10話 焚火
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母上たちのお茶会から一週間後の夜。
俺とシトエンは屋敷の庭にいた。
「待っててくださいね、もう少し火力をあげますから」
シトエンはそう宣言すると、枯れ枝を手にした。焚火用のやつで、昼間俺と団員で集めてきたやつ。
シトエンは本当についさっき、ようやく火打石から種火を作り、なんとか小枝に着火させることに成功したところだ。
『焚き火をしてみたいのですが、こう火打石を使って』
タニア王国の謝罪式の帰り、暗殺集団の仕業により国境抜けができず、野営になったことがあった。その時に、シトエンが言ったことがある。マシュマロを焼いて食べてみたいのだとか。
結局その後、暗殺集団に襲われたり、モネが服毒自殺未遂をしたりしてうやむやになってしまった。
シトエンは現在、警備の関係で行動を制限される生活をしている。
俺自身はこれでいいんだと思っていたけど……。シトエンからすれば息苦しい生活だよな。
いや、たぶんシトエンに尋ねたら「そんなことありません。わたしは楽しく暮らしています」と答えると思う。
シトエン、我慢するからなぁ……。
モネの忠告のこともあるから、外交関係の仕事からは外しているんだけど、宮廷侍医団との打ち合わせも結構頻繁で、相変わらず日程は詰まっている。
もっとシトエンにのびのび暮らしてもらいたい。
そんなことを考えて思い出したのが、この「たき火でマシュマロ」だった。
『シトエン。庭にテントを張って、たき火でマシュマロ焼かないか?』
昨日の夕飯どきにそう提案したら、ものすごく喜んでくれた。
それで、俺の団員たちと朝からテントや薪、枯れ枝の準備をしたのだ。
シトエンはワクワクしながら日が暮れるのを待ち、いつもとは違ってズボン姿で登場した。
空気を読んだのか、イートンは席を外し、モネとロゼは俺の団員たちと一緒に遠巻きに警護をしてくれている。
で、俺はシトエンに火打石の使い方とか、火口の作り方とかを教えた。
シトエンは真面目な顔で聞いて、こくこくと何度もうなずくから、その可愛さに耐えるために俺は小休止を挟まねばならなかった。
で。
意気揚々とシトエンは火打石を手にして「いざ!」とばかりに始めるのだけど。
……見ていて、何度手を出したくなったことか……。
ついでに言うなら、心の中ではいろいろ大声を上げた。
『ナイフ! シトエン、ナイフは下向けて! 上向けて使ったら刃が……そう! そうして! それで……フェザースティックを……、って、あぶな―――――い!!!!』
『シトエンっ! 火打石から、ほら、もう火がうつったよ⁉ いま、ふうふうしないと火が消え……消えた……』とか。
『あわわわわ! その枝は大きい! そんなのそこに乗せたら火が……消えた』とか。
『シトエン、その小枝の組み方じゃ崩れ……消えた』
ということを繰り返し、さっきようやく火が安定したところだ。
さすがにシトエンが指を切り落としそうなときは声が出た。
「シトエン、フェザースティックは今度作ろう! 今日は麻紐をほぐしてそれに火をうつそうか!」と、はからずも口出しをしてしまった。反省だ……。
俺自身、失神していたからあれだが……シトエン、メスさばきも素晴らしく俺の足を治療してくれたって聞いたんだけど……。メスとナイフは違うのか?
「これ、少し長いですね。折りましょう」
ナイフとメスの違いについて考えていたら、シトエンが長めの枯れ枝を両手に持って立ち上がった。確かに、火にくべるには長すぎる。
そうしてシトエンは枝の両端を持って、ぐいんと折ろうとするのだけど……。
「う……く、くくくく」
一生懸命力を込めているようなのだけど、声に反して枝は全然曲がっていない。
が、がんばれ、シトエン!
「ちょっと待ってくださいね。すぐ、折ります!」
ふう、と一旦休憩を入れて言うシトエン。
そうして再び、「うぐぐぐぐぐ」と言いながら枝を曲げる。
くそ! 俺としたことがっ! なぜ、長めの枝すべてに、折れやすくするための切れ目をいれておかなかったのか!
そんなことを悔やんでいたら、なんか視線を感じる。
はっ! 賊か⁉ と振り返ると。
庭木の陰から団員たちが小声で「シトエン妃、がんばれ!」と声援を送っていた……。
ついでに「団長、なんで切れ目いれてないかなぁ!」と言われる始末。
「あ!」
シトエンが声を上げる。続いて、ぽきんっ、と枝が折れた。
「おお、シトエン!」
すごい、と続けようとしたらいくつもの拍手が起こる。
いや、おかしいだろ、お前ら! 護衛に徹しろ!
だけどシトエンは嬉しそうに植え込みに向かって「ありがとうございます」と頭を下げた。
なんていい娘なんだ……。
「これを焚火にいれたら、もう火は安定しますか?」
シトエンは折った枝をそっと火にくべながら俺を見る。
「大丈夫。あと数本いれたらいけるよ」
「よかった。大成功ですね」
シトエンは地面にお尻をつけて座り、両膝をかかえる姿勢で俺を見上げ、笑う。
その白い頬が焚火の橙色に照らされて。
………くっそ可愛い。
今までの「焚火を囲んだ記憶」がすべて消し去り、眼前の光景だけが記憶されそうだ。
聖火?
そうかもしれん! シトエンが熾したこの火は聖火として代々我が屋敷に残しておかねばならん! もはや聖遺物!!!! 炭さえ保存しよう! マシュマロなんぞ焼いている場合ではないぞ!
「ふふ」
脳内で、焚火の何をどこにどう保存するか考えていたら、ふとシトエンの笑い声が聞こえた。
「ん?」
俺が問うと、シトエンは枯れ枝を小さく振りながら俺を見る。
「サリュ王子と一緒だから楽しいです」
俺も楽しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
今からでも王都の教会に行き、意味もなく鐘をガンガンつきながら、「俺は世界一の幸せ者だ――――」と叫びたいぐらいだ!!!!!




