11話 くしゃみ
「サリュ王子は、毎年冬の辺境警備ではこうやって焚火を囲んでいるんですか?」
「ん? ああ。団員と一緒に」
もうその記憶は、眼前の「シトエン聖火」によっておぼろげだが。
「いまでも涼しいぐらいですから……やはりすごく寒いのでしょうね」
俺はシトエンの隣に同じように尻をつけて座る。手持ち無沙汰なので、枯れ枝を持ってシトエンのようにぶらぶら振った。
「寒いというかもう、痛いな。吹雪くと目の前真っ白になるし」
「そんなに雪が?」
「基本、ずっと雪。積雪も深いから怖いんだよな。足の下にちゃんと道があるかどうか、とか」
そういえば一度、ラウルが滑落したこともあったな。
「その……すみません」
あの時は大変だった、としみじみ思い返していたら、急にシトエンに謝られるからびっくりする。
視線を向けると、さっきまでにこにこしていたのに、彼女はしょぼんとした表情で肩を落としていた。
「え、なにが」
「冬の辺境警備です。今年は他の騎士団にお願いした、とか」
「ああ……いや、別にシトエンが謝ることじゃないだろう?」
「でもわたしのことがあるからですよね。家令さんや執事さんから、辺境警備だけでなく公爵領の見回りでもあるとお聞きしました。そんな重要な任務なのに……」
「いやいや。シトエンを守ることも大事な任務……というか」
俺はずん、と胸を張る。
「夫として大事なことだから! シトエンが気に病むことはないよ」
それでもまだ眉尻を下げているので、俺は彼女の顔を覗き込む。
「冬までまだ間がある。それまでにシトエンを狙うやつらを一網打尽できたら、ちゃんと辺境警備に行く。それならいいだろう?」
しばらく紫色の瞳で俺を見つめていたけれど、彼女はようやく表情をやわらげてうなずいてくれた。
「でも、くれぐれも危ないことは……」
「大丈夫。俺だけじゃなく、騎士団のみんなもいるし。それにほら、アリオス王太子も手伝ってくれているしな」
「あ。お手紙がきた、とおっしゃっていましたね」
「そうなんだ。シトエンの命を狙うやつらが徐々にわかりつつある。気休めじゃなく、本気で冬までに片が付くかもしれん」
「そうですか」
シトエンは肩の力を抜き、それから手に持っていた小枝を火にくべた。ぱちり、とその下にあった枝が爆ぜて炎を揺らめかせた。がさりと火が崩れたので、さりげなさを装って、手に持っていた枝を俺も投入。これでまだしばらく火は安定するだろう。
「そういえば、今日、母から品物が届いたんです。ブラックベリーのジャムとオレンジでした。もうそんな時期なんですね」
懐かしそうに言う。オレンジはわかるが、ブラックベリーのジャムか……。食ったことないな。
「シトエンの好物?」
「小さいころ、よく食べていました。ブラックベリーは染色にも使えるんですよ? とってもきれいな紫色に染まります」
「へぇ」
「手紙は添えられていませんでしたが、たぶん、私の誕生日プレゼントのつもりなんでしょう。ブラックベリーのジャムなんて……子どものときの話なのに」
少し照れくさそうにシトエンが言うのを見て、「う」と呻きたくなった。
そうだ。
誕生日プレゼント……。
結局まだなんの案もない……。
いや、菓子か花かと思っていたもんだから……。
だってシトエンが好きなものといえば、そうじゃないか? ロゼとラウルには別のものの方がいいんじゃないか、って言われたけど……。実際、こうやって姑殿も送ってくるわけだし……。
そんなことを考えていたら、隣に座るシトエンがくしゃみをした。
それが「はくちゅっ」って。
はくちゅっ……って。
嫁はくしゃみも可愛いのか――――――!!!!!
「す、すみません」
とか言って顔を赤くしてるけど、なにを謝ることがあろうや、いやない!
聞いたか、おい! どうせその辺で耳を澄ましているんだろう、団員たちよ!
俺の嫁のくしゃみの可愛いこと!!!!!
お前たちの「はっくしょんどっこいしょお!」というセリフだかなんだかわかんねぇやつとか「うぇっくしょおおおん!」というなんかもういろんなものをまき散らしそうなものとは全然違うんだよ!




