82 襲撃の痕
※今週は三話投稿しますので、どうぞ80話からお読みください。
国境兵に襲われた夜を経て、俺たちは今事後処理に追われている。
「よいしょっと。よし、アイナさんお願い」
俺は倒壊した民家の扉を強引にこじ開け、後ろのアイナさんに言った。
「はい、アサシン君、見つけてきてくださいね、《捜索》」
アイナさんに命じられて、アサシン君は細長い八本足を器用に動かしてすんなりと瓦礫だらけの民家に入った。
焼け落ちた民家の中には熱気が籠っており、再燃する可能性がある。加えて脆くなった天井と床もいつ崩れるか分からないから人間にとっては極めて危険な環境だが、ゴーレムにとっては別に危険でもなんでもない。
俺たちの後ろには三人の銀髪の子供が居ても立っても居られないような様子で、アサシン君の後ろ姿を見守っている。
彼らはこの家の子供だ。火災から運よく逃げ延びたけど、親が逃げ遅れたらしい。
火自体は消されたけど、それでも焼け崩れた建物にそのまま入るわけにもいかなくて、かといって親の様子が心配。
だからこうやって俺たちが代りに家に入ろうとしたわけだ。
で、なんで火災なんて起きてたのかというと、それはあの異常な国境兵達のせいというほかない。
昨晩、探索者たちとブライデン守軍はなんとか凶暴化した国境兵を全滅させたけど、莫大な犠牲を払うことになった。
国境兵は一人残らず死に、探索者側の死者は十九人、守軍の死者は二百人にも及ぶ。
幸い傷者はプリーストの尽力のお蔭ですぐ戦線復帰できるけど、これによって探索者は先行したグループを除いて百五十人くらいになった。
そしてブライデン守軍の数は二百を切った、もはやまともに機能できるとはいえない。
更に夜が明けてから分かることだが、国境兵の狙いは隊商だけではなかった。
奴等はまず町の食糧庫と武器庫を燃やしてから隊商を襲うのだ。
その途中、何軒もの民家に侵入して、金目のものに目もくれず、放火と殺戮だけを繰り返した。
そのせいで倉庫への襲撃が遅れて、俺たち探索者の増援が間に合ったが、敵の理解不能の残虐さが恐ろしく不気味でならない。
その時、とある探索者が何気なく呟いた言葉が気になった。
「なんかさ、あいつら人を殺してるうちにどんどん強くなってる気がするだよな」と。
考えてみれば、《共喰い》の奴等もまさに仲間を殺して、その力を吸収したように急に強くなった。そんな体質も魔術も聞いたことないけど、もしかして国境兵達が一見無意味な殺戮を繰り返したのはそのためか……?
俺はこの不気味な憶測をパウロさんに伝えた。
すると、パウロさんも奴等と戦ってる間に心当たりがあるようで、顔を顰めた。
「あとで他の人に聞いてみよう、今は休め」
「ああ、わかった」
しかし、休めって言われてもなぁ。
戦いが終わって消火も一応済んだが、問題はまだまだ山積みだ。
たとえば隊商の損害と人員ロストによるグループの再分配。
焼け落ちた民家の処理と人命救助、そして遺体の処理もやらねばならないわけだが、今のブライデン守軍にそれを期待しただけ無駄というものだ。
ほぼ夜通しで戦った俺たちがようやく帰り道についた時、生き残った住人たちが困り果てた表情で倒壊した建物の横に立ち往生しているのを見て、ルナが言い出した。
皆で彼らを助けよう、と。
勿論、全員賛成した。
今、俺たちは倒壊した建物から遺体を運び出している。
俺と姉さん、それとルナは瓦礫を退かしてアイナさんはゴーレムの指揮を執り、遺体や家財を運び出す。
家族が亡くしたのは悲しいが、目の前の生活も大事である。
運び出せるほどの家財がある者はまだいい、家族と財産両方いっぺんに失った者は明日から路頭に迷うのは目に見えている。
っと、アサシン君が民家から出て来た、二体の死体を背負って。
これで九軒目なんだけど、今のところ生存者はゼロ、死者は四十超えだった。
両親の遺体を見て、三人の姉弟が泣き崩れた。
まあ、こんな状況だから、生存は無理だと予め分かったとしてもやはりきつかったのだろう。
「うぅ」
ルナは青白い顔で口に手を当ててる。
無理もない。これだけの死体と遺族の表情を見せられて、俺でさえ気分が沈む。
「ルナちゃん、ここはいいから、姉さんの方を手伝ってあげて。スーチンもついて行って」
「う、うん……」
『ルナちゃん、行きましょう……』
姉さんは今道路に横たわる瓦礫や倒木を退かしてる最中。
国境兵の死体が呼び寄せたアンデッドのせいで幾つかの建物が倒壊している。
とてとてと姉さんの方に向かうルナを、アイナさんは静かに見た。いつも柔らかい雰囲気を持つ顔にやるせない気持ちでいっぱいのようだ。
俺は空気を変えようと、アイナさんに話しかけた
「それにしても、やはりアイナさんのゴーレムって器用ですね、ビャクヤだとこんな細かい任務できっこないのに」
ビャクヤは戦闘用デスガーディアンだけあってその動きは極めて精密。
だが俺が見えないところだと敵を襲え、味方を守れといった簡単な事しかできない。
アサシン君のように見たことない人の遺体を捜すなど、智慧無きアンデッドは無理なのだ。
「それはいつも学習させているからですよ」
「学習?」
「ええ、魔道ゴーレムはただ命令通りに動いてるだけじゃなくて、与えられた目標に対して方法を模索しつつ学習します。ですから活動時間が長ければ長いほど賢くなり、中にはほぼ人間のようなものもいますよ。例えば、」
アイナさんは声を潜めて、
「私が封印された間に、この子たちが工房周囲の敵を掃討っていう命令を勝手に拡大解釈のもそうなんです」
「なるほど、もしかして喋れたりもするの?」
「ええ、そういうゴーレムもいると聞いていますわ。もっとも、ただ喋れるようにするだけなら、レンツィアさんのように魂を注入、もしくは八骸の番人のような……」
「ん?シーちゃんたちがどうしたの?」
「八骸の番人は原理不明ですが、疑似的な魂が入っていますよ。あくまで擬似的なものなんですが、人間のように活動することができますから護衛として結構優秀なんです」
「へー、アイナさん死霊魔術にも詳しいんだね」
そういえば、昨夜も埋葬巨獣のこと知っているし。
俺がそういうと、アイナさんは少し困ってるように笑った。
「昔の大戦に、死霊魔術師と何度も戦ってましたから」
「大戦? そういえば、スロウリ峡谷でアンデッドの軍勢とか言ってたよね?」
アンデッドの軍勢というのはなんだろう。
モンスターならリーダーに従うか、他のモンスターと共闘する事もあるから軍勢といっても理解できるが、ゾンビやスケルトンなど下等アンデッドはそもそも頭がないからまずありえない。
「ええ、やはり今のヒューマンはもうそれを知らないのですね。今から千五百年以上のことですけど、一人のヴァンパイアのネクロマンサーが全てのアンデッドを束ね、世界を滅ぼそうと企みました」
「世界をって、そんなことがあったのかよ、まるで物語みたいだな」
「物語……そうですねえ、あれが今から思い返すと、まるで物語のようだった」
アイナさんの視線は遠い昔に向けて、ポツポツと語り始めた。
千五百年前、一人のヴァンパイのネクロマンサーが世界を滅ぼすため、アンデッドの軍勢を率いて全ての種族に戦争を仕掛けた。
後に《災いの御子》と呼ばれるヴァンパイアは、何人もの強力なヴァンパイア、リッチ、そして異世界からのアンデッドさえも従わせ、生きとし生ける者の敵と名乗り出す。
当時お互いの縄張り意識が高く、常に緊張状態の各種族もそれなりの協力体勢を組んでアンデッドに迎撃した。若い頃のアイナさん(今も十分若いけど)も戦場に駆り出された。
しかしアンデッドの軍勢は津波のように大陸を飲み込み、エルフ、ジャイアント、ドワーフは生息地から追い出され、ヒューマンも敗退に敗退を重ね、もはや種の絶滅一歩手前まで追い詰められた。
起死回生の策として、人間は各種族の精鋭を集め、当時最高峰と言える四人のパーティで《災いの御子》の暗殺を狙った。
文字通り《ラストリゾート》と呼ばれた四人は、アンデッドの軍勢の深部を侵入、しかし暗殺は失敗。
理由は今でも分からないが、《ラストリゾート》の四人は人類を裏切り、《災いの御子》に忠誠を誓った。
人類は全ての希望を失った。
そんな時に、《災いの御子》は突如と消えた。
味方割れか、神の奇跡かと憶測が飛び交う、だが真相は誰も分からなかった。
分かることはただ一つ、アンデッドのほとんどは《災いの御子》と共に消え去り、戦況が一転したということだ。
残りのアンデッドがそれでも抗ったが、やがて追い詰められ、全てがこの世界から駆逐され、もしくは封印された。
こうやって人類は生存戦争を勝ち抜き、今の繁栄があるわけだ。
「……想像もつけないくらいスケールのデカい話だったな、なんで今ではそんなこと誰も知らなかったんだ?」
伝説や物語を含めて、今まで一度も聞いたことがないぞ。
こんな世界の滅亡に関わる話はもっと伝わっても可笑しくないのはずだ。
「そうね、考えられるのは千五百年は私たちの思う以上長くて人間がそれを忘れ去った、もしくは」
「誰かが意図的に隠蔽した、でしょう?」
っと、いつの間にか側に来ていた姉さんが言った。
「姉さん聞いていたの?」
「ええ、聞かせて貰ったわ。フィレンが一人で女の人と喋ってるのをほうっておけないもの。――と、いうのは本音として、この一帯の瓦礫はほぼ片付いたわ、私たちもそろそろ上がりましょう?」
「本音かい。そうだな、ローザちゃんを一人にするのも心配だし」
俺たちが宿に戻ろうろした時、「あの!」、と後ろから呼び止められた。
振り返ったら、さっきの三人姉弟だ。
「あの……ごめんなさい、これくらいしか持ってなくて」
一番年上に見える、銀髪の少女が手のひらを開けて、そこには一枚の銀貨と十数枚の銅貨があった。
恐らく俺たちが探索者だと知って、報酬のつもりなのだろう。
「いや、別にいいよ、これは依頼じゃないから」
「で、でも、昨夜も助けて貰ったし」
「ん? ……ああ、あの時の子供か!」
そういえば、倉庫に急いだ時に遭遇した国境兵は三人の子供を囲んでいたな。
あの時はとりあえず逃がすのが先決で、よく見てなかったから気付かなかった。
「子供なんかじゃない!」
銀髪の少女は顔を赤らめて抗議した。
「ごめんごめん、そういえば君だったよな、弟たちの手を引いて逃げたのは。よく頑張ったね、さすがお姉ちゃんだ」
「あ、ありがとう……」
「でもこれは受けられないよ、仕事じゃないからね」
「いいの?」
「ああ、それに、俺たちより君たちの方が必要だろう?」
合わせて金貨一枚の価値もなく、探索者への報酬としてはとても足りないが、子供三人で節約すれば数日は持つだろう。
だが数日過ぎたら、この三人はどうなる?
俺は目の前の少女を見て、ふとそんなことを考え始めた。
見た所まだ十四、五くらいか、俺や姉さんが施設を出たのも同じ頃だ。
しかし施設育ての俺たちと違って、彼らは両親を失って、いきなり社会に放り出されることになった。
彼らのために、何かできることはないのか?
だがたとえ金を与えても、盗賊の格好のカモになるだけだし、そもそもこの姉弟だけ助けても他の被災者はどうしろというのだ。
と、その時。手の平からひんやりとした感触。
姉さんが俺の手を握って、無言で俺に身体を寄せた。
きっと俺と同じことを考えているのだろう。
しかし、
「ねぇ、貴方たちこれからどこにいくの?」
ルナは一歩前に出て、銀髪の少女に話しかけた。
俺と姉さんとって彼女たちの行く末が心配なのだが、訊くことを躊躇った。
何一つ役に立てないのに、関心だけを示すのもある種残酷だと思ったから。
しかしルナはそんなの気にしない。
俺たちがレーザにハメられた話を聞いて、悪い人はお縄につけないと主張して、レーザの話を聞いて、いの一番に怒り出そうとしてる彼女は直情故に、踏み込める。
それが彼女の強みだと思ってる。
そして、銀髪の少女が返した答えも、また意外なものだった。
「えっと、あっちのおじさんが、《そうごえんじょかい》とかがあるから、暫くの生活は大丈夫だって」
「そうごえんじょかい?」
銀髪の少女の指さす方向を見ると、そこには一人の銀髪の男性がいた。




