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黄昏時ノ探偵  作者: きのこシチュー
20/20

午の四つ 人喰イマヨヰガ

 

 §



『ど、どうしてここにいる、って、わかったの…?』

憂流迦(うるか)の能力は誰にも破けないのに!』


 二つの人型は、まだ幼い少女と少年のように見えた。

 一人はハクセキレイを思わせる小柄で愛らしい姿をしており、怯えた顔で美桜を見上げており、一人は狼の耳と尻尾が着いた子で、白い短髪の髪を揺らし美桜を睨みつけている。

 月夜は荒らした物をテキトーに投げ捨て、少し離れた位置に居た二人の人型を見つめ、安堵のため息をもらしていた。


「いやぁ、さっき声が漏れてたので…」

『う、嘘だ!そんなんでバレるはずが』

『まさか、あなた…心の声をよむようかいの…サトリ、なの…?!』

「いえ違いますけど」

「というか、普通に喋ったよね、君たち」

『え、あ、ちが!』

『そもそも憂流迦(うるか)の能力なら、()()()()()()()()()()はず!おかしい!』


 喚き睨みつける白狼と、泣き出しそうな上目遣いでこちらを見上げる小鳥を見て、3人は揃って困り顔を浮かべる。

 そんな幼女たちを宥めるように、月夜はそっと二人の頭を撫でる。


「そうね、今までだったらそうだったかもね。でも、貴女たちは能力の制御を望んだ。デメリット…いえ、病気だと思って、治しに来た。だから貴女たちは彼らに暴かれたの。わかる?」

『………』

「…能力の暴走って、天狗にもあるんですね」

「いいえ。彼女はね、元々天狗じゃなかったのよ。ただの人間の子供。能力のせいで親に認識されず、名前も付けられずに死んでしまった子」

「え。なんだそれ、認識されないとかそんな事あるのか?末原じゃあるまいし」

「え、末原さんってそういう能力持ってるんですか?!というか、能力者だったんですね?!」

「そうだぞ、だから影が薄いんだぞ」

「だから幽霊部員なんですね?!」

「関係あるかしら、それ…」

「無いと思うよ…」


 気更来くんって変なところで頭が悪くなるな…と夜長は嘆息する。

 逸れた話を戻す為に、月夜は態とらしく咳払いをする。


「ええと、少し話が逸れたけど…彼女の能力は『気配や存在どころか声さえも、そこにあると認識させない』能力…つまり、相手の脳に作用する能力なの。そこには誰もいない、と誤認させる能力。だから、生まれた時から彼女の姿は母親に見えなかったんじゃないかしら」

「母親は虚無を産んだんですね…」

『…ちがう。ちがうの。お母さん、たまにうるかのこと、見えてた。でも、ゆうれいだと、思ってて…だからうるかのこと、わからなかった』

「そもそも、どうやって育ったんですか?見えなくて、幽霊だとも思われてたのなら、母乳も貰えなくてすぐに死んでしまうと思うんですが」

「あ、確かに…」

『……?ぼにゅう?』

『………』


 母乳という言葉を聞いても、意味を理解していない小鳥と、一層美桜を睨みつける白狼。それを見てか、心の声が聞こえたのか、美桜は何かに気づいたようだった。


「というか、今時人の霊が天狗になる事例ってあるんだね。天狗って烏や狼、修験者なんかが死なずに成るものが主流だと思ってたけど」

「そうねぇ…言われてみれば」

『………』

『う、うるかはてんぐ…かわてんぐ?だよ…?』

「…白狼さん、何か知ってますよね?」

『………』

『ひわた…?う、うるかはてんぐ、だよね?だから、“なかま”なんだよね?』

『…そうだ。神ノ川憂流迦(かんのがわうるか)は、天狗』

「ではないです。白狼さん、そろそろ嘘はやめてください。そして真実を。でないと那智さんに言いつけますよ?」

『!!』

「那智くん…?あ、さっき那智くんの名前にびっくりしてたのは君だったのか」


 先程まで美桜を睨みつけていたその顔は、いつの間にかばつの悪そうな顔になっていた。そっぽを向き、苦虫を噛み潰したような表情の白狼に、美桜は黙ってヘッドホンを装着した。その動作に何の意味があるのだろう?心の声は聞かないという事だろうか?とアルトは少し不思議に思った。


『……お前、やっぱりサト』

「違いますから。あと私の事はどうでもいいでしょう?…貴方も天狗であると言うのなら、早く本性を表したらどうです?」

「………」

『それって…ひわた、もしかしてうるかのこと…本当は食べ』

『違う!!』


 ひわた、と呼ばれた白狼天狗は、今までよりももっと大きな声で怒鳴りつける。

 その声に誰もが驚きを見せたが、美桜だけは真剣な眼差しを崩す事は無かった。


『ぼくは、君を食べたりなんかしない!ぼくは誰にも見つけてもらえない君が可哀想だと思ったから!だから()()()()()()()()()()()って思っただけなの!!』

「本当ですか?」

『ほ、本当だよ!!幽霊から火の妖怪になっても、結局誰にも見られなくて、()()()()()()()()()()()()()()のが可哀想だと思ったんだ!!だから、天狗になればいいって!!神様にお願いしたんだ!!』

「…そもそも何故、誰をもの認識を変えてしまう彼女の事を貴方は分かったのです?」

『……僕は神様の遣いで、神様だけは彼女の事を認識できて…それで…神様の力で、見えるようになって…その…そこから、彼女の事を知ったんだ。憂流迦(うるか)は、全然喋らなかった。本当に、人間の赤ちゃんのようだったよ』

「………」


 懐かしげに喋る白狼を、美桜は訝しげに見つめる。その眼差しはどこか、白狼の話を信じ切っていないように感じられる。

 そんな美桜を見て夜長は(僕が「マヨイガを救う」と言った時もそうだったけど…気更来くんって割と妖怪に対して疑い深い?)と直感する。


『神様は天狗になる前の憂流迦(うるか)の事を「人間の霊が()()()()になった」と言ってた。神様は本当は食べるつもりで捕まえたんだって。でも、意思のない物を食べるのは気が引けるって…で、ぼくにくれたんだ』

「………」

『…だから、ぼくは憂流迦(うるか)って名前をつけて、いっぱい話して、言葉を教えて、友達になったんだ!でも、言葉を覚えても、相変わらず…憂流迦はぼくや神様以外の誰にも見えなくてさ。那智さんには幻覚だって言われて大天狗様にも…。だから、いっそ憂流迦も天狗になっちゃえば、みんなに見てもらえるのかなって』

「………」

「でもダメだったから私の元に来たのね。たまには人里離れた山にも来てみるものね〜」

「姉さんはなんなの…?旅人なの…?」

「まあそうね。世直しの旅…みたいな?」

「みたいな?じゃないよ。いくら吸血鬼で死ににくいって言っても、死ぬ時は死ぬんだよ?たまには人里に帰ってきてくれてもいいじゃないか」

「あら月飛、私がそばに居なくて寂しかったの?可愛い弟ね〜」

「単純に心配なだけだよ。変なところでのたれ死んでたらたまったものじゃないし」

「ツンデレさんね〜ウフフ」

「ウフフじゃないよ」


 自然に始まった姉弟の漫才(?)に、アルトは「仲のいい姉弟だな」と感心しつつ、「夜長ってそういうとこあるよな〜!興味ない風な態度のわりに心配性、的な!」と月夜と一緒になってからかいに行く。

「そういうんじゃないから。あと椿紅くんに関しては呆れてるだけだからね?」

「またまた〜そう言って!照れ隠しなんでしょ?」

「そうだぞ夜長!素直になれよ!!」

「お姉ちゃん嬉しいわ〜、月飛が感情豊かになってくれて!」

「う、うるさいなぁ…」

 という掛け合いが続き、最終的に夜長を照れさせる事に成功したのであった。


「……はあ。…まあ、信用した訳じゃ無いですが。もうそういう事にしておきましょう。話が停滞し過ぎです」

『へっ?』

『え…?』

「ですが、少し疑問が。憂流迦さんは『ふらり火』という別の妖怪だったんですよね?それをたった一人の願いだけで、天狗に生まれ変わらせる事って出来るんですか?」

『え、ええと…?』


 美桜の質問に、理解が及ばず首を傾げつつ慌てる白狼天狗。そこに助け舟を出したのは、夜長であった。


「うーん…難しい問題だけど…たぶん、想いの強さが問題なんだと思う。気更来くんは、この怪異——『人喰いマヨイガ』を作ったのは、()()()人間だと知っているから出た疑問だと思うんだけど…」

「…夜長さんがそう言ったんですよ?」

「そうなんだけど、違うんだ。マヨイガを【人を喰らう怪物】とする為には、『悪意』が必要になる。たった一人の悪意だけだと足り…る事も場合によってはあるかもだけど、大勢の『悪意』や『恐怖心』、『知識』や『好奇心』を使う事で、たった一人の『それ』だけでは完成しない、肥大化した【恐怖の噂】となれるんだ。でも、白狼少年が願ったのは《彼女が認識される事》、そしてそれによる《彼女の幸せ》。この二つは『(ねが)い』のベクトルが逆なんだ。ほら、言霊(ことだま)って言うじゃないか。言葉にしてると本当になる…みたいな。それと似たようなものだよ」

「………」


 そこまで説明されてもなお、美桜は納得のいってないようだった。彼は小声で「私の言霊は実現した事ありませんけど」と悪態をつく。

 夜長には何が納得できないのか分からず、肩をすくめお手上げの表情を浮かべる。


「…まあ、美桜くんにも考えや信念があるから、納得できないのも無理ないわ。私も月飛の言ってる事、半分しか理解できてないもの」

「私もだ!何を言ってるのかさっぱりだ!!」

「二人は興味ないから思考停止してるだけでしょ…」

「そうとも言うわね!」「そうとも言うな!!」

「仲良いね…?まあいいけど。…そういえば姉さんと天狗くんたちはここで出会ったの?」

『えっと、ここの外で出会って、それで…』


 未だ納得していないような表情の美桜を置いて、夜長は話を別の物へと切り替える。

 美桜は腕組みに膨れっ面で、その辺に雑に放り投げられた座布団に座り込んだ。夜長たちの会話に入る意思は無いようだ。夜長はそんな彼を見て「子供だなぁ…」と心の中で嘆息する。


『つくよさんが、うるかにきづいてくれたの…それで、うるかのみえなくなっちゃうのは、のうりょく?のせいだって』

「ふむふむ、ここではなく外で姉さんの能力を使ったんだね」

「そういや月夜の能力ってなんだ?能力の事を病気とか言ってた気がするが」

「姉さんの能力は基本的には回復能力だよ」

「え。それでどうして他人の能力を制御できるんだ?!」

「だから、()()なのよ。能力の暴走とか、自身で操れない能力を、病気や怪我と見做して、私が()()。だけど、他人の能力を消すとか直接能力への干渉はできないから、『制御』って形になっちゃうのよ。能力に関しては根本からは癒せないって事ね」

「なるほど…」

「それと、常に制御する為には、身につけられるなんらかの道具が必要になるの。その器具に『能力の発動条件』や『制御内容』を刻み込んで、“治癒”をする。そうすると、あら不思議!器具が制御装置になっちゃった〜!」


 子供に教えるように、わざとらしく月夜はアルトに説明をする。その様子を見て夜長は「流石に椿紅くんの事低く見過ぎでしょ…」と思ったが、当の本人はポン、と手を叩きながら「なるほど!よく分かった!!」と頷いており、「ああそうだ椿紅くんって単純思考だった」と夜長は考えを改めた。

 しかし、続くアルトの「もしかして、皐月の持ってるメガネも月夜の仕業か!」という閃きには、月夜は何も分からないといった表情をしており、夜長は哀愁のある無表情で黙り込んでしまった。

 アルトは「絶対そうだと思ったのにまさか違うのか?!」と、珍しく正解したと思ったのに裏切られた感を味わっていた。


「…この話は別の機会にしよう。それで、ここの外で能力制御をしてもらって、その後どうして此処へ?」

『ええと…その、突然現れる廃屋の話題になって…それで…その……』

「その?」

『近くにそれっぽいのがあるから、ぼくは憂流迦と一緒に帰ろうと思ったんだけど…その…』

「…まさか」

『えっと、その…それで……あの……つくよさんが』

「ごめん待って大体予想ついた。姉さん、もしかして二人の話聞いて入りたくなったの???」

「そうね!面白そうだと思ったし!」

「なんでそう考えなしなの???バカなの???なんなの???死ぬの????」

「死なないわよ〜、毒ガスも全員吸ったけど死んでないし」

「そ う い う 意 味 じ ゃ な い」

「あらあら〜、月飛ったらお顔が怖いわよ〜!笑顔笑顔!」

「こっちは怒ってるんですけど????てゆか毒ガス吸ったって事は、もしかしてそれで出られなくなったの???バカ????」

「んも〜、そこまで言わなくてもいいじゃな〜い!私も天狗ちゃん達も知らなかったんだから〜」


 自然と始まった姉弟喧嘩に、アルトは「ホント仲良しだな」と微笑ましく思ったが、天狗二人は喧嘩の原因を作ってしまったと思いアワアワしていた。その様子もアルトは微笑ましく思った。



 §



「待て待て待て。なんだこの文章!なんでこれが『受け入れられない』で通ったの?!」

「う、うるさいですね…これにはちゃんと意図がありますから」


 投稿された文を見て、皐月は目を丸くする。こんな馬鹿げた説で、人々を納得させられるとは到底思えない、と言いたげに、疑惑の目を末原へと向け、喚く。


 それに呼応するように、掲示板でも次々に疑惑の声が上がっていく。



 ―――――――――――――――


189:名無しさん

はい?


190:名無しさん

突然どうした


191:名無しさん

いきなり主張を変えたな


192:名無しさん

荒らし?


193:名無しさん

つまり何が言いたいん?


194:名無しさん

さっきの時点で既に現実味無かったけど、遂におかしくなったか

荒らしは消えて、どうぞ。


195:名無しさん

なるほど、イキってる痛い厨二病か


196:名無しさん

イッチ戻ってこい


 ―――――――――――――――


「…これどうするんだ?かつてないほど荒れ始めたが」

「………祈るしか、ないです…」

「自信無いのかよ…」


 かつてないほど燃えるコメントがかなりショックだったのか、末原は明らかに憔悴していた。(メンタル弱いな…まさか幽霊部員になったのって…)と皐月は変に推理をして、哀れみの目を末原に向けた。

 そして、皐月は空になったカップとポットを持って、キッチンへ向かった。


 しかし、二人の心配とは裏腹に、スレッドは流れを変え始める。


 ―――――――――――――――


197:名無しさん

アレでも、このスレって既に三つ目だよな

なのにイッチ、いつまで経っても帰ってきてないよな

アレ…まさか……案外的を射ているのか…?


198:名無しさん

イッチっていつ消えたんだっけ?


199:名無しさん

>>198

確か一つ目のスレの途中

盛り上がってきた時に抜けて、「今抜けんのかよ」って言った覚えがある


200:名無しさん

イッチが妖怪か否かは置いといて、確かにずっと出てこないのはキナ臭いな…


201:名無しさん

>>200

ところできな臭いのきなって


202:名無しさん

>>201

今そういうのいらない


203:名無しさん

もしかしてこのleafとかいう奴、遠回しになんかのこれとは別の事件を暴いたから俺らに教えてたりすんのか…?


204:名無しさん

>>201

きな粉だろ


205:名無しさん

>>203

遠回しすぎん?でも否定はしない

あり得そう


206:名無しさん

>>203

イッチがなんらかの事件の犯人だっていう事?

有り得そうな話ではあるけど、じゃあどうして全国各地で起きたの?


207:名無しさん

>>206

だから妖怪なんだろ

知らんけど


208:名無しさん

なーんか全国各地って点がネックだよなぁ

犯人に対する納得できるアンサーが「妖怪」っていう、現実的に苦しい事を言うしかなくなる

だから皆このマヨイガの所為にする

leafの説も結局犯人が人型になっただけで、妖怪というところからは抜け出せていない


 ―――――――――――――――


「鋭い方がいますね…!そう、そこなのです!」

「…何一人でブツブツ言ってんだ?」


 パソコンに向かい、ニヤニヤ笑いながらブツブツと独り言を呟く末原に少し引きながら、皐月は末原の横に座る。カップに紅茶を注ぎながら、皐月も末原のパソコンを覗き込む。

 まさか話題が途切れず、そのまま続くとは思ってもいなかった為、皐月は思わずポットを落としてしまう。

 パリーン、と鋭い音が部屋に響く。


「ちょ、何してるんすか…」

「ごめんごめん。ちょっと流石に予想外過ぎてね…つい…」

「…まあ気持ちは分からなくもないですが。でもパソコンにかかったら大変なんで、次からはちゃんと液体類は置いてから見てくださいね」

「はーい」


 (あれ?僕教師だよな?てか次あるんか?)と心の中でツッコミつつ、皐月は末原に先程ぽっと浮かんだ疑問をぶつける。割れたポットを片付けながら。


「ところで通信機って今どうなってるんだ?」

「ああ、夜長さんたちですか?まあなんかあったみたいですが、こちらから口を挟む事でも無いので、放置してましたね」

「まあ夜長の声しか聞こえないんだもんな。状況の把握も難しいよな…」

「そうですね…あ、でも姉さんって言ってたんで、マヨイガに穂含月夜さん?が居たみたいですね。それだけ言っておきます」

「……そっか」


 カチャカチャと音を立てながら、皐月は割れたそれをばら撒かれていた新聞紙に包む。そして雑巾と掃除機を持ってきて、まず散らばった液体を雑巾で拭き取る。

 末原が最後に付け足したそれに、なんでもないようなフリをしながら。それがフリだと分かりつつ、末原も気づいていないフリをする。


「…じゃ、スレッドの様子を見ながら、いい感じのところで次の攻撃に向かいます。片付け終わったら準備、お願いします」

「了解」


 ある程度の液体を拭き取ったところで、拾いきれなかったポットの破片を掃除機で吸い取り始める。その音を聞きながら、末原はじっと流れていく文字を見つめていた。


 ―――――――――――――――


209:名無しさん

全国各地なぁ…しかしなんでみんな家の近くの山に行ったんだろうな

イッチはちゃんとS県A区の山っつってたのにさ


210:名無しさん

確かにな

普通確認ならおんなじとこ行くよな


211:名無しさん

あっれれー、おっかしいぞぉ


212:名無しさん

雲行きが怪しくなってきましたね…


213:名無しさん

そういやイッチはハッキリと「この山行った」とは言ってないんだよな…俺たちが知流岩(ちるいわ)じゃね?って言ってただけで

まあだからなんだって話だが


214:名無しさん

1が妖怪の線出てきた…?!


215:名無し

>>209

全国各地は『似た事象を経験した』という経験談によるもの。我々が「それもイッチと同じやつじゃね?」と言ったが為に、人喰いの化け物と化したマヨイガ。

何もおかしいところはない。


216:名無しさん

>>215

そういやそんな話もあったな

そうそう会えるもんじゃないのに、みんなマヨイガに遭遇しすぎだろとは思ったが


217:名無しさん

>>216

全部が全部マヨイガじゃないんじゃね?

それこそ山の神の悪戯とかさ

神社で財布落として、森の中の廃屋に入ったけど無くて、で、実際は境内んとこに置いてあったヤツとかさ

名ありが言ってた「実は神様の家だった」ってパターンもあり得るかも


218:名無しさん

>>217

それもそれで面白いな

神様が悪戯好きっていうのも解釈一致だし

ちな解釈のソースは俺


219:名無しさん

全国各地で行方不明者=全部このマヨイガの所為だ!となるのは確かによくよく考えたらおかしい

更に言えば全国各地で人を喰うマヨイガが発生してるのもまたおかしい

発祥は『S県A区の山』だったのに

キサラギ駅とか月ノ宮駅は大体場所が同じだったのに、ここまでバラバラなのは変だ

名ありはそれを教えてくれたのか?


220:名無しさん

>>219

遠回しスギィ!!


221:名無しさん

ようわからんが、つまり1がおかしいという事でおk?


 ―――――――――――――――


「よーし末原ー、片付け終わったぞー」

「ではやりますか。こちらもいい感じに土俵が整いました」

「おお、それは良かった。じゃ、メガネかーけよっと」


 ゴミを不燃ゴミの箱へ捨て、雑巾を絞り、洗い、掃除機を仕舞って、皐月は末原の元へ戻ってきた。

 彼はメガネをかけ、喉を鳴らして整える。


「…これで決まればいいですが」


 しかし、末原は少し懸念していた。

 先程から軌道を修正するように現れる『名無し』という存在。この匿名掲示板では、名前欄に何も書き込まなければ、デフォルト名の『名無し()()』となる。しかし、『()()()』となっている以上、彼(彼女?)はこちらと同じように“名あり”であり、こちらと同じようになんらかの意思や意図があって、こちらの思惑を邪魔してくるのだろう。そう末原は推理する。

 また邪魔されるのだろうか。いや、されるだろう。相手はきっと、この“噂のマヨイガ”を失いたくないのだろうから。

 だけど、賭けるしかない。もう材料は無くなった。これが、最後。

 末原は一度小さく深呼吸をし、覚悟を決める。


「……では、行きますよ。3、2、1」

「『人喰いマヨイガは、存在する!!』」



 §



 はあ、と一つため息を吐き、夜長は気を取り直す。未だ彼の姉はクスクスと楽しそうに笑っているが、彼はもう追及するのを辞めたらしい。


「…そういえば、此処には君たち以外に人は来てないのかい?」

『ぼくたち以外の人…?』

『ここって、ひとがくるところ、なんですか?こわいところじゃ、ないんですか?』

「うーん…人間ってみんな好奇心旺盛だからね。そこにいるお姉さんみたいに」

「うふふ〜」

『いや、ぼくたちが来た時から貴方達が来るまでずっと、誰にも会ってないよ』

『うん…ひとの()()()は…しない、よ……も、もしかして、たべられちゃった…?!』

『そ、そんな事言うなよ憂流迦!!!つ、次はぼくたちが食べられちゃうかもしれないだろ!!』

『えっ…!やだ、そんなの、やだよ…!!』

「二人とも落ち着いて。…気更来くん、一つ頼んでもいい…かな?」

「………」


 ずっと座布団に座り、我関せずという態度でむくれていた美桜へ、夜長はそっと近づく。美桜はそんな夜長を横目でチラと見たかと思えば、すぐにプイ、と元の位置に顔を戻してしまった。

 夜長が美桜の隣に座っても、彼は不機嫌そうな顔で夜長を意図的に無視し続けた。


「……気更来くん。君は、何がそんなに引っかかっているんだい?僕には何も分からないのだけど。…何か、あったのかい?僕たち妖怪との間に」

「…………」

「…答えたく、ないのかい?言えないほど酷い事を、過去、妖怪にされたのかい?」

「…………」

「…………」


 何を質問しても、返ってくるのは無言。夜長はそれでも、彼の顔を見つめ続けた。そうすれば、答えが出るかもしれないと、そう思ったから。

 しかし、返ってくるのは無言だけ。ただただ重い沈黙が部屋に広がっていく。

 空気に耐えきれなくなったアルトが、無言に真顔で、二人の肩を掴み、無理矢理間を割って入る。


「あのさ、夜長。とりあえず要件言えよ。何頼もうと思ってんだ、お前は」

「え、いや…能力使って誰か居ないか探ってもらおうかと…」

「はぁ?馬鹿かお前。さっきまでヘッドホン外してたじゃん。それで何も言わなかったんだから誰もいないだろ。てか能力使いたくないから制御してんのに、無理矢理やらせようとするのはやめろよ」

「いや別に無理矢理じゃないけど…まあいいよ、アルトがそう言うのならやめよう」

「………」

「でもそれはそうとお前が怒ってる理由は気になるけどな!お腹でも空いてるのか?」


 叱るようなトーンで夜長と向き合っていたアルトが、いつもと同じテンションで美桜の方へ振り返る。すぐにそっぽを向こうとする彼を、そうはさせぬと咄嗟に顎をガッと掴み、アルトは彼の顔を自分の顔が見える位置に固定した。

 いかにも不機嫌そうな顔でアルトを睨んでいたが、遂に彼はため息と共に口を開いた。


「……どうして言わなきゃいけないんですか」

「?気になるからだぞ。私はお前と違って、言われなきゃ分からないんだ。まあ言われても理解できるかは分からないけどな!」

「なんなんですか貴女は…」

「てかお前が居ないと会話が成り立たないんだよ。お前だって帰りたいだろ。なのに仲間外れにするのはなんか変だろ。早く仲直りして早く会話に戻れ」

「……別に、喧嘩してませんけど」

「してるだろ。態度が。」

「………」


 そこで初めて、美桜はちゃんとアルトの顔を見た。その後ろにいる、湿っぽい顔の夜長の事も見た。横目で、彼の右側にいる月夜や、その奥でハラハラしている二人の天狗の事も見た。

 なんだか馬鹿らしくなって、彼は一つため息を吐くと、顎の手をそのままに、ぺちんと頬を叩く。

 アルトの「痛ッ!!」という悲鳴を無視して、美桜は立ち上がる。その顔は少し困っているが、笑っている。


「別に、妖怪に何かされた事はないですよ。ただ、私の予想が外れて、悔しかっただけです。憂流迦(うるか)さんが元人間だと分かった時、「きっと天狗だから、彼女を殺すつもりだったんだろう」と、そんな偏見で境鳥(さかえどり)さんを責めました。「妖怪は怖いもの・悪者」という偏見と先入観…そして正義感に囚われて、正解の『声』を聞こうともしませんでした。『私の考えは間違ってないはずだ』と思い込んで、意地張ってました。しかも「たった一人だけの想いで、ひとりの運命を変えられる」なんて、馬鹿げた奇跡を教えられて、正直…妬んじゃいました。だからです」

「……どうして、言う気になったんだい?」

「まあ、嫉妬してるの子供っぽいな〜って思ったら、なんか馬鹿らしく思えたので。あと帰りたいですしね!お腹もすきました!」

「…そっか」

「やっぱりミオも腹減ってたのか!私も腹減ったぞ!!」

「私はお腹は特に空いてないけど、喉は渇いたわね〜。人工血液とか、無い?」

「月夜さん、それ吸血鬼的に食事って言いません?」

「そうとも言うわね〜!」

『おさかなは?!ねえ、うるかのおさかなは?!』

『お、落ち着けって!ちゃんと神様が用意してるだろうから!…たぶん』

『やいていい?!』

憂流迦(うるか)は焼き魚派か!私は寿司派だぞ!!」

「いいですね、寿司!私も好きです!!」

「私は刺身の方が好きね〜、お醤油にちょんちょん付ける感じが好きよ〜」

「刺身も寿司も変わらないだろ!」

「あら何よ、そんな事言ったら寿司も焼き魚も変わらないじゃない」

「変わるだろ!!河原でキャンプなのか屋内で回転してるのかとか!!」

「はいそこ喧嘩しないでねー?あと出てもいないのに勝手に出た後のこと考えるのやめてもらえますー?」


 美桜の不機嫌から一変、カオスになってきた場を整える様に、夜長は手を叩く。

 今日の夕飯が寿司屋になる事を予感して、胃を痛め財布の中身を確認しつつ、彼は場をまとめるような通る声で、言葉を発する。


「じゃあ、一応この家を全部探索しつつ、帰る手段を考えよう。ご飯の話はその後ね」

「は〜い」「了解」「了解です!」


 それぞれがそれぞれの言葉で了承の言葉を返す。そんな中、二人の天狗だけは首を傾げていた。


『ねぇひわた、“すし”って、なぁに?』

『うーん…なんだろ、酢飯…?でも魚の話題で出てきたんだよな…』

『おさかな?やいていいおさかなさん?!』

『焼いていいかは分からんな…』

「炙りサーモンか?!炙りサーモンは美味いぞ!!」

「炙りチーズサーモンもいいですよ!!あと炙りマグロとかも最近ありますよね!!」

『あぶり…?』

『弱火の事だぞ』

『弱い火…?弱くても、おさかなさん、食べられるの…?』

「はいそこ、食べ物の話しない。あと回転寿司はこの人数じゃ入れません」

「入れない、じゃなくて、金が無いんだろ?」

「そうとも言う」


 言いながら、夜長はずかずかと家探しを始める。

 まずは掲示板にあった台所へ。掲示板と同じく冷蔵庫や棚を物色する。冷蔵庫には野菜や何かの肉、おひつに入ったご飯など、様々な物が入っている。棚には皿やガラスのコップなど、一括して普通の家庭にありそうなモノばかりが置いてある。

(ここの食べ物を食べて寝ると、食べてない人は出れて食べた人は行方不明になる不思議現象が起きる…んだっけ。僕は既にガス吸ってるし、どうせ出れないなら試してみようかな…)

 夜長は徐に冷蔵庫の中のおひつへ手を伸ばす。が、それを掴んで制したのは、月夜だった。


「ちょ、姉さん?!」

「だめよ〜、月飛。人様の家の物勝手に食べようとしちゃ」

「え…あ、そっか姉さんって掲示板読んでな」

「そうだぞ夜長!!いくら自分がお腹空いてるからって抜け駆け良くない!!私にも寄越せ!!」

「そーですよ!!てゆか色々言ってたくせに夜長さんもお腹空いてるんじゃないですか!!」

「ああもう煩いなぁ!!掲示板と同じ事試させてよ!!」

『ごはんは出てからって、うるか、きいたよ!!』

『そーだそーだ!!』

「天狗の二人まで…?!」

「それに、夜長一人だけ帰れなくなったら寂しいだろ!食うな!」

「いや既に帰れるか分からない身の上なんだけど…まあ、いいか。そこまで言うならやめておこう」


 そう言って、彼は冷蔵庫の扉を閉めた。

 自分が消えて寂しがる人が存在する、ということに、夜長は何とも言えない何処か「ふわっ」とするような気持ちになった。


 一行は“囲炉裏のある部屋”と繋がっている、別の部屋へ移動し、そこでも家探しを始める。このマヨイガには2階があるようなので、二手に分かれて探索すべきだと美桜は提案したが、「ここは噂のマヨイガだ。いつ何処で誰がどうやって消えるかもわからない状況で、離れるのは悪手だと思う」という夜長の意見に全員が同意し、6人でぞろぞろと移動する事になった。

 その部屋はどうやら寝室のようで、窓と何もない四畳の部屋と押し入れが存在している。押し入れには使った形跡のある敷布団と掛け布団がワンセット、ぽつんと置いてあった。

(…?一組だけ?)

 確か、掲示板には「囲炉裏の側に布団を敷く友達」と「布団に入って寝るフリをするスレ主」が書かれていたはず。まさか、二人で一人用の布団に入ったのか?!狭くね?!てか、仲良すぎでは?!!?!…などと、夜長は横道の逸れた事を考え始めた。悶々と何かを考える夜長を見て、美桜は(これ変な事考えてるな…)とヘッドホンを外さずに直感し、彼に冷めた視線を送った。


「なーんもないな」

「そうねぇ。窓の外も平凡な森の中だし…」

『お空がゆうやけだよ!おーまがとき?だよ!』

『おお、ホントだ。鱗雲が秋だなぁ』

『うろこぐも?』

『そ。お魚さんのキラキラした体——鱗みたいだから、鱗雲。秋にたっくさん浮かんでるもくもくだよ』

『じゃあ、やきおさかなさんの空なんだね!』

『そーだなぁ』

「…って事は今17時か18時くらいか」

「そうなるな。だからお腹空いたんだぞ?」

「なるほど腹時計。やはり体内時計は裏切りませんね!ご飯食べたい!!」

「早く飯!!」

「はいはい、じゃあ別の部屋行こうね」


 一組だけの布団の謎をそのままに、彼らはその部屋を後にした。

 来た道を戻りながら、物置、トイレ、洗面所、風呂場を覗き、二階へ向かう階段の前まで、彼らはやって来た。物置以外、誰かが使った形跡があり、風呂場に至っては少し湿っているといった具合であった。ちなみにトイレは昔ながらの和式ぼっとん便所であったが、風呂場はどちらかと言えば最近っぽい作りだった。

 一階から見上げる二階は暗く、何処かおどろおどろしく見えた。“何か”が居るのかもしれない、そう思うと何処か背筋が冷たくなるような感覚になった。


「…ここを、登るんですか?」

「登らなきゃ意味ないでしょ。鬼が出ても蛇が出ても、はたまた神様が出たとしても、この噂のマヨイガの全貌を知っておかなきゃ」

「…夜長さんって割と好奇心強いですよね」

「好奇心が無いと探偵…特に怪異探偵なんて、やれないけど?」

「まあ、私も人の事言えた立場じゃないんですけど。怖くても、こういうところが気になっちゃうのがサガと言いますか」

「分かるわ〜。隠されちゃうと気になっちゃうのよね〜。人間のサガ…というより業な気がするわ〜」

「私はその辺よく分からんが。まあみんなが行くなら行くぞ。戦闘なら任せとけ」

「あら頼もしい。私も、回復なら出来るわよ〜」

「まあこのパーティなら回復あんまり意味ないけどね…吸血鬼(死なない)二人と半吸血鬼(死ににくい)と天狗(基本死なない)二人だからね」

「あーッ、私の事忘れてますねー?!私は、私だけは、か弱い人・間ですからね!!回復は私に回してくださいね?!」


 まるでゲームのボス戦前のような雰囲気に、「なんだろう、この人たちゲーム感覚になってない…?」と少し不安になる夜長であった。


「…行こうか。二階」


 その声を合図に、6人の冒険パーティは、きしきし、みしみし、と音の鳴る階段を、登り始めた。



 §



 ―――――――――――――――


222:leaf

スレ主は友達と紅葉狩りなど行っていない。

怨恨か、金か。それこそ、食べ物の恨みか。理由はなんでもいい。

友達は、殺された。スレ主の手によって。

山奥に遺棄しようと、遺体を持って山へ入る。すると、古い屋敷が見えた。此処に遺棄しようと決め、殺人犯はその屋敷へ入った。何の変哲もない屋敷。電波の入らない事に気づいた彼は、一つの邪な考えが浮かんだ。

此処でなら、何をしても許されるのではないか?

そう思った彼は、電波の入る麓まで降り、噂を流した。人が来るように、あくまでも体験談として。

やって来た人間を、遍く殺す為に。


223:名無しさん

おっ新説ktkr


224:名無しさん

おおお、なるほどなぁ


225:名無し

全国の事件はどうなるんだ?


226:名無しさん

自分の殺した遺体のそばで新しい被害者を待つのか…中々スリルある事するな

まあ電波届かないなら警察呼べないし、麓に戻る前に殺せば犯罪はバレないな


227:名無しさん

人生にはスリルが無いとな


228:名無しさん

なんかそのうち祟られそう


229:名無しさん

>>225

全国の事件は無関係なんじゃね?


230:名無しさん

>>225

全国各地はおかしいってさっきまで話し合ってたの忘れたんか?


231:名無しさん

でもまあ確かに、何故この時期に行方不明者が全国各地で多く出てるんかの謎は解けんけどなぁ


232:名無しさん

>>231

それこそ祟り…?


233:名無しさん

>>232

実は今頃スレ主も友達の祟りで死んでて、まだ殺したりないからって全国各地でやらかしてたりして


334:名無しさん

>>233

悪いやっちゃなぁ…


 ―――――――――――――――


「これは…大丈夫、なのか…?」

「み、未来は決定されてますしぃ…?えと、その…確認なんですが、吐き気…とかは?」

「いや…特に無くすんなり言えた、が…?」

「じゃあ!大丈夫!!です!!!!」


 次々に更新されていく掲示板。それを眺めながら、祈るように言葉を発する末原と皐月。

 雲行きは怪しいが、掲示板の流れはもうマヨイガから「殺人鬼」へと離れている。もはや『マヨイガが人を喰っている』という前提は崩されている。


「これで夜長さんたちが帰ってくれば…!」

『末原くん!やったのかい?!』

「!夜長さん!大丈夫ですか、二階?はどうだったんですか?!」


 通信機から、久々にこちらへ向けての声が届く。末原が聞いたのは、彼らが二階へと向かう合図となった、あの言葉だ。つまり、夜長たちは二階へ登り始めたばかりである。


『それはこれから、だね。僕らはまだ階段を登ってる』

「あれ、そっか…二階に行こうって言ってたのついさっきか…」

『そだよ。まあでもそろそろ着きそうだけどね。ってちょっと大丈夫?』

「ど、どうしたんですか?!何が」

『いや、美桜くんがこけただけだよ…あ、でももうすぐ着きそう』

「ホントですか?!」



 §



「うん、あと一段先だね。二階は…廊下じゃなくて扉があるようだ」

「ですねー、不思議な作りしてますねぇ」

『扉、ですか…何があるんですかね?』

「鍵かかってないといいな!」

「そういうゲームありますよねー!鍵が無いからまた一階に戻って探して、それで敵に見つかってゲームオーバー、みたいな!」

「やめてそれ現実したら大変だから」

「でもまだ敵を見つけてないわよ〜?この状態で鍵探し、なんて、イージーモードじゃないの!そもそも、敵がいても月飛が破壊するし、怪我すれば私が回復するんだから、初めからチートモードよ!」

「ホントやめて、フラグにしか聞こえない」

『フラグ…?大丈夫ですよ!ほぼ決着してる…と思うので!』

「末原くんもやめてね??」

「ほら〜、月飛が言っていたじゃない。言霊よ、言霊!ほら貴方もポジティブ、ポジティブ!貴方がマイナス思考だとそっちに引っ張られるかもしれないじゃない?」

「うっ…それを言われると弱い…」


 古屋敷の階段のその上。そこには、すりガラスの覗き窓と鍵穴のあるノブが付いた、木製の扉があった。

 すりガラスの奥は暗く、電気の着いていない事がわかる。しかし、それ以上の事は突入してみなければ、何もわからない。

 夜長と美桜を最前列、天狗二人を最後尾に、一行は扉を前に会話する。


「まあ、突入してみない事には何も始まらないですし、フラグだなんだ言う前に開けちゃいましょう!」

「そうだな!!何が来ても迎撃すれば問題無いしな!!」

「まあそうなるか。此処にたむろしてもしょうがないしね」

『ね、ねぇ…!下が…!!』

『おい早く開けろ!!()()が来る!!』

「ふぁ?!」


 天狗二人の声に、思わず下を見降ろす。そこには、なんだかよくわからないが、遠近感を失う黒い何かが屋敷を塗り潰すようにこちらへと向かってきていた。

 フラグ回収はっっっっっや!!!と思いつつ、夜長は急いでドアノブに手をかけ、捻る。こんな状態なら鍵なんてかかってる訳ない!と思い、彼は全体重をかけて思っっっっいっきり開ける。

 勢いよく開いた扉に、夜長は床に体を打ち付け、起き上がろうとするが慌てて部屋に入る美桜、アルト、月夜に潰され、彼は床に伸びて動かなくなった。白狼天狗はその横を通り、川天狗は夜長を引っ張ろうとするが腕力が足りずその場に尻餅をつく。そうこうしているうちに、黒い何かはこちらに近づいてくる。


「おい何やってんだよ夜長!!死ぬぞ?!??!」

「そうですよ!!早く立ってください!!」

「じゃあなんで踏んだのさ…」

「あらあら〜、まるで漫画みたいにめり込んでるじゃないの〜。大丈夫かしら?」

「ねぇ早く起こして…前が見えない…」

『うぅ…このひと、おもい』

『少しは痩せろよなー、吸血鬼ー』

「吸血鬼だから太んないんだけどなぁ!!いいから早く助けて!!」


 もたもたとしているうちに、二階に上半身以外届いていない夜長は“黒”に呑まれ始める。痛みなどは無いらしく、既に辿り着いている5人は、呑まれ始めている事に気づけなかった。そして、遂に。


「あ、やばい吸い込まれる」

「え?!まずいじゃんか!!」

「もういいや、閉じちゃって」

「は!?何言って」

「早く。もたもたしてると全滅する」

「そ、そんな!」

「……わかったわ。みんな、二階を足早に捜索するわよ。美桜くんは左手に見える部屋、アルトちゃんは奥に見える部屋、天狗は」

『えぇ?!お前、人の心ないのか?!』

『ひわた…お姉さん、人じゃない、よ…?』

『そうだけど!!』

「いいから、早く行きなさい。天狗は私と一緒に右手に見える部屋に行きましょう」

「わ、かりました。何かあったら叫びます!」

「くそ、死ぬなよ夜長!」


 もうそこまで迫っている黒に、美桜とアルトは急いで指示の場所に向かう。指示を出した月夜は冷静な瞳と声で夜長を見下ろしていた。


「…()()()、月飛」

「うん、また」


 そう静かに言葉をかわして、月夜はそっと扉を閉じた。扉の外は真っ黒で何も見えなくなった。“黒”は扉を呑んでまで追ってくる様子はないようだった。





 月夜の入った部屋。


「…あら。先客が居たのね」


 冷たい声で呟く目線の先には、壁にぐったりと寄りかかる誰かが居た。

 しかし、その誰かは既に生き絶えてるらしく、乾いて茶色くなった血に塗れ、腐臭とまぐわっている。


『ひぇっ…ひ、ひわた!』

『うん…死んでる、な…臭い』


 怯える天狗をよそに、月夜は静かにその死骸へ近づいていく。そして、何も言わずに頭を叩いた。その一撃で、頭蓋はぐちゃりと音を立てて床に落ちた。

 天狗たちは、彼女が何をしたいのか分からずその場で震え上がった。


「ふぅん…いつから放置されてるのかしらね」


 そうボソリと呟くと、彼女は近くの押し入れを無造作に開く。何も無いことを確認して、彼女は押し入れを閉める。

 そして黒く染まった窓を見つめ、天狗たちの元へと帰ってくる。彼女は、今までの様子からは想像もつかないような、見たこともない凍りついた顔をしていた。


「行くわよ、二人とも。きっとアルトちゃんの行った奥の部屋が本命だわ」

『え…』

『お、おい待てよ!どうしちゃったんだよ?!』

「此処には何もないってだけよ。ほら早く行くわよ」

『…う、うん』


 終始氷のような対応をする彼女に怯えながらも、天狗二人は彼女へついていく。

 三人が部屋から出た途端、部屋は“黒”に塗りつぶされ、二度と扉を開けようとは思えなかった。





 美桜の入った部屋。

 そこには、ぽつん、と文机が置かれていた。その上には、彼にはとても見覚えのある、とある物が置かれていた。


「…なるほど。これが、打開の鍵ってわけですね」


 そう呟くと、ニヤリと微笑み、その机へと近づいていく。






「——せ、先生…どうしましょう…!」

「ど、どうした、何があった?!」

「夜長さんが…!」


 一方、末原と皐月の方はというと。


「夜長さんに何を話しかけても応答しないんです!めちゃくちゃ不穏な言葉だけ残して、それ以降何も!」

「なんて言ってたんだ?!」

「の、呑まれる、とか…「もたもたしてたら全滅する」とか…あ、でも最後に「また」って言ってました!」

「「また」…か。相手が居ただろうからハッキリとは言い切れないけど…夜長らしいな。アイツが最後に残す言葉としてはぴったりだ」


 そう言ってクスクス笑う皐月の顔に、末原はどこか懐かしんでるような、そんな感情を見出した。


「…先生は、夜長さんの事を信じてるんですね」

「勿論。だってもう十年は一緒に居るからね。きっと無事帰ってくるよ」


 そう言って、皐月は一口お茶を飲む。信頼の眼差しで、流れの変わった掲示板を見つめる。

 嗚呼、きっと。彼の言う通り、夜長さんは——マヨイガに行ったみんなは、大丈夫なのだろう。そんな、根拠のない自信が、皐月を見てると末原にも湧き上がって来た。

 落ち着いた表情で、末原も掲示板の方を見つめる。流れは変わったが、あと一手足りない。だけどきっと、彼らが帰ってきたら、どうにかなるのだろう——そんなとこまで、謎の自信が湧いてくる。

 待とう。我々にできる事は、きっとそれだけだ。そんな気持ちを胸に、二人は掲示板を見守る事にした。




 ・


 ・


 ・


 ↓




 …あれ、ここはどこだっけ。

 確か、さっきまでマヨイガの二階に行こうとしてて…それで、なんか遠近感の無い真っ黒い何かに呑まれて、それで——ん?あれ?


 僕、死んでないな?いや、死んだらどうなるか分からないから、生きてるのかすら分からないけど。

 前は黒くて何も見えないけど、この辺が自分の手とかこの辺が自分の足とかが分かるから、たぶん死んでない。いや待て『死んだら無になる』って前提がないと成立しないな、この説。うーん。

 まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、どうでもいいか。せめて痛みがあったら生きてるか死んでるか分かると思うんだけどなぁ。


 とにかく、ここから出ないと。いや出口あるのか知らないけど。歩けてるような気がしないけど、とりあえず足を動かしてみる。あと腕を動かして壁がないか探ってみる。

 …うん、感覚が一切ないね!足が床についてんのかすら分からないし、腕に何も当たらない!まるで水中!いや水の中入った事無いけど!


 うーん、此処どこなんだ。

 何も見えないし、何も聞こえないし、何も触れない。匂いもないし、味もない。五感が意味を無くしてる。



 ——そうして彷徨っている事、数分。



「——なあ」

「うわぁ!!誰!!」


 この何もない真っ黒な場所に、声が届いた。その声は、高校生くらいの少年のような、あどけなさと生意気さが混ざったような声だった。

 僕は、なんとなくこの声に聞き覚えのあるような気がした。が、顔は出てこなかった。であるのなら、かつて僕が受けた依頼人ではないのだろう。僕は記憶力がいい方であると自負しているが、流石に街ですれ違っただけの少年とかは覚えきれない。


「どうして、この噂を消すんだ?」

「…え?」

「どうして、この噂を消したいんだ?」

「どうして、って……」


 声の主は、淡々と、感情の籠らない声で僕に質問を投げつける。嗚呼きっと、彼がこの『人喰いマヨイガ』を作ったのだろうな。そう、僕は直感する。


「…じゃあ、逆に君は何故この噂を作ったんだい?」

「…………」

「言えないのなら、こちらも教えないよ」

「質問に質問で返すな。ルール違反だ」

「そんなルールは知らないよ。ルールがあるなら最初に言っておくれよ。破ったらどうなるかも含めてさ」

「…………」


 黙り込んで喋らなくなる誰か。たぶんこれ特にルール無いな。見栄を張るためにテキトーにでっち上げた嘘なんだろうな。

 そう推理しながら、僕も特に喋らなかった。相手が喋るのを待つ事にしたのだ。


 しかし、いくら待てどもその誰かは言葉を発する事はなかった。もしかしたら、もう誰もいないのでは?と思わせるくらいに、沈黙が続く。

 流石に不安になって、僕は声をかける。


「ええと、居る…よね?流石に、疑問を解決してないのに居なくなるわけないよね?」

「……………」

「何も言わないって事は、居ないって事でいいのかな?居ないなら僕も此処から離れようかな」


 そうは言ってみるが、離れ方が分からないし、目的地があるわけでもないのだが。まあつまりはハッタリだ。ここから離れるつもりは無い。


「……待て」

「なんだ、居るじゃないか。良かった〜、この場から動いてなくて〜」

「…僕は、()()()()()()()()んだ」

「………へ?」


 突然告げられる答えに、僕は面食らう。

 実験?何の?


「それ以上は答えられない。これでも譲歩した方なんだ」

「…そっか。なら、こちらも答えないとね。僕らがこの噂を消そうとする理由、だったかな。…単純だよ。噂の一番の被害者である、マヨイガを救う為だ」

「…………」

「それ以上の理由は無いよ」

「……………お前は、()だ?」

「…怪異探偵、夜長——」

「そうではない。()であるか、を問いている」

「———?」


 僕には、彼が何を知りたいのかが分からなかった。僕が()であるか?職業や肩書の事を指していないのなら、種族の事を言っているのだろうか。しかし、それを知ってどうするというのだろう。好奇心からか?しかし、相手の声からそのような感情は読み取れない。ずっと淡々とした無感情の声だ。

 では何故——などと思案している間に、相手は諦めたらしく、あからさまにため息を漏らした。


「答えないのなら、いい。僕にもやる事があるから。だから、会話はここまで」

「…そうかい。あ、でも会話終わる前に、どこ行ったら此処から出られるかだけ…」

「…………」


 答えは返ってこない。返ってくるのは無音のみ。嗚呼、これはもう僕の近くには居ないな。もう彼は、彼の言う『やる事』をやりに行ったのだろうな。

 …さてどうするか。この黒の中からどう出よう。そもそも、これはなんなのだろう?一階を探索した時には何もなかったはずなのに、いつの間に湧いたんだろう。


 何も分からないまま、僕は歩けているのかもわからない足取りで、またふらふらと彷徨い始めた。


 そうして何分、何時間経ったのだろう?

 長い時間彷徨っていたような気がするし、案外短かったような気もするが。


 目の前に、光が見えた—————。



 ・


 ・


 ・


 ↑




 アルトの入った部屋。

 そこは、薄暗く広い場所だった。薄目で認識できる物といえば、目の前に垂れ幕のような何かが、何かを隠すように天井から垂れているのと、誰か分からない黒い人型の何かだけだ。


「…誰だ、お前は」


 アルトは慎重に、その黒い誰かに声をかける。なんとなく、その人物はこちらを振り返ったような気がした。

 振り返ったところで、その誰かの顔は見えない。そういえば、一階にいた時、逢魔時だとかで空が暗くなりかけていた。相手の顔が真っ黒、というわけではなく、きっと日が落ちて部屋が暗くなっているだけだろう。そうアルトは予想する。


「…え、あれ、椿紅くん?」

「よ、夜長?!」


 その人物の声は、とても夜長に似ていた。似ていた、というよりも、本人のように感じられる。いやもはや本人では?なんだかそう思ったら、この影の形も夜長のように見え始めた。


「お前…生きてたんだな」

「死んだと思ってたの?!死ぬなよって言ってたのに?!」

「いやすまんすまん。…ところで、私の誕生日っていつだっけ?」

「え?7/25でしょ?そんな事も忘れたの…?」

「おお、そうだったそうだった。夜長は物知りだな!」


 アルトは自分と夜長が分かる共通の話題で、夜長本人かの確認を取る。アルトの誕生日は彼の言う通り7/25。その答えに、アルトは心の中でホッと安堵の息を洩らす。アルトは完全に相手を夜長だと信じ込んだらしい。


「夜長が生きてるんなら話は早いな!此処を破壊してとっとと帰ろう!」


 アルトは無邪気にそう提案するが、夜長は「うーん…」と言って渋る。こういう局面で渋るのは夜長にありがちなので、アルトは特に疑わなかった。


「でも僕、ここの物口にしちゃったから…」

「そんなん壊せるだろ!」

「それで壊せなかったどころか、永遠に帰れなくなったりでもしたらどうするのさ」

「ああ、それは大変だな」

「でしょ。まあでも待ってて。さっき此処で仲良くなった人に聞いてみるから」

「おっ誰なんだ?!てかどこに居たんだ?!」

「ここの中に居るんだよ。でも恥ずかしがり屋さんらしいから、あんまり見ないであげて?」

「このカーテンの中に住んでるのか!」


 夜長は天井からぶら下がる垂れ幕を指差す。中に誰か居ると知って、俄然中に何があるか気になったが、アルトは夜長に言われた通り、好奇心を押し殺して中をなるべく見ないように気をつけた。


 垂れ幕の裏へ入った夜長を待っている間に、月夜と天狗二人が到着した。

 アルトは月夜に「どうだった、何かあったか?」と聞くが、彼女はかつてない冷たい声で「ないわ、何も」と言い放ったので、アルトは「なんかしたか?!」と少し不安になった。


『ね、ねぇ…ここは、なんなの?あのへや、なぁに?』

「部屋?ああ、あのカーテンの奥か?」

『か、かーてん?分からないけど、たぶんそう…あそこ、なんか、よく分からないけど…見たら、怖い…気がする…!』

『これが『突然出没する廃屋』の最深部で一番怖いところ…か?』

「ああ、那智が言ってたやつか。最深部まで行くと、天狗の好物?と、天狗をも喰らう怪物が居るんだっけか」

『そうそう!その話聞いた時、ぼくもう怖くて…「これ以上従業員減るの困るんで〜」とか淡々と説明する那智さんがすっごい怖くて…』

「そこなのか…ところで、天狗の好物って何だ?那智は教えてくれなかったんだよ、ケチケチテングだから」

『けっけちけちてんぐ…本人の前で言わない方がいいと思いますよ!!!ぼくが言ったら絶対殺される!!!!』

「お、おう…」

『それで、好物だっけか。うーん…ぼくは猪肉が好きだな』

『うるかは、やきおさかなさんがすきだよ!』

「おお、狼の方は肉派か」

『あ、ぼく、境鳥桧皮(さかえどりひわた)って言います!そういえば名乗ってなかったですね!!』

『えと…うるかは、神ノ川(かんのがわ)憂流迦(うるか)…』

「おー、じゃあヒワタとウルカだなー」


 天狗とアルトのわちゃわちゃほんわかした会話を横耳で聞きながら、相変わらず凍りついたような表情で、月夜は熟考していた。

 天狗の間で流行っているらしい、廃屋の噂。その噂に釣られた天狗達が、みなこぞって行方知らずになっているという。つまり、生還者が居ない為に、“最深部”に“天狗をも殺す怪物がいる”、と憶測による噂——つまりは、尾鰭(おひれ)がついたのだろう。

 天狗は頭がいいはずなのに、何故そんな見え透いた罠に飛び込んでいくのか。そして、初めに天狗達を誑かすような噂を広めたのは、()であるのか。

 そして、人間側にも似たような噂が広まっている点も不可思議。まさかとは思うけど、人間側と天狗側、どちらにもこのような噂を放ったのは、同じ人物——?

 ———この事件、もしかしたらかなり複雑かもしれないわ。

 推理していくうちに、月夜の表情は更に硬く鋭いものへ変わっていく。そこには、消えた命への同情と、ほんの少しの憎悪が混じっているようにも見えた。


 そこから体感30分。アルトがこの部屋に入ってから、既に体感1時間くらい。ずっと暗い場所にいた所為か、四人とも暗闇に目が慣れ、部屋の内部がくっきりと正確に把握できるようになった。

 しかし、垂れ幕の奥に動きはない。


「…それにしても…夜長、遅いな。ミオもそうだけど…何やってんだか」

『え、よながさん、居る、の…?!』

『さっき黒い何かに沈んで行ったじゃんか、親指立てながら!!』

「親指立ててたか?」

『…たぶん!』

「そうか。でも、残念ながら夜長は生きてるっぽい。さっき…というか、随分前。あのカーテンの中に入ってった」

「………それ、本当に月飛?」

「え?たぶんそうだぞ。私の誕生日がいつかちゃんと答えてくれたし、沈む前に私が掛けた言葉も覚えてたぞ!」

「……………」


 なんだか悪い予感がする。美桜くんが着ていない事、“月飛だと思われる誰か”が怪しい幕の中からずっと出てこない事。そして、この一連の流れ。何処かで読んだような気がする。だけど、月夜は何も思い出せなかった。喉の奥まで来ているのに、なかなか出てこない。

 月夜がもどかしさで、うんうん唸っている間に、突然アルトが動き出した。


「…もう待ってられん。行くぞ、ヒワタ、ウルカ!カチコミじゃあ!!!!」

『お、おい待ってよ!!ダメだって、死んじゃうよぉ!!』

「もうこの際構わん!!であえー!!!」

『えぇぇぇえぇぇえ!!?!!!』

『ねえひわた、かちこみ、ってなぁに?』

『今そこつっこむ?!』

「………あ、そうか!()()()()!っ、アルトちゃん!そのカーテンめくっちゃ————」


 一目散に駆けていくアルトに、何かを思い出せた月夜は叫ぶ。が、遅かった。吸血鬼がそばに居る時の半吸血鬼(ダンピール)は、素早さが二段階上昇する為に、間に合わなかったのだ。



 開かれる扉。

 ぼうっと突然暗がりに灯される松明(あかり)


 発露する祭壇のような何か。

 その上に供物のように乗せられた人型の何か。


 その前に佇む、真っ黒な“何か”。

 ドロドロとした、“何か”。

 歪で、醜い、かろうじてヒトの形を保っている、“何か”。


 それは、まさしく、『ヒトのなり損ない』と呼ぶに相応しい———。





 “それ”を見た時、アルトは反射的に口を手で塞ぎ後退り尻餅を付いたが、月夜は反対にずかずかと“それ”へと近づいていった。彼女の顔を横目で見たアルトは、その鬼のような形相に恐怖を覚えた。

 月夜は、そのままの顔で、“それ”と対峙する。


「——誰に造られた」


 問いかける。答えはない。


「——目的は」


 問いかける。答えはない。


「——何のために生まれた」


 問いかける。答えはない。


「——お前は()だ」


 問いかける。答えはない。

 黒い何かはただ月夜を見つめる。背丈も形も、さっきと変わる事なく夜長。明かりがなければ、ただの姉弟喧嘩にしか見えないだろう。

 何も言わない“黒”に痺れを切らした彼女は、思わず“それ”の首を両手で掴み、持ち上げる。


「答えなさい。さもなくば、この首を折るわ」

「な、ちょ…月夜?!何してんだ、ってか触れても平気なのか?!」

『そ…そうだぞ!何もそこまでしなくても』

「五月蝿いわね。ちょっと黙っててもらえる?」

「ひぇっ…」


 鬼のような鋭い眼光で睨まれ、アルトと桧皮(ひわた)は震え上がる。かつて感じたことの無い恐怖が二人を包む。普段温厚そうな人ほど、怒ると怖いっていうのは、迷信じゃなかったんだな…とアルトは実感した。

 しかし、首を掴まれても“それ”は何も言わなかった。口もない、目もない、顔もない。そんな奴の表情なんてわからない。だから、何を考えているのかわからない。口がないから喋れないのか、それとも普通に喋れるのかすらわからない。


 数分間、膠着状態が続く。


 徐々に込められる力。手応えはなく、苦しむ素振りもない。そして力に比例して、顔だと思われる部分——の、口だと思われる部分が開いていく。ドロドロとした黒いものが突如溢れ出し、月夜に垂れる。

 途端、それが合図だと言うように、ぐちゃり、べちゃり、と黒い粘着質の何かが彼女の腕を呑むように這い付いてくる。月夜はすぐに振り払おうとするが、無駄だった。


「お、おい月夜!大丈夫か、それ!!」

『まっくろくろすけが…!』

「大丈夫よ。そんな事より、三人は逃げなさい。多分これ、私は手遅れだと思うから」

「は?!」

『な、なんでみんな…おいてって、って言うの…!?』

『そうだぞ!お前ら二人とも、それがカッコいいとでも思ってんのか?!』

「ごちゃごちゃ言わない。さっさと来た扉から———」


 そこで、月夜は気づいた。いや、そもそも、音も無く変化する扉の異変なんて、誰も気づくはずがない。


 ——そこに、扉なんて、無かった。


 あったはずの扉が、もうそこには何も無かった。広がるのは遠近感の無い黒。——いや、“無”。

 川天狗も、白狼天狗も、半吸血鬼も、吸血鬼も。その場にいた誰もが、それを見て絶望した。

 もうこのまま、我々は“無”に囚われて、消えるしかないのか——?

 そう思ったら、妖怪だって竦み動けなくなる。人間より強く、長命で、特定の武器くらいでないと殺せないような妖怪を、“無”は一瞬で殺す事ができる。きっと、この“黒い何か”は、そのくらいの力を持ってる。或いは、なんでも破壊する夜長が居れば、状況は変わっていたのかもしれないが———


「——なに、やってんだよ、夜長!」


 アルトは思わず、怒りを込めて、その場に居ない夜長に怒鳴る。こんな時に、何をしているのか。どうして今彼が居ないのか。もしかしたら、この状況に彼が居たら、何か変わっていたのかもしれないのに。そんな虚しさからくる怒りだった。

 そんなどうしようもない怒りを聞きながら、月夜は歯軋りをする。打開策は、無い。両手は塞がれている。先程足も呑まれた。最早彼女は動けない。どろどろと黒が自分を蝕んでいく。死よりも優しく、——(おぞ)ましく。自身を無へ消して行く。

 扉があったはずの場所から、徐々に黒が侵食して行く。もう後にも前にも進めない。絶望の象徴だと言うように、退路を塗り潰し迫り来るそれに、その場にいる全員が絶望に瞳を閉じる。

 それを最後に、月夜は黒に呑まれて見えなくなった。

 彼女を呑んだ黒は、笑ったような気がした。


 ———ふわっ、と。その時、風が吹く。


 ゆらり。揺れる松明。

 風。“無”に呑まれつつあるこの場所に?疑問に思わず、アルトは瞼を開けた。

 そこには、緑の長髪を揺らす少女のような少年が、立っていた。片手に見慣れないモノを握りしめて。


「——遅くなりましたね、みなさん!」


 少年は振り返り、笑顔でそう言った。その眩しい笑顔は、希望と呼ぶに相応しかった。




 ・


 ・


 ・


 ↓




「ねえ、姉さん」


 ——私を呼ぶ声がする。

 ここは何処だ。私は、死んだのでは無かったか。

 辺りを見渡すが、視界に映るは黒、黒、黒。遠近感なんてない、全てを飲み込み無に帰すブラックホールのような、塗り潰された黒しか存在しない。

 どうする事も出来なかったから、私は聞こえたその声と会話する事にした。


「…あなたは、誰?」

「僕だよ。声で分からないの?」

「………月飛?」


 本当は分かっていた。月飛の声そのモノだと。分かっていて、誰、と聞いたのだ。

 だって、信じられないじゃない。月飛の声真似が得意なナニカが此処には居るんだから。


「そうだよ、僕は月飛。さすが姉さんだ」

「…ええ、そうね。もう諦めて貴方を月飛だと思う事にするわ。それで、私に何を聞きたかったの?」

「え?うーん、僕、質問したさそうだった?」

「そうね。声のトーンが質問する時の月飛っぽかったわね」

「ありゃ…なるほど、そっか。…うん」

「………」

「姉さんは、気づいてるんでしょ。僕が、偽物って」

「…あら、白状するのね。自分が偽物だって」

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()にブレがあるみたいだし。ならもう誤魔化し効かないかな〜って」

「……なら、あなたは()なの?」


 この月飛が偽物であるのなら、きっと、さっき祭壇で対峙した“黒いなにか”と同一人物なのだろう。ならば、と私は先程答えてくれなかった質問を、もう一度投げかける。

 月飛に化けていた“黒いなにか”は、ころころと笑うように私の問いに答えた。


「僕?僕に名前はないよ。(しゅ)(ぞく)もない。誰かに(つく)られた、ヒトの成り損ないさ」

「…なら、何故月飛の真似を?」

「あの場に入ってきたアルトが、一番安心できて、一番居て欲しいと願っていた人物が、彼だったんだ。僕は模倣が得意——いや、模倣しか出来ないから。誰かの望みにいる人物を真似て、その誰かに近づく事しか脳が無いんだ」

「それで、アルトちゃんに何をしようとしてたの?」

「…さあ?創造主の意向は不明さ。僕はヒトに成れなかったから、ヒトの命が欲しかったのかな」


 彼の言う事に眉を顰める。

 額を伝う違和感に、頭を回転させる。


「…いや、違うわね。貴方は伊弉諾(イザナギ)黄泉比良坂(よもつひらさか)伝説と似たような事をしていたわ。もし本当にヒトの命が欲しいのなら、あの垂れ幕の裏に行く意味が分からないわ」

「確かに。じゃあ、創造主の意向は()()だ。僕に伊奘冉(イザナミ)の真似事をさせる。それがきっと、創造主の望んだ、僕の役割だ」

「…じゃあ、次の質問をするわ。その()()()、とは誰なの?貴方は誰に造られたの?」

「じゃあ君は自分が誰に創られたか分かるのかい?」

「ええ。父と母…なんて呼ぶのも烏滸がましい、マッドサイエンティストの二人よ。二人のせいで、…()()()()()()()()()、多くの命が消えたわ。貴方みたいに、ヒトに成れず…死んでいった」

「ふぅん。君は知っているんだ。父と母を。創造した人を。僕は…知らないよ」


 彼の声は、ずっと変わらない。ころころとした、笑うような声。


「…さて、質問はおしまいかな?」

「そうねぇ、聞きたい事は全部言ったわ。逆に、あなたから私に尋ねる事は無いの?」

「無いよ。僕はそろそろ、消えるから」

「…消えるからって、聞きたい事を我慢していいの?」

「…君は僕になにか尋ねて欲しいの?」

「そうじゃないけど…」

「というか、君、ここから出る方法とか、僕に聞かなくていいの?」

「いいの。どうせあなたが教えてくれるとも思えないし、それに、これに呑まれても死なないと分かった以上、月飛が何処かにいるかもしれないから。見つけてからどうにかするわ」

「ふうん」


 興味の無さそうに、相手は言う。

 数分の沈黙の後、相手の声が響く。その声は、消えかかった透明な声になっていた。きっと、そろそろ彼は消えるのだろう。


「——君の望む通り、最期に、君に質問を投げよう。()()()()()?」


 彼の声は最後になるにつれ、小さく、薄く透明に溶けていた。


 私は、質問には、答えられなかった。

 意図がわからなかったから、というのもあるけれど、私自身、私が()であるのか、分からなかったからだ。種族にせよ、存在にせよ。私は、私という存在が何へ向かっているのか、何になろうとしているのか、何であるのか…何も、分からない。

 だけど、それに何か思う事はない。悲しみもない。知りたいとも思わない。


 今は、もう。そんな事は、どうだっていい。

 早く月飛を探さなきゃ。



 疑問を捨て去るように、逸る心のまま、私はその場を離れ始めた。




 ・


 ・


 ・


 ↑




「み、ミオ!!お前、今まで何処に!」

「いやぁ、それがですね?びっくりですよ。この剣を手に取ったら、()()()()()()


 ぽんぽん、と左手に持つ剣——よく見ればそれは、木製らしい——で、美桜は肩を軽く叩く。

 その顔は余裕の笑みで満ちている。


『お、落ちた?!どこに?!』

「黒いアレに、ですよ。手に取った瞬間、床を破ってきましてね。文字通り真っ逆さま、です」

「よ、よく生きてたな…」

『えと…み、みおうさん、は…どこやって、ここに来れたの…?』

「この剣で闇雲、出鱈目に切り裂いてたら、あなた方の声が聞こえたので、そちらの方へ一直線に切り進みました。そしたら、ここに出れました」

「マジか…やべぇな、その剣。聖剣か?」

「まあそんなもんですね。この剣、恐らく破邪の力を持つと言われる、桃の木で出来てるので」


 美桜はふりふりとその剣を、見せびらかすように振る。剣、とは言うが、小ぶりなモノで、刃の部分から柄に至るまで、全てが木製で、一本の木からその剣を取り出したかのような印象を受ける、どことなく何処かのお土産屋さんなんかに置いてありそうな、チープな短剣だ。

 どうして桃の木だと気づいたんだろう、と思いアルトはその短剣をじっくり観察する。よくよく見ると、柄の一番下に穴が空いており、そこに通された組紐の輪に小さな桃のチャームが付いていた。ますますお土産然としているな…と、それに気づいたアルトは諦観した。


「さて、夜長さんと月夜さんを救わなくては、ですね」

「そうだが…なんで月夜も呑まれたって知ってるんだ?」

「まあここに居ないって事はそれしかないかな、と。ただの勘でしたが、当たっていたようで安心です。さて、打開策ですが、今のところこの剣で破邪っていくしか無いような気がしますね」

「まあそうだろうな」

「…試しに、何か聞こえないか確認しますか」


 そう言って、悠長に美桜はヘッドホンを外す。その間にも、背後には黒が迫っている。

 が、彼はすぐにそれに気づき、翻って剣を振るう。すると、黒は一瞬で砂のように散り散りになって、何処かへ消えていった。


「全く…せっかちですねぇ」

『…なあ、美桜。あの黒いのってなんなんだ?』

「え?うーん…まあ多分、我々を外に出すまいとする、噂側の最後の切り札…いや、悪あがき的なやつだと思いますよ。本来のマヨイガ側も、()()()()()を貸してくれましたし、恐らく互いに決着を着ける…いえ、雌雄を決するための最後の戦い…的なアレのフェーズなんだと思います。互いに、此処で勝たなきゃ消える、命を賭けた最終戦なんですよ」

「なるほど、熱いな」


 美桜は説明をしながら、くるり、くるりと飛び回り、三人を守る。もはや灯りは黒に塗り潰され、四人は大海の小島状態であった。どれだけ切ってもキリなく押し寄せる黒い波。次第に、美桜は体力を削られ、どんどんと息切れ始める。


「おいミオ、大丈夫か。そろそろ交代しようか?」

「だ、大丈夫…ですよ、このくらい。普段の練習に比べたらどうってこと…うわ、危なっ」

「いやもう足もつれてんじゃんか…ほら、かせ。次は私に破邪らせろ」

「…すみません、任せます」


 さすがに不覚を取りかけた事が障ったのか、美桜はアルトに剣を投げる。ベストタイミングで剣を受け取り、アルトは踊るように黒を捌いて行く。

 その間に、美桜は耳を澄ます。雑音を掻き分け、何かヒントがないか探し周る。しかし、いくら探せど聞こえてくるのは怯える天狗と、次の攻撃位置を予想するアルトの声ばかり。夜長は(おろ)か、月夜の声さえも見つけられない。せめてマヨイガが喋ってくれれば…!などと淡い願いを抱くほどに、静かだった。


 そんな脳裏に、一つ、聞き慣れない声が響く。

 [助けてやろうか?]

 声は、そう言っていた。


 ————。





「はぁ、はぁ…おい、ミオ!何か分かったか?!」

「…………」

「お、おい…?」


 舞いながら、アルトは美桜へ尋ねるが、彼はポカンとした顔でその場に固まっていた。帰ってこない返事を不審に思ったアルトは、思わず美桜の方へ振り返った。——その、一瞬の隙が仇となった。

 背後から迫る黒い波。それに対応しきれず、アルトは頭から黒い水を被り、呑まれてしまう。呑まれきる前に、彼女は桃の剣を天狗たちの方へ投げ、そして静かになった。咀嚼するかのように、黒いものは孤島に襲いかかりはしなかった。

 美桜はそんな黒い海を見て、静かにヘッドホンを装着した。


『ど、どうしよう…!あ、アルトさんが…』

「…大丈夫です。打開策が見えました。白狼さん…いえ、桧皮(ひわた)さん、私に剣を」

『お、おう…』

「では、私と手を繋いで。決して離れず。このまま()()()()()()

『分かった…って、は?!』

『つっこむって…あのくろいのに…?』

「ええ。行きますよ!」

『うわぁあぁ!!もう少し説明をくれよ!!』


 美桜は左手で剣を構え、右手を白狼天狗の左手と繋ぐ。白狼天狗は空いた右手を、川天狗と繋ぐ。少女は決して離さぬように白狼の右手を両手でぎゅっと結ぶ。

 美桜は叫ぶ白狼天狗を無視して、そのまま黒い水の中に飛び込んでいく。手を繋いでいるおかげなのか、三人はこの遠近感を失う黒の中に於いてでも、互いの存在を認識できた。


「さて。桧皮さん。貴方、音を操れるそうですね?」

『え?!そんな事言ったか?!』

「すみません、不躾だとは思いましたが、心を読みました。その能力を此処で使ってください。空間把握に使います」

『音で空間が分かるのか…?』

「ええ、超音波のようなものです。音が跳ね返ってくるのが遅いところがきっと目的地です。まあ、此処がちゃんと空間として機能しているのかの確認もありますが」

『…目的地…』

「そもそも、伊奘冉(イザナミ)伊弉諾(イザナギ)の黄泉比良坂伝説は、桃の実を3つ、坂を登ってくる怪に()()()()()んです。つまり、桃は投げるものなんですよ」

『だからそれを持って飛び込む…と?かなり無理あるんじゃ』

「まあ一か八かですよ。失敗したらそれまでって事で」

『かっっっっる!そんなあやふやな考えでよく命投げれるな!…お前ホントに人間か?』

「なんとでも言ってください。別にこれで死ぬつもりはありませんので」


 決して天狗達の方に振り返らず、美桜はぐんぐんと進んでいく。ちゃんと歩いているのかすらわからないこの場所で、まっすぐ前だけ向いて走っている。本当に、考えなしで突っ込んだ訳ではないんだな、と白狼天狗はその姿を見て思った。


「あと、憂流迦(うるか)さん。貴女、確か妖怪になったおかげで得た火の球を操る能力みたいなの持ってますよね?それでこの場所に光を灯せるか試してもらっていいですか?」

『え…う、うん!わかった』

『…ホント、バケモノじみた能力だな…心を読む、って』

「…………」


 白狼天狗の感心にも似た呟きを、美桜は気づかないフリをして前に進む。

 憂流迦は美桜に言われた通り、火の球を出そうとするが、光が彼らを映し出す事は無かった。


『だ、だめ…!うごかせてる、気はする、けど…ひからない…!!』

「なるほど。光は無理ですか。では次は音ですね」

『あ、そういえばそうだな。じゃあやるぞ…』


 美桜が歩みを止める。音の跳ね返りを聞く為に止まったのだろう、と桧皮は納得し、ギュッと目を閉じ、見開く。と、すぐに、彼の近くから「コーン、コーン」という木を斧で斬り倒す時のような音が響く。そんな規則正しい音が3回ほど続いた後、「ドゴッ」という音がして木が落ちた…ような気がした。

 しかし、それらの音はこだまする事もなく、静かに虚空——無へと吸い込まれていった。


「貴方の音を操る能力って、そういう感じなんですね…」

『まあ天狗だからな。…それよりも、音、跳ね返らなかったけど、どうすんだ?』

「…そう、ですね。些か不味いですが、まあなんとかなるでしょう。私の第六感がそう言ってます」

『いやすっごく信じられないんだが…』


 光だけでなく、音をも吸い込んでいくこの黒に、美桜は予想外を突かれ心で焦り始める。

 まるでこれではブラックホールではないか。であれば、これは、マヨイガ(または噂?)という星が崩壊した故に生まれた(ひず)みか。

(それにしては、圧迫感…というか、質量が無いですけど)

 噂が崩壊したのなら希望となるが、マヨイガの崩壊により生まれたのなら絶望的だな…などと考察しながら、美桜は宇宙のような黒の中を駆ける。

 五里霧中に目的地を探る。音の反響で目的地が分かるとばかり思っていたが為に、手がかりを失った焦燥感のまま、どんどんと闇雲になっていく。

 どれだけ走っても、何も見つからない。完全に手詰まりの状態だ。


『お、おい!ホントに平気か?!』

「…正直、厳しいです。何もないどころか、進めているかどうかすらわからないですし…実は同じところでずっとバタ足しているだけなのかも、と思ってしまうと…なかなか、クるものがありますね」

『ばたあし…?』

『……お前の打開策ってなんだったんだ?』

「…この黒いのが液状であるのなら、元のマヨイガ——建物に溜まっているような物だと思ったので、形までは失っていないと思ったんです。そしたら、ちゃんと私たちが入ってきた扉があるはず、と思ったのですが、結果は音も光も呑み込む『無』でした…」


 完全に立ち止まって、三人は顔を合わせて話し合う。

 そんな中、白狼天狗だけは、何か思いついたような顔だった。


「…なにか、思いつきましたか、桧皮さん」

『いや、おかしいだろ、と思ってな。音は反響せず霧散しちゃったが、声も音も、僕らの間ではちゃんと聞こえるだろ?会話できるの変じゃないか、って思って。音って空気が震えて伝わるだろ。だから、()()()()()()()()()。完全に『無』では無いんじゃない?』

「あ………」

『いきも、できるもんね…!でも、()()()()()()()()()()()…』

「……………」


 二人の言葉に、美桜はハッとする。

 ここには空気があり、何も見えないように“見える”。川天狗が人間の時から持つ能力は「そこに居ないと“認識させる”」というもの。…まさか、この黒は認識を歪めている?

 だとしたら。


「……お二人とも、目を瞑ってください。そして、()()()()()()()()ください」

『えっ…でも、目つむったら、なにもみえないよ…?』

「この黒を見よう、中に何かあるはずだ、と意識するのがダメなんです。この黒いもの、本当は『無』などではなく、何も無いように()()()()()()()なんですよ。視覚…いや、五感による外界の認識(Cognition)——いえ、認知を阻害するもの。これに囚われたら出られなくなる、というのは、コレが何も無い、『無』であると、無意識的に思わされているからなんです。だから、今この目の前に扉があったとしても、我々は『扉は存在しない』と思い込まされているので、扉は疎か、壁さえも見つけられないんですよ」

『…もしかして、わたしののーりょくと、いっしょ?』

「そうですね。憂流迦さんの能力は『神ノ川憂流迦は“此処に存在しない”』と、我々に思い込ます能力ですからね。…もしかして、あの時も目を瞑り探そうとしなければすぐ見つけられたのか…?」

『ど、どーなんだろ。試した事ないな…』

『…もしかして、お母さん、たまにわたしのことみえてたの、いしきしてなかった、から…?』

「そうかもですねー。だから幽霊だと思われていたのかもです。まあ実際幽霊だったと思いますが。そして月夜さんが見つけられたのも、いきなり出てきた、だとか、別のところ見てた、だとか、そういった感じなんでしょう」

『…まあそれはいいよ。で、なんで目を瞑ったら開けちゃダメなんだ?無意識的に思わされてるのなら、目を閉じてもダメじゃないか?』

「うーん、まあ私もそれは思ったんですけどね。一番今打撃を受けているのは視界かなーと思ったので、一旦此処を塞いでみよう!というノリです。目を瞑って歩き回ってみても変化無しだったら、また別の案を考えましょう」


 まーた行き当たりばったりか…と白狼天狗は呆れ気味に肩を竦める。しかしもうツッコむのも諦めたようで、素直にそのまま目を瞑る。それをみて、川天狗と美桜も続く。

 瞼の裏は真っ暗で、やっぱり何も見えなかった。


『…で、どうすんだ、これ』

「とりあえず歩きます。振り落とされないように、私について来てくださいね!!」

『え———ってぶばぁ?!』

『きゃあ!!い、いたい…?』

「おや二人とも。もしかして、()()にぶつかりましたか?…では、説立証ですね!このまま、扉まで向かいますよ!!」

『も、もう少し丁寧に扱っ——ぶべら!!』

『ぴぇ!!』


 目を瞑り、全力で走っていく美桜について行けず、二人の天狗は“壁らしき何か”に、どんどんとぶつかっていく。そして時々、美桜も何処かに顔面から突っ込んでいるようだった。


「う、うぐ…で、ですがこれで触覚、及びぶつけたという認知による痛覚が復活したわけです。ゴールはすぐそこです!急ぎま——あでっ!!!ぎゃっ!!なに、がァ痛!!!」

『ちょ、何やっ——ぐわー!!??!!!』

『ひぃあ〜〜〜!!』


 足を滑らせ、ごろごろごろ、と“何か”から落ちていく。痛みによって目を開かないように、三人は一生懸命瞼に力を入れる。しかし、繋いでいた手は離してしまった。

 そうして、転がり落ちる事、約一分。べちゃ、と美桜は背中から床に落ちて受け身を取る。背中に強い衝撃が伝わる。上手く受け身が取れたと安堵するのも束の間、すぐにその上に桧皮、憂流迦と続く。美桜は腹にも強い衝撃を受け、思わず腹の中の物を出しそうになった。


『おわ、った…?』

「どうやらそのようですが、お二人とも一旦どいてもらっていいですか…正直しんどい…」

『お、おう…そうだな。憂流迦、どいて』

『う、うん…!ごめんね!』


 ばさっ、と音がして美桜の額に何かふわっとした物が落ちてくる。(なるほど、一番上に乗ったのは憂流迦さんでしたか)と納得した直後に、白狼が腹を蹴る。快心の一撃。


「ぐふっ……な、なんで…蹴って…」

『ご、ごめんごめん!後脚で蹴って前に進むの癖でさ』

「そんな事言って、ぜっっっっっっっったい(わざ)とでしょう?!!??!私、分かるんですからね?!?!」

『ちが、ホントに癖で…』

『ひわた、うそ、だめだよ?』

「そーです憂流迦さんの言う通り!!」

『嘘じゃないのにー!!!』


 むくりと立ち上がり、すぐそばにいるだろう白狼天狗の方へ、美桜は突っ込んでいく。しかし、ただの狼から天狗に上がったが為に、狼と同じ嗅覚と聴覚を持つ桧皮は、視覚が無くとも美桜の突進をひらりと躱してしまう。負けじと、美桜はヘッドホンを外し心の声を読み取り桧皮の方向へもう一度突っ込んでいく。しかし、それもまた咄嗟に躱され、次は壁に激突する。

 憂流迦は何が起こっているか分からず、天井に届くか届かないかあたりで滞空しながら、あわあわしていた。


「う、うぅ……くぅ…私の、負け…です……ばたっ」

『なんなんだよ、もう…』

『え、えと…おわった、の…?』

『たぶん…?』

『なに、してたの…?』

『うーん…猪突猛進ごっこ…?』

『ちょとつ…?』

「いてて…まあ、茶番はこんくらいにしましょうか……さて、ここは…多分一階ですよね。確か階段のそばに出入口があったような…」


 ぶつけた頭を右手でさすりながら、美桜は左手で剣を手放さぬよう上手く壁に手をつけ、ふらつきながら立ち上がる。立ち上がったところで剣を持つ手を変え、しっかりと左手で壁に触れる。

 憂流迦はゆっくりと床に降り立ち、そして桧皮は憂流迦のそばに駆け寄った。


「…もしかして、この状態で音の反響を頼りに歩く感じですかね…?」

『そうかもなー。一旦やってみるか』

『…そう、いえば…わたし、おててはなしちゃった…けど、へいき、だね…?』

『あ、確かに。そういや、あれはなんで離さないようにって言ってたんだ?』

「二人の能力を頼ってましたし、はぐれたら大変だと思ったので。実際、手を繋いで入った事は正解に繋がったわけですが。手を繋がず入っていたら、今頃我々は互いにすれ違う事なく、この黒から脱出できずに死んでいたでしょうね…」

『…周りの認識をバグらせるのに、手を繋いだら僕らが互いを認識できたのはなんでだ?』

「まあ、視覚で認知するより先に触覚で存在を確かめていましたし。手と手が触れてるところに隙間はありませんし、認識を歪ませる余地が無かったのでしょうね」

『なるほど…だから認識がバグってない今はちゃんと話せるんだな』

『……もうおてて、繋がなくて、いいの…?』

「いえ…繋ぎたいなら繋いでいいですけど…憂流迦さんの居る場所が分からないというか…」

『いや、大丈夫。ぼくが繋ぐ。…美桜も繋ぐか?』

「いえ。私は壁伝いに歩きますし、剣を持った手では繋ぎにくいので大丈夫です」

『ああ、そう…』


 とはいいつつ、はぐれたら大変なのは桧皮も分かっているので、右手で憂流迦と繋ぎつつ、彼は美桜の後ろに陣取った。

 そして、桧皮はまた音を操り、その反響音を聞く。それを元に、桧皮は頭の中でマッピングしていく。


『——ん?』

「どうかしました?」

『いや、なんかおかしい気がして…』

「おかしい?何がです?」

『うーん…こんな部屋あったっけ?っていう…なんか違和感あるんだよね』

『いわかん…?いよかんと、ちがうの…?』

『いよかんは食べ物な。違和感は…うーん、なんて言うんだろ…』

「まあざっくり言えば“さっきと違う”って事ですかね。で、どこら辺に部屋が生えたんですか?」

『ええと…』


 桧皮は美桜と家の構造を確かめながら、違和感の部分を照らし合わせる。

 場所は恐らく、布団が一枚だけあったあの寝室のあたり。その部屋の面積が、何故か()()()()()のだと言う。


「ふむ…おかしいですね、確かに。あそこは4畳ほどの狭さだったはず。…何があるか、確かめに行きますか」

『そうだな』

『うん…』


 三人は出入口の扉を無視し、桧皮のナビを頼りに壁伝いで屋敷を歩く。ナビがあるというのに、何故か美桜と憂流迦は何度も壁にぶつかっていた。美桜曰く「狼ほど空間把握能力に優れてないんですよ!!」との事だが、桧皮は純粋に方向音痴なのでは…?と心の中でツッコんだ。


 そうして、歩く事数分。彼らは目的地に辿り着いた。

 壁伝いに部屋を確かめる。すると、前回来た時は押し入れがあったはずのところが無くなっている事に気がついた。


「…ふむ。此処がまさかくり抜かれているとは。押し入れの向こうが空洞かどうか、確かめておくべきでしたね。まあ普通空洞だと思わないのでやるわけないんですが」

『でもなんでいきなりくり抜かれたんだろうな』

『もしかして…ここから、出てきた…とか……あのくろいの…』

「一理ありますね。まあとりあえず進んでみましょうか。何があるんでしょうねぇ」


 そう言うと、美桜は一人スタスタと壁伝いに歩いて行った。暫く行ったところで、美桜は足を踏み外しまた転げ落ちそうになるのを踏みとどまる。彼はゆっくりと慎重に剣を持った手で、その穴の安全を確かめる。


「…桧皮さん。部屋が伸びてる訳じゃないですよこれ。()()です」

『え?!地下って事か?!』

「これは予想外ですね…我々がこの“黒”の弱点に気づかなければ、誰も辿り着けない場所って事ですよね…」

『逆かもな…ぼくらがこの秘密に気づくと分かっていて、仕組んだのかも…?』

「つまり、罠って事ですか…でも十分有り得ますね。…どうします?行きますか?」

『うるかは、いく…!つくよさん、いるかも…』

『確かに…僕も罠だったとしても行った方がいいと思う』

「わかりました。では、突入しましょうか」


 こくり、と頷き、美桜は剣を前に突き立てながら先を進む。その後ろを桧皮と憂流迦が続く。

 長く長い地下への道。百段あるのではないか?と思わせるくらい降ったのち、遂に最深部に辿り着く。

 そこには、瞼の裏からでも分かるくらい眩しい光が焚かれているらしく、明るさに三人はもっと強く目を瞑ってしまう。


「——もう、目を開けて大丈夫だ」


 そんな声が聞こえた。

 恐る恐る、三人は目を開く。


 そこにはぽっかりと開いた穴が、洞窟から外を見るような光景が、広がっていた。穴のそばには、はぐれたはずの三人が転がっていた。

 三人は理解ができず、その場に立ち尽くした。


 私たちはさっきまで、一階にいて、そして地下に降りていたはず。何故、土の中ではなく、森が見えるのだろう——?

 此処は、どこなのだろう———?


 そんな疑問が浮かんでは消える。

 そうして放心する事、約二分。


 初めに動いたのは、美桜だった。それを見て、残る二人も我に帰る。


「………疑問は、ありますが。我々は、進むしか無さそうです」

『そう、だな……うん。憂流迦、月夜さんを起こそう』

『う、うん…!』


 三人は、それぞれ別の人を起こす。美桜はアルトを、桧皮は夜長を、憂流迦は月夜を。三人とも無事であり、ただ寝ているだけだと気づき、美桜たちは安堵のため息を漏らす。が、揺らしても叩いても起きない為、不安になりつつも、とりあえず抱えたり引きずったりして、共に外へ出る。

 外は来た時と同じ森の中で、空は赤く、最初寝室で空を見た時と同じ色をしていた。この不可解な現象に、恐らく時が止まっていたのだろう——と、美桜は無理矢理納得する。入る前は黄昏時ではなかったのに?とか、あの窓を見てから時が止まったとしたら何故それまでは時を止めなかった?とか、疑問は尽きないが、それら全てを首を振って、心の底へ呑み込む事にした。

 バサッと音がして、黒い羽が落ちてくる。そちらの方を見上げると、そこには最早懐かしくも思える天狗が居た。


『——おーい、大丈夫ですかー?』

『うげっ』

『ひぇっ』

「あっ、那智さん。久しぶりですね」

『…今そこに、天狗が二人いませんでした?』

「え、居ました?私は見てないですねぇ」

『………まあ、いいですが。それにしても…凄いですね!どうやってアレを()()させたんですか?』


 那智の言葉に美桜は、即座に今出てきた屋敷を振り返る。


 そこには———()()()()()()


 忽然と、屋敷だけが消えたかのように。

 ただただ、草原が広がっていた。



 言葉を失った美桜は、ただぼうっと何もない空間を見つめ続けた。

 何も言わなくなった美桜に不思議な顔をしながら、那智は地上に降り立つ。そして、美桜の目線にある空間へ歩いていく。『えーと、この辺にあったんですよねー』などと言いながら。

 那智の興味が跡地に向いているうちに、川天狗たちは茫然自失の美桜に声をかける。


『…きえちゃった、ね……』

「………そう、ですね」

『あの黒に呑まれたのかな…』

「かもですね…」

『……うるか、てんぐさんたち、たすけられなかった』

『………そう、だな。そもそも、何処にも居なかったし…人の死体はあったのに…』

「…人の死体?何処にあったんです?」

『死体ですか〜?たった今私が見つけましたが何か〜?』

『ピェッ』

『ひゃあ!!』


 いつのまにか目の前にまで戻ってきていた那智に、川天狗たちは小さく悲鳴を上げるとそれ以降喋らなくなった。

 那智は首から上の取れた腐乱の進んだ人の死体を抱えていた。それに美桜は顔を顰め、鼻を摘む。


「…それ、どの辺にありました?」

『そーですねぇ、ええと…あの辺です』


 那智は何もない草の上を指す。美桜は屋敷の見取り図を脳内に広げるが、さすが空間把握能力が低いと自分で言っただけあり、二階の事だとは分からず「そこに部屋あったんですか?!」とか「死体とかありました?!??」とか心の中で叫んでいた。

 何も分かっていない美桜に、思わず桧皮が声を出す。


『二階の、ぼくと憂流迦と月夜さんが入った部屋だよ』

「ああ、そこにこんなもの——いや、人が居たんですね。しかし何故…」

『へ〜、これは屋敷の中…それも、二階にあったはずの遺体なんですね〜、へ〜〜〜?——桧皮さん、憂流迦さん、隠れてないでいい加減に出てきなさい?』

『ひぃ〜!!なんでバレた!?!!』

『しゃ、喋っちゃった、から…?で、でも、うるかの能力は、』

「いや…那智さんが貴方たちを意識してなかったからでは…?」

『…あー……そういう………』

『なら、しかたない…のかな…?』

『なんの話をしているのかよくわかりませんが…とりあえず顔を見せてくださいよ。私、憂流迦さんには()()()()()()()んですから』


 そう言われて、憂流迦は能力を解除する。桧皮は嫌だったらしく、解除されてとてつもなく驚いた顔をしていた。

 那智は、初めて見る彼女の姿を、網膜に焼き付けるかのように、じっくりと眺める。型に嵌められた天狗社会とは違う服装と雰囲気の彼女に、興味を惹かれたのかもしれない。

 首から下げる、羽根の意匠で作られた木のペンダントが一番気になったらしく、那智はそれをじっくり見ようと手を伸ばそうとする。が、その手を桧皮に弾かれてしまった。

 先程まで怯えていた相手に対し、感情を露わにし睨みつける様は、まさに狼であった。


『なるほどなるほど、これは大事なものだったんですね。やはり人の物は迂闊に触らない方がいいですね、反省です。それにしても…これが憂流迦さん、なんですね。こちらの山神様に存在は聞いていましたが…なかなか可愛らしい子ですね!私、気に入っちゃいました!』

『え、えへへ…』

『…憂流迦に近づくな、鴉天狗』

『うぉっと…うーん、なんなんでしょう?何故桧皮さんは私に怯えたり牙を向けたりしてくるのでしょう?私、何かしましたっけ…』

『………』

『ええと、ね…ひわたは、なちさんのこと、怖がってるんだよ…!じぶんより、かいきゅう?が高いから!』

「階級……部長と部下みたいな感じですかね?」

『そういう事ですか…確かに私は鴉天狗ですが、私はただの派遣天狗ですよ?派遣先の先輩なんですから、怖がらなくてもいいと思いますけど』

「まあ那智さんって威圧感ありますしね」

『…そんなに威圧してます?』

「してますよ〜。なんか、無言の圧力的な?ハッ、もしや!割とポンである自分を誤魔化す為にオーラでおg」

『おっと人間お前喧嘩売ってるか??』


 煽る緑の少年に、鴉天狗は凄む。「売ってないで〜す!」と言いながら美桜はスキップで軽やかに逃げ、それを天狗は必死に追いかける。その追いかけっこに、桧皮と憂流迦は『…やっぱ人間って凄いな、憂流迦』『そう、だね…?』と諦観していた。


「うぅん…あれ?もう朝か?」

「ふぁ〜あ…なんか変な夢見てたような…」

「ん…?あら?いつの間に寝てたのかしら…」

『あ!つくよさん、起きた!』

『おっ、アルトさんに月飛さんも起きたな!』

「うーん…あれ?マヨイガは?」

「おわ!!ホントだ、なんもないぞ!!」

「あらあら、死体だけはちゃあんと残ってるじゃないの。…他に何も残らなかったのよね?」

「ええ!何も無いでーす!見てのとぉーり、大草原、広大な原っぱだけですよ〜!」

『オラァ!!人間!!誰がポンだってェ!?!?もういっぺん言ってみろや!!頭かち割るぞオラァ!!』

「え〜んお口悪悪です〜!天狗怖〜い!!」

「いや何してんの気更来くん…」

「追いかけっこか!!いいな、私も混ぜろ!!」

「…というか、元慶寺くんは飛べるんだから、何も地上で追いかけなくてもいいのでは?」

「やめてくださいそれじゃ私が不利じゃないですか!!」

「そもそも人間が天狗に勝てる訳ないんだけどな…」

『あ、いえ。それだとフェアじゃないのでやりません』

「あ、そう…」


 これって正当な勝負だったんだ…?と夜長の頭に疑問がよぎるが、それは声に出さず心の中にしまっておく。

 その後通信が戻った末原の声と対応したり、美桜がとうとう那智に捕まり頭をぽこすか殴られたり、桃の剣による武勇伝を聞かせたり…と、暗くなるまでその広い原っぱで天狗たちと遊んだり語ったりした。桧皮や憂流迦は家(山神様の社)が近いので、此処で別れるという話になり、別れを惜しんだアルトや美桜が、帰ることを拒んだのだ。

 那智の力により一瞬で事務所に帰った頃には、もうほとんど深夜だった。




 次の日になり、この冒険譚が昨日(かこ)の物語になった頃。彼らは、この冒険について整理を始めた。


 まず、噂のマヨイガがどうなったのか。

 彼らが外へ脱出した後に、噂になる事は無くなり、完全に噂は消滅したと末原は言う。那智もその後天狗ネットワークにより調べたところ、各地の山に不審な屋敷が出てくる事は無くなったと裏付けているため、確実だと言えるだろう。ただし、報道された行方不明者は、数名は帰ってきたらしいが、残りは今もなお行方不明のままだという。


 次に、屋敷二階に突入した頃に起こった異変について。

 遠近感を失う黒い水のようなナニカについては、美桜が『視界に入れると“何も無い”ように認知が歪む謎の物質』と説明。目を瞑れば屋敷を認知出来るが、あの場に音を操れる桧皮が居なければ、地下への階段は見つけられなかっただろう、と付け足して。

 また、黒に呑まれた夜長と月夜とアルトに関しては、呑まれた後の記憶が曖昧になっているらしく、『誰かの声を聞いた気がする』だの『質問されたような気がするけど内容が思い出せない』だの『ひたすらに泳いでた気がする』だの…と、やはり寝てたのでは?とでも言いたくなる事しか覚えていないようだった。美桜は、黒を認識してると寝るのか…?とトンキチな考えが浮かんだが、すぐに首を振り忘れた。


 最後に、死体について。

 これは、何も分からない。


 ただ———




958:名無しさん

【速報】S県の山奥にて首無し腐乱死体が発見される

場所はピッタリA区


959:名無しさん


960:名無しさん

>>958

こマ?


961:名無しさん

マだ…今テレビ見たらやってた…


962:名無しさん

持ち物無し、首も無しで腐乱も酷くて、今のところ身元不明みたいだね


963:名無しさん

これ、>>1殺人犯説確定では?




 ——と、スレッドの方向性を変える決定打にはなったらしい。

 ちなみに、S県に死体を移動させたのは那智。末原に状況を話した時に出た、彼のアイデアによる。


 しかし、それでも謎はまだ残る。

 彼らが飛んだのは実は加賀瀬尾市県内のK県であり、S県とは近いものの場所は違う。だのに、何故、彼らの入った屋敷に死体があったのか。

 そして、結局あの黒いものは何であり、そしてどこから湧き出したのか。

 噂を人間と天狗両方に流した犯人は誰なのか。

 何故地下階段が出現し、そしてそこから出られたのか。一組しかない布団と押し入れの謎も気になる。



 考えても答えは出ないとして、夜長たちはこれらの疑問を心の箱にしまう。

 いつか、答えが出るその日まで、奥底にしまって。


 そして、落ち着いた頃に、彼らはちゃんと寿司屋に行った。人間に化けてもらった二人の天狗と、末原、皐月、那智も含めたマヨイガ攻略メンバー全員…つまり、九人で。

 流石に夜長の所持金では奢れなかった為、ワリカン…でもダメそうだったので、皐月がほとんど奢った。

 今日も今日とて財布が寂しい夜長だった。







 三日くらい後。



「…そういえば、入金を忘れていました。噂は消滅したようですが、私の管轄内の行方不明者は帰ってきてないようなので、少し減らしておわt」

「ダメだからね???ちゃんと噂の調査という依頼は達成してるんだから払ってね????」

「おーおー、カツアゲかー?」

「ダメですよ夜長さん、相手警察ですよ?」

「ちっがーーーーう!!!不当に依頼料減らされそうなのを防いでるんですー!!!!」

「てゆか、後払いなのおかしいだろ」

「そうよねぇ、普通前払いじゃな〜い?」

「うるさいな!!!!探偵業界は依頼達成出来るか分かんないから後払いが基本なの!!!」

「いや…こちらが減らすなら分かりますが、なんで相手が減らそうとしてるんですか…」

「ホントだよ!!!」


 応接間でお金のやりとりをする夜長と(たつみ)。それにヤジを入れるその他大勢。この間美桜が加わったかと思ったら、いつの間にか月夜が居候メンバーに加わっている。「月飛が帰ってきてって言ってたから〜」とのんびりとした口調で、半ば強引に事務所兼家である此処に居座り続けている。皐月はそんな彼女に思うところがあるようだが、特に何も言わなかった。


「さて。冗談はさておき」

「冗談なの?!本気にしちゃったじゃん、紛らわしい事やめてよね?!?!表情も変化ないしさぁ!!」

「ははは。これは失礼しました。君が旭くんに似ていたので、つい。…それで、探偵さんは知ってますか」

「………え?」


 ワントーン下げたその震の発言に、部屋全体が静かで厳かな空気になる。ここからが本題だ、とでも言うかのように、全てが凍りついたように張り詰める。

 何か、嫌な予感がする。夜長は顔を引き攣らせ、警部に質問する。


「な、何が……?」

「先日、不可解な事件が起こったんですよ。新聞に載ってませんでしたか」

「…知らないな。どんな事件なんだい?」

()()()()()()()()()()()が起こりました。通り魔の事件でして、丁度刑事の桐月(きりつき)くんが鉢合わせたのですぐに犯人は逮捕しましたが…なんと、目の前で刺されたというのに、()()()()()()()()()()()()というのです」

「……それ、って…」

「不思議でしょう?()()()()()()()、致命傷を免れていたとしても、すぐに消えれるわけがないですからね」

「……………」


 死体——いや、被害者が消える事件。

 普通に見たら不可解な事件。


 しかし夜長は、すぐに合点がいった。



 これは、()()()()()()()()と———。


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