ってしまいそうな冷ややかな恨みが、彼の無表情からにじみ出ていた。

「……」

僕は息を呑んだ。きっと誰もが惨たらしいと感じ、戦慄するほど血に塗れた光景だろう。でも僕は心を奪われていた。仲間たちの華麗なる勇士に、僕が恐れていた脅威が地に伏していく光景に。そして何より、僕が敬愛する美しい少女に。

(綺麗だ。この世のどんなものよりも)

トバリは舞うように戦っていた。時に激しく、時にしなやかに。悪魔祓いは彼女を捉えることができない。自分がどこから撃たれているのかもわからない。人間を逸脱した悪魔祓いを圧倒している彼女は、きっと天からの贈り物なんだと、神を憎んでいる僕でさえそう思ってしまった。彼女は都市を救う救世主なんだ。鼓動が高鳴る。僕は戦っているわけではない。血を流しているわけでも、奴らの血を浴びているわけでもない。それなのに、どうしようもなく気持ちが昂る。僕はこの感覚に覚えがあった。

(目が、離せない……)






「生きる理由を見つけたようだネ」

突然頭の上から声が降ってきた。僕が驚いて顔を上げると、夢の中で出会った自らを神と名乗る少年が微笑んでいた。相変わらず、不自然な笑顔だった。

「な、なんでここに…!?」

僕が彼を警戒した途端、身体から急に力が抜けた。僕は屋根の上に膝をつき、朦朧とする意識の中彼を睨みつける。

「一体…何をしに来た……!」

神と名乗る少年は僕のそばに寄り、甘美な声で囁いた。

「キミの成長に感動していたんだヨ。本当ならキミを物言わぬ駒にするつもりだったけれど、キミはキミ自身で生きる意味を見つけタ」

少年は今にも自我を喪失しそうな僕を見て、クスリと笑った。

「キミが大事にしたいと思う()()()はボクの大事な子でもあル。キミがあの子を助けてくれるナラ、喜んで力を貸すヨ」

僕は少年の言葉に必死に耳を傾けた。彼の目的は定かではないが、彼は「トバリを救いたい」と確かに言っていた。彼女が救われなければならない状況にいるのならば、僕は何としてでもトバリを助けたいと思うからだ。僕は最後の力を振り絞って声を出した。

「助け、たい…彼女…を」

僕の言葉を聞いた少年が、僕の頬を両手で包んだ。

「『あの子の過去を知る者を探セ』。それがあの子を救うための第一歩になル」

少年が遠くに消えていく。僕の視界が段々と暗くなっていく。

「キミが答えにたどり着いたトキ、また会いに来るヨ。それまで…しばしお別レ」

僕の意識はセントラルエリアの闇よりも深い暗闇に落ちていった。深淵の中、僕の精神は語っている。


「トバリを救うためなら、この命を懸けてもいい。僕は神にそそのかされたからではなく、自らの意思で彼女を救うことを決めたのだ」と。



この夜から僕の劇的な運命が動き出した。僕はこれからどんな真相に狂わされてもかまわない。


僕はもともと、とっくに狂わされた人間なのだから。



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