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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
4章

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17話 昔の女

 診療所を出発して領主館に移動する間、俺はシトエンとイートンの乗る馬車内で、この後のことを簡単に打ち合わせた。


 地図の確認と生活用水の確認。鉱山の稼働状況。最低でもこのあたりは押さえておいて、明日は現地確認。そのためには、今日中に団員を先に現地に向かわせ、危険個所や警護ポイントを打ち合わせておかねば。


 そんなことを考えていたら、やっぱり予定を前倒して移動してよかったかもしれんな。時間っていくらあっても足らないもんだ。


 ふと窓の外を見ると、ロゼが騎馬で並走している。

 シトエンも気づいたようで顔を向けると、ロゼが笑顔で手を振る。シトエンも手を振り返しているが、いやそれより真面目にやれよ、お前。そんな顔をしていたのだろう。俺と目が合うと、あっかんべーをして馬車の前方に移動してしまった。……なんなんだ、あいつは。


「ロゼちゃんって『妹♡』ってかんじですね。末っ子感満載です」

「そうかぁ?」


 くすくすとシトエンが笑う。俺も末っ子だけど、あんなのじゃないと思いたい。


「あの、サリュ王子。警備のことでいろいろと気を遣っていただいてありがとうございます。わたしが無理を言ったばっかりに……」


 向かいに座るシトエンがぺこりと頭を下げるから、慌てて首を横に振った。


「そんなことない。妻の安全を確保するのも夫の役目だ。それにシトエンの使命感というか責任感には毎度感銘を受けるし、お、夫としても誇らしい」


 い、いまだに自分のことを「夫」と呼ぶのがこう……なんともこそばゆいし、「俺、夫でいいんだよな」と誰かに確認したい衝動に駆られる。


 だけど、シトエンはふわっと笑ってくれて、浅く座りなおして俺に手を伸ばした。

 手を握りたいのかな、と俺も前のめりになったのだけど……。


 いまさらながら、イートンの存在に気づいたらしい。

 ためらったシトエンの指先は、俺の軍服の袖。端っこをつまんだ。


「わたしも、サリュ王子の妻としてしっかりやります」


 伏し目がちに、こそっとした感じで言うものだから……。

 がばっと抱きしめたい衝動をこらえて、軍服の膝の部分を必死に握り締める。もう破るんじゃないかってぐらい握る!


 ああああああ! もうあれだ!!!! 

 早いところ頭領だか頭だか知らんが捕まえて平穏安穏、毎日嫁と甘々の日々を手に入れるんだ!!!! 


 そうだよ! だいたい、なんでこんな可愛い嫁を迎えながら、毎日バッタバッタしてなきゃいけないんだ!! 


 俺、死にかけるし! おかしいだろ!!!!

 本来なら、王城内の自分の屋敷でのほほぉんと暮らしていられたんじゃないか⁉ 絶対おかしいって!!! 俺がなにしたってんだ! ただ、可愛い嫁を迎えただけじゃないか!


 ……はっ! ……それ、か? それなのか⁉

 これは可愛い嫁を迎えた者の試練……なのか!?!?

 可愛い嫁を手にした夫はすべからくこんな困難に遭うのか⁉ そうなのか⁉


 …………。


 うむ。

 そうかもしれん!!!!


 いままで、シトエンほど可愛い嫁を迎えた男を見たことがなかったので気づきが遅れた! なんたることだ、ありうることではないか!


 シトエンのような稀有で神々しく愛らしい女性を生涯の伴侶にするのだ!

 これぐらいの障害、あって当然ではないか! そうでないと、世界中の男たちが不満に思うだろう! 「あいつだけなんで」って! 


 ならば仕方あるまい!

 その運命、受け入れてやる! 乗り越えてやる!


 困難難関辛苦を打ち砕いてこそ、シトエンの夫はつとまるのだと有象無象どもにわからせてやる!


 そして必ずやシトエンとの甘く美しく愛らしい日々を手に入れるのだ!!!!


「えー……、おふたりとも私のことは空気かなんかだと思ってください」


 イートンが咳ばらいをしてようやく俺は我に返る。シトエンもパッと俺の袖から手を離し、プルプルと首を横に振った。


「ち、違うのよ、イートン!」

「いえ、お嬢様。私は窓の外を見ていますから」

「そんなのじゃないの!」

「ささ、どうぞ続きを」

「もう、イートン!」


 窓を凝視するイートンの肩をぽかぽか叩くシトエン。


 いいなあ、イートン!!!!!

 なんだその親近感!!!!


 「わかっているんですよ」的な心の余裕からくるふたりだけの距離感!!! 

 俺もされたい! ぽかぽかされながら、「もう!」とか言われたい!!! 


 くっ……! まさかの強敵現る……。いや、潜んでいたというべきか! 伏兵だった! なにしろイートンはここにいる誰よりもシトエンとの付き合いは長い! 


 俺の知らないシトエンを知っている!!!!!!!


 モネやロゼを警戒しているべきではなかった! イートンこそが真に対峙すべき相手だったのだ!!!!!


 目の前ではシトエンとイートンがまだキャッキャとなにかやっている。

 話しかけようにもタイミングがつかめない。

 大縄跳びの前で立ちすくむやつのようだ。しまった……。よく考えたら女子が話しているときに声かけたことなんてなかった……。


 学生時代は全寮制男子校だし、士官学校にも男しかいなかったし。

 卒業して辺境警備なんかしはじめたら、一気にクマ化に拍車がかかり、宮廷で女性に会えば阿鼻叫喚図。


 ……そうだよ。そもそもシトエンと出会う前までは、女子どもに「臭い」「むさい」「怖い」と言われてるのが普通だったんだよなぁ。二十歳になる直前には大失恋するし……。


 とほほ、と落ち込んでいたら、馬車はゆっくりと速度を落としていった。


 窓の外を見る。

 どうやら領主館についたようだ。


 鉄製の門扉を抜け、馬車は館へ続く石畳を走る。馬車道の両脇は庭園になっていて、植栽の趣味もいい。


 噴水の前を通り抜けると、アプローチが見えてきた。

 もう先導の騎兵たちは降りて俺たちを待っているようだ。 

 馬車が止まり、外側から客車の扉が開かれる。


「お疲れ様です、団長。ブランベルト領主がお出迎えです」


 ラウルが顔をのぞかせてそう言った。ああ、玄関前で待っているやつね。了解了解。

 俺は一足先に降りて、シトエンをエスコート。


「足元気を付けて」


 俺が声をかけると、シトエンはにっこり笑って「ありがとうございます」と言ってくれる。


 優し可愛い。もういつでもシトエンは優し可愛い。

 デレデレになりそうな顔を引き締め、周囲に目を配る。


 すでにモネとロゼはシトエンの背後に待機。ラウルは俺の斜め後ろに位置取り。

 イートンは後方にいるが、騎士団の団員が側についている。


 よし、問題なし。

 俺はシトエンの手をとって館のポーチまで進む。


「お待ちしておりました、サリュ王子。シトエン妃」


 向こうは向こうで歩み寄ってきたようだ。

 先日会った、ブランベルト領主、ルークだ。


 その背後に女がひとり。

 たぶん、彼女が奥方なのだろう。


 領主は夫婦関係について悩んでいたようだが……。さすがに今日はこうやって出迎えてくれたらしい。


「滞在中、世話をかける」

 俺が声をかけると、領主は右手を左胸にあてて頭を下げた。


「とんでもありません。警護はお任せを。それから、こちらが妻です」


 領主が背後の女を手で示す。やっぱり奥方だったらしい。

 女は一歩前に進み出ると、ドレスの裾をつまんでカーテシーをした。


「ルーク・ブランベルトの妻、アンナでございます」


 ………ん? アンナ? 

 つい眉根が寄った。

 どっかで聞いたような……。


「アンナ。サリュ王子は我が領のことでご尽力いただいてね。医療にあかるいシトエン妃の派遣を推してくださったんだ。お礼を」


 興奮気味に領主が言い、俺は苦笑いした。


「実際はシトエンが決めたようなものだ。礼ならシトエンに」

「なにをおっしゃいます! サリュ王子のお言葉がなければ、わたしはここに来ることはできませんでした。サリュ王子あってのことです!」


 両のこぶしを握り締めて力説するシトエン。

 ……可愛い。

 いかん、また顔が緩むところだった。


 慌ててひきしめようとしたら、どんっと背後からなにかがぶつかってくる。

やっべ、ラウルに叱られる。首をねじると、案の定、すごい形相でにらみ上げながら、押し殺した声でラウルは言った。


「アンナ嬢じゃないですか……っ! しまった! 平凡な名前だったから見逃した! っていうか警備のことで手いっぱいで……!」


 そう言われてもいまいちピンとこなかった。


 冷汗ダラダラのラウルに戸惑いながら顔を前に戻し、すっと背筋を伸ばして立つ女を改めて見た。


 そして。


「あ!」

 俺も驚きの声を漏らした。


 目の前にいるブランベルト領主の妻。

 こ、こここここここの女は……。


「アンナ・タリーズか⁉」

「お久しぶりです、サリュ王子。このたびはありがとうございました」


 だんだん俺もラウルと同じように冷汗が噴き出してきた。

 そんな俺とは違い、アンナはすまし顔だ。


「私のことはもうお忘れですか?」

「いや、忘れてはいないが……」


 小首をかしげるアンナ。俺はしどろもどろになる。ちょっと鳥っぽい動き。そんな仕草は昔と変わらない。


「サリュ王子、お知り合いでしたか?」


 俺の肘をとったままのシトエンが、下から覗き込むようにして尋ねる。領主も怪訝そうな顔で俺とアンナを見比べている。


「知り合い……だったのですか? 王都にいたときに?」

「ま……まあ、うん。う、そう、だな」


 領主に尋ねられ、俺は冷や汗ダラダラで、しどろもどろだ。


「どのような関係だったのだ?」


 領主がアンナに尋ねる。アンナはにっこりと笑った。


「関係? 以前、サリュ王子から恋文をいただいたことがございます」


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