81 巡る謀略
※三人称視点です。
※今週は三話投稿しますので、どうぞ80話からお読みください。
コーデリア・チェルニー准将は君命を受け、自国の民を粛清するための戦へ赴く。
いいえ、それは戦ではなく、たたの屠殺にすぎない。
一方は精強なるプロイセン軍に《黒雲膏》、一方は寸鉄帯びぬ平民、これを屠殺と言わずに何と言えよう。
しかしプロイセンは邦という名の軍隊だ。プロイセン軍人にとって、ありとあらゆる軍事行動、それこそ自国民に手を掛けることさえも、偉大なるルイボンド人のための国へ通じる栄光ある戦争だ。
妹に「滅私奉公が服を着て歩いてる」と評されるコーデリア・チェルニーもまた、例に漏れずプロイセン軍人の一人なのだ。
さて、忠義に篤い銀髪の軍人の行く末は置いといて。
時を同じにして、フォルミド王国、とある町近郊の森にて――
その森は特に広くもなく、暗くもない。町の人々が狩をし、薪を拾いに行き、ごく普通に町人の生活と共に存在している。
町の宿老たちは若い頃に、親と一緒に森の獣を狩りたてた記憶があり、子供たちはそこで探検者ごっこを興じている。そんな普通の森だ。
しかし、恐らく誰もが無意識に森の一角を避けていた。
森の隅には開けた土地があり、そこには一つの館がある。
そこは煌びやかな豪邸ではなく、物々しい衛兵が巡邏している場所でもない。
ただどういうわけか、当地の人々はそこに足を踏み入ることはなかった。
近付くことはあっても、なぜか知らないうちに遠ざけていた。そう、まるで誰かの意志によって進行方向を歪ませたようだ。
そして館の地下には、一つの部屋があった。
大理石の部屋を飾るのは、暖色系の照明用魔道具と数々の壁画、それと子供の微笑ましい落書き。
部屋の中央にあるのは、円卓の一部が食われてるような、部分日食の形をしているテーブル。
それを囲んで、一人の青髪の女性と十数人の子供が食事をしている。
「そう、ユーリはあの子と仲良くなったのね、偉いわ」
「マリアは相変わらず算数は苦手ね、あとで見てあげるよ」
「で、スーリアはこの間、気になる男の子が出来てたって言ったよね、どうだったの?」
「メーテラ、好き嫌いはダメよ?」
「シエル、お母さんは元気になったの?そう、よかったわ。あとでエンマにも礼を言ってくださいね。あら、怖い?大丈夫よ、エンマはとても優しい人なのよ」
「ヘルナルは……」
「サシュアントは……」
一人一人、優しそうに話しかけるその姿は、まるで子供たちの母親のようだ。
見れば子供たちも食事をしながら、満ち足りてるような笑顔を浮かべ、女性に今日一日の出来事を話していた。
母親同然に慕われている女性なのだが、どう見ても三十歳以上には見えない。
しかし子供たちに話しかけながら、食事の作法について注意して、または零れたスープを手早く拭きとり、子供の世話をするその動きは熟練の主婦も顔負けである。
年齢を気にせず傍から見れば、家族の団欒に見えなくもない。
だがその欠けた円卓には、大きな新月に貫かれた髑髏が書かれていた。そのシンボルが意味することはただ一つ。
ゲゼル教国。
やがて、暖かいひと時が過ぎて、子供たちは食事を終え、一人ずつ女性に別れを告げ部屋を出て行った。
代りに入ってきたのは十一人の男女。
彼らは女性に一礼をして、ぞろぞろとテーブルにつく。
さて、と全員が席に着いたら、女性が喋り出した。
「死の神ナイアルの名の元に、《蝕の卓》第一位ジュデッカとして宣言する、第―――回目の会議を始めましょう。伝道者としての我々は、この蝕卓においては平等なり、皆さん、どうか怖めず臆せず意見を述べてください」
《蝕の卓》、それはゲゼル教国幹部の代名詞、もしくは会議を指す言葉。
ゲゼル教国の上層部は合議制であり、話し合いで組織の方針を決めている。が、同じ幹部であっても、そこに力関係がないわけではない。
第一位から第十三位、それは発言権の高さを示す順位であり、現場に置いて指揮権の帰属を決める根拠でもある。
そして第一位である、ジュデッカと名乗った女性が会議の始まりを宣言した後、すぐ側の男性が手を上げ、発言を求めた。
「ポーランの状況を報告します。プロイセン軍のおかげで、我々の手の者もポーランに侵入出来た、今は内地の遺跡を探索中、神々の遺品を発見したら随時報告します」
「素晴らしいわ。これも奪心魔と交渉したあなたの手柄ね」
「恐縮です」
男性は座ったまま、ジュデッカに一礼した。
平等とは言っても、そこには厳然たる序列が存在しているのがゲゼル教国の実情だ。
「しかし、奪心魔どもは大人しく私たちの言う通りするとは思えないわ、どこかで裏切るじゃないかしら?」
もう一人の女性が発言した。
銀髪の女性は若く、とてもこのような場に相応しいとは思えない露出度の高い装束をして、暗赭色の抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している。背中が大きく開いたノースリーブブラウスと、ブラウスの下縁に隠されるほど辛うじて尻を覆うパンツ。しかしその瑞々しい肉体より目を奪うのは、尖った耳。
ダークエルフ。ある意味では奪心魔と似たような種族。
モンスターではないが、性格は残忍冷酷、加えてエルフとは不倶戴天の仇敵であるため、色んな種族からモンスターと見做されてる。
「たしかに、奪心魔としても、彼らの目的のためだけに動いてるはず。恐らく、彼らはこのままポーランを攻め滅ぼすなどしない、あえてプロイセンを敗戦させ、国土を減らした上で国を乗っ取るつもりなのでしょう」
「その通りです。現に彼らは侵攻の手を緩め、国内の粛清とルイボンド各邦の制圧にシフトしています」
「それなら全然大丈夫だわ、ポーランの神々の遺品さえ手に入れれば、プロイセンくらいあげてもいいのでは?」
「はっ、仰る通りです」
「それよりエンマ、《黒玉膏》の効果はちゃんと出ているのかしら?」
ジュデッカはテーブルの隅の男に話しかけた。
「はぁ、今のところ順調っすねぇ」
男はまるでついさっきまで寝こけているような眠たげの目をして、涎の痕が残っている口を拭いて、やや乱暴に言った。
最初に発言した男は彼の言葉遣いに不快そうに眉を顰め、しかし何も言わなかった。
「フォルミド北部とミステラ一帯で実験したお蔭で、ソクラテの残した研究成果もだいぶ分かってきたぜ。やはり僕の仮説通り、生者への憎悪と怨嗟、それこそが負のエネルギーの大元。《黒玉膏》を飲み込んだ人は殺した者の憎悪を吸い込んで、自分の力にする。だから惨たらしく殺せば、その分強くなる。でもね、実験体は強くなればなるほど凶暴性も増し、やがて暴走する。死んだ後はその増幅した怨嗟によって、いつもより強力なアンデッドを引き寄せる、ここまでは全部予測済みだ、ソクラテもいいモン作ってくれたぜ」
「つまり、あんたは何もやっていないってことでいいのね?」
エンマという男が、段々熱を入れて語り始めたところを、銀髪の若い女性に切り捨てられた。
「脳筋はこれだから困る、そもそも僕がいなければ、ソクラテの《黒翡翠》もここまで解明できなかったのだろう」
「偉そうにしているけど、その黒翡翠はあんたが取ってきたわけじゃないんだからね」
「僕は実働部隊ではない」
「弱っちいから実働部隊から外されたじゃなかったっけ?なあモヤシ?あ、ごめん、モヤシでも結構伸びるもんね、あんたは伸びないから、黴ね」
「上等だこのアマ、ネクロマンサーを舐めんるなよ……ッ!」
エンマが立ち上がろうとしてる時、ジュデッカの声がした。
「アノーラ、エンマ、仲が宜しいのはいいけれど、ここがどういうところか分かるのかしら?」
スッと、エンマの体が崩れ落ちた。
アノーラと呼ばれてる女性も顔を歪めて、数十秒の間、二人はまるで呼吸できなくなったように悶えていた。
「困ったわね、会議が始まった以上、蝕の卓から最初に立ち上がる責任があるのはあなたではないのでしょう?ね、エンマ?」
「あ、ああ、分かった」
「宜しい。ごめんね、ついいつもより力が入ってしまったわ。二人がいちゃいちゃしてて、独り身には辛いもの」
「では次に、我々より先に安息の地に辿り着いたソーエン、伝道者として彼女を失うのは酷く残念だったけれど、羨ましくもあるわ。皆さん、どうか各自に心の中で彼女の功績を思い出して、ソーエンがナイアル様の寵愛を受けるように、その思いをナイアル様に届けましょう」
同志の死を祝福しようとするジュデッカだが、その直後、不躾な声が響いた。
「ソーエンとエンマの役立たないアンデッドはともかく、ジューオンまでいるのに無様ねえ」
ダークエルフの女性――アノーラがテーブルの向こう側、赤いコートの男性を睨んだ。
同じ組織に属した同志とは思えぬ、敵意を込めた眼光に、ジューオンと呼ばれた男性は気にも留めず、淡々と口を開いた。
「相手は俺たちよりも一枚上手だった、それだけだ」
「ふーん、そんなに?」
「ああ、もう一度やってもきっと同じだ」
アノーラは目を見張った。
彼女が知ってる中で、間違いなく最高峰の剣士であるジューオンが、こうも簡単に負けを認めたことに。
「聖騎士ソラリス・ラッケン。無闇に手を出せる相手ではないわ。残りの二人の探索者は?」
憂いを帯びた表情で、ジュデッカは側の男性に聞いた。
「それですが、プロイセンに入ったのを確認できましたが、最近チェンジェリングどもがこちらの配下を消し回ってますので、これ以上の追跡は難しいかと」
「では『あの子』もですか?」
「はい、一緒に行動しているのは推測できますが、それ以上は」
「そう……」
「ふーん」
眉を顰め頷いたジュデッカと対照に、アノーラは興味を覚えたように、口元が微かに緩めた。
「さて、では今回の奪心魔の方々のお蔭で、我々は目標に更に一歩近づけて、そしてエンマの努力より、強力な武器を手に入れた、ということですね。他に報告する人は?」
……。
「では、今回はここまで。皆さんお疲れ様」
そう言って、ジュデッカは立ち上がった。
彼女に続いて、一人一人、ゲゼル教国の幹部たちがテーブルから立ち上がり、部屋を離れていった。
部屋に残されたのは、テーブルに書かれた新月に貫かれた髑髏のみ。




