16話 シトエンの派遣
◇◇◇◇
それから5日後。
領主直々の歎願後、陛下と王太子は話し合いを行い、シトエン派遣が正式に決定した。
俺は夫として彼女の心身の安全を図らねばならん! ということで、当然同行だ。
自分の騎士団と、それから王太子が近衛小隊をひとつ貸してくれた。
『くれぐれも気を付けろ』。そう言われて、出発したのは早朝。
隣領だけあって、夕方には到着した。
そのときのマーロウとグランデの顔よ……。
シトエンを見た途端、天使のように拝みだす始末。
いや、わかる……。すまん、激務だったよな。
シトエンはふたりをいたわり、「どうぞしばらく休んでください」と声をかけて、病室を回っていった。
その間、俺とラウル、それから近衛小隊隊長とは警備について打ち合わせ。
シトエンにはイートンとモネロゼをつけて診察を行ってもらった。
一時間後。
診察を終えたシトエンと俺たちは、情報共有ということで、診療所内にある事務室に集まっていた。
「それで、どうだろう、シトエン。やはり感染症ではない、のか?」
ローテブルを挟み、向かいのソファに座るシトエンに尋ねた。
「ええ。これは感染ではありません。というのも、重症患者さんの爪に非常に興味深いものを見つけました」
「爪? あ、ヴァンデルのときのような?」
あいつの貧血を見抜いたときも、シトエン、爪の話をしていたな。
「そうです。あのときは鉄分不足のために爪が若干反っていました。今回の場合は、爪に白い横線……いわゆるミース線というものらしきものがありました」
シトエンはそこで一度口を閉じたものの、決然とした様子で再び口を開いた。
「この病は、環境に影響された病気だと思います」
「「環境?」」
なんとなく俺とラウルの声がそろう。なんだそれは。
そんなとき、思いがけずイートンが声を上げた。
「あ。ひょっとしてお嬢様、鉱山ですか?」
「そうなのです、イートン。わたしはその可能性を考えています。この診療所には井戸があるんです。みな、その井戸を使っています。だから、診療所にいる看護者や医療関係者は病気にならないのではないか、と」
こくこくと何度もシトエンは首を縦に振るのだけど……。
鉱山と環境と病気がどうつながるのか、俺もラウルもいまいちわからない。モネやロゼはどうだろうと思ったら、ロゼは俺たちと同じだと知れたが、モネもなにか感づいたようだ。慎重に口を開いた。
「ひょっとしてタニア王国でもたまに起こる鉱山事故、ですか?」
「そうです。鉱毒が流れ出したのではないか、とわたしは疑っています。だから、家族ごと、り患はするものの、看護者には発現しないのではないか、と」
シトエンが紫色の瞳に真剣な色を宿して同意した。
「こうどく?」
俺がまたおうむ返しすると、シトエンが「えっと」と説明してくれた。
「わたしの母国のタニア王国は鉱山資源が豊富なのであれなのですが……。採掘、採集といってもいろんな方法があるんです。簡単なものでしたら、川の底をさらって網で濾したり……」
「あ、砂金とかそうやってとるよね!」
ロゼが声を上げる。確かにそうだよな。あれも採集と言えば採集か。
「そうです、ロゼちゃん。大掛かりになってくると、露天掘りといって山の表面を掘ったり、坑道を作って土砂ごと外に出して鉱物をさらうのですが……。そうなると、大事なのは水の排出なんです」
「水? ああ、地下水ってことか」
地面を掘ればそりゃ水がでるよな。井戸だってそうだ。
「その土砂や水に毒が混じっていることがあるんです。それが川などに流出すると人体に影響が出てしまいます」
「土砂……な。そこからの水か」
ちょっと驚く。鉱山といえばガスの印象があるが、川や土も気にしないといけないんだな。
「ミース線というのは、重金属が人体に入った時に現れる特徴的なサインです」
シトエンは熱を込める。
「発症者は、診療所に入ると回復します。井戸水を使うからです。つまり、自宅にいて鉱毒が混じった生活水を使用したために人体に影響がでたのではないでしょうか」
シトエンの説明に、俺はううううむ、とうなる。
「そうなると、鉱山や川、流水域なんかの地図が必要になってくるな」
「領主館には絶対あるでしょうから、予定よりちょっと早いですがブランベルト領主のところに移動しますか?」
ラウルが言う。
まあ、このあと情報交換や宿泊の関係で領主館には行くから……。予定を早めても大丈夫だろう。それに警備の観点からいえば、領主館のほうが手厚いんだよな。領主が自分の騎士団を配置してくれているから。
「シトエン」
「はい」
「今日のところはもう診療所から離れても大丈夫か?」
「はい。情報の整理はできましたし、さきほどお伝えした通り、患者さんは回復傾向にありますから。いまのところは大丈夫だと思います」
シトエンの返事を聞いて、モネロゼに視線を移動させる。こちらも移動については準備万端のようだ。この姉妹、馬の扱いもうまいからな。機動力もあって、ほんと理想的な護衛なんだよ。
「っていうか、そっちは平気なの? 移動に手間どらないでよ」
「あ、そだ。狙撃手、もうちょっとギリースーツ季節に寄せた方がいいんじゃない? なーんか違和感あったのよねぇ」
……歯に衣着せぬこの態度。……まあ、遠慮して何も言えないよりいいか。
「では移動を開始する」
俺は宣言した。




