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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
4章

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18話 ちょっと待て、なにを言い出すつもりだ!

 しん、と。

 場が静まった。

 静まったというか。

 凍り付いたというべきか。


「そう、なんですか?」


 いったいどれぐらい誰もが沈黙していたのか。混乱してよくわからないが、シトエンの声にすべてが融解したというか決壊したというか! 


「なんてことかしら。この男にそんな青春アオハルっぽいものがあったなんて予想外だったわ……」

「どゆこと⁉ お姉ちゃん、どゆこと⁉ え、じゃあ元カノとか⁉」


 モネロゼがひそひそ言っているから、「そんなんじゃない!」と俺は一喝した。


「渡したのは渡したけど、目の前で受け取り拒否された!!!」

「そうです、シトエン妃! お気になさることはありません! そりゃあもうこっぴどく振られたんです、団長は!!!」


 俺とラウルがシトエンに詰め寄る。

 シトエンは、というと。

 ちょっと眉を下げた表情で、あいまいに笑った。……ように見えた。


「いえ、特にわたしがなにか言うことではありませんし、あの。お知り合いだったのかなぁ、と思っただけで……」


 しん、とまた静まる……。


「シトエン妃。これはクマの失恋話です」

「そうそうそうそうそう! 若気の至り(ワカゲノイタリ)ってやつだよ!」

「お嬢様、過去の話です、過去の」


 モネロゼどころか、イートンまで入ってきてシトエンを取り囲み、口々に励ます。

 や……ばい。


 シトエンにあんな顔をさせてしまった!


 だけどマジでなんもないんだって! 俺がまだ士官学校の学生だった頃、手紙渡して拒否られただけの……どっちかっていうと俺の黒歴史なんだって!!!!


「そんな、あの。大丈夫ですよ、わたしは」


 シトエンはそう言って、輪の中から一歩前に出る。そして領主とアンナに顔を向けて今度こそ、にっこりと微笑んだ。


「シトエンと申します。このたびは、宿泊の手配や警備など、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします」


 これにいち早く対応したのは領主だ。

 漂った不穏な空気を打ち払うように明るい声を出し、多少芝居臭いところはあるが、大袈裟に喜んでくれた。


「こちらこそ、早速に対応していただき本当に感謝しております。そ、その。サリュ王子殿下もお忙しい中、ありがとうございます」


「いやなに。俺は夫として妻の安全確保に来ただけで! さっきも言ったが、礼はシトエンに!」


 ほらぁ! アンナが変なこと言うから、領主ともぎくしゃくしだすじゃないか!


「いえ、サリュ王子の助けがあってのことです。いつもありがとうございます」


 シトエンが俺を見上げ、微笑んでくれる。

 ほっとした……。

 心底ほっとした……。 

 さっきみたいに困った顔のままだったらどうしようかと思っていたからもう……。


「あ、あの。サリュ王子?」

「ん?」 


 くぐもった声が間近で聞こえる。

 ふと気づいてみれば。

 安堵しすぎたのか、本能的に「シトエンの笑顔は俺だけが見る」と思っているのか。


 衆人環視の状況でシトエンを抱きしめていた。


 視線を落とすと、腕の中にいるシトエンは、俺の胸に顔を押し付けている状況。見えるのは耳だけなんだけど、その耳が真っ赤!


「うわ! すまん、シトエン! 苦しかった⁉」


 俺、いっつもそうなんだよ! 

 シトエンは華奢で繊細なのに、つい力を入れすぎるというか……! でもぎゅっとしたいんだよなぁ。やわらかいし、ふわふわしているし、いい匂いだし……。特にベッドの中なんかだと、マジでタガがはずれそうになって……。


 って違う! いまはそのようなことに浸っている場合ではない!


「いえあの。ちょっと恥ずかしかっただけです」


 消え入りそうな声でシトエンが言う。その顔はまだ真っ赤っかだ。


 ……可愛い……。やばい、また抱きしめたらどうしよう。

 は……! ひょっとして……。ひょっとして、次また抱きしめたら、「もうっ」って言ってくれるかな⁉ 「もう、ダメですよ、サリュ王子」って……!


「先日も思いましたが、本当に仲がよろしいのですね。それもそうだ。このようにお美しく、賢明な奥方なのだから。なぁ、アンナ」


 領主が笑顔を作ったままアンナに顔を向ける。

 向けるが……。


 いや、それ……。いいのか、アンナに言って。


 なんとなく「なぁ、アンナ」ではなく、「うちの妻も優秀でね? このたびもこんなことで私を支援してくれたのですよ」的に言うほうがいいんじゃないのか⁉ 夫ならば!


 いや、まだわからん! こっから領主の溺愛エピソードが繰り出されるのかもしれん! なんとなく、息をのんで待っていたのだが。


 な、なんも言わんのかぁあああい!


 いや、俺もこう……! 人のことは言えんが、これはいかんのじゃないか⁉

 だから……。ほら、アンナを見ろ!


 一歩引いたところで、はすかいに領主を見上げて、しばし無言だ。

 それから、ふと俺に視線を向けた。


「昔と随分変わりましたねぇ、サリュ王子」


 ……ちょっと待て、アンナ。こいつなにを言い出すつもりだ。

 先を制せねば!


「アンナ嬢……じゃない、夫人。昔話はそれぐらいにして本題に……」

「あの頃のサリュ王子は、服装も髪型も……」

「わ―――――っ」


 思わず大声を上げる。俺の黒歴史! ティドロスの冬熊と呼ばれる直後のころが一番聞きたくない! なによりシトエンに知ってほしくないし!!!


 アンナは、というと、そんな俺をびっくりしたような顔で見たあと、なんだか意味ありげに笑ってシトエンに顔を向けた。


「シトエン妃は、タニア王国から嫁いでこられたのですよね? よろしければあの頃のサリュ王子のことをお話いたしますが……」


「余計なことを言うな!」


 噛みつかんばかりに怒鳴りつける。そして急いで領主に告げた。


「領主! 滞在時間が限られている。申し訳ないが、鉱山地図、流水域、生活水の使用状況を確認させてもらいたい!」

「も、もちろんです。アンナ、先に行ってお茶の準備を」

「はい」


 アンナは短い返事だけを残し、メイドを引き連れて先に屋敷内に入った。それを確認し、領主は額に浮かんだ汗をハンカチで拭きながら、ぎこちない笑みを浮かべる。


「さあ、中に。地図の準備はできていますから、お茶を飲みながらご説明を。ささ」


 領主が促し、執事たちが静かに動き始める。

 シトエンを先に屋敷内に入らせると、猟犬並みの素早さでモネが背後についた。その後ろに医療かばんを持ったイートンが小走りについて行く。


 ほかの騎士たちの動きを確認していたら、ぐい、と肘を後ろから引かれて振り返る。


「ちょっと、なんなの、あの女」


 ロゼだ。 

 眉根を寄せ、盛大にふくれっ面を作っている。


「なんでもねぇよ」

「なんでもなくないし! あからさまに怪しいというか、性格悪くない⁉」


「性格悪い? ……まあ……確かに」

「いや、いま考えたのあれでしょ⁉ 『俺の黒歴史言うつもり』だからだと思っているでしょ! 違うわよ、バカ!」


 バカって言われた……。


「あいつ、マウント取りにきたんだって、シトエン様の!」

「マウント?」


 寝技のあれか?


「団長、あれです。言動や態度で相手より自分は優位なんだと示すことを『マウント取る』って言うんですよ」


 ラウルが早口に教えてくれた。そのラウルもロゼに完全同意のようだ。


「イヤな感じに成長したな、あの女。シトエン妃に余計なことしなきゃいいが」

「でしょでしょ⁉ 一発かましてやろうかな、こっちから」


 ぷんすか怒るロゼは、その怒りのままに俺をにらみつける。


「この中でさ、過去のサリュ王子を知っているのはあの人妻ヒトヅマだけじゃん。だからシトエンさまに対して言ってんのよ。『隣国からいらっしゃったから知らないでしょうけど、昔のサリュ王子はこんなだったんですよぉ。おほほほほ』って!」


「そういうこと⁉」


 声がひっくり返った。

 なに、あれ俺に対しての脅しじゃねぇの⁉ シトエンに対してなのか⁉


 確かに一理ある。

 俺だってついさっき、イートンにやきもち焼いたもんな!


 だって。好きな人のこと、全部知りたいじゃないか。

 自分より詳しい奴がいるって、なんかこう悔しいというか。ずるいって思うというか。


 ……ん? 待てよ。ということは、シトエンも俺と同じ気持ち? 

 ってことは、シトエンも俺と同じぐらいに好きってこと……?


「団長、顔」

「サリュ王子! さっさとシトエンさまのところに行って、あの意地悪ヒトヅマからシトエンさまをちゃんと守るのよ!」


 バシリとロゼに背中を叩かれて、慌ててシトエンのところに走る。

 シトエンは右からロゼ、左からイートンになにか話しかけられ、うなずいたり手を振ったりしていた。ちょっと表情は曇っているが、それでもはにかんだように笑っている。


「シトエン」

「あ、サリュ王子」


 声をかけるとシトエンは笑顔で振り返ってくれたが。

 イートンとモネからはにらまれた……。


 特にモネの冷たさよ……。もう氷柱。氷柱でぐっさりやられている気分。


「あの……その」


 イートンが脇にどいてくれたので、シトエンの隣におさまる。なんか声をかけようと思うのだけど、言葉が出てこない。


 なにしろ、本当にアンナとはなにもないのだ。

 俺が勝手にのぼせ上っただけ。あっちは土俵にも上がってこなかった。


「わたしは大丈夫ですよ」


 シトエンが笑う。

 笑うんだけど……。


 シトエンは、つらくても、しんどくても笑う。


「シトエン、あの。あとで話をさせて」


 彼女の笑顔に甘えちゃいけない。俺がきっぱりと告げると、彼女は少し困ったように眉の先を下げたけど、「はい」とうなずいてくれた。




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